ぶっ飛ばす
「私をぶっ飛ばす? それを有言実行するの?」
システィーは不思議そうに首を傾げ、
「……きゃははははははははっ! それって傑作だわ!」
大いに笑った。
「はーあ……こんなに笑ったのは久しぶりよ、ほんと。しかも嘲笑や皮肉じゃないのよ? 君があまりにも可笑しな冗談を言うから、心の底から笑ったの」
「冗談ね……まあ、いくらでも笑ってりゃいいさ」
俺は一歩ずつ、ゆっくりと歩みを進める。
「えー、何その目。如何にも真剣ですって顔しちゃってさー、今度は全然笑えないわ……って言うより、イラつく。まさかまさか、ほんっとーに私をぶっ飛ばせると思ってるわけないわよね?」
「有言実行するって言ったろ? 言葉の通りさ」
「……うっざ」
カチッと、システィーの表情が変わった。
俺の態度が気に食わないのだろうか……だが生憎、人様の顔色を窺う器量は持ち合わせていない。
「せっかく面白い変人だと思ってたのに、君もそこらの冒険者と同じで自惚れた馬鹿ってことね……あーあ、なんだかショックー」
「勝手に期待して勝手に失望するって、コミュニケーションとしちゃ悪手だろ」
「あー、もういいもういい。君とのお喋りはちょーっとだけ楽しかったけど、もう飽きたわ。終わりにしましょ。これ以上イラつくとお肌に良くないしね」
言って、システィーは右手を銃のように構える。
あのポーズは恐らく、魔法発動の合図……ライズたちを追い詰めた爆破魔法とやらを、早速お披露目してくれるらしい。
「って言うかそもそも、君、ルーキーなんでしょ? 冒険者なりたてほやほやのくせして、どーして私に勝てると思っちゃうのかな?」
「って言うかそもそも、ルーキーが一人でここまで来てるって事実に目を向ければいいんじゃないか?」
「……まあ、それも一理あるわね。赤魔法陣ダンジョン深部なんて、ふつーの冒険者が来るところじゃないもの……何? 君、実は元騎士団とか?」
「そんな立派なもんじゃないさ。むしろ真逆だよ」
「真逆? どういう意味?」
「教えない」
「……あっそ。いいわよ、別に。じゃあ死んで」
俺との会話に飽きたのは本当なのだろう……システィーは特に感慨もなく、右手に魔力を集め始めた。
対する俺は、ただ真っすぐに距離を詰めていく。
「っ! ダメ、ジンさん! あいつの魔法は普通じゃないの! 正面から受け切るなんて不可能だわ!」
「ご忠告どうも。いいから黙ってた方がいい、体力がもったいない」
未だに心配を続けるライズを尻目に、俺はふうっと息を吐いた。
「どうやら潔く死にたいようね! きゃはははっ! お望み通り消し炭にしてあげる! 【サンダー・ボム】!」
躊躇なく放たれる爆弾。
人間の頭部ほどに圧縮された雷が射出され、内に溜まったエネルギーを解放せんと向かってくる。
「……よし」
魔法の発動を確認した俺は、一気に前方へと駆け出した。
そしてそのまま、雷の球を抱きかかえる。
「っ⁉ ジンさん⁉」
「きゃははははっ! 馬鹿すぎるよ、君! ほんっとーに跡形もなく、消し炭になりなよ!」
俺の胸元で、魔力が急激に溢れ出す。
爆発まで3、2、1……。
ドカン。
「……………………は?」
激しい光に包まれること数秒。
無傷の俺を見て最初に驚いたのは、他ならぬシスティーだった。
「ふう……まあ、ちょっと痺れるくらいだったな。マッサージにしちゃあ弱過ぎるぜ」
「……ちょっと、待って。え、マジで言ってる? 君、そりゃいくらなんでも、いくらなんでもじゃない?」
先ほどまで浮かべていた幼稚な笑顔が消え、焦りを露にするシスティー。
絶対の自信を持っている魔法が無力化されたのだ、その気持ちはわかる。
わかるが、関係ないことだ。
「で、これで終わり? だったら有言実行したいんだけど」
「……終わりなわけ、ないでしょ? なるほどね、君の馬鹿みたいな態度はその防御魔法からきてたんだ……きゃははっ! でもねでもね、種さえわかれば、いくらでも対処できるのよ!」
「一々説明するのも怠いから、そういうことでいいよ」
「余裕そうね? まあ、随分と鍛錬を積んだ防御魔法のようだし、並の冒険者なら太刀打ちできないでしょーけど……残念ね」
再び笑顔を取り戻したシスティーは、左手を差し向けた。
「私が使える属性は、一つじゃない……右手では雷、左手では火の魔法を使えるのよ。きゃははっ!」
「……」
だからどうした、とは聞くまい。
自分で考えてみよう……えっと……。
「私の【サンダー・ボム】を完全に防いだってことは、君の防御魔法の属性は氷! なら、左手の火で攻撃すれば……結果は明らかよね?」
わざわざ説明させてしまった。
しかも滅茶苦茶間違っている。
「これで正真正銘の終わりよ! 【エクスプロード】!」
こちらの訂正も待たず、魔法を発動するシスティー。
圧縮された炎の球が撃ち出され、俺の腹部に直撃する。
二度目のカウントダウン……3、2、1、ボンッ。
「ほらほら、弾け飛べ! きゃはははははははっ…………は?」
何度やっても結果は同じだった。
それこそ、火を見るよりも明らかだ。
俺には、どんな属性も通用しない。
それが魔法である限り……悪魔の扱う魔術には、到底敵わないのだ。
「……とりあえず、ぶっ飛べ」
俺は右の拳を固く握る。
男も女も関係ない、正義の右ストレート。