闇ギルド 002
「【ロックシールド】‼」
自分たちに向けられた脅威に対し、トーストは魔法で応戦する。
地面が隆起し、堅牢な岩の盾が作り出された。
だが。
「だーかーらー。そーんな弱っちい魔法じゃ、私の爆破魔法は防げないんだって。きゃははっ!」
女の言葉通り、岩は脆くも弾け飛ぶ。
ボール状に圧縮されていた雷が四方に爆散し、トーストたちを襲う。
「ぐううううっ⁉」
「ほら、死んじゃえ死んじゃえー! 【サンダー・ボム】! 【サンダー・ボム】! きゃははっ!」
絶え間ない閃光と爆音のせいで、視覚と聴覚が機能しない。
遠巻きに見ていた俺のところまで、爆発の衝撃が押し寄せてくる。
「……」
これは……さすがにどうしようもないだろう。
トーストの防御魔法はあっさりと粉砕され、あとは雷と爆発に蹂躙されるのみである。
まず間違いなく、彼は死んでいる。
そう――思ったが。
「……っ」
静寂の後、見えた光景。
防御魔法を破られたはずのトーストが、仁王立ちをしていた。
血は枯れ、筋肉は剥げ落ち、到底立っていられるはずのない状態にもかかわらず。
彼は、そこに立っていた。
まるで。
ライズと仲間を、守るように。
「……そんな、ものか、闇ギルドよ……この程度では、俺は、死なん。仲間も、殺させはしない……」
今にも意識が飛びそうなのか、たどたどしい語り口ではあったが……しかし、トーストは確かに生きている。
生きて、仲間を守ろうとしている。
自分が死ぬかもしれないのに。
他の誰かを、助けようとしている。
「……えー、そういうの萎えちゃうなー。苦手なの、私。仲間のためーとか言って命張っちゃってさ? そのくせ大した力もないじゃない。有言不実行って、男としてサイテーよ?」
呆れたように肩をすくめながら、黒髪の女はトーストに近づいていく。
彼に戦闘力が残っていないことは明白なので、ああして無防備に振舞えるのだろう。
「早く、逃げろ、ライズ……あいつは、俺が食い止める」
「で、でも……それじゃあなたが死んで……」
「俺は、死なん。デリオラさんに、約束したからな……必ず、お前を守ると」
「できない約束はするもんじゃないわよー」
いつの間にか、女はトーストの真正面までやってきていた。
あのまま放っておけば、あそこにいる全員が死ぬ。
呆気なく殺され、あっという間に消し飛ぶ。
……だからどうした?
俺には何の関係もない事象だ。
たまたま面識があるとは言え、ライズもトーストも赤の他人である……後ろに倒れている奴らは名前すら知らない真っ赤な他人だ。
彼女たちが死んでも、俺の人生には何の影響もない。
それに、一々他人の死を思いやっていられるほど、この世界は甘くない。
ダンジョンに潜るとはそういうことだ。
常に死の危険と隣り合わせで、全責任は自分が持つ。
ライズたちも、それは承知のはずだ。
殺される相手が魔物か人間かなんて、些細な違いである。
本質は、死ぬか生きるか。
その二択でしかない。
だから。
だから――俺が動く必要なんて、全くないのだ。
俺は正義の味方でもないし、偽善の人でもない。
ただ生きているだけ。
ただここにいるだけ。
他人を助けるなんて高尚なことは、エリザのような良い人間に任せておけばいいのだ。
俺は、悪魔に育てられたから。
誰かのために生きるなんて、そんな善人染みたこと。
しては――いけないのだから。
「――――ああ、くそ」
だが、またしても。
俺の身体は、俺が思考を終わらせるよりも早く動いてしまった。
考えるより手を動かせとは言ったものの、こうも考えなしだと自分が怖くなる……が、まあ。
動いてしまったものはしょうがないと、割り切ることも大切である。
「ちょっと失礼」
身を隠していた藪からライズたちのところまで、ものの数秒で辿り着いた。
俺が散々躊躇して逡巡して二の足を踏んでいた距離は。
踏み出してみれば、呆気ないほど短く。
とても簡単に、手が届いたのだった。
◇
「あー……まあ、えっと……」
黒髪の女とトーストとの間に割って入った俺は、手持無沙汰に頭を掻く。
勢いそのまま飛び出してきてしまったので、何も言葉を考えていなかった。
見ようによっては最高に格好良い登場シーンのはずなのだが……やはり、俺に良いことは似合わないらしい。
普通に恥ずかしくなってきた。
「あ、あなたは……ギルドの……」
突然姿を現した不審者に真っ先に反応したのは、地に座るライズだった。
力なく満身創痍といった感じだが、意識はハッキリしているらしい……離れたところで伏しているお仲間も、どうやら息はあるようだ。
問題はトーストだが……迅速に街へ運べば、まだ助かるかもしれない。
そのためにも、まずは。
目の前でキョトンと首を傾げている悪者を、きっちり成敗してやるとしよう。
「んー……? 『紅い月』に他にメンバーがいたはずないけど、君、誰? どこのどなた?」
「俺はジン・デウス。こいつらとは関係ない、ただの通りすがりだよ……で、あんたはどこの誰?」
「何? 通りすがり? ……きゃははっ! 面白いこと言うわねー、君。私好きよ、変な人」
状況が状況でなければ、面と向かって好きと言われて照れてもいい場面かもしれないが(無論俺は照れない、マジで)、そんなことはどうでもいい。
黒髪の女は再びきゃははっと笑ってから、改めて俺の目を見つめ返す。
「私の名前はシスティー……システィー・メロウ。闇ギルドの一員よ。以後お見知りおきを、変な人」