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死に戻り令嬢は皇太子と婚約破棄して辺境王の許嫁になり国を救いましたが愛しているのは一緒に処刑された男です  作者: 赤林檎


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8.辺境王妃の初勝利(前編)

 ほとんど消えかかった焚き火を囲んで、辺境軍の兵士とザーランド公爵家の護衛兵が、コリーナのふるまう紅茶を飲んでいた。

 ささやかな夕食を終えた後に開かれた、勝利の宴だった。


 宴を照らすのは、各幕舎から持ち寄ったランプや蝋燭、少し離れた場所に置かれている松明。火が苦手なコリーナも宴に参加できるよう、ウルバンが考えてくれたのだ。


「やっぱりお茶会はいいわね」

 コリーナは右隣に座るギーゼラとシシーに笑いかけた。

「ええ、妃殿下! とてもおいしいです!」

 シシーが興奮気味に応えた。

「こういう時の飲み物だと、お酒の方が人気あるよ」

 コリーナの左隣に座っているツァハリアスが、遠慮がちに教えた。

「酒はいけません。腕が鈍ってしまいます」

 ウルバンがツァハリアスの隣で真面目に言い、ツァハリアスが「そうだけどさあ……」と残念そうに言った。


「うまくいってよかったわ……」

 コリーナはしみじみと言った。

「自分としては……、妃殿下が自ら敵前に立つなど、やめていただきたかったです」

 ウルバンは手の中の紅茶に視線を落とした。

「ウルバン将軍の言うとおりですよ、妃殿下。ご自分を大切になさってくださいませ」

 ギーゼラも心配そうに言った。

「今回の策には、わたくしが必要だったの。『この国の聖女にもなれた女』という、実際にはなにができるかわからないけれど、なにか偉そうな存在が……」

 コリーナは言いながら、申し訳なさそうにウルバンとギーゼラを見た。

(ごめんなさい、二人とも。わたくしはこれからも、この命を賭して敵を退けるつもりよ。死ぬつもりはないけれど、わたくしもみんなの背後でただ守られているだけではいられないの。わたくしを守ってくれる者たちは、たったの二百人しかいないのですもの)

 コリーナは手の中のカップを両手で強く握った。


 コリーナは小さく笑ってから、立ち上がった。

「みんな、今回はありがとう! みんなの助けがあっての勝利よ! 感謝しています!」

 コリーナはカップを掲げた。

「妃殿下に我らの血肉と心、魂をもって尽くす!」

 と言いながら、ウルバンがひざまずいた。

 辺境軍の兵士たちがウルバンの後を追ってひざまずき、「妃殿下に我らの血肉と心、魂を!」と復唱した。

「妃殿下に我らの血肉と心、魂を!」

 ウルバンがさらに言う。

「妃殿下に我らの血肉と心、魂を!」

 他の者たちがまた復唱した。


「もういいいわ! 楽にしてちょうだい」

 コリーナは座った。

「妃殿下、ウルバン将軍は良いですね! 将軍など辺境の戦地でしか通用しない、半獣半人用の位ですのに、上に立つ者らしく身の程をわきまえていますよ!」

 ギーゼラがうれしそうに笑った。

「恐れ入ります」

 ウルバンは静かに礼を言った。


 コリーナは再び立ち上がった。

「わたくし、慣れないことをして疲れてしまったわ。ギーゼラとシシーも二人の幕舎に戻って、もう休んでちょうだい。わたくしも自分の幕舎に戻ります」

 名を呼ばれたギーゼラとシシーも席を立った。

「今夜は勝利の夜よ! 後は、みんなで楽しんでちょうだい!」

 コリーナはカップの中の紅茶を飲み干した。空のカップをシシーに渡すと、宴会に背を向けて自分の幕舎に戻った。



 コリーナは鉄製の衣装箱の上に置かれたランプに火を灯した。乗馬服のジャケットを脱ぎ、自ら畳んで鉄製の衣装箱に入れた。代わりに、厚手のネグリジェを出し、寝台に置いた。


(わたくしったら、だめね……。お茶会なんて開いたって、わたくしは彼らの友にはしてもらえない……。彼らにとってのわたくしは、忠誠を誓う相手。その気持ちはもちろんありがたいけれど……。彼らはわたくしを仲間だなんて思わないわ……。身の程をわきまえなければならないのは、わたくしの方よ……)


 外の宴会では、誰かが面白いことでも言ったのだろう。大きな笑い声が、コリーナの幕舎の内にまで届いた。


 コリーナは金のレイピアを下げていたベルトを外し、寝台に立てかけた。

 寝台に腰かけたコリーナは、小さくため息をついた。


「妃殿下、もうお休みでしょうか?」

 幕舎の外からウルバンの声がした。

「ウルバン将軍? まだよ。どうかしたの?」

「もしご迷惑でなければ、少し散策でもなさいませんか? 自分がお守りいたしますので」

「……そうね、そうしようかしら?」

 コリーナは立ち上がり、外したばかりの金のレイピアを再び腰から下げた。乗馬服のジャケットも羽織り直すと、ランプを片手に幕舎の外へ出た。


「お招きいただき、ありがとう」

 コリーナはウルバンに笑いかけた。

「妃殿下にとっては初勝利の夜です。少し夜風に当たってからの方が、よくお休みになれるはずです」

 ウルバンがコリーナをエスコートするために左腕を差し出し、コリーナはそっとその腕に触れた。

「では、行きましょう。ランプはこちらへ」

 ウルバンはコリーナの手からランプを受け取ると、森に向かって歩き出した。


 コリーナはふり返って、宴会をしている者たちを見た。

 一人の男が立って、石を投げる動作をした。

 拍手と歓声に続き、また大きな笑い声が起こった。


「ウルバン将軍、いろいろと気を遣わせてしまっているわね……」

 コリーナはうつむいた。

「妃殿下も兵士らに気を遣っておられましたね」

 ウルバンはそんなコリーナをやさしい眼差しで見下ろした。

「わたくしとギーゼラがいては、みんな楽しめないと思ったの。それだけよ……」

 コリーナはギーゼラがウルバンにかけた言葉を思い出していた。


『将軍など辺境の戦地でしか通用しない、半獣半人用の位ですのに、上に立つ者らしく身の程をわきまえていますよ!』


 コリーナとウルバンたちの身分の隔たりを感じさせる言葉だった。


「妃殿下はおやさしくていらっしゃる」

 コリーナは頬を染め、さらに顔を伏せた。

「宴席を離れて、わたくしをこうして連れ出してくれるウルバン将軍の方が、ずっとやさしいわ」

「自分もこれでも、彼らからしたら上官です。いない方がのびのびと楽しめるでしょう」

 コリーナは小さくうなずいた。


(ウルバン将軍、なんてやさしい方なの……。ウルバンは彼らを、勝った日も、負けた日も、ずっと一緒だった仲間だと話していたわ。あなたがいて窮屈な思いをする者なんて、あそこには一人もいないはずよ……)


 コリーナは無理して笑顔を作り、ウルバンに向けた。

「みんな、こんなわたくしを護衛してくれているんですもの。少しでも楽しくすごしてくれたら、わたくしもうれしいわ」


「そのように思っていただいているなど、ありがたいことです」

 ウルバンがほほ笑み返した。

 コリーナは耳の先まで赤く染めて、ウルバンから目を逸らした。


「……妃殿下、いくつかお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「いいわよ。なにかしら?」

 コリーナは熱くなっている頬に手を当てた。

(気を引き締めなくては。彼はわたくしに質問がしたかったのよ……。そうでなければ、わたくしと散策なんてしないわ。わざわざそんなことをする理由がないもの……)

 ウルバンはコリーナの様子を気にすることなく話を続けた。


「妃殿下、ずっと不思議に思っていたのですが、ギーゼラ様とシシー様を、なぜ遠ざけておられるのですか? 貴族のご令嬢ならば、侍女らに身の回りの世話をさせるものなのでは?」

「わたくしと一緒にいたら、襲われた時に二人まで命を落とすことになってしまうかもしれないでしょう……。身の回りのことなら、自分でもできるわ。ドレスを着る時のような、どうしても手伝ってほしい時にだけ来てくれれば充分よ」

 ウルバンは少しの間、なにかを考えていた。


「では、質問を変えましょう。侍女と乳母の二人しかお連れになっていないのは、少なすぎるかと……。護衛兵もザーランド公爵家の私兵だとお聞きしておりますが、ツァハリアス護衛兵長だけでなく、全員が、あれは……、金杯王の家の者たちなのでは? 彼らは動きが統一されていません。兵士としての訓練を積んだ者もいますが、そうでない者も多いですし……」

 コリーナは身を硬くした。

(ウルバン将軍からは、いつかこのことを訊ねられるだろうと思っていたけれど……)

 コリーナが黙っていると、ウルバンが言葉を足した。

「あなたは……、本当に辺境王妃殿下なのでしょうか?」

 ウルバンは、コリーナが身代わりなのではないかと、また改めて問うていた。

「そうよ……。わたくしは未来の辺境王妃、コリーナ・ザーランド。本人よ」

「あなたのお立場では、そうお答えになるしかないでしょうね」

 ウルバンの声は変わらずやさしかった。コリーナを身代わりの者であると考えた上で気遣っていた。


「わたくしは『皇太子殿下の許嫁で、未来の皇后』から『金で爵位を買って下級貴族に名を連ねただけの軍人の妻になる女』になったのよ。皇都中の笑い者よ。両親はわたくしを殺しかねない勢いで怒っていたわ。シシーがかばってくれなかったら、どうなっていたかわからないわ」

「しかし……、その軍人は皇帝陛下から王位を……」

「わたくしを娶らせるため、身分が釣り合うようにしただけよ。辺境王殿下の武勇が認められたわけはないわ」

「そうだったのですか……」

「両親はわたくしを身一つで辺境へ送り出そうとしていたの。護衛兵は、叔父である金杯王殿下のご厚意よ。金杯王殿下は結婚祝いとして、『金杯軍』と呼ばれている金杯王殿下の武芸を慕う武人たちを、ザーランド公爵家の私兵にと贈ってくださったの。両親は彼らを厄介払いするために、わたくしの護衛兵として付けてくださったわ。こんなわたくしに、シシーとギーゼラはついて来てくれたのよ……」

 コリーナは顔を上げて、ウルバンを見た。

 ウルバンは口を硬く引き結び、またなにかを考えているようだった。

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