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  作者: すみのもふ
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本編 2

ーーー…


 検診の翌日のことだった。昼食の時間になったため、パソコンにデータを入力する手を止め、画面を落とし電源を切る。

 交代で休憩を取る為、この場に残る職員に向けて「休憩に行ってきます」と声をかけてから退室した。


 更衣室に行き、予めコンビニで買った昼食をビルの休憩室まで持って行き、いつもの決まった場所に座って机の上に広げた。おにぎり、サラダ、プリンが一つずつだった。


 おにぎりの包装をビリビリ剥がしている間に続々とこの休憩室に人が集まってくる。ここはビルに入ってる会社なら使える場所なので、ほとんどが知らない人だ。

 いちいち挨拶もしなくていいので、私は海苔を破らないように神経を集中させていた。綺麗に海苔を残せた時には、小さな達成感を感じている。


 やっと食事にありつけると思って口を開けると…


「隣いいですか?」


 カラフルな花柄のミニバッグを机に置かれる。ピンクのカーディガンを辿るように視線を上げていくと、栗色の髪を横に流し制服を着た女性が私を見つめていた。


「あっ」


 昨日の心電図検査前に話をした女性だった。偶然の再会に驚いたのもあるけど、おにぎりを頬張ろうとして大きく開けた口のまま固まってしまった。


「え……ここのビルの方だったんですね……あたし四階の電子部品会社に勤めてる者です」

「……あー…と……」


 濃いネイビーのチェック柄のベストとスカートが似合う。制服を着た、天使が現れたかと思った。


「また会えて嬉しいです。もう会えないのかなって思ってたから……」

「……」

「隣、座りますね。あ、そろそろ口が乾いちゃうので、おにぎり食べた方がいいですよ」

「あ、う……はい」


 ふふふ、と上品に笑うと私の左の席についた。ふわりと柔軟剤のようなフローラルな香りが漂う。


 パリパリと海苔の悲鳴を聞きながら、口の中を満たす。もぐもぐと動かしながら、その横顔を眺める。


 長く形の綺麗な睫毛と高い鼻、鼻から唇からの顎のラインが美しい。なんだろう、この美しさは。まるで…作られたような美しさだった。


「あたし、近藤ハナといいます」


 丸い目が細長くなり、口角が上がる。覗いた歯並びの良い白い歯が、また一層彼女を美しく魅せた。


「氷川聖です」

「聖さん……のこと見つけちゃいました」


 無邪気に笑うハナさんに、私も心が温かくなる。本当に可愛い人だ。


「あ、聖さんは買い弁なんですね。美味しいですか?」

「ん〜まぁそれなりに」

「一人暮らしなんですか?」

「いや、父と二人暮らしです」

「そうなんですか。あたしも兄と二人暮らしなんです」

「一緒ですね」

「ふふふ。共通点が見つかるたびに仲良くなれる気がして嬉しいです」

「ハナさん……」


 仲良くなりたい、という気持ちが伝わってきてじーんとしてしまう。こんなに外見もよく内面もいい完璧な人ってこの世に存在するのか。


「…聖さん」

「はい?」

「聖さんに言うか迷ってたんですけど」

「はい」

「実は……あたし、兄のことが好きなんです」

「伝わってますよ」


 髪飾りを兄からもらったと言っていた時の表情を見たら、そんなことは分かってしまう。言うか迷うほどのことでもない。もしかして、ブラコンと思われると考えたのだろうか。


「…ち、違うんです。好きというのは兄妹愛ではなく……」

「……?」

「兄とは血が繋がってなくて……」


 言いづらそうに言葉が落とされた。


「そうだったんですね。勘違いしてごめんなさい」

「ああいえいえ。いいんです。ずっと閉じ込めてきた想いだから…誰かに言いたくて……聖さんなら受け入れてくれるような気がして…」

「お兄さんは、どんな人なんですか?」

「…孤独だったあたしに、生きる意味をくれたかけがえのない人です」

「生きる意味……」

「兄のためならなんでもします」

「ハナさんにそう思ってもらえるなんて、幸せなお兄さんですね」

「…聖さんは好きな人いるんですか? 聞きたいです!」


 一瞬、ハナさんの目が曇った気がした。お兄さんとなにかあるのだろうか。


「恋愛はしないと決めてます」

「え? ……なんでですか?」

「それは……!?」


 理由を話そうとすると、ハナさんがミニバッグから取り出したお弁当包みが目に入る。くす んだピンクに金色の枠……その包みがあの時のベールと被る。


「? …どうかしましたか、聖さん?」

「……っ」

「聖……さん?」


 ベールといっても本当のベールではない。たまたま近くにあったラッピングペーパーをあいつが私に被せてきたのだ。

 ただ乗せるだけではあまりに粗末なものだったので、ハサミで整えると柔らかい笑顔を浮かべて言った。


『おひめさまみたい』


 当時は私もあいつも小学三年生で、私は学校が終わったら藤堂家に預かってもらっていた。父が藤堂家の関連会社に勤めていたこともありよくしてもらっていたのだ。


『しゅうはせいの王子さまじゃない』

『ぼくほどの王子さまはいないでしょ。ぼくはしょうらい、とうどう家をせおう男だ』

『ぜんぜんちがう』

『じゃあ、どうすればなれる?』

『せいのことをしゅうが命にかえてもてきから守ればなれる』

『ふーん…』


 なぜ、そんなことを言ってしまったのか。きっと、その時にハマっていたアニメで、王子様がお姫様のことを体を張って守ったことに感動したからという程度だったと思う。

 深くは考えていなかった。いや…あいつ……しゅうのことを分かっていなかったんだ。


 その後のことは、あまり覚えていない。藤堂家の防犯システム発動により、けたたましい音が屋敷に鳴り響き、どこから現れたのかバールを持った全身黒ずくめの男がいて、不審者と私たちの間に立ちはだかった執事は、血飛沫をあげて倒れた。

 私の左頬も肉がえぐられ、添えていた左手が血に染まっていた。そんな私の目の前には、狂ったように笑いながらハサミを黒い塊にザクザクと何度も執拗に刺してる小さな背中と……血まみれのハサミを握り、私を救えたことを喜ぶ秀がいた。


 まさに、私が望んだ王子様だった。命に替えて、守ってくれた。

 だけど…返り血を浴びた秀の顔は悪魔のように私の目に映ってしまった。



 後で聞いた話だが、黒ずくめの男は数日意識不明の重体だったが意識は取り戻したらしい。


 私はその時思った。私には王子様を望む権利はないのだと。望んではいけないと。


「…いさん……聖さん……!」

「あ……」

「顔が真っ青ですよ! 大丈夫ですか?」


 必死に心配してくれているハナさん。私は左頬の傷に手を当てる。だいぶ傷は薄くなっていた。


「傷! 頬の傷が痛むんですか?」

「…いいえ、全く」

「じゃあ、恋愛によっぽどのトラウマが?」

「……」

「話、聞きますよ! 話すだけで気持ちは軽くなると思うんです。一緒に悩むこともできます。あたし……聖さんの力になりたいんです」


 目力がすごく、本気でそう思ってくれてるんだと伝わってくる。愛おしくなり、ハナさんの頭に手が伸びる。その栗色の頭を、撫でるつもりだった。


「…あ、床にゴミが落ちてました〜」


 だが、私の手は行き場を失った。

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