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お礼 002



「それじゃあ、二つ目の用件ね……とりあえず、私について来てもらってもいい?」

「別に構わないよ。暇だしね」


 ライズに促されるまま、俺はトボトボと彼女の後に続く。

 どうせ当てのない散歩しかやることはないのだ、来いと言われればのこのこついていくだけである。

 我ながら意志がない。


「ジンさん、朝ご飯は食べた? もしまだなら、どこかで軽く済ませまよ。もちろん、私の奢り」

「……じゃ、お言葉に甘えようかな」

「そうこなくっちゃねっ」


 特段空腹というわけでもないが、奢りというなら話は別だ。

 タダより高いものはないとよく言うらしいけれど、そんな意見は恵まれた側の押し付けでしかない。

 諸々の出費を全てエリザに頼っている身としては、少しでも倹約を心掛けたいところである。

 奢り万歳。人の金万歳。


「しばらく行ったところに美味しい焼き鳥屋さんがあるんだ。タレがもぉー絶品で」

「意外なチョイスだな……女子ってのは、四六時中甘いものを食べたがるんじゃないのか?」

「まー、そういう子も多いけど……ジンさんは、その、やっぱり女の子っぽい女の子の方が好み?」

「どうだろうな。好みとかタイプとか、考えたことないかも」


 そもそも人間と話すのに慣れていないし。

 悲しい現実である。


「ふーん……なんかジンさんって、恋愛に興味なさそうだもんね。常にクールっていうか、無表情っていうか」

「無愛想で悪かったな」

「悪い意味じゃなくて……なんだかこう、浮世離れしてるっていうのかな? 普通に生きてる人たちとは、違う世界にいるみたい」

「それは……」


 一瞬言葉に詰まり、唾を飲み込む。


「……まあ、多少変わっている自覚はあるよ。育ちが特殊でさ」


 人間でありながら、人類の敵である悪魔に育てられたから。

 俺は、やっぱり普通じゃないのだろう。


「実はね、私もちょっとだけ変わってるの……んーと、変わってるって言ったら怒られちゃうな。独特って感じ?」

「そうなのか?」

「私、両親がいなくてさ。物心ついた時には教会で過ごしていたんだけど……突然、ある人が引き取ってくれたの。それが、大冒険者のデリオラだったんだ」


 さしてもったいぶることなく、ライズは続ける。


「あの日から、私の生活は一変した……良くも悪くもね。私はデリオラに魔法のいろはを叩きこまれて、五人の弟子の一人になったの」

「……話の腰を折って申し訳ないけど、デリオラってのは誰?」


 このままライズの身の上話を聞くのはやぶさかではないが、しかし大前提となっている人物を露ほども知らないので、上手く入ってこない。


「……うそっ。デリオラを知らない? あの伝説と呼ばれた大冒険者だよ?」

「ごめん。でも、俺の無知に一々驚いてたら疲れるから諦めてくれ」


 一般常識を求めないでほしい。

 切実に。


「そのデリオラって人はどうして伝説って呼ばれてるんだ?」

「一口には言えないけど……一番大きな功績は、攻略した黒魔法陣ダンジョンの数がギルド歴代一位なことだね。生涯を通じて三十の黒魔法陣を踏破して、伝説になったんだよ」


 師匠のことが誇らしいのだろう、得意気に胸を張るライズ。

 しかし、三十個のダンジョンねぇ……。

 それで伝説と呼ばれてしまうなら、俺はともかくアスモデウスはどうなってしまうのか……まあ、余計なことを言うのはよそう。


「伝説の大冒険者デリオラ……私は、その弟子に選ばれた。だから必ず結果を残さなくちゃならない。小さい頃から、そう自分に言い聞かせてた」

「期待とプレッシャーってやつか。大変そうだな」


 俺には全く無縁のことなので、あからさまに他人行儀になってしまう。

 が、ライズは気を悪くするでもなく、ニコッと笑った。


「まさにその通りで、いろいろ大変だったよ……ま、あんまり愚痴ってもしょうがないんだけどさ」

「俺でよければいつでも相談に乗るぜ」

「絶対うそ」

「よくおわかりで」


 相談相手としてこれ以上不適格な奴もいないだろう。

 俺に話すくらいなら、その辺の雑草に語りかけた方がマシだ……少なくとも、嫌味は言われないのだし。

 雑草に負けるというのは、自分で言っていて情けなくなるが。


「それで、伝説の大冒険者様は弟子のピンチに何をしてたんだ? 俺みたいな暇人がたまたま通りかかったからよかったけど、あのままじゃ君たち、闇ギルドにやられてたぜ」


 適度に嫌味を練り込みつつ、俺は肩をすくめる。

 隙あらばライズをイジメたい欲求があるらしい……うん、それくらいは許容してもらおう。

 命の恩人という免罪符がどこまで通じるか、見ものである(性格悪い)。


「……」


 が、しかし。

 こちらの能天気なさまとは裏腹に、ライズの瞳は曇った。


「……デリオラは、死んだよ」


 ふっと沈んだ紅い目が、どこか遠くを見つめる。


「もう四年も前になるかな……黒魔法陣ダンジョン攻略中に、命を落としたんだ」

「……」


 伝説と崇められた人物であっても、ダンジョン内では平等に死の危険がある。

 残酷だが、変えようのない事実だ。


「私にとってデリオラは、絶対的な師匠で、完璧な偉人で……そして何より、大切なお父さんだった。彼の遺志を継いで立派な冒険者になることが、私の為すべき目標なんだ」

「……そっか。いろいろ背負ってるんだな」


 生きる術を一から叩き込んでくれた育ての親の死。

 それはどこか、俺とアスモデウスと似たような境遇で……けれど多分、一緒にしてはいけないのだろう。

 俺は、彼女のことを母親だと思ったことはないのだから。

 ただの一度だって。


「し、湿っぽい空気になっちゃったねっ。ごめんねっ。今はもう立ち直ってるし、全然大丈夫だから……よーし、気を取り直して焼き鳥屋さんにゴー!」


 空元気を擬人化したらこんな感じだろうかと思いながら、ライズの背中を追う。



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