しょっぴかれ
「私が使うのは氷属性の魔法で、得意距離は遠距離になります。ライズはどうですか?」
「私は炎属性だよっ。得意な距離は近中距離かな……デリオラに格闘術を鍛えてもらったから、近接戦闘もそこそこいけるよ。セイッ」
正拳付きを繰り出し、得意気に微笑むライズ(確かにキレがある)。
一方のエリザは運動能力皆無なので(一時間歩くだけで疲れるタイプだ)、対照的な二人である。
「そう言えば、ジンさんはどんな魔法……じゃなかった、魔術を使えるの? 属性は?」
「あー……メインで使ってるのは【悪魔の加護】って魔術。使うっつーか、常時発動型の呪いみたいなもんなんだけど」
俺を包んでいる魔力の鎧である【悪魔の加護】は、ジン・デウスの意思とは無関係に発動し続けている。
そのからくりは単純明快で、アスモデウスが直々に魔術を掛けたからだ。
曰く、向こう百年は解除されない……らしい。
だからまあ、呪いという表現はあながち間違ってもいないのだった。
「大抵の攻撃ならダメージを受けないし、大概の相手ならグーパンで倒せるって感じ」
「確かに、闇ギルドの魔法を食らってもピンピンしてたもんね……なんかこう、ずっこいよねっ」
「んなこと言われてもな……悪魔の力だし。狡いのは当たり前だよ」
それに、【悪魔の加護】だって完全無欠の能力ではない……黒魔法陣ダンジョンの深層辺りにいけば、この魔術一本で戦うのは難しくなる。
「あとは、エリザとライズも知ってる【血の契り】って術かな。人間を魔武器に変えるやつ」
「それ、如何にも悪魔っぽいよね。禁断の技っていうか、倫理に反してるっていうか……人間を道具にしてるんだもんね」
「言いたいことはわかるよ。あんまり気持ちの良いもんじゃないよな」
「そんなことはないけど……えっと、その二つ以外に魔術は使えないの?」
「まあ、ボチボチ」
「……?」
明らかにとぼけた俺を見て、ライズは訝しげに眉をひそめる。
「無駄ですよ、ライズ。ジンさんは自分の力について全然教えてくれないのです。私も何度となく聞き出そうとしましたが、頑として話してくれませんでした」
「そういうこと……ま、戦闘になったら上手いこと立ち回るよ。二人の動きだけ決めてくれれば、あとは臨機応変にやるさ」
「だ、そうです。ということで、こーんな非協力的な人は放っておいて二人で話し合いましょう、ライズ」
「……せっかく三人パーティーになったんだし、俺の意見も聞いた方が良いんじゃない?」
「ジンさんが手の内を明かしてくれない以上、意見を出す権利はありませんよー」
激しく正論だった。
エリザとライズは机を移動し、仲良くガールズトークを再開する。
「……」
別に勿体ぶっているわけじゃあない。
ただ、魔術関係の話は俺の弱点にもつながるので、おいそれと吹聴するわけにはいかないのだ。
……でも、ううん。
一応、仲間だしなぁ。
伝えるべきこと、なのかもしれない。
「……」
アスモデウスと二人でいる時は、こんなことを一々考えずに済んだのに……人と人の間、か。
「……人間、めんどくせ」
思っていることをそのまま口に出すのは悪い癖だと自覚しつつ、しかし勝手に出てきた悪態は止められない。
あー、とりあえず何か腹に入れたい……エリザたちの話し合いはまだかかりそうだし、酒場で軽食でも頼むとするか。
なんて、呑気に考えていると。
「ここにライズ・メノアはいるか‼」
ギルドの扉がけたたましく開かれ、同時に良く通る大声が響き渡った。
「もしいるのなら速やかに出てこい!」
ずんずんと進んでくる数人の集団は、みな一様に同じ制服に袖を通している。
あの腕章は……イーレン王国のマークか?
「ライズは私だけど」
少し離れた場所にいたライズが、右手を上げて素直に名乗り出た。
それに気づいた集団は、小気味良い足音を立てながら彼女に近づく。
「先に起きた闇ギルドの一件について話がある。関係者を集め、我々に同行してもらいたい」
「……あなたたち、王国軍だよね? 事情聴取だったらもう済んでるはずでしょ?」
やはり、あいつらは軍隊か……それにしても、国家権力を前に一歩も引かないライズも、中々のものである。
「これは命令だ。大人しく従ってもらうしかない」
「いきなり訪ねてきて横暴だね。こっちにも都合ってものが……」
「聖天使団直々の命だ。逆らうことはお勧めしないな」
「っ……⁉」
瞬間、ギルド内の空気が凍りついた。
軍とライズを囲むようにしていた野次馬たちが、ジリジリと後退する。
聖天使団。
この言葉が発せられただけで、大した影響があるようだ。
「……わかったよ。でも、前回報告した通りパーティーメンバーはみんな入院中なんだ。だから私一人で行く」
「いいや、ダメだ」
「どうして? 事情聴取なら私だけで充分でしょ?」
「それも聖天使団からの命令でな。『報告書にあるメンバーだけで闇ギルドを退けたとは思えない。必ず他の誰かがいたはずだから、そいつを連れてこい』……とのことだ」
「……」
ちらっと、ライズが俺に目配せをする。
何だかわからないが、大人しくしていた方が身のためだろう……俺は降参とばかりに両手を挙げ、一歩前に躍り出たのだった。