ライズ
「突然ごめんね。受付でフレアさんと話してるのが聞こえちゃって……あ、私の名前はライズ・メノア。よろしくね」
「はあ……エリザ・ノイマットです。よろしくお願いします」
謎の少女は一方的に右手を差し出し、半ば無理矢理エリザと握手を交わす。
「そっちのお兄さんも、よろしくね」
「……」
「あれ、ちょっと警戒させちゃったかな? だったら謝るよ、ごめんごめん」
「いや、そういうわけじゃないんだけどな」
何分人間と気軽に握手をした経験なんてないので、勢い余って手を潰しそうで怖い(物理的に)。
【悪魔の加護】は常時発動型の魔術なので、迂闊に力を込めると簡単に人体を破壊してしまうのだ。
これはアスモデウスに散々言い聞かされたことなので、極力注意する。
「? なにがしかのポリシーがある人なのかな? ならやっぱり悪いことしちゃったね、ごめんね」
「……」
こいつ、さっきから謝ってばっかりだな。
不躾に会話に割り込んできたくせに、意外と腰は低いようだ。
「……俺はジン・デウス。で、そのライズ・メノアさんがいきなり何の用?」
「用ってほどでもないんだけどね……実は私もパーティーメンバーを集めてる最中で、もしよければ宣伝させてもらえないかなって」
「宣伝?」
「そ。私は『紅の月』っていうAランクパーティーのリーダーをやってるんだけど、そろそろ本格的にSランクを目指そうと思って。こうして有能な人材をスカウトしてるってわけなの」
この女子がAランクパーティーのリーダー……見た目エリザと同い年くらいの、精々十六、七にしか見えないが。
まあ、魔法の力があれば年齢は関係ないのだろう。
あのSランクパーティーリーダーのオズワルドでさえ、俺より少し上くらいにしか見えなかったし。
「チラッと聞いた話じゃ、あなたたちSランクパーティーに在籍していたんでしょ? 是非是非お話させてほしいわ」
「そりゃ随分チラッと聞いちまったみたいだな。残念だけど、Sランクだったのはエリザだけだぜ。俺は冒険者成り立てほやほやのペーペーだ」
「……え?」
爛々と輝いていたライズの目から光が消える。
しかしすぐに首を横に振り、調子を戻すかのように口を開く。
「ま、まあまあ、そういう組み合わせもあるわよね? なるほどー、そういう二人組か~そうきたか~……」
「ってことで、誘うならこっちの女子をどうぞ」
俺はエリザの両肩を掴み、グイッと前に押し出した。
「ジンさん⁉ 急にそんな、困ります……」
「……? 何が?」
「いやその、いきなり肩を掴むなんて……って、そんなことよりジンさん! 私はあなたと一緒じゃないと嫌なのです! 一人だけ別パーティーにいくことはありません!」
頬を紅潮させながら、捲し立てるエリザ。
何をそんなに慌てているのだろうか……皆目見当つかない。
「あー……あなたたち、そういう感じなのね?」
「そ、そういう感じではありません! 私はジンさんのことを尊敬しているだけです!」
エリザは声を荒げつつ両手をブンブン振り回す。
元気だ、実に。
「よ、よくわかんないけど、エリザさんだけをスカウトするのは無理ってことね?」
「はい!」
「いい返事だけど……じゃあ、ジンさんが一緒なら考えてくれるの?」
「えっと……それは私の一存ではお答えできないというか……」
首だけでチラッと振り返り、エリザが上目遣いで見上げてくる(可愛い)。
「んー……まあ、考えるだけなら構わないよ」
元々三人目のメンバーなどどうでもいいのだ。
二週間を待たずにダンジョンに潜れるというなら、別段断る理由もない。
「一応確認だけど、お宅のメンバーは何人? あんまり人数が多いと取り分が減るから、大所帯だと困るんだけど」
「今のところ、『紅の月』のメンバーは五人よ。そこから八人に増やそうと思っているの」
「八人か……多いな」
「分け前が少なくなりそうで不満? 冒険者になり立てにしては、意外と貪欲な人なのね」
「それが人間ってもんだと、ある人から教わったからな」
欲こそ人間の本質であると、アスモデウスは言っていた。
その言葉の真意はよくわからないが、金を欲しがるのは多分正しいことだろう。
「分け前問題以外にもう一つ……俺の知ってるSランクパーティーの人数は四人だったんだけど、あんたたちはその倍だ。どうしても一人一人の力量を疑わざるを得ないな」
「確かに、個々の力がSランクに及ぶかと訊かれれば、そうとは言い切れないわ……だからこそ人数でカバーする。それも立派な戦略の一つよ」
「戦略ね……分相応に生きるのも戦略だと思うぜ」
「……私たちがSランクを目指すのは無謀だって言いたいの?」
瞬間、ライズの目線が鋭くなる。
俺の言葉が気に障ったのか……どうでもいいけど。
「仲には数十人のメンバーを抱えるSランクパーティーだっているわ。人数が多いから力不足なんて、私は思わない」
「あんたが思わないならいいんじゃないか? 俺は自分の知っている事実を言っただけだよ」
「事実って……わざわざ言わなくても……」
「誰に何を言われたって関係ないだろ。自分がやりたいようにやればいいだけだし」
「それは……」
途端に顔を伏せるライズ。
「……そうね、その通り。ジンさんって、無愛想だけど良いこと言うのね」
「誉め言葉ってことにしとくよ」
「うん、褒めてるわ。そして改めて、二人に話を聞いてほしい。私のパーティーの話を」
「別にいいよ。考えるだけなら無料だしな」
「ありがとう。じゃ、落ち着いて話せるところに移動して――」
一転して笑顔になったライズだったが……何者かがその腕を掴んだ。
「また自分でスカウトをしてるのか、ライズ」
突如現れた長身の男が、不満げな目でライズを見下ろす。
いや、不満げというよりは無表情の方が近いか……何にせよ、感じのいい奴でないことは確かだ(どの口が言う)。
「トースト……」
「条件を絞った募集は既に出してある。デリオラさんのように直接人を見たい気持ちもわかるが、手あたり次第やっていては効率が悪いぞ」
「……わかってるわよ、そんなこと。でも、直感でピーンとくる人だって絶対いるし……」
「その勘自体は否定しない。だが、何よりも大事なのは積み上げてきた実績と魔法の力だ。人柄だけで採用していては最強のパーティーは作れない」
トーストと呼ばれた男は毅然とした態度のまま、ライズの腕を離さない。
「でも、そこにいるエリザさんは元Sランクパーティー所属よ? 実績も実力も申し分ないわ」
「では、そっちの男はどうだ?」
「彼は……えっと……」
チラッとこちらを見、言い淀むライズ。
俺が悪いみたいだから是非やめてほしい。
「彼はその、駆け出しというか、新人というか……」
「だろうと思った。あの男からは猛者の覇気が感じられない」
言いたい放題言いやがる。
「そっちの女も、実力者がルーキーと組みたがるなどどうせ訳ありだ。別の人材を探した方がいい。ほら、行くぞ」
「それは話してみないとわからな……ちょ、ちょっとわかったってば! あんまり引っ張らないで、服が伸びちゃうでしょ! 馬鹿力!」
「む……すまん」
トーストはライズを引く手を緩め、ずんずんと人波を掻き分けていく。
「ってことでごめんなさい、今回の話はなかったことにして! 良い仲間が見つかるといいわね!」
ライズはパンと両手を打ち、右目でウィンクをしてこの場を去っていった。
「……一体何だったのでしょうか」
「さあね……まあ、世の中には変人がいるもんだ」
「あなたが言わないでください」