最後の道具屋
人混みの中を強行突破するかのように走り続け、やっと3件目の道具屋の前に到着した。
ここの道具屋は2件目の道具屋の場所とはほぼ正反対の位置にあった。
町の端から端へと全速力で駆け抜けたが、時間帯ということもあり、町には人で溢れかえっていて、歩かざるを得ない状況も出来てしまった。
歩く人々に目をやる。やっぱり、どの人々も獣人だ。狐のように高い耳や、大きな牙、フサフサした尻尾。
人々は僕を見るなり、睨みつけてきた。
やっぱりこの町での「人間」は、どうも嫌われているみたいで、僕も睨まれるのは好きじゃない。
リュックからバステロの町で使っていたフードを取り出し、それを深く被る。
こうすれば耳が生えていないこともバレずらく、少しは目立たないだろう。
一通り道具屋にある魔具コーナーを見てみるも、やはり、それらしき物は―――
「……?」
いや待て。一つだけ妙な魔具が1番奥の棚に置かれているのに気付いた。
何だ……あれ。まるで人目を避けるかのように、ひっそりと置かれている。売り場に置いてあるんだから多分商品、だよな?
棚の奥に手を突っ込み、ソレをこちら側へ引き寄せる。
僕は色々な町や国を歩いて訪れてきたのだが、これまでで見たことのない形をした魔具だ。
黒く、卵の様な見た目をしており、ニクが持っていた「回復の王様」の魔具と、どこか見た目が似ている。
これは一体、何の魔具なのだろう。
大きな卵のようなその魔具を両手で抱え、手に取ってみる。すると、コロンコロンと、何か丸いものが魔具の内側に入れられているのが分かった。
レジでタバコを吸って、暇そうにしている店主に魔具を見せて伺う。
「あの、すみません。この魔具なのですが。一体どういった物なのでしょうか?」
店主は、こちらを静かに振り向いた。
まるで狼のような姿をした獣人だ。
「あぁ。その魔具の中には「気の玉」と呼ばれている物が入っていて、俺もよくは知らないんだが、何でも――」
『お兄ちゃんまだ!? もう12時過ぎているわよ!!』
伝鳥を通して、アイネの声が耳をつんざく。伝鳥自身もかなりビックリしたのか、僕の耳前で羽ばたき、驚きを隠せない様子だ。
店長に手をかざすと、僕は仕方なくアイネに返事をした。
「そんなに叫ばなくても聞こえてるよ……。今道具屋に着いて、店主に魔具の説明をしてもらっている所なんだ。こっちの声もお前に聞こえているだろ。少しは空気読めよ」
『じゃあ! 病気を治す魔具が見つかったのね!』
「いや、まだ説明を受けている所なんだ。帰るのは14時くらいになる」
『しょうがないわね! 仕方ないけれど、待っててあげるわよ!』
「はいはい。んじゃ」
『早く帰ってこなかったらしょうちしな――――』
伝鳥を僕の聞こえない上空へ飛ばした。これ以上アイツと話していたらキリがない。
その風でフードが取れかけたことに気付き、急いで被り直す。
「お兄ちゃん頭に耳ないけど、旅の者かい?お前さんが被っているのは、熱帯でよく使われる断熱布で出来たフードだろう。ここはそんなに暑い地域ではないぞ」
「い……いえ。周りの視線が少し……気になるものでして」
僕が周りを伺うように辺りを見渡すと、店主の狼はタバコを灰皿へ押し付けて、静かに口を開いた。
「悪いな……ここらの住人は、人間をどうも好かんようで。獣人は人間嫌いだって、新聞の記事にも載せられているけれど、俺は人間好きだぜ?」
「そうなんですか」
「確かにここには人間を白い目で見てくる奴が多いが、そうじゃないのも勿論いる。それだけは分かってくれ」
「はい……」
ふと思い出すのは、昨日泊まった宿屋だ。
あの時、僕とアイネはフードを身につけていなかったし、アイネは獣人の女性の尻尾を掴み、質問もしていた。
なのに宿屋の獣人の人々は僕らを差別することなく、普通のお客として接してくれていた。
「確かに、昨日泊まった宿屋や他2件の道具屋では僕が人間でも、何も言ってきませんでしたね」
「この町では人間を差別していない奴が旅人を客として迎え入れる商売をこなしているのさ。勿論、道具屋をやっていたら周りの住民から避難される。「裏切り者」と言われ、商売道具を壊されたこともあった」
そんな中、商売をしているのか……。
「そうなんですね。僕ら旅人の為に……。頭が上がりません。本当にありがとうございます」
僕が深々と頭を下げると、狼の店主は笑って手を振った。
「よしてくれよ、そういうのは求めてねえのさ。俺と母ちゃんは昔、人間に助けられたことがあんだ。その恩を旅人の人間に返しているだけであって――」
すると店主は、何かを思い出したかのようにすぐに笑みを消し、目の前に置かれている魔具を見つめた。
「それよりあんた。病気なんかい? 会話を立ち聞きしちゃって申し訳ねえが」
「いえ、僕ではなく連れが……体内循環症という病気で、余命があと数ヶ月なんです。なので回復魔具をこの町で探していて――」
「丁度いいじゃねえか!!」
狼の店主が突然手を叩いて、嬉しそうに立ち上がる。
「この魔具はな! 何でも「どんな病気をも治す」と言われている商品なんだよ! おめえこれ、早く連れに使ってやれよ!」
「ほ、本当ですか!?」
僕が飛び上がると、狼の店主は冷静になるよう促してきた。
店主は周りを軽く見渡すと、僕の顔に口を近付け、ひっそりと耳打ちした。
「でもこれ、裏市場で売られている魔具だったらしいんだ。裏の品を堂々と店で売れるわけもねえだろ?だから出来るだけ人目を避ける場所に置いておいたんだ」
「あー、だからあんな棚の奥にこの魔具だけ……」
「裏の品を売買しているのがバレたら、違法で捕まるからな。あとこれ、俺の商売道具だから1回使ったらここへ返しに来て欲しいんだよな」
この人もニクと同じで裏の人間か……。
でも妙だ。ニクは「そんな魔具はない」と電話でハッキリ言っていた。ニクは裏側と強い繋がりがあり、しかも情報屋。「どんな病気をも治す魔具」なんていう魔具を、知らないはずがない。
けれども、ニクが僕に嘘を教えたとも思えない。ニクは情報屋をやっていく過程で、客の信頼関係を得ようとする為、嘘をつく癖がそもそもないと知っている。
だとしたら詐欺か?店主は獣人。
獣人だから人間が嫌いで、だから僕に上手い話を合わせてきたのか?
とりあえず僕は店主に質問をする。
「あの、それでさっき気の玉と言いましたが……」
「この品なんだが、このまま買って帰っても使えない。この中に入っている気の玉っつー丸っこい玉に指揮棒で風のオーラを吹き込む。そしたらそのエネルギーを中に入っている気の玉が吸収して「病を治す気」に変換する。んで、この黒いボタンを押せば、周りに放出するっていう物なのさ」
店主が魔具を回し、魔具の底にある黒いボタンを指さした。
てことは、この黒い卵の形をしているのは見た目のカモフラージュで、病気を治す本体は中の玉か。
きっと違法だから見た目を変えているんだ。
それにしても、人力の魔具ということか?そんな魔具、聞いたことがない。
今からでも詳しそうなニクに聞いてみるか?いや、流石に人前で電話をするのは失礼だ、やめておこう。
僕は疑いの表情を顔に出さぬよう気を付けながら、彼へ問いを続けた。
「これを使った旅人の人々が、どんな様子だったかはご存知で? 本当に効果はあるのですか?」
「そりゃあもう!「お陰様で病気が治った!」と毎回、旅の者が魔具を返しに来たついでに礼を言いに来るほどだ。ほら! これを見てみろよ」
狼の店主が自分の後ろを指差す。
そこには僕と同じ旅人と思われる人々と嬉しそうにツーショットをしている店主の写真が壁に貼られていた。
「旅のもんは皆俺に礼を言って「記念に1枚撮りましょう!」つって、今まで撮ってきた写真だ」
店主は笑顔で、自慢げに写真のことを話しているが、僕はまだ信用していないので、素直には喜べない。
「すみません、その写真素敵ですね。よくよく拝見させていただきたいのですが……」
「あぁ、いいぜ!」
「出来れば、複数枚の写真をお願いします」
「いくらでも見ていってくれ!」
店主は元気よく返事をすると、何の躊躇もなくテキトーに3枚の写真に刺してあるピンを抜き、僕に見せてきた。
全ての写真をじっくりと眺め、指で擦ってみる。どれも偽造ではなさそうだ。
だとしたら知り合いとでも本当に撮影したか?いや……。
僕は写真が貼られているレジ後ろの壁を見る。一人一人違う服、違う顔の旅人との写真が、ビッチリと壁を埋め尽くすかのように、貼られている。
この数の知り合いと撮影をするのは不可能だ。
だとしたら、やはり本物の旅人と写真を撮っているのか?
「……ありがとうございました」
写真に指紋が残らぬよう服で拭き取ると、店主に返した。
店主は写真を両手で受け取り、大事そうにまた壁にピンを刺して固定した。
「俺あ、この写真達が生き甲斐なんだ。笑顔で礼を言いに来てくれる旅人を見て、こんな俺なんかでも人様の役に立ててるんだって思ってね。周りからどんな仕打ちを受けようと、この写真がある限りは店頑張れんだよ」
優しい声。まるで本心を言っているかのような口ぶりだ。だけれど、問題は金額だ。
「そう、ですか。これはお値段いくらになりますか?」
「んー、これは裏で仕入れた内に利用価値が高いから、金貨200枚は下らないな」
金貨200枚……。そんな大金を旅人が持っているわけがない。
やっぱりコレは詐欺だ。きっと写真も、旅人に頼んで撮影をしてもらったやつなのだろう。
3件目もやっぱりダメか……。
「高いですね……僕、そんなに持ち合わせないんですよ。だからすみま―――」
「そりゃー旅なんかしてたらそんな大金持ってるわけないよな。つーわけで!俺がいつも旅人の金を補ってんの!」
「……はい?」
何を言っているんだこの人。金を補っている?
自分の店の品物じゃないのか?
「どういう意味ですか」
「この魔具は元々裏商売の道具だから、金貨200枚の内、半分は魔具を俺の店に売ってくれた裏商人に手渡してんだ」
「つまり?」
「この魔具はな、毎回旅人に金は一切払わせてねえんだ。無料で旅人に貸して、毎回金貨100枚を自腹で裏商人に払ってんの」
それじゃあ、店の利益はプラスどころかマイナスになる。まるで意味が分からない。一体コイツは何を考えているんだ。
金貨200枚の価値がある魔具をタダで旅人に貸しているのか!?
「何でそんな事を……商売ですよね?」
「俺あ、人を助けることが大好きなんだ。俺が助けて、人が喜んでいる顔が見てえのさ」
店主が微笑む。それは、アイネと同じで純粋な笑み。
この人、嘘をついていない。
詐欺ならば、人の金をむしり取るのがセオリー。
値段を下げるならまだしも、無料は確実に白だ。
「……でも貴方のような心を持つ人が、どうして裏の魔具を取り扱っているのですか?」
「言ったろ?俺は人を幸せにする商売がしたいんだ。この魔具が裏だろうがなんだろうが、使って人が笑ってくれるなら、何でもいいんだよ」
この人は、どこまでも人に対して優しい。こんなんだったら、そりゃあ旅人から好かれるよ。きっと、バステロにいたアリーナ先生と同じ思考なんだ。
店主は魔具を持つと、僕の前に突き出してきた。
「ほらこれ、無料で使わせてやるから。後は中の玉に風のオーラを入れれば使えるぞ」
「しかし……どうして毎回気の玉に風のオーラを吹き込む必要があるのでしょう」
「どうも聞く話によれば、気の玉は消耗品で、1回使う度に壊れるらしく、返品してもらう度に毎回壊れてっから、俺がその度に新品の気の玉と取り替えているんだ。ただのオーラを「どんな病気をも治す強力な気」に変換するのには、かなりの圧力が加わるらしいからな」
「それじゃあ使ったら返しに来ますので、気の玉に風のオーラを吹き込んでもらえますか?」
そう言うと、店主は悲しげに顔を横へ振った。
「それがー、残念だが俺は指揮棒を使わない趣味をしているもんでな。それが出来ないのさ」
「え?」
指揮棒は主に「自分の身を守る為」に使われている。確かに道具屋などの商売をして生活している人々は、僕と違って危険を犯す必要が無いし、持っていても意味がないのだろう。
実際、ニクも指揮棒を持ち歩いている所はあまり見ない。僕が討伐依頼の人数不足で呼んだ時に持っているを見る、くらいだ。
しかし、今は「風」の使い手が必要。
僕は光属性だから無理だ。アイネは風属性だが、体内循環症の影響で触れた指揮棒を破壊する為、自身のオーラを扱えず、気の玉に吹き込めない。ダチのニクも闇属性で不可能だ。周りの人々に頼もうにも、初対面で睨まれるようじゃ……。
これじゃあ魔具を貰っても、アイネの病気は治せない。
「……」
「もしかして周りに風属性の仲間がいないのかい」
「はい」
使えないのに持っていても仕方がない。ネクア王国は風の人々が住む国。そこで誰かに頼むか?
いやでも、僕がやろうとしている事は立派な「犯罪」だ。
もしバレたら……通報されて捕まるのが目に見える。
「旅人ならよくあることさ。もし良ければ、俺のダチがこの近くに住んでんだ。裏とも繋がっているから目を瞑るだろう。ここの通りを真っ直ぐに行ってから角を右に曲がり、2番目の家。ハンネスって名前をしてる。俺にこの魔具を紹介してくれた、親しき友人さ」
「ありがとうございます。その人に頼ります」
僕がしようとしていることは、犯罪だ。だけれど、もう寿命が僅かなアイネを生かすことが出来るのであれば、犯罪だろうがなんだろうが、どうでもいい。
アイネは絶対に、死なせない。
紙の袋を1つ貰い、魔具を入れると歩き出した。
「あ、ちょい待ってくれ!」
店主に呼びかけられ、思わず振り向く。
何かを持って来て、僕に突き出してきた。
……名刺?どうして僕に。
「あんた、旅人の中でも1番言葉遣いが綺麗で、礼儀正しくて、紳士みたいで良いなーと思って気に入ったよ。そんな奴俺ー、あんまり見たことがなかったし、記念にこれを受け取ってくれないか?」
「え、あぁ……はい」
名刺を貰ったところで……。魔具使って返しに来るだけの縁だろう。
そう思いながらも携帯の隙間に挟み込んだ。
店主はモサモサに毛が生えた狼の手で僕の腕を掴み、強引に握手してきた。ちょっと痛い。
店主は笑顔を絶やさない。
「名刺には俺の電話番号が書かれてる。何かあればいつでも相談してくれよ! 俺の名前、ウルフってんだ!」
「そのまんまですね」
「おう! よく言われる!」
「僕はクロハです。よろしくお願いします」
軽く会釈すると、僕はハンネスと呼ばれる人が住んでいる家へ向かった。
――――――
「おっかしいわねー。お兄ちゃんにくっついている伝鳥は何をしているのかしら」
どれだけ伝鳥に呼びかけても、お兄ちゃんからの返事はない。無音だ。
伝鳥が殺されたとか? 何かトラブルに巻き込まれたのかしら。
気を紛らわそうと、1人でブランコを漕いだり、迷宮のようになっているトンネルで遊んだりしてみる。
親子で公園に来ている人を見て、自分を育ててくれたおばあちゃんを思い出してしまった。
温かくて、いつも優しかったあたし自慢のおばあちゃん。
…………。
それにしても、お兄ちゃんからの連絡がなさすぎる。
やっぱり何かあったのかしら……これだけ返事がないだなんて。
道具屋、って言ったって店だし、人通りの多い場所で商売をしているはずで、しかも今の時間は昼過ぎ。商店街が一番混む時間帯のはず。お兄ちゃんが返事をしなくても、絶対に人混みの音くらいは聞き取れるはずなのに。
なのに、お兄ちゃんと繋いでいる伝鳥は物凄く静かだ。
「もしかして、お兄ちゃんと伝鳥が離れた所にいる? 上空に1匹でいるならば音はしないわ」
じゃあきっと、お兄ちゃんの身に何かあったんだわ。
そうに違いない。本当にそうだったら、遊んでいる場合なんかじゃないわ!
ブランコから勢いよく飛び降りて駆け出す―――
けれど、一体お兄ちゃんはどこに行っちゃったのかしら。あたしは地図を持っていないし、持っていても読めないだろうし……。
「まあ、町中を全部走り回って探せば、きっとお兄ちゃんは見つかるわよね!」
そうだ。こんな所で1人呑気にいるわけにも行かない。
やっぱり駄々をこねるんじゃなかった。一緒について行けばよかった。
周りの幸せそうな親子を見て、あたしは1人なんだって実感させられる。
独りはこんなにも惨めで、孤独だったのね。
とりあえずお兄ちゃんを探す為、最後に見た光景を必死に思い出す。
「確かー、最初は右に行ってたわよね」
あたしはお兄ちゃんを見つけるべく、がむしゃらに走り出した。
――――――
「ここか」
「ハンネス」という黒い看板が玄関にかけられていた。
鳴らすチャイムを探すも、見当たらない。やっぱり風の町では電気があまり使われていないようだ。
とりあえず扉を叩いて声を掛け、しばらく待ってみると、胸ぐらいまで白い髭を生やした男が出てきた。見た目の年齢は60代くらいで身長が高く、黒い紳士の様なスーツを身に纏った、ごく普通の人だ。
獣人ではない。
「何ですか」
手短にハンネスは僕に問いかける。
僕は無言でウルフから受け取った魔具をチラ見せすると、家の中へ招き入れてくれた。
ハンネスがリビングのカーペットを足で捲ると、そこには四角い扉があった。
細く長い腕で扉を開け、ここに入るよう誘導される。 何で地下に入る必要があるんだ?
「別にここでやればいいじゃないですか。監視カメラでも付いているんです?」
「ここではいけないのです。気の玉に風のオーラを込めるのですが、オーラを気の玉に入れる際、周りに気付かれる可能性があるのでそれを配慮しているんですよ。ソレは私達にとっても大事な商売道具ですゆえ、管理を厳重にしているのです」
ハンネスは腰から深く、僕に頭を下げた。
本当に紳士のような人だ。ウルフも僕のことを紳士みたいだと言っていたけれど、この人の方がよっぽど……。裏と繋がりのある人間とは思えない。
僕は言われた通りに地下の階段を降りていいった。
薄暗くて辺りがよく見えないので、壁に手をついて降りていく。石の冷たい感触が手から伝わり、思わず身震いをする。
しばらく降りていくと、何か下の方から賑やかな声が聞こえ始めた。この音は……テレビか?
やっと目の前に明かりが見え、音のする方向を見ると、赤いドレスを身にまとった女性が赤いソファーでテレビを見ていて、他2人の男が地下室の各端に手を添えて立っていた。
足音で気付いたのかテレビを消し、髪を綺麗に編み上げた女性がワインを片手にこちらへ振り向く。
濃い化粧をしていて、すごく美人な人だ。
「あら、いらっしゃい。お客さんかしら?」
「左様でございます、ヴィラン様」
ハンネスはヴィランと呼んだ女性に向けて、手を添えてお辞儀をした。
どういうことだ。お互いの態度は、まるで執事とお嬢様だ。
ここはハンネスの家……であっているよな?
恐る恐る僕も、合わせるかのように口を開く。
「ハンネスさんの同居人の方……ですか?」
「ええそうなの。私達は家が無くてねえ、だからハンネスの家の地下に住まわせてもらっているのよ」
いやどう見ても違うだろ。立場が逆すぎる。
多分この女、ヴィランは裏でも名のある人だから表に堂々と出れなくて、だから部下の家に住んでいるんだ。
じゃなければ、こんな狭い地下を住処として借りるはずがない。周りから身を隠して生きている人間の立ち振る舞いだ。
「気の玉に風のオーラを入れに来たのでしょう?」
「はい、よろしくお願いします」
僕は階段を駆け下り、彼女の元へと近付くと、卵型の「違法魔具」を取り出した。
ヴィランはしなやかな手で自身の指揮棒を手に取った。彼女は風属性なのだろう。指揮棒にはツタや葉が絡みついていた。
気の玉に向けて振ろうとした瞬間、僕の携帯の着信音が大音量で鳴り響いた。咄嗟に携帯を引っ張り出し、音量を下げる。
「すっすみません!」
「あらあら、いいのよ。気になさらないで」
ヴィランは気の玉へ振るおうとした手を止め、こちらを見据える。どうやらこちらの用が済むまで待ってくれるみたいだ。
僕は階段を少し上がり、携帯の表示を見る。
ニクからだ。またくだらないジョークで僕を茶化すつもりなのだろう。
ニクは陽気な性格をしており、1日に何回かジョークや雑談の電話を入れてくることがあるのだ。
素早く僕は電話に出る。
『あ、もしもしクロハっち? 今日ねー、随分と太っ腹な客が来たんすよー。それで―――』
「今忙しいから後にしてくれないか?」
『あんたなら討伐しながら雑談も出来るっすよねー?コミュニケーションって大事っすよ?』
電話の奥で、ニクがクスクス笑っている声が聞こえる。大事な時だってのに……。
「いや、討伐は今してない。ていうかお前、何で俺に教えてくれなかったんだ?」
『何をっすか?』
「気の玉っていう魔具だよ。その玉に風のオーラを封じると、どんな病気でも治るっていう品なんだけど」
『は?』
「裏での仕入れって聞いたから。お前も絶対に知っていると思ったんだけど、何で知ら―――」
『今すぐそれを手放せ!!!!』
ニクの怒号が耳を裂くように走る。何だ……?
明らかにニクの様子が変わった。
ただならぬ事態を察した僕は、急ぎでニクに問いかける。
「何かあるのか?」
『それは―――』
その瞬間、階段の下から突風が吹いた。僕は尻もちをついてしまい、手元の携帯を見たらヒビが入り、破壊されていた。端から僕の携帯を狙って……。
「いつまでお友達とお喋りしているつもりかしら」
階段の下には赤いドレスが目立つヴィランが指揮棒を片手に立っていた。指揮棒に、風を纏わせて。
まずい。さっきの会話を聞かれたか?
とにかく、ニクの言葉は聞けなかったが、奴があれだけ焦った様子を見せたんだ。
知っているのは間違いない。何かヤバい品なのだろう。
「あの……僕もういいです! ここ出ます!」
階段を2段飛ばしで馬のように駆け上がり、こじ開けた。
……つもりだった。だけど扉が開かない!
「どうしてお友達に、気の玉の事を喋っちゃったのかしら」
ヴィランが静かにこちらへ問いかけてきた。
やっぱり会話を聞かれていたか。
「いや、あの。電話相手は裏と繋がりのある友達です! だから大丈夫だと思って――」
「そんなの信用出来ないわねえ」
どれだけ地下室の入口を上へ押しても開かない!
鍵をかけられたのか!?でも、地下室の鍵をかけるのならそれなりの音をするはずだ。
ハンネスは僕が地下室へ入った後、怪しい素振りを一つも見せず、真後ろをついてきた。鍵の音もしなかった。
だとしたら理由は簡単だ。
地下室の扉を開けられないよう「上から」誰かが塞いでいるんだ!
クソ! 共犯者が他にもいたのか! しくじった!
ヴィランがジリジリとこちらへ歩み寄ってくる。
「あの! 開かないのでここから出してもらえますか!? 魔具はもう大丈夫です!」
「坊や、貴方がお友達に話さなかったら、こんな事にはならなかったのよ?」
僕をこのまま閉じ込めておく気か?
何をする気だ!
「僕もう、ここから出ますんで!」
「え? どこへ行くつもり? 連れが病気で、それを治したいのでしょう?」
「……は?」
それはウルフにしか話していない内容だ。何でコイツが知っているんだ。ウルフも共犯者か? いや、でもあの眼は本当に。
本当に綺麗で、純白な目をしていた。
ウルフがコイツらと組んでいて、予め店に盗聴器を設置していたとは思えない。
となると……あの「黒色の卵」の中に盗聴器。
でも不自然な点が1つある。ウルフが、気の玉を渡した旅人達と一緒に写真を撮影していたことだ。
あの写真は本物だった。ウルフが白だとすれば、旅人が言っていたとされる「病気が治った!」と言う発言も本当だ。
それでもニクは「病気を治す魔具は裏にない」「気の玉を早く手放せ!」と言っていた。
ここの矛盾……どうも引っかかる。
気の玉がもしかして、病気を「治した」のではなく、まるで病気が治ったかように「見せかけている」魔具だとしたら?
だとしたら幻覚系か?いや、それだと「治った」様には見せられない。目を誤魔化しても体は無理だろう。
治ったように見せるには、その人の頭をいじるしかない。精神をおかしくする物……。
僕は咄嗟に地下室へ案内してくれた時のハンネスの言葉を思い出した。
『オーラを気の玉に入れる際、周りに気付かれる可能性があるので、それを配慮しているんですよ』
てことはガス系か? いや。ガスならば「気の玉」だなんて名前は付かない。ガス玉で十分だ。目には見えない物質。漏れるのを配慮か? ……気が漏れる?
見えない物質で漏れる物は「におい」だ。
においで周りに気付かれ、脳をいじれる「草」はある。
それはつまり……。
「……大麻か?」
僕が呟くように言うと、ヴィランは口を大きく歪ませ、笑みを作った。
「あらあら、勘がいいのね坊や」
ヴィランは僕に向けて指揮棒を振るった。空気を切り裂くような荒い風を一瞬肌で感じ、素早く階段の隅へ転がると、僕がいた場所にはズタズタに引き裂かれた階段があった。
気の玉は「どんな病気も治せる気」を作るんじゃない。風のオーラを吹き込むことで「大麻の物質を含む気」を作る違法魔具だ!
「坊やには悪いけれども、知られたからには死んでもらわないと困っちゃうのよ」
彼女が素早く指揮棒を振るうと、刀のように形作った風の刃が飛んできた。階段を飛び降りて回避するも、避けきれずに足や手、顔を切られて血が飛ぶ。どれも、切断されていないだけマシだ。
「ハンネス! あんたウルフのダチなんだろ!? 何で彼をこんなことに!」
部屋の隅で、後ろに手を回して立っているだけのハンネスに、怒鳴るよう言い放った。
「私はただ、ヴィラン様に言われて友人になれと、そう仰られたので、なったまでです」
「ウルフに申し訳ないと思わないのか!」
「あんな者、どうでもいいのです。利用価値があると判断しただけですゆえ」
ハンネスの顔色は変わらない。ずっと無表情で、こちらを眺めている。まるで意思がないかのように。
「子供の癖に随分と素早いのね」
ヴィランは、予想以上に僕を仕留められない事へ腹を立てているのか、苛立ちを露わにしていた。
彼女は例の魔具へ近付くと、指揮棒を振り、底のボタンを押した。カチッと鳴った瞬間、辺りに大麻独特の甘い匂いが鼻につき、吸わないよう咄嗟に鼻を塞いだ。
「いつまで息継ぎなしで攻撃を避けられるかしら」
ヴィランを含む、他2人の男とハンネスは平気そうだった。恐らく普段から大麻を吸っているのだろう。
鼻と口を塞いでいても、刺激が伝わる。これ以上大麻を吸えば脳をやられて中毒症状になる……!
僕は急いで片手で足のポケットにある緊急用の魔具を取り出し、大麻を噴射している気の玉の付近に放り投げた。
その瞬間、気の玉付近を包み込むかのように、緑色の丸い壁が張られた。
「防御系の魔具で気の玉を閉じ込めて、大麻を吸わないようにしたのね」
ヴィランは話しながらも僕へ攻撃を続けてきた。
大麻を吸ってしまったこともあり、視界がぼやける。何とか目を擦りながらヴィランからの風の攻撃を避け続けるが、限界が近い。
早く外に連絡しないと……!
地下室の入口は閉鎖され、警察隊へ通報しようにも、携帯を破壊された。
伝鳥は巻き込まれるといけないからと上空へ離したままで、アイネとは連絡が取れない。どうすれば!
その時、ウルフの可愛らしい笑みが頭をよぎった。
コイツらを警察隊へ突き出せば、ウルフはどうなる?
芋づる式で間違いなくウルフも捕まる。
しかも、ウルフは大麻を「病気を治す魔具」と完全に思い込んでいて、大麻中毒でハイになった旅人達と写真を撮っていた――。
コイツらが旅人を裏で薬漬けにしていることを知らず、盗聴器が魔具の中に隠されていることを知らず、ダチと思っている人間に裏切られていることを知らず、自分が旅人を廃人にしていることを知らず、弄ばれ、道具にされていることも知らず。
ただただ人の笑顔が見れて良かった、自分が人を病気から救ったんだと、子供のように喜んでいたウルフ。
彼が全ての真実を知った時、僕はどんな顔をしてやればいい……?
ふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じた。
「何で彼を巻き込むんだ」
「彼?あぁー、ウルフ君のことしから」
ヴィランは僕への攻撃をやめると、少し考えるように首を傾げ、指を顎に当てた。
「ずっと彼に真実を伝えず、騙し続けていたのか」
「騙すだなんてとんでもない! あの子は自分から気の玉を買収してくれたのよ?彼は馬鹿だから、すぐに大麻売却の下僕になってくれて助かったわぁ」
ほくそ笑むヴィランを見て、怒りで手が震える。
もう言葉が出ない。少量と言えど、大麻はかなり強力な物質だ。意識が朦朧として足元がぐらつき、立っていられなくなった僕は、壁を背に倒れてしまった。
ヴィランは近付いてくると、指揮棒を僕の首筋に当てて、口を開いた。
「最期に教えてあげる。ウルフ君が何故指揮棒を持っていないのか、知っているかしら?」
「……ぇ」
ウルフは趣味で指揮棒を持っていないと言っていた。
商人だから持っていないんだと思った。指揮棒を振るう必要がないから持っていないんだと……。
「ウルフ君にはね、栄養剤だって言って体内のオーラを縮める注射をしたのよ。それでも彼は気付かなくて「元気になったよ!」なんて言っちゃって。あの時は本当に笑っちゃったわぁ!」
だから指揮棒を持っていなかったのか。
趣味で持っていないと僕に嘘をついたのは、指揮棒を使えなくなったっていう事実を知られたくなくて……。
「だって、ウルフ君は大事な犬なんだもの。大麻を市場で売って、せっせとこちらへ金貨を運んでくれる私の飼い犬。犬まで中毒になってしまったら、商売にならないでしょう?」
ヴィランが舌舐めずりをして、僕の首を指揮棒で持ち上げた。その瞬間、僕は何も考えず彼女に向かって指揮棒を振っていた。強烈な光の閃光が彼女へと飛び、向かいの壁にまで吹き飛ばしてしまった。彼女は白い煙をあげてその場で倒れた。
ヤバい、殺しちゃったか? 無意識にやってしまった。加減が出来ていたかは分からない、気が付けば手が勝手に動いていたんだ。
彼女からは焦げたニオイがする。
慌てて彼女の心配をしようと立ち上がるも、上手く立てずにしゃがみこんでしまう。肩ポケットに応急処置用として入れておいた毒消しの葉を数枚食べた。
「ヴィラン様!」
棒立ちしていたハンネスが、血相を変えてすぐさま彼女の元へ駆け寄り、指揮棒を振った。
すると彼女は水色の膜で覆われた。水属性の人々がよく使う、包んだ対象を少しずつ回復、そして外部からの攻撃を防ぐ防御の姿勢だ。
「貴様ぁ!!!」
部屋の端に立っていた2人の男が指揮棒をこちらに向けて攻撃を放った。
毒消しの葉で大麻の効果を消し、動けるようになった僕は姿勢を低くしてそれらを躱すと同時に「閃鳥」と言い、指を弾いた。
5匹の閃鳥が空中を舞い、僕に攻撃を仕掛けてきた男2人を取り囲む。
2人の男が攻撃してきた場所の壁は大きく抉れ、獣の爪で引っ掻いた様な傷跡が残されていた。2人は風属性か。
ヴィランが横たわる方をチラ見してみると、ハンネスが包帯や薬を周りに散らして処置しているのが見えた。
どうやら彼女は生きているらしい。死んでいなくて本当に良かった……。
2人の男はすかさず僕に向けて指揮棒を振るい、肉体をも切り裂く程の威力を持つ突風を放ってきたが、3匹の閃鳥の光線によって攻撃は押され、1人の男は壁に吹っ飛ばされて、頭を打ったのか気を失った。
もう1人の男は焦った様子で再び指揮棒を振ろうとしたが、1匹の閃鳥が素早く男の懐に入り、長い尻尾で杖を叩き落とした。最後の1匹が男の顔面に向けて口から光線を放った。
男の顔の隣壁には大きなくぼみができ、僕に勝てないと悟ったのか、落ちた指揮棒を取る素振りも見せず、両手を上げた。
ヴィランの手当てをし終わったハンネスは目が血走り、怒り狂った様子でこちらに向けて指揮棒を向け、数え切れない数の水の玉を空中に作り出した。あれは速いやつだ。
ヤバい、閃鳥は避けられない!
指を弾いて強制的に閃鳥を全て消すと、彼の周りから放出された水の弾丸を、身を転がして無理矢理避けた。
全ての弾を避けきれずに体中をかすり、足と脇には直撃した。痛みで思わず顔が歪む。
「水弾」は水を限界まで圧縮させてから放つ、かなり指揮棒を使い慣れていないと出来ない技だ。
ハンネス……コイツは強い。直感で理解をする。
さっきの男2人とは訳が違う。どんな状況下であっても、常に冷静さを保っていた。そういう人々は大体、指揮棒の使い方を熟知している。
慣れた手つきで指揮棒を操っている限り、上位ランクなのは間違いないだろう。
ハンネスを気絶させようと水弾を避けつつ、僕も光の指揮棒を振るうが、彼の前には水の防御壁が張ってあるのか、目の前で攻撃が消滅し、全く通じない。
水属性の人々は防御を主として指揮棒を振るうのが一般的で、長期戦においては向こうの方が上手だ。
このまま地下室で戦い続けると家自体が崩壊する可能性がある。大きな騒動になれば僕も警察隊の調査に巻き込まれたりして厄介だ。
ただでさえ、アイネの病気を治す品を探すのに必死だというのに……!
時計を見てみると、もう既に14時だ。だいぶアイネを待たせている。早くここから抜け出さないと……急がないといけないというのに……!
かといって彼が目の前に壁を張ってちゃ戦闘不能にも出来ない。強行突破で地下室の入口を指揮棒でぶち抜いている間に背後から殺されるのがオチだ。
やっぱり彼から投降をしてもらうしかない。本当はこんなことをしたくないが……。
もの凄く渋ったが「雷鳥」と言い、指を鳴らした。
僕の周りに3匹の雷鳥が現れた。
ハンネスは雷鳥を見た途端、驚いた様子で固まった。
そりゃそうだ。雷鳥は飼い主がランクSS以上でなければ扱えない、最上位に位置する鳥。
雷鳥は一般的に対魔物用として使い魔にされているが、S級の魔物を単独で殺せるぐらいの威力の電撃を放つ。そして雷は水を貫通する。つまり雷鳥の攻撃は、水の防御壁を張っていようが関係ないのだ。
人間に3匹の雷鳥の攻撃を当てれば、間違いなく死は免れない。
だけど僕は、そんな野蛮人ではない。
「警察隊へは通報しません。だけどもう二度と、ウルフに関わらないでください。僕が地上に出る邪魔をしたら、ここにいる全員を雷鳥で皆殺しにします」
皆殺しにする、というのはハッタリだ。ただの脅し。
だけれど、こうまで言わなければ話が通じない状態。
人を脅すのは好きじゃないが、しょうがない。
ハンネスはしばらく硬直したが、膝から崩れ落ち、自らの指揮棒を遠くへ投げて両手をあげた。
「参った」
彼は地面に俯き、悔しそうに呟いた。
僕はそれを確認すると、急いで壊れた階段を駆け上った。入口はやはり、塞がれている。やっぱり強行突破するしかないか。
そんな時、本当に小さな声で「風蛇」と聞こえた。
風の使い魔の名前だ。
「やめろボックス!!」
ハンネスが後ろで叫ぶ。
風の使い魔ということは、ハンネスではないのだろう。きっと閃鳥の威嚇攻撃で両手をあげて降参していた男の使い魔だ。
急いで振り返ると、僕の身長を遥かに超える巨大なコブラの見た目をした蛇が、僕に向けて大きく口を開けていた。
僕を取り囲むようにして飛んでいた3匹の雷鳥達がいち早く気付き、僕を守る為に風蛇へ電撃を浴びせた。
風蛇は雷鳥の攻撃を受け、悲鳴に近い鳴き声をあげたと共に、数十秒で原型を留めない、黒焦げの死体になった。
1匹の雷鳥が、蛇の使い魔を出した男の目の前まで飛んでいく。
「ひぃ……!」
男は小さな悲鳴をあげ、雷鳥に向かって指揮棒を振ろうとしたが、雷鳥はそれよりも早く、指揮棒を持っている男の手へ電撃を食らわし、男は雷鳥の電気に耐えられず、泡を吹いて失神した。
雷鳥は元々SS級の動物だ。気性が荒く、狙った獲物には息絶えるまで攻撃をし続ける習性がある。
だから雷鳥を使い魔にする為には、雷鳥が例え暴走を起こしても自力で止められるような高度な技術が飼い主に求められる。
まだ男に息があると認識をした雷鳥は、体に電気を纏い始めた。
「やめろ殺すな!!」
すかさず僕が叫んで雷鳥を止めにかかる。人殺しなんてまっぴらごめんだ。
雷鳥は飼い主の声を聞くと、「ピィ……」と静かに泣き、攻撃態勢を崩すと、僕の元へ飛んでいき、肩に乗った。
ハンネスはその光景を見て固まっている。
僕は階段を駆け下りると、失神した男の胸に耳を当てた。
心臓が動いている音がする。良かった、死んでいない。
ハンネスの元へ歩み寄ると、彼は放心状態だった。
「あの、すみません。今はこれしか持ち合わせがないのですが……」
腕のポケットから袋を出して金貨を20枚出すと、ハンネスの足元に置いた。
「これはボックスさんの治療費です。彼、雷鳥の電気をまともに浴びちゃったので、内臓が傷付いていたり、腕に後遺症が残ってしまう可能性もありますが……その事は僕が謝罪していたと伝えてください」
ハンネスは答えないが、ゆっくりと、静かに頷いた。
それを確認すると、僕は周りにいる雷鳥達を消すと、代わりに閃鳥を呼び出した。
やっぱり人前で雷鳥は、例え脅しでも出しちゃいけなかった。最悪、全員を電気で殺してしまう。
階段付近に落ちていた壊れた携帯を拾うと、階段を駆け上がった。
地下室の入口に着くと、僕は真上に向かって指揮棒を振り、閃光で地下室の入口を無理に破った。
それをもろに浴びたのか、地下室から出ると、リビングに吹き飛んだ様子の男がいた。
男は僕を見るなり、もつれた手で指揮棒を持とうとしたが、閃鳥が男の指揮棒を焼きつくした。
僕は男の前に立ち、目線に合わせてしゃがみこむと、自分の壊れた携帯を見せる。彼はただ何もしてこず、恐怖に満ちている顔をしていた。
「すみません。貴方の共犯者に僕の携帯を破壊されたので、弁償代をもらえますか?壊した本人は気絶しているものでして……。僕の携帯は銀貨40枚です。それを払ってくれたら見逃します」
そう言うと、男は焦って自分の腰に付いた布袋を漁り始め、震えた手で僕に銀貨を渡してくれた。
僕はそれを受け取ると、ウルフの元へ走っていった。
後ろを向いたのをチャンスとした男は、予備で持っていた短めの指揮棒を手にし、僕の背後に向けて振った。
指揮棒からは光線が一直線に向けて飛ばされたが、偶然後ろを見張っていた1匹の閃鳥のレーザー光線により、一瞬で相殺され、気付いた残り2匹の閃鳥が男に向けて光線を放った。
男の顔付近、左右の壁にデカイ穴が空き、へたり込む。
「ん?」
僕はウルフの所へ向かうことしか考えておらず、背後から派手な音がしたので何事かと振り向けば、閃鳥が威嚇で男に攻撃をしていたようだった。
閃鳥にはバステロにいた時から「人に攻撃はするな」と言ってある。雷鳥と違い、攻撃力の加減も出来る器用な使い魔だ。
一匹の閃鳥が僕の肩に乗り、こちらを見つめ、首を傾げている。
(僕を褒めないの?)の合図だ。
「ありがとう。だけど、人の家の壁に穴を開けちゃダメだ」
閃鳥の頭を優しく撫でた後、3匹を消した。攻撃系の使い魔を出して町中を移動する訳にもいかない。
万が一、使い魔が暴走をして付近の人を傷つけたりしたら……それこそ大問題だ。
「人の家に穴を開けちゃってすみません。これ、少ないですが、修理代です」
僕は独り言を呟くと、地面に銀貨が30枚程入った袋を取り出してその場に置き、足早に去った。外に出たら公衆電話があるのだが、警察隊へは通報しない。流石にウルフが可哀想だ。
あれだけやったんだ。流石に懲りてここでの大麻売買は辞めるだろう。
僕はウルフの元へ走りながら、口笛で伝鳥を呼んだ。
気付いた伝鳥が、すぐに僕の元へ戻ってきた。
「すまんアイネ、公園へはかなり遅れそうだ」
そう伝鳥に伝えた。けれど、アイネからの返事はない。まだ遊具に夢中なのか?
だとすれば笑い声とかが聞こえてくるはずだが……。
「おい、アイネ。アイネ」
呼びかけにも応じない。無音だ。公園で何かあったのか?トンネルの中へ入ったりして、伝鳥が近くにいないのだろうか?
いや、そんなはずはない。伝鳥は僕の指示で動いている。「離れるな」と言ってあるし、手のひらサイズの鳥だ。トンネルくらい普通について行くだろう。
遊び疲れて昼寝でもしているのか?
とりあえず今は緊急事態で、先にウルフの元へ行かなくちゃいけない。
ここに居たらウルフがとばっちりにあうのは間違いない。ウルフに手渡された写真は、触れて返す際に指紋を消したので、追っ手はそう簡単に僕を見つけられないだろう。
ウルフに全てを話し、この町から逃げるように伝えなくちゃいけない。
僕は焦りと危機感で出てくる汗を拭いながら、ウルフの店へ走った。
体調が悪いので少しお休みします。
良くなったらまた書きます。
楽しいので。