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ヒメの宮





(こんな夜更けに、宮に入れてもらえるのかしら?)


 ———と不安に思っていたサヒだったが、怪しまれることもなく容易たやすく中に入ることができた。


 サヒの姿を見るや、門にいならぶいかめしい兵士らは、くつを鳴らして姿勢をただし、

「夜のお勤めでしたか、どうぞ中へお通りください」

 といって、門戸をひらいたのだ。



「?」

 怪訝に思いつつ、門をくぐり、むしろを垂らしただけの奴婢小屋のほうへ帰ろうとすると、

「いいえ、そちらではございません。あちらでございますよ」

 と、マキムクの上舎かみのやのほうへ行くよう促された。



 サヒははじめこの対応の変化を勘ぐって、もうこんなところにもスメラギの命令が届いているのかしら、と思ったほどだ……が、ちがった。

 サヒが着せられた巫女の衣装が、あまりにも豪華すぎたのだ。たしかにこの格好では、到底奴婢とは思われないにちがいない。





 サヒが向かうのは、巫女たちが起居する館だ。

 見れば上舎のひとつに、夜でも軒下に明かりが灯り、一段高く床が作られているみやがある。

(あそこにちがいないわ)

 サヒは、とばりのかかったその入口に向かって、

「どなたかおいででしょうか?」

 と、声をかけた。



 やがて顔を出したのは、身なりのよい従婢まかたちだった。


「私を、マキムクの巫女のひとりに加えるよう、巫女頭みこがしらに伝えてほしいのです」


 サヒは開口一番、そういった。


「私は、マキムクの巫女王であったタタラヒメの子です。だから、ここで巫女をする理由があると、巫女頭さまにはそう伝えてほしいのです」


 面食らったのは、従婢である。

 夜分遅くにたずねてきて、やぶから棒に何を言いだすのだ、といった顔をしている。

 しかも、肩には大きなカラスが一羽とまっている。

 胡散臭いやら、気味が悪いやら、それでも一度は奥へひっこみ、また表へ出てきて、

「今宵はすでにみな休んでおりますゆえ………」

 とだけ、いった。

 つまりは、「帰れ」と言う意味だ。


 しかしサヒも食い下がる。

「それでは明日の朝まで、私のためにどこか部屋をあてがってほしい」


 こんな野や山では寝られないし、だからといってウマシマジの屋敷に戻れば、酒に酔ったスメラギに頭をさげなければならぬ。

「……それは、困りましたね」

 従婢は迷惑そうな顔をしている。



 サヒも引下がることはできない。

「タタラヒメは母の名だ。マキムクのものなら誰でも母の名を知っているでしょう。いま、母はなにをしているか、どこにいるか知りたくてここに来ました。こちらの巫女頭みこがしらどのはご存知かもしれない……」



「タタラヒメ? そんな巫女は知らないね」



 ところがそこに、冷水をあびせかけるような鋭い声が飛んだ。

 ふと見ると、とばりのかかった奥の間から女の声が聞こえた。

「タノウエヒメ……大巫女さま」

 従婢まかたちは、声の相手に跪いた。

 帳をかきわけて出てきたのは、大きく胸元が開いた薄物の夜着に身をつつみ、赤い領巾ひれで口元をおおった年増の女であった。

 どうやらこの女が、大巫女であるらしかった。



 タノウエヒメと呼ばれたこの女は、一瞬、サヒの肩にいる大きな鴉にぎょっとしたものの、すぐに平静を取り戻した。

「私はうるさいのが嫌いだよ。こんな女、早く追い払っておくれ」

「うるさくしているつもりはありません!」

 サヒも言い返す。

「ああ、うるさい! うるさい、うるさい!」

 女は領巾で顔をおおってしまった。




「いいかげんにしておくれ、どこぞの豪族の末裔すえだの、カシコドコロに仕えたことがある采女うねめだの、そのイトコのイトコのまたイトコだの、なんだかんだとかこつけて宿やどにありつこうとする、お前のような乞食ものもらいはいっくらでもいるよ。そんなのにいちいち耳を傾けていたら、いくら部屋があっても足りやしないじゃないか!」

「そ、そんな……」

 サヒは絶句してしまった。

 そんなひどい言い方あるだろうか。

 タノウエヒメはさらにいいつのる。



「タタラヒメなんて知らないね! たくさんいた巫女の一人なんだろうが、名前も知らないようなはした巫女はこのマキムクに掃いて捨てるほどいるよ。巫女はもう十分、間に合っているんだ。これ以上、あのウマシマジの爺さんの道楽で、側女そばめを増やされちゃかなわないよ、帰れ帰れ!」



 サヒはだんだん腹が立ってきた。

 こんな品性のかけらもない女が大巫女だなんて、マキムクは一体どうなっているんだ。

 こちらの話も通じない。

 自分は乞食ものもらいでもなければ、側女そばめになりたいわけでもなく、そんなことは一言もいいやしないのに。




「あまりの言葉……!」

 怒りのあまり声をつまらせつつもそこまで言葉が出かけたとき、

「お待ちをー! お待ちくださりませー!」

 と、後ろの方から叫び声が聞こえた。




 ふと後ろを振り向くと、暗闇のなか大慌てで走ってくる人影がある。

 見れば、ウマシマジの側人のアキツノであった。

 アキツノは老体にムチ打つごとく走りに走り、やっとたどり着いたとばかりに、サヒの足元にへたへたとくずおれた。

 そして肩で大きく息をしながら、地面にひざまずき、



「申し上げますー! これなる郎女いらつめは、ウマシマジさまのめいにより、これよりマキムクを率いる巫女頭みこがしらになられたイスズヒメさまでございますー! 以後お見知り置きくださいますようー!」

 と、大音声をはりあげた。



「なんですって……この女を巫女頭にですって!?」

 目を剥いたのは、女である。

 手に持っていた領巾がすべりおちた。

「ちょっとどういうことよアキツノ! どういうことか事訳ことわけしてちょうだい!」



「はあ……」

 アキツノはまだ息が戻らず、苦しげに肩を上下させている。

 その様子をものともせずに、怒りの形相で詰め寄った。

「私が大巫女でしょ!? その私になんの断りもなく、こんなどこの馬の骨ともつかない小娘にその座を譲れとは、いったいどういうことなの!?」

 アキツノの襟首をつかまえてガクガク揺さぶる。



「はあ、はああ、それはウマシマジさまが決めたことでございますゆえ」

 アキツノは息も絶え絶えだ。

「こ、こ、この老僕が推察いたしますには、た、た、タノウエヒメは大巫女さま、イスズヒメは巫女頭にせよということではございますまいか……」

 この場をなんとか収めるため、アキツノは苦し紛れなことをいう。

「いずれにせよ、このイスズヒメさまを巫女頭にせよとウマシマジ王の厳命が下っております。ことの真意は、のちにウマシマジ王ご本人にお尋ねなさればよろしいかと……」




「…………———」

 タノウエヒメの手から力が抜けていく。

「———もう、わかりました。もう私は休みます。もう王のわがままに振り回されるのは疲れました。そこの者、この娘を部屋へ上げておやり、ひとつ空いている部屋があったはず……」

 タノウエヒメは、跪いたまま震えてている従婢にそう命じると、ふらつく足を引きずりつつ、奥へ下がっていった。

 ———いや、下がっていこうとしたときだった。





 ぎゃああああああ———………





 夜闇をつんざくように響き渡る、断末魔にも似た絶叫。

 はじめ、獣の声かと思った。


「なにがおきたの?」

 周囲を見回すが、暗闇でよくわからない。

 突風が吹き、にわかに木が、風が、ざわめきだす。

 クロヒメが大きな羽を広げ、飛びたっていった。

 黒い羽が夜の闇に溶けた。




 なにか騒ぎをききつけ、兵舎のあたりも騒がしくなっていった。

 ヒメの宮の軒先から、女たちが夜着のまま心細そうに顔をだしている。

 そこここに松明たいまつがかけられ、あっというまに周囲が昼のごとく明るくなった。



 アー!

 アー!

 アー!



(クロヒメが呼んでる。どこかしら)

 その声をたどって視線を転じると……

「あそこよ、見て!」


 サヒが指さした先には、ひときわ高くしつらえた物見櫓ものみやぐらが立っていた。

 その屋根の下に、ミノムシのようにぶら下がる「なにか」がある。

 突風に吹かれるままに、ぶらんぶらんと揺れるそれ。

 それは、あきらかに……


 サヒは震える手で口元をおおった。

 でなければ叫びだしそうだった。


 それは、首のところを縄で縛られた人のむくろが、風に揺らめく姿だった。

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