闇ギルド 001
つらつらと考え事をしながらも順調に階層を下り、気づけば深部に辿り着いていた。
エリア内に漂う魔力が色濃くなり、ただでさえ苦手な魔力探知が一層難しくなる……あーダメだ、何にもわからねえ。
五里霧中、暗中模索。
表現は何でもいいが、とにかく周囲の状況が読み取れない。
伝わってくるのは、嫌な空気だけ。
「今が二十五階だから……最深部は三十階か」
ここまでの所要時間は三時間強……深部に出てくる魔物が強力であることを加味しても、あと一時間ほどで攻略できるだろう。
明け方までには宿に戻っておきたいので、若干ペースを上げる必要が出てきたかもしれない。
「……っと、あぶね」
いくらか早足で歩いていると、地面から炎が噴き出てきた。
完全に不意を突かれたのでもろに直撃したが(またアスモデウスに怒られる)、全身を覆う魔力によって無傷で済む。
地中からの炎攻撃となると、フレアワーム辺りだろう……奴らは土の中を高速で這いまわり、狙った獲物目掛けて炎を噴出するのだ。
まあ、要はでかいミミズである。
ちょっと燃えてるけれど。
「直撃でこのくらいのダメージなら、問題ないか」
赤魔法陣の深部には始めてくるので、一応警戒はしていたのだが……案の定と言うか何と言うか、黒魔法陣に出てくる魔物と比べてレベルが数段落ちる。
であるなら、遠慮も警戒も必要ない。
敵を見つけたら――迷わず叩き潰す。
「せーのっ」
頭上で両の拳を合わせ、勢いよく地面に叩きつける。
直後、打撃点を中心にして激しい地割れが起き、ひびの間から巨大なフレイムワームが出現した。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァッ‼」
「いかにも断末魔っぽいな、それ。採用」
敵が再び地面に潜る前に、間合いを詰めて前蹴りを放つ。
フレイムワームの胴体は真っ二つに分断され、魔石を残して砕け散った。
「……お、そこそこでかいじゃん。ラッキー」
腐っても深部の魔物、上層で手に入れたものよりは小マシな魔石を落としてくれるようである。
まとまった数を集めれば、それなりの金額にはなるはずだ。
最低限、エリザに借金している分の金は返せるだろう。
「俄然やる気になってきた」
鼻歌なんぞ歌いつつ、俺は深部の奥へと歩いていく。
◇
異変に気付いたのは、しばらく経ってからのことだった。
気付いたというより、気付かされたという方が実態には近い……なぜなら、この深部において俺の魔力探知能力は全くのゼロになっており、能動的に異変を察知することはできないからだ。
頼りになるのは己の五感だけ。
最初は、爆発音。
次に――悲鳴だった。
「……」
何だか最近、似たようなシチュエーションに遭遇したなぁなんて思いつつ……あの時とは違い、俺は無意識に悲鳴のする方へ駆け出していた。
「……?」
数十メートル進んでから、俺は何をやっているんだとようやく疑問に思ったけれど、まあ走り出したものは仕方ないので、とりあえず進むことにする。
移動している最中も魔物は容赦なく襲ってきたが、そいつらが何なのか同定する前に殴り倒し、最短距離を走り抜ける。
数十秒後。
「……――――っ」
深部の纏わりつくような空気の中でも伝わってくる、ジメジメとした陰鬱な魔力が肌を突いた。
これは……相当な魔力量だな。
控えめに言って、赤魔法陣ダンジョン如きで感じ取っていい類のものではない。
と言うことは、つまり。
魔力の主は――魔物ではないということ。
「もうやめてぇっ‼」
悲痛な叫びが聞こえ、俺は慌てて藪の中に身を隠す。
どうやら近くに何者かがいるらしい……慎重に息を殺しながら(当社比)、人間の気配を探っていく。
「きゃはははっ! 『もうやめてぇ』、ですって! 自分の弟子がこんな調子じゃあ、デリオラもあの世で浮かばれないわ!」
森の中の開けた空間。
そこで、複数の人間が相対していた。
「それにほら、その男はまだまだやる気みたいよ? ……トースト、だったかしら? さながらお姫様を守るナイトってところね。きゃははっ!」
一人は女。
黒く長い髪を揺らしながら、大人びた見た目にそぐわない幼稚な笑みを浮かべている。
「早く逃げろ、ライズ……ここは俺が食い止める」
もう一人は男。
あの容姿には見覚えがある……息も絶え絶えに血だらけになっているが、昼間ギルドで会った不愛想な長身の男、トーストだろう。
ということは、あいつが庇うようにしている金髪の少女は、ライズで間違いない。
そして。
彼女たちの後ろで倒れている三人は、同じパーティーのメンバーだろう。
「……」
あれは……死んでいるのか?
遠目に見ただけでは判断できないが、重要なのはそこではない。
現時点で重要なのは、一応Aランクパーティーであるらしい彼女たちが、五対一という圧倒的有利な状況で惨敗していることだ。
「さてと……じゃあそろそろ終わりにしましょーか? きゃははっ! 本当はもっと楽しませてほしかったけど、これ以上奥の手もないみたいだし……全員仲良く殺してあげるわ」
「ほざけ、悪女が……仲間たちには指一本触れさせん」
「いやー、そのセリフを言うにはちょーっとボロボロすぎないかしら? もうほとんど虫の息だしー。きゃははっ!」
言いながら、黒髪の女は右手をトーストに向ける。
さながら拳銃を模すかのように人差し指を伸ばし、親指を立て。
魔法を、発動した。
「【サンダー・ボム】!」
先刻から感じていた、嫌な魔力の正体。
その発信源は、紛うことなくあの女だった。