待ちに待った瞬間
とあるアパート。そこに住む友人に誘われ、男はやってきたのだが……。
「おお、いらっしゃい。よく来てくれたなぁ」
「おーっす。おーっす。久々に来たから道を一本間違えたわ」
「ああ、迎えに行けばよかったなぁ」
「いいよ、いいよ、気持ち悪い。ほら、ビール買ってきたから冷やしておいて」
「おお、サンキュ! はははは! ほら、冷えたやつがあるから飲めよ。はははは!」
「おう、ありがと。ふっー、にしても、もうテンション高いなぁ」
「そりゃ、もう待ちに待ったからなぁ」
「ははは、そんな遅れてねえだろー」
「ああ、そっちじゃなくてさ」
「ん? ああ、宅飲みのことか? 久々だもんなぁ。大学以来か」
「ああ、そっちでもなくて、これだよこれ」
「ん? 何それ? 冷凍コロッケ?」
「そうそう。人気店のやつ。いやー、なかなか買えないって評判でさぁ」
「へー、いいじゃん。並んで買ったの?」
「いや、予約したやつがようやく一昨日届いたんだよぉ。ははは!」
「へー、よかったじゃん。おれも食っていいの?」
「もちろん、もちろん! ははははは!」
「なんか悪いな、そんないいやつを。何か月待ちとか? あるよなそういうの。予約取れない店みたいな」
「おう、二十年」
「へー……二十年!?」
「そそ、完全手作りだってさ。小学生の頃にテレビのニュースで見て、お年玉を使って予約したんだよ。で、実家に届いたって母親から電話が来てさ、すぐに取りに行ったんだ」
「お、おぉ……」
「これを温めるために電子レンジを最新のものに買い替えてさぁ。いや、ある意味もう温まってるけどな! ははははは! ははん! ははははははっ! じゃ、食べようか。温めるぞぉ」
「……いや、いい」
「いい? ああ、遠慮はしなくていいからな」
「いや、本当にいい」
「おいおい、何だよ。コロッケ嫌いなのか?」
「いや、重い」
「重い? んーまあ、そうだよな。おれらもう三十代だもんな。はっはぁ! でも、だいじょうーぶ、だいじょーぶ! いい油を使ってるから全然軽い軽いかるぅぅぅい!」
「そっちじゃなくて、気持ちが重いんだよ! 二十年待ち!? しかも、お年玉を使って!?」
「そうなんだよぉ、いやぁ、この日のために生きてきたと言っても過言じゃないなぁ」
「どんどん重くなってんだよ。しかも。届いたのは一昨日なんだろ?」
「ああ。それが何だよ?」
「しかも、実家にすぐ取りに行ったんだよな? 普通そこで食うだろ。親と一緒にさ。どうして寝かせてるんだよ」
「お前と一緒に食べたかったからに決まっているだろう? いやぁ、この件で母親と一悶着あったよ」
「いや、食わせてやれよ。おれじゃ無理だよ。その想いを共有できねえよ」
「できるよぉ! 一緒に、このコロッケを噛み締めながら、小学生時代の思い出を振り返ろう。おれとの出会いを思い出してさぁ」
「お前と会ったの大学だよ」
「ささ……えーっと、こっちの大きいのがお前のやつな」
「いいよ、さらに気遣いを乗せてくるんじゃねえよ」
「ああ、しまったなぁ! 付け合わせを用意してなかった。キャベツとかさ、欲しかったよな? クソォォ!」
「怖。コロッケがいらないんだってば。はぁ、もう帰るよ」
「そんな、あたしのコロッケ、食べられないって言うの……?」
「なんで重くなるほうに寄せてきたんだよ」
「食べてよぉ、一緒にコロッケ食べてよぉ……食べてくれないとぉ……死んじゃうから……」
「どんどん重くなってんじゃねえよっ。わかったよ、食べるから掴むなよ」
「ははは! サンキュな! ははははははは!」
「情緒がどうかしてんだよ」
「よーし、温めっと。ああ、ビール、お代わりいるか?」
「ん、もうちょいで飲み終わる」
「そうか、ああ早く温まらねえかなこれ、おい、おいおいおいおい早くしろおいっおいっ!」
「二十年も待ったんなら、もう少しくらいおとなしく待てよ」
「いよぉぉぉぉぉし! かんりょぉぉぉぉう!」
「いや今、そんなに盛り上がって大丈夫? 食べる瞬間まで温存しとけよ」
「温めておけってか? はははははははん! ははははん!」
「いやもう、ホントもう、おれ、たぶんお前についていけないと思うよ……? 一緒に食ってもさ」
「いいからいいから。お前は自然体でいいから」
「お前もそうしてくれよ」
「じゃ! 食べるか! それじゃあ、二十年分の想いを込めて、いただきます!」
「はいはい……はぁ。ま、ありがたくいただきます」
「おう!」
「ふぅー……」
「ふっー……」
「……いや、お前が先に食えよ。なに、こっちをジッと見てんだよ」
「はははは! いいよ! 先食えよ!」
「いやいやいや、そこは譲るなよ。ますます重いよ」
「じゃあ、同時に食うか? お互いを見ながらさ」
「気持ちわりーよ! さっさと、先に食えっての!」
「ま、ま、いいからさ! ほらガブッと食べて! おれもすぐ食うからさ!」
「わかったよ……おっ、うま! うまああああああい!」
「おお、そうか……」
「いや、なんでお前が冷めてんだよ。こっちは無理にテンション上げたんだぞ。あ、でも本当にうまいなこれ」
「おー、それはよかった」
「おお、マジでうまい。ほら、お前も食えよ。ははっ、ちょっと興味あるぞ。なんせ二十年だもんな。まあ、そうは言っても毎日ずぅーっと、待っていた、わけじゃない、だろう、けどさ」
「いや、ずいぶん待ったよ。この時を」
「ん? いや、お前、食う前から泣くなよ! ははは! ははは……」
「……おれとお前が初めて会ったのって大学じゃないんだ」
「は、は、は、は? ……あれ……な、なんか……変な……」
「ああ、酒に混ぜたんだ。やっと効いて来たな」
「なに……なん…………」
「覚えてないよな。よくこう言うもんな。『いじめた側は忘れるけど、いじめられた側はずっと覚えてる』ってさ。忘れようとはしたよ。悩んで、考えて、結局チャンス作れなくて大学を卒業して、ああ、もういいか……って思ったとき、コロッケが届いたんだ。それで、この二十年待ちのコロッケをどうやったら最高においしく食べられるか考えていたらさ、こうするべきだなって思ったんだ……。ああぁ、うまい……」