本編 8
私はまだ、口も手足も動かせるし囚われたにしてはいい待遇をされている方なのかもしれない。印をつけるまで…秀が満足するまでの我慢だ。
「決まった?」
「……どれでもいい」
「どれでも…ね? 聖はMになったのかな?」
くすくすと面白そうに笑う秀。悔しいけど、その笑顔は綺麗で眩しい。
「じゃあ、僕が選ぶね。ハナ」
「はい、秀様」
ハナさんはそれを掴んで私へとつける。つけられる行為が恥辱で、目を瞑った。
「うん、似合う」
ハナさんが離れる気配がすると、秀からそんな言葉が出た。口にも手足にも異常はない。瞼を上げると、黒い台の上からシードオブライフという模様の飾りが消えているのが見えた。
「久しぶり、僕のお姫様。顔に傷をつけたから責任を取りに来たよ」
自由の世界にカチャリと鍵をかけられた感覚だった。鍵の主はもちろん…秀だ。
「…責任を感じてるの?」
「そりゃあね。傷を負わせてしまったし。今でもたまに思い出しては不甲斐ない自分に嫌気がさすよ」
「そんな…。私は秀に感謝してるんだよ」
「いや。その必要はない。僕は聖を守れなかった。それは変わらない事実」
そんなことはない。自分を責めないでほしい。そう思っているのに、私が何を言っても秀には届かない気がして口を閉じた。
「でも、その傷が聖だという印になってハナが見つけられたんだけどね。ハナには聖の情報を叩き込んであったけど、さすがに人が多い中で特定の一人を見つけるのは一苦労だったろう。ハナは聖専用のなんでも屋だから、そのつもりでね」
「私専用って…?」
「ん? ハナは聖のためだけに用意したから」
「え……ちょっと意味が分からないんだけど」
「あれ? 分かりづらかったかな? 僕が直接動くとあれこれ干渉されることが多かったし目立つから、僕の代わりに聖と接触できる人間を作ろうとして選んだのがハナってこと」
「……」
「裏切りを心配する時間がもったいないと思ったから家族にして生活を保証したり忠誠心を体に刻んでもらったよ」
『兄とは血が繋がってなくて……』
そういうことだったのか。ハナさんは私に嘘ばかり話していたわけじゃないのか。
「それでハナさんの左腕にタトゥーが…」
ベロニカ。花言葉が忠誠心の。
「タトゥーだけじゃないよ」
「え?」
「“僕の作品”だから美しいだろ?」
『その弟の名はハナオくんといってね? 親しみを込めてハナくんと呼んでるんだ。秀くんとは違って顔が崩れている感じの容姿だよ』
お父さんの言葉を思い出す。まさか。
「自分の顔を捨てるなんて、なかなか勇気いるよね。それだけじゃない。ハナはもう一つ、すごいものを捨てた。その覚悟が気に入ったんだ」
「……」
「万が一、ハナが聖を襲っても子どもができないように」
ハナさんの扱いがあまりに酷くて。少しでも秀が自分のしていることを自覚すればいいなってそんな気持ちで。
「…キスや行為自体はできるね?」
挑発するように言った。その言葉がさらに状況を悪化させるなど思わずに。
「……ハナ」
「はい、秀様」
ハナさんは秀の前まで行き、膝を床につけた。何かを受け入れたように目を静かに閉じる。秀の手がハナさんの無防備な首へと伸びて……力一杯絞めつけた。
「なにを……? やめて……!」
歪むハナさんの表情。声は抑えているが、苦しそうだった。そして、ハナさんの両腕はぶら下がったまま。ただ与えられる刺激に耐えているだけだった。
「秀! やめて!! ……秀……!!」
秀を止めようとベッドの上から降りるつもりだった。だけど、鎖が足に絡まっていたようで私の足は引っ張られ、体は投げ出される。
「ひゃごっ……!」
頭からの墜落は防げたけど……背中がスースーする。
「聖?!」
絶対秀に見られた。恥ずかしくて、顔を上げられない。
「…あ、いけない。想像だけで人を殺すところだった」
「っく……」
ハナさんが解放され、酸素を必死に取り込んでいる音がした。
「……聖、大丈夫?」
私は胸下に集まっているワンピースを掴んで下ろし、足にかかった鎖をどけ、何事もなかったかのように立ち上がった。
三者の間に、妙な空気が漂う。
「聖は随分ハナのことを気にかけているみたいだね? ここまで懐に入れたのなら、ハナに褒美をやらないとな」
「っ…身に余る光栄でございます」
「正直羨ましいくらいだよ。ねぇ、ハナ?」
「あ…」
「お前……やっぱり死んどく?」