表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: すみのもふ
5/18

本編 5

 洗面所から足早に席に戻ると、残っているご飯を口にかきこむお父さん。常に口の中に物が入ってる状態のため話しかけられなかった。例え、話したところでもごもごと何を言っているか分からないことになるのは目に見えていた。


 料理を平らげると、お風呂に直行だった。いつもは少しまったりしてからお風呂に行くのに。お父さんは私に片時も隙を見せなかった。


 お父さんがお風呂に入っている間に食器洗いを済ませ、ゴミをまとめる。そうこうしているうちにお父さんが無地のTシャツとジャージというラフな格好で姿を見せた。

 その行手を阻む。自分の腰に両手を当て、ジッと相手を見つめる。


「説明してよ。さっきのこと」


 じりじりと詰め寄る。逃げ場はない。ここで問い詰めないといけない気がする。そんな危機感で迫った。


「そうだね、悪かった」


 だが、反応は予想外だった。


「秀くんに弟がいることを、聖に伝えてなかったかもね。聖が秀くんと関わっていない間にできたんだ」


 あっさりと白状し出した。


「その弟の名はハナオくんといってね? 親しみを込めてハナくんと呼んでるんだ。秀くんとは違って顔が崩れている感じの容姿だよ」


 スラスラと話すお父さん。先程の茶番がなんだったのか、別人のようだった。茶番の方は今までにない取り乱し方だったが、冷静沈着なお父さんに戻っている。


 この変わりようは見たことある。仕事でミスをしてさらなるミスを起こしていた先輩が上司から的確な助言を得たことでミスを挽回し、ミスを生かした取り組みで評価を上げた時のようだ。

 今回の場合に置き換えると、バレるはずではなかったことを言ってしまったお父さんが秀に指示を仰いで今後の対策を聞いたかのように。


 そうだとすれば、秀のお母さんとの約束はどうしたのだろうか。お父さんが藤堂家の関連会社で働いているから秀と関わりを持っていることはおかしくないが……もしかして忘れてる可能性があるかもしれない。


「ハナオさんはお父さんに何しにきたの?」

「仕事の報告さ。聖も知ってるだろ? 氷川家と藤堂家は深く関わらないって」


 覚えているみたいだ。約束を忘れて、秀と関わっているわけではないようだ。


「他に聞きたいことはあるかい?」


 これは、チャンスなのかもしれない。お父さんと秀の繋がりを暴く滅多にない機会。

 だが、これ以上詳しく聞くことはやめた。今、突っ込んだことを聞いても正直に話してくれるとは限らない。目の前のお父さんはお父さんであって、お父さんではないのだから。


『母さんのことは警察に任せよう』


 もしかして、あの時もだったのだろうか。だから緊急事態だったにも関わらずいつも通りだった?お父さんだけでなく、お母さんの行方不明にも秀が関わっている?


 いや、さすがに考えすぎか。お父さんが言っていたし。『母さんは他に大切な人がいたのかもしれない』と。

 子どもの私から見たら上手くいっていると思っていたが、夫婦仲はそうでもなかったのかもしれない。きっと、その大切な人と幸せに暮らしていることだろう。


 どちらにせよ、お父さんから『ハナオくん』という単語が出てきたということは仮説三は消え、仮説二だと言われたが…まぁ嘘だろうな。嫌な予感は的中のようだ。



 自分の部屋へ向かう途中、人影がベランダのカーテンに映った気がして、恐る恐る隙間から覗く。だが、ベランダには誰もいなかった。

 気のせいだろうかとカーテンを閉めようとすると月桂樹が視界に入ってくる。


『裏切り』


 月桂樹の花の花言葉だ。秀が私を憎んでいるからだろうか。藤堂家からお金を受け取り、逃げるように姿を消したこの私を。秀よりお金を選んだこの私を。


 最近、よく秀のことを思い出すことが増えた。秀のことを思い出すキッカケは、だいたいハナさんだ。左腕のタトゥーから始まり、お弁当の包み、そして鉢植えの月桂樹。

 まるで罪を思い出せと言われているよう。徐々に弱らせて、苦しめるためにハナさんは私に送り込まれたのかもしれない。


『ねぇ、ハナカマキリって知ってる?』

『花の姿に似せて、近づいてきた獲物を捕食するんだって〜。怖くね?』


 柳原さんの言っていたことは正しかったのかもしれない。


 あの時…検診での心電図の前の席でハナさんは私を待ち構えていたのだろう。そして、私に見えるように左腕のタトゥーを見せ、藤堂家ではないと安心させ接触した。

 なによりの証拠は、先に心電図を待っていたはずのハナさんより私の方が呼ばれたのが先だったことだ。ハナさんは心電図を待っていたわけではない。心電図に来る、私を待っていたんだ。


 思えば、ハナさんとの会話は私に親近感を持たせるためや話から何かを引き出すためのようだった。違和感をあまり感じなかった。まるで長い付き合いの友人と話しているような…居心地がよかった。そうやって私を油断させたのだろう。


 予め私の会社のビルに勤めておくところから見ても用意周到だ。偶然を装うことで不信感を持たせなかった。

 そして、月桂樹もハナさんの会社からということにすれば、私が受け取ると思ったのだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ