表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

イタチの短編小説

魔王が魔王を名乗る理由

作者: 板近 代

 結論を言ってしまえば、魔王が魔王と名乗るのは「私は悪です」という自覚があるからである。


「それってひがみ根性~」

「我々を敵とみなしたのは人間の方だ!」

「だからそれがひがみ根性だって言ってるの」

「下等品性がっ……」


 魔王クラリネットはケラケラと笑い、魔王フルートは不快を顕にした。


「ところで、どうしようねフルートちゃん。魔王は……ああ、魔王だけじゃないか……」

「なんだ、はっきり言え」

「うーん」


 クラリネットは髪をかきあげ、黒いベッドの上から罅割れはじめた空を見上げる。


「言え」

「ほらさ、魔なる者(・・・・)は私と君以外ぜーんぶ死んじゃったじゃん。いやぁ、強すぎるよね勇者。人間のくせに寿命クソ長いし。アレは神に溺愛されてるからって言うけどさ、限度ってものがあるじゃない」

「困難に対して度が過ぎるだのなんだのいうのは、現実逃避だ」

「暇があれば私に抱かれて現実逃避している君がそれを言う?」

「貴様っ……!」


 ここは魔界の三層目。二層が制圧されたのは、約二百年前のことである。


「しかし、やばいよねぇ」


 カーン カーン カーン


 聞こえるのは、勇者が空を割ろうとしている音。


「最終決戦がきちゃうねぇ」

「勝てるはずだ。ここなら、深淵の力が使えるからな」

「ふふ、深淵だって! かっこいいねっ!」

「茶化すな!」


 魔界の底に近づけば近づくほど、魔なる力は強くなる。


「勝ったら、人間の世界に戻ろうねぇ」

「ああ、もう腹が減ってかなわん」


 二層戦争の後、三層に逃げ込んだ魔なる者は六十六名。


「三大欲で、一番きついよね」

「私はそうは思わん」

「スケベ」

「貴様っ! まぁ……みな、空腹より死を選んだな」


 餓死に次ぐ餓死、共食いに次ぐ共食い――――その後の、無食。いつの間にか三層は、クラリネットとフルート二人だけの世界となっていた。


「もしかするとさ、もしかするとさ、発端は魔界からの侵略戦争だったのかもね。ほら、二層は食べ物が少ないし、一層の食べ物はクソ不味いし。でも、人間はクソ美味い」


 闇が濃すぎる三層に、自生する有機物はない。


「人間だって、魔界に侵略してきただろう」

「先に手を出したのは多分こっちじゃん?」

「少なくとも私達は、相手を絶滅させようとはしていない」

「フルートは、若いもんねぇ」


 見た目で言えば、クラリネットのほうが幼い。かつては妖艶な美女であった二人も、今や子どもの肉体を保つので精一杯である。


「どうあれど、私はここでやつに引導を渡す。貴様は隠れていろ、クラリネット。四層の火の中なら感知もされん。あとは私が唯一の生存者を演じるだけだ」

「え? なんで?」

「決着が着くくらいまでの時間なら、四層の火にも耐えられるだろう」

「いや、そういうことじゃなくてさ」


 ビシッ


 空の罅が大きくなり、パラパラと砂のようなものが降った。


「必殺の左腕を失った貴様が、どう戦う」

「大丈夫、私器用だから。この腕で、何度も君を抱いたでしょう?」

「ああ、貴様は私が泣くたびに抱きしめてくれた。片腕の抱擁、暖かかった」

「フルート、君は死ぬつもりだね」


 リィン リィン


 薄氷のような欠片が落ちてきて、美しい音を立てて砕けた。


「私はこの日のために泣いてきた」

「命を一気に燃焼させれば、相当な威力が出る。三層で魔力を研ぎ続けた今なら、勇者も殺せるほどにね」

「そのとおりだ」

「まあ、そうだよねっ! うんうん。命がけってそういうものだし。ねぇ、二人の命燃やしちゃおうよ。オーバーキル! オーバーキル!」

「モーターヘッドか?」

「ここで人間の歌は草」


 クラリネットが右腕でツッコミを入れた。


「一人で足りるなら、二人死ぬ必要はない。だが、私には貴様がいない世界は耐えられない。そして、貴様の死にも耐えられない。すまない、わがままなのは――」

「わかってる。大丈夫だよ」


 それは、三層に来て七万三千回目の抱擁であった。


「クラリネット、貴様と出会えて幸せだった」

「勇者がいなければ、出会うことはなかったかもね」

「感謝するつもりはないがな」

「うん、私もそう思う。だからあいつを殺してよ、フルート」

「まかせろ」

「ありがとう」


 カツーン カツーン カツーン


 クラリネットは四層に向かう螺旋階段を降りていく。


「クラリネット、聞こえるか。火は見えるか」

「うん、まだ聞こえるよ。火も見える。安心して、七日は耐えられる」

「そうか」

「空はどう?」

「やはり、今日のようだ。急げ、やつが来る前に火へ入らねば見つかるぞ」


 炎が彼岸花のように、クラリネットを手招きした。


「ねぇフルート。私、モーターヘッドならオーバーキルよりエース・オブ・スペーズのほうが好きだよ。君が最初に教えてくれた歌だからさ」


 炎の蔓が、細い脚に蛇のように絡みつく。


「ああ、そっか。火に触れちゃうと心の声(こえ)が聞こえなくなるんだっけ」


 クラリネットは引き返さず、その身を血のように紅い業火の中へと沈めていった。


 深く、深く。


 深く。


 深く。


 深く。


 底を目指した。


「ごめんね……フルート」


 ここを出たら、人類を滅ぼしてやると誓いながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ