表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: すみのもふ
3/18

本編 3

ーーー…


 あれから一週間経った日のことだった。同僚の柳原やなぎはらさんとトイレ休憩が重なった。手を洗い、それぞれ鏡の中の自分を見ながら口を開く。


「毎日のように同じ子とお昼一緒に食べてるの見るけど、仲良いの?」


 ハナさんのことだった。柳原さんはいろんな人を観察したり関わって情報収集をしている人だった。

 あの人とあの人が仲悪い、あの二人は付き合ってる、上司を蹴落とそうとしている人がいる、など感心するほど他人に興味を持っている。私は、柳原さんと適度な距離を保っていた。


「うん、だいぶ仲良くなった気がする。共通点が多かったり話が合うんだ」

「へ〜? あたし的に氷川さんって一人の時間を大切にするタイプだと思ってたから意外〜」

「間違っちゃいないけどね」


 ポケットから保湿リップを取り出し、唇を辿る。カサカサに潤いを与え、蘇る。


「氷川さんは信じられないかもしれないけど、あの子、一ヶ月前からここに勤めてるらしくて、当初は周りを寄せ付けない感じだったらしいよ?」

「え?」


 あのハナさんが?そんな風には思えない。


「なんか〜あの子と仲良くなった人もいたんだけど、ある日突然会社に来なくなっちゃったんだって〜。何があったんだろうね?」

「……」


 柳原さんはファンデーションを頬に丁寧に置きながら言った。崩れかけている箇所が修復していく。


「気をつけなよ〜? 氷川さんも会社来なくなっちゃったりして〜」


 黒目をこちらに寄せてから口角をあげ、再び鏡の自分と向き合った柳原さん。


 私はその話を聞いても何も動揺しなかった。だって、柳原さんはハナさんのことをよく知らない。ハナさんのことを分かってない。私は短くはあるが、ハナさんと時間を共にしてきた。積み重ねてきた。


 柳原さんの話が事実とは限らない。たまたま仲良くなった人が諸事情により来なくなっただけで、ハナさんは関係ないかもしれない。なんでも関連付けるのはよくないと思う。


「ねぇ、ハナカマキリって知ってる?」

「……」

「花の姿に似せて、近づいてきた獲物を捕食するんだって〜。怖くね?」


 …どちらの方が信用できるかなんて、分かりきっている。



「聖さん!」


 ビルを出ようと足を踏み出すと、後ろから声がかかった。振り返るとハナさんがいて、その腕には鉢植えが抱えられていた。


 仕事を終えたため私服のハナさんは、薄い黄色のカーディガンと黒のワンピースを身につけ黒の編み上げブーツを履いていた。印象がガラっと変わる。こんな服装もするのか。


「あたしもちょうど帰りなんです。駅まで一緒に行きませんか?」

「いいですけど……どうしたんですか? その鉢植え」


 クリーム色の花が咲いていて、その周りには固そうな葉っぱが生えていた。


月桂樹げっけいじゅです。会社で二つもらっちゃって…もらってくれませんか?」

「ええ?」

「友だちの印ですっ!」


 そう言われると断りにくい。二つあるというし、受け取るか。

 ニコニコのハナさんから鉢植えを受け取る。ずっしりとした重さを感じた。


「ハナさんって、花が好きなんですか? お弁当入れも腕の…タトゥーも花柄ですよね?」


 黒目がちな目が、優しく形を変えた。艶々した唇が、横に広がる。


「はい! 好きなんです。花はただ受け入れてくれるから…」

「名前も同じですね」

「…受け入れてくれたんです」

「? ……ハナさん?」

「そういえば、ご存知ですか?」


 ハナさんは左腕のカーディガンを捲り、タトゥーを私に見せる。穂のように花がついていて縦のラインが美しかった。


「これ、ベロニカっていうんです。あたしの証です」

「証……」

「ここから始まったんです」


 なにかを思い出すように言った今日のハナさんは、ミステリアスだった。ハナさんのことが分かったつもりが、より謎を残したような。


 普段、共通点が多く話が合っていたからと言って、今日もそうだとは限らない。違うこともあって当然だ。

 私もコロコロ気分が変わる時があり、自分で自分にイライラすることもある。相手が人なら、噛み合わないこともあるだろう。



 駅でハナさんと別れ、鉢植えを抱え電車に乗った。


 ベロニカ…名前は聞いたことあるけどあのタトゥーのような姿をしてるのだろうか?

 本物を見たことなく、どんな色の花なのか想像できずにスマホを手に取ろうとするも、鉢植えを抱えているため何もできなかった。


 私がベロニカを目にしたのは、家に帰ってからだった。


「これがベロニカ…」


 ハナさんのタトゥーは、忠実に再現されていた。見惚れるような凛とした姿に、美しさもカッコよさも感じる。タトゥーでは黒だったけど、様々な色の花があった。説明文を読むとベロニカは世界に二百から三百種類あるらしい。


「……」


 知らなかった。世界は広いなと思っていると、“ベロニカの花言葉”という項目を見つけた。


『あたしの証です』


 ふと、ハナさんの言葉を思い出す。ベロニカの花言葉は“忠誠心”“忠実”。

 忠誠心が証?…いや、ベロニカの美しさとカッコよさを言ってるのかもしれない。


 ハナさんは美しい。美しい姿がカッコよくもある。


 調べたついでに今日ハナさんから友だちの印としてもらった月桂樹?の花言葉も調べてみることにした。


「月桂樹…花言葉……っと」


 全般の花言葉は“栄光”“勝利”“栄誉”。素晴らしい。花の花言葉は…


「…“裏切り”……?」


 スマートフォンを持つ手が震える。ドクドクと心臓が強く鳴り出す。


「葉の花言葉は……“私は死ぬまで変わりません”」



ーー『ぼくは死ぬまでかわらない!』

ーー『しゅう、やめて! しゅう!!』



「秀……!」


 いや、まて。これは、ハナさんの会社からもらったものだ。花言葉は意味がない。あったとしても、全般の花言葉だろう。栄光を掴むぞ、勝利するぞ、という願いを込めたのかもしれない。


 落ち着いて、呼吸を整える。大丈夫。秀じゃない。


 月桂樹をベランダの隅っこに置いた。口が乾いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ