お返し 001
「【アイスレイド】!」
急激に冷気が広がり、立ちふさがるゴブリンの群れが凍っていく。
どうやらエリザの力は中々なもののようだ……腐ってもSランクパーティーのメンバーだったという自負は伊達じゃないらしい。
「やるね。この分だとすぐに攻略できちゃうんじゃない?」
「いえ、そう甘くもありません……氷耐性の高いアイアン系統の魔物が出てきてしまったら、私の魔法は役に立ちませんから。そうした冒険者同士の弱点を補い合うために、パーティーでの攻略が義務付けられているんです」
「ふーん……」
人間は基本的に、火・水・風・土・氷・雷の六大属性のうち一つの魔法しか操ることができない。
自分が苦手とする魔物を倒すためには、違う属性の使い手との協力が不可欠なのだろう。
俺には関係のない話だが。
「そう言えば、ジンさんはどんな魔法を使えるのですか? アイアンキャタピラーを倒した時に使っていたのは身体強化魔法とお見受けしましたが」
「俺? まあそんな感じ」
「……一応、二人とはいえパーティーなのですから、連携を取るためにも教えてほしいのですけれど」
「なるようになるさ。勿体つけてるわけじゃなくて、説明が面倒くさいだけ」
実際はそんなこともない。
が、第一段階のハードルとして育ての親が悪魔であると信じてもらわなければいけないので、そこが怠いのだ。
「ま、そのうち披露するよ。エリザが対処できない魔物が出てきたらね」
「私も別に万能というわけではないので、できれば一緒に戦ってほしいのですが……」
「やるやる。そのうち」
「……」
諦めたようにため息をつかれた。
やる気がないと思われたのだろうか……心外だ。
「……っと、魔法陣発見」
万事順調である。
現在九階層、戦闘があったのは先ほどのゴブリンとだけで、かなり運がいい。
浅い階層でいくら魔物を倒しても魔石は手に入らないので、さっさと深部に下りたいところだ。
「ちなみに次が件の十階層だけど、ほんとに脱出しなくていいわけ? 君の読みだと、オズワルドは十階にマーカーを設置するんだろ?」
「ジンさんも一緒に外に出るならいいですが、あなたは先に進むのでしょう? だったら私も残ります。女に二言はありませんから」
「そりゃ初耳だ。女性は一秒前に話した内容すら覚えていないと思ってたよ」
「それは偏見ですね」
「実体験に基づいた見解なんだけどな」
アスモデウスを女性と定義すれば、だが。
悪魔に性別の概念はあるのかと尋ねた時は、上手くはぐらかされた記憶がある。
「ちなみに、赤魔法陣ダンジョンって何階層くらいあるの?」
「例外はありますが、大体三十階と言われていますね」
「じゃあざっくり三分の一は進んだわけか。あと一息だな」
「深部に入ったらそうも言っていられませんが……ジンさんは気にしなさそうですね」
最深部まで残り五階からのエリアを深部と呼び、出現する魔物が数段強くなる……ここが三十階層ダンジョンなら、二十五階からが深部というわけだ。
エリザの言う通り、特には気にならないけれど。
「とりあえず下りようか。ここで駄弁ってて魔物に襲われてもつまらないし」
「そうですね、行きましょう」
俺とエリザは魔法陣の中央に立ち、魔力を流し込む。
十階層を進んでいる最中も、特筆すべき戦闘は起きなかった。
エリザが危惧していた氷魔法の利かない魔物とも出会わず、軽快にダンジョンを探索し。
そして――邂逅する。
なんて強調表現をしたい気分なのは、俺ではなくエリザの方だろうけれど。
「……エリザか。よく追いついたな」
エリザの仲間……いや、元仲間か。
Sランクパーティー「覇王の道」の面々。
深い藪を抜けたところで、先に向こうから発見されてしまったのだ。
アスモデウスに知れたらまた馬鹿にされる……どうやら、俺は周囲への警戒が心底苦手らしい。
まあ、そんなわかり切ったことはどうでもいいか。
どうでもよくないのは、だからこの後。
「まあ、君なら一人でもここに辿り着けるとは思っていたよ。さすがの僕も人殺しをしたいわけではないさ。ただ君がムカついただけ……ん?」
俺の存在に気づいたオズワルドはわかりやすく眉を潜める。
次いで、彼の両隣に立つ男女が声を荒げた。
「お前は昼間の! どうしてここにいる!」
「呑気にダンジョン攻略なんて、覚悟はできてるんでしょうね!」
「落ち着け、ダレン、ミナ」
オズワルドに制され、二人はグッと口をつぐむ。
「……さっきはよくも僕を殴ってくれたね、無法者くん。ギルドじゃ反撃しなかったけど、ここは何でもありのダンジョン内だ……少しばかり痛い目を見てもらおうか」
「反撃しなかったんじゃなくてできなかったんだろ? 言葉はキチンと使った方がいいぜ」
「生意気な……僕らはSランクパーティー『覇王の道』。喧嘩を売る相手を間違えたと後悔しても遅いよ」
ここぞとばかりに見栄を切られるが、生憎、Sランクの凄さを知らないので挨拶に困る。
こいつらもエリザと同程度の力を持っていると仮定するなら、そこそこ戦えるのだろうか。
「君のような無礼な輩には、僕直々に灸を据えてやるとしよう。二度と生意気な口が利けないように念入りにね」
「俺にはあんたらと戦う理由はないんだけど、それでもやるの? 怪我じゃ済まないかもしれないぜ?」
「威勢だけはいいな……君、見たところソロで潜ってきたんだろう? 規則を無視してまでダンジョンに挑むということは、それなりに魔法を使える自信はあるんだろうね。そのプライドをへし折るのが今から楽しみだよ」
「あー、すごい細かいところでわざわざ突っ込む必要もないんだけど一つ訂正……俺は魔法を使えない」
「……なんだって?」
俺の言葉を聞き、この場にいる全員が微妙な反応をする。
「それが本当なら、君はただの馬鹿か正真正銘の愚か者かどちらかになるが……今更怖気づいて言い訳でも始めたのかい?」
「いや、マジで魔法は使えないんだ。なんてたって、あれは天使様の力だからな……悪い子は使わせてもらえないんだよ」
そう、特に。
悪魔に育てられた、悪い人間なんかは。
「俺が使うのは魔術……悪魔の力さ」