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  作者: すみのもふ
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本編 4

ーーー…


「ただいま〜…」


 お父さんが背中を丸め、すり足で部屋に入ってきた。その様子だけでも疲れていることを察せたが着込まれたくたくたのスーツがさらに物語っている。


「おかえり!」


 視界にお父さんを入れてから、冷めた料理を電子レンジで温める。席に着く頃には温まった料理をテーブルに広げた。

 ロールキャベツと肉団子の野菜スープ、焼き魚、サラダ、果物が今日の夕食だ。


 昼間は寂しく真っ暗な部屋が、今では明かりや美味しい匂いに満ちた部屋へと変わっていた。


「お。美味しそうだな〜! いつも夕飯作ってくれてありがとうな、聖」

「うん。慣れたもんよ」

「母さんがいなくなってから手伝ってくれて、高校生になってからは任せっきりだな…」


 お母さんがいなくなった日は、藤堂家からの提案を受け入れた次の日のことだった。大怪我をして横になっているはずだったお母さんがいなかったのだ。

 初めはトイレに行ったのかと考え、次に買い物に行ったのかと思った。でも、大怪我だから動けるはずがない。それに、行先を告げずにどこかへ行く理由もない。結局、いくら秒針が進もうが布団に変化はなかった。


 私は急いで仕事中のお父さんに連絡した。お父さんは普段と変わらない様子だったため、子どもながらになんでなのかすごく気になったのを覚えてる。そして、お父さんは言った。『母さんのことは警察に任せよう』と。警察のせいなのか、お母さんは記憶の中の人になった。


 私が小学生から社会人になったように、お父さんも今では髪が薄くなって、白髪が増えて、シワも増えた。

 もう、お父さんだけに苦労をさせるつもりはない。


「できる方がやる。それだけだよ。お父さんは働いてくれてた。私が社会人になっても私の方が退社が早いんだから夕飯を作っておく。それだけ」

「…すまない」

「早く食べよ! いただきまーす!」


 お父さんの感傷的な気分を晴らしたく、声を張って抑揚を大きくした。


「いただきます」


 お父さんはそれを察したように、徐々に穏やかな表情になっていった。お皿をテーブルに置く音、箸を持つ音、スープをすする音…いろんな音が響く中、私はそれらの音に似合わない音を落とした。


「お父さん…いい人いないの?」


 ピタリと動きを止め、顔を私に向ける。目が見開いていて、驚きを表していた。唇から逃れたニンジンがお皿の中に帰っていった。


「な……何言ってるんだ?」


 その驚きは、想像もしなかったことを言われたからなのか、本当はいい人がいて私がそれを当ててしまったことに困惑しているのか…恐れているのか……どちらなのだろうか。


「裁判離婚すれば、他の人とも結婚できるらしいよ」


 私の言葉にお父さんはフッと笑った。


「何を言い出すかと思えば。いいんだよ、父さんのことは。聖と母さんとのこともあったし。聖が幸せなら、それで十分だ」

「そっか…」


 私はもうお父さんのおかげで社会人としてやっていけているから、そろそろお父さんには“私の父”という肩書きより、自分の幸せを考えていいと思っている。もし、お父さんにそういう人がいるのなら、喜んで祝福するのに。


「…聖は? ……その……いるのか?」


 スープの中に嫌いなものでもあり、それを探しているかのようにほじくり回しているお父さん。お父さんの嫌いなものなんて入れてないため無駄な行為だ。


「いないよ、そんな人」

「そ、うか……。そういえば、秀くん、元気かな? 聖のためとはいえ母さんを殴り続けたと聞いた時はビックリしたな。聖は二度も秀くんに助けてもらったもんな」

「そうだね」


 お父さんからしたら、秀は大事な藤堂家のご子息であり娘の恩人になる。もしかしたら、私の王子様だと思っているかもしれない。秀のことを思い出しながら、お父さんは破顔していた。

 箸を使って綺麗に骨を取り出すと、焼き魚を口に入れた。


「この間、秀くんの弟のハナくんと会ったんだけど……っあ」

「え?」


 お父さんはしまったという顔の後、慌てて口を紡いだ。サーっと青ざめる。


 秀に弟?秀は一人っ子だったはずだ。それに……ハナくん?って言った?どういうこと?何を言ってるの?


 お父さんは不自然にむせ始めた。焼き魚を飲み込んでからしばらくの沈黙の後の反応だった。


「ケホ…っ……魚の骨が喉に刺さった」

「…大丈夫?」


 骨を取ってたのに?身に骨が交じってたのか?


「大丈夫、大丈夫。すぐ取れるさ」

「…秀の弟ってどういう「ゲホゲホっ!!」」


 咳をしながら水を一気飲みした。勢いがあったため口周りに水滴が飛び、乱暴に置かれたコップはカラカラと不安定なバランスをなんとか保っていた。


「……ハナくんってどんな容姿を「うがいしてくる!!」」


 使うはずのコップを放置し、お父さんは洗面所に駆け込んだ。


 怪しい。怪し過ぎる。本当に魚の骨が喉に刺さったのかも怪しい。

 きっと、誤魔化すためであろう。でも信じられない。


 今、私の頭には三つの説がある。

 一つ目、お父さんの発言が正しいと仮定し、私の知っているハナさんのことを言っているならば、秀の弟がハナさんでハナさんは男説。

 二つ目、お父さんの発言が正しく私の知ってるハナさんとは別の場合、秀の弟が別にいてハナさんは無関係説。男では珍しいけど、ハナという名前の女性は多いからたまたまという可能性もあるからだ。

 三つ目、シンプルに聞き間違え説。『秀の弟のハナくん』ではなく、ワナくんやアナくんなど。


 無理があるのは分かっている。可能性を考えるたびに、違和感が強くなるのだ。

 本当は認めたくないだけだ。一つずつ慎重に、確実に、積み上げたものが一瞬で崩れてしまう気がして…考えたくない。違う……違うに決まっている。


 これだけは言えることがある。お父さんは何かを知っている。私の知らない情報を持っている。

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