本編 6
どちらにせよ、自分の目で確認したい。ハナさんがウィッグかどうかということ。ウィッグが男だという証拠にはならないけど、私に偽っていたという証拠にはなる。
だって……さすがに胸の膨らみがあるかどうかや秘部がどうかは確認はできない。ウィッグが難しいなら柳原さんに詳しい話を聞くという手もある。
秀とハナさん…か。ここが繋がっているとは。こんな手の込んだことをするなんてそんなに私が憎い?地獄に落とそうとしてる?
私は……消えてしまいそうな秀の一部を消したくなかっただけなのに。
次の日は早く家を出た。まだ外が薄暗い中、会社へ向かった。
タイミングを伺うべく、休憩室を覗く。真っ暗で照明すらつけられていなかったのでスイッチを切り替える。闇を裂き、光は部屋全体を照らした。
配置されているテーブルや椅子、マガジンラックがカラーで表れ……奥に突っ伏して寝ている人がいた。
栗色のストレートなロングヘアにピンクのカーディガン、ネイビーのチェック柄の制服……ハナさんのようだった。
まさか。天が私の味方をしたのか?
足音を立てないように一歩一歩着実に進む。ハナさんの姿が大きくなっていく度に、ドクドクと心臓は緊張感を伝えた。周りが静かのため、私の心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと思った。
あと二、三メートルのところまでくると柔軟剤のようなフローラルな香りがさらに私に危険を知らせる。枕にしている腕は崩れていて、袖から見えている左腕のタトゥーがハナさんだという確信を持たせた。
あとはウィッグか確認するだけ。ウィッグを外すだけ。それだけだったのに。
もしこの髪がウィッグじゃなかったら引っ張られて痛いことになるんじゃないかという不安に駆られる。髪の毛を掴む私に、ハナさんはどの感情を抱く?
手が震えていることに気づく。もう一方の手で支えた。
分かっている。リスクを冒しても今しかこのような瞬間が訪れないことを。この状況が仕掛けられた罠だという可能性もあるけど……あまりにこんなに無防備なため。欲しいシチュエーションが用意されている。秀に手招きされている気分だ。
深呼吸をし、手を伸ばす。その手は柔らかなコットンに触れることなく、私の体は床に崩れ落ちた。
「気づかなければ安全に秀様とお会いできたのに…バカな人」
倒れた私を冷ややかに見下すハナさんがいた。
ーーー…
「んっ……」
首の後ろに何か硬い物がぶつかっている感覚とズキズキと痛みの信号を発しているのに気づく。
生足に触れている素材が肌触りよく気持ちいいので、無意識にすりすりしてしまう。
明らかに普段私の周りにあるものとの質の違いにうっすら瞼を上げると真っ白な天井があった。
右に目を向けるとふわふわのもっちりなクッションとお姫様が使うような大きなドレッサーがあった。
なんだろう、ここは。夢の中?
ならば、もう一度寝よ。テロテロさらさらしてる私の体の下に敷かれた布に埋まるように体を沈め直した。
ーーシャラッ
鎖が動いたような音がした。顎に当たる硬いものに不快感を感じ、目を開ける。上体だけ起こすとまた鎖が動くような音と首に重みを感じた。
上品な茶色の布を感じるように上体を捻り後ろを見ると銀色の鎖があって、ベッドの後ろへと続いていた。
鎖があることにもびっくりだが、ベッドの背がお姫様が寝るような豪華なデザインをしていて、私はお姫様に転生したのかとツッコミたくなるものだった。王冠のような形をしていて所々にある金の装飾は宝石のように輝いていた。シーツと同じく上品な茶色と白のベッドで可愛くもあり、落ち着きもあり、私好みだった。
これはロココ調というフランスの伝統ある装飾様式じゃないだろうか。画像でしかみたことなかったけどデザインが細かく丁寧に作られている。
その奥には…
「えっ……?!」
透けている世界が広がっていた。三百六十度ガラス張りで、通路の先にはいくつか扉があった。
動揺が隠せない。ここは監視される部屋なのだろうか。もしかして私は誰かのペットとして飼われた?売られた?
誰もいないけど、見られているような緊張感。じわりと滲む汗。
これが動物園で飼育されている動物の気分か。
「は…? なにがどうなってるの……?」
首を動かすと、後ろがズキズキ痛んだ。そういえば、ハナさんに思い切り叩かれたんだった。
手を添えようとすると、付けていた髪飾りに触れる。これのせいで仰向けは痛かったわけね。
「いい眺め」
いきなり別の声が聞こえたもんだから、飛び上がるようにそちらを見る。
清潔感のある艶々した黒髪のマッシュヘア、重めの前髪、アンニュイな目、右下にホクロ、小さな鼻と唇、健康的で統一感のある肌、左耳にピアス。
スーツの生地質に高級さが表れており立体感が出ていた。ブラックに鮮やかなブルーのストライプのネクタイがさりげなく華やかに魅せた。
「し、秀………」