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月の使徒  作者: ゆきみや
11/11

ラガンス市場

「着いた着いた」


 僕はアイネの家の前に着き、玄関前で止まった。


「ところでお前、家の鍵とかは?」

「そんなもの、元からないわよ」

「え、ないの? 不用心だな。空き巣に入られたらどうするんだよ」

「平気よ」


 両手はアイネを抱っこしていて塞がっていたので、器用に肘で扉を開け、雑に靴を脱いで上がった。

 懐中電灯がないので、部屋の中は真っ暗だ。


「光――あっ、ダメか」

「それ何回やるのよ」

「いつも1人で旅をしていたから慣れないんだよ……」


 真っ暗な部屋の中を足で探り探り寝床を見つけて藁の上へアイネを寝かせた後、部屋の真ん中にぶら下がっているランプを付けた。


「おーい! まだかー」

「今行くからちょっと待って」


 外の声を聞き、また家から出ると翼鳥にぶら下げられたままのウルフが浮かんでいた。


「翼鳥、家の中へ彼を運べる?」


 僕がそう尋ねると、翼鳥は頷いて翼を縮めて家の中へ入ろうとした。

 ……が、翼鳥の翼が大きすぎて入れそうにない。

 指を鳴らして翼鳥を消すと、派手な音を立ててウルフが地面に落ちた。


「痛ってぇな! 何すんだよ!」

「だって翼鳥が家に入らないから」

「じゃあクロハ、お前が俺を運べ」

「何で男をお姫様抱っこしなくちゃいけないんだ」

「おめーが俺をこういう状態にしたんだろうが!」


 そう言われてみればそうだった。

 僕が痺鳥を出したから、アイネとウルフは体が痺れて丸3日動けない。

 しかし、ウルフは僕よりも体がゴツくて背も高い。そもそも彼を抱いて移動ということ自体が不可能だ。

 僕もそんな怪力ではない。


「家に入れるとしたら引きずるけどいい?」

「普通に抱いて運べよ」

「僕じゃあウルフを抱っこできないんだよ。引きずって入れるしかないんだ。それに、体の毛が分厚いなら多少引きずっても大丈夫なんじゃないの」

「お前さん……ちょっと俺が獣人だからって、器用に使いす――」

「それじゃあ足持つね」


 ウルフの両足を持って、家に引きずり上げる。ウルフは「いててて」と言いながらも僕に文句は言ってこなかった。

 2人を藁の上に寝かし終えると、台所を確認した。

 アイネと出会った時のまんま、具沢山の野菜が入った釜のスープが残されていた。


「しばらく放置してたけど、このスープ食べれるの?」

「煮れば何でも食べれるわよ」

「放置ってよぉー、何日くらいしてたんだ?」

「ざっと1週間以上……」

「はぁ!?」


 スープに顔を近付けてにおいを嗅いでみるも、特に変わった異臭はしない。


「まあ大丈夫か。今夜はこれにしよう」

「腹下したらどーすんだよ!」

「失礼ね! あたしの料理でお腹壊すわけないじゃないの!」

「そういう問題じゃねぇんだよ! それにガキが作った飯なんて信用できっか!」

「嫌ならそこら辺の雑草でも食ってなさいよ!」


 アイネとウルフが寝たきりで言い合いをしている中、僕は台所の引き出しからマッチを取り出して、釜の薪に火を付けた。

 こうしてスープを煮ること数十分。


「……何だか良い香りがしてきたかもぉ」

「あんたにはもうやんないわよ! この文句狼!」

「悪かったから食わせろよー、前言撤回してやっから」

「あげないわ!」

「一応君達にスープを食べさせる係、僕なんですけど」


 僕は大きな皿を1つ取り出し、煮込んでいる全てのスープを盛り付け、スプーンを2つ持つと2人の寝床へ運んだ。


「お兄ちゃん。この隣にいる狼には食べさせちゃダメよ」

「飢え死にさせる気か! 食わせろよ!」

「んじゃあ、アイネには多めにスープを分けるよ。それでいいだろ」


 僕は2人にスプーンでスープを食べさせ、食器を片付けた。

 その間もアイネとウルフは仲が悪いらしく、お互い寝ながらずっと言い争っていた。

 2人ともよくあんなにはしゃげるなと思いながら皿を洗って干していると、本棚に目がいった。

 どの本も、タイトルを見た感じだと薬に関係する物ばかりだ。

 そういえばアイネの祖母が薬剤師なんだっけ。


 そんな中、遠くから見てもよく目立つ、年季が入った薄紫色の分厚い本に目が止まった。

 水で濡れた手を拭き、おもむろにその本を手に取って開いてみる。


「何だ……これ」


 端から端まで、文字がビッシリと手書きで書かれているようだった。文字の内容は古すぎて、全く読み取れない。

 ページをめくるも見た目は同じ。1ページ目から最後まで、白い紙に万年筆で書いた様な読めない文字がひたすらに書かれていた。

 その中で1番目についたのは、最後のページに残されていた絵だった。

 アイネの額と同じ模様が描かれている。


「文字を撮影して図書館で解読しようにも、携帯壊れているからなぁ……」


 その呟きは、アイネに聞こえていたらしかった。


「そっちで何をしているの?」

「文字が読めない本があったんだけど、これ何なんだ?」


 僕がアイネに本を見せると、アイネはすました顔で頭を傾げた。


「それ、おばあちゃんの物なのよ。あたしも分からないし、薬の本の場所にあったから薬草に関する本だと思ってるわ」

「薬草の本の割には、植物の絵が一つもないけど」

「メモ帳とかで使ってたんじゃないかしら? おばあちゃん、物覚えが悪くなってから、よくメモをしていたのよ」


 メモ帳を普通こんな本棚にしまうか?

 そう思ったのだが、アイネが言うんだ。きっとそうなのだろう。


「大事な薬草の名前とか、薬とかをメモってたのかな」

「さあ? でも薬剤師っていっぱい覚えることがあるって聞くわね。それよりお兄ちゃん」

「何だよ」


 アイネの視線には、隣で大きないびきをかいて寝ているウルフがいた。


「このうるさい狼、何とかしてちょうだいよ」

「でも、この家に耳栓なんてないだろ」

「ないわよ。だからこの狼の口をテープで塞いでちょうだい」

「そんな事したら彼が息出来ない。我慢するしかない」

「まるで地獄ね……」

「そういえば、彼が寝ている間にお前へ話しておきたいことがあるんだ」

「……どうしたの?」


 僕が内容を話すと、アイネは不思議そうにしたが「分かったわ」と短く返事をして目を閉じた。

 僕はそれを確認すると部屋のランプを消し、部屋の隅にうずくまって寝た。



 ――――――



「今日、市場に行こうと思うんだけど。すぐにでも薬草の情報を仕入れたい」


 朝イチで、眠そうに横たわっている2人へ声をかけたのは僕だ。

 ウルフが大きく欠伸をして、首だけを動かしてこちらを見上げた。


「お前は別にいいけどよぉ……俺らどうすんの?」

「どうする、と言われましても」

「まだ手を少し動かせる程度しか、夜の痺れは回復していない。こんな状態で魔物が家に入ってきたりでもしたら、どうすりゃいいんだ?」

「それは……」


 そういえばここの家は、ラガンスの森へ1番近い場所に建てられている。

 魔物避けのランプは魔具で、玄関に一夜付けていて機能を失ってしまった。魔物が家に侵入して襲ってくることも想定しなければならない。

 だけれど気になるのは……。


「アイネ、お前この家に住んでて魔物に襲われたことってないのか? ラガンス付近に建っているし、魔物が侵入してきてもおかしくないと思うんだけど」


 そう言うと、アイネはキョトンとした顔になった。


「え? そんなの一度もないわ。この家の中は平和よ。お兄ちゃん1人で行ってきたら?」

「いやいやいや! そんなことぁーねえだろ流石に! つか、ラガンスの森付近に家建てて住んでんじゃねえよ! 危なっかしい!」

「あんたには関係ないでしょ! 黙ってなさいよ!」


 朝っぱらから、またアイネとウルフが言い争いをし始めた。

 でも確かに、痺鳥をもろに浴びて動けない2人を放置して市場に行くのも危険かもしれない。


「分かったよ。市場へは2人が回復するまで家にいようと思う」

「是非そうしてくれー」

「何よあんた。寂しん坊なの?」

「寂しん坊はおめぇーだろ!」

「お前ら口だけは元気だな……」


 ということで、僕は2人が自力で歩けるようになるまで家で待機することにした。

 内心は焦っているのを、2人に隠しながら。



 ――――――



 そして3日が経過。2人は全身の痺れが取れ、すっかり元通りに体を動かせるようになっていた。


「はぁーー。やーっと動けるようになったぜ」

「ええ」


 ウルフは腕を回してはしゃいでいるが、アイネは見た感じ元気がない。

 おもむろに僕がアイネの頬に手を当てると、やはり熱い。


「熱があるのに市場まで行けるのか?」

「平気よ。こんな微熱程度のなんて」

「いや、多分これだと38度はあると思う」

「平気だってば! 心配性ねお兄ちゃんは」


 アイネは僕の手を乱暴に振り払うと、部屋にあった自分の肩掛け鞄に荷物を詰め始めた。

 そういえば、ずっとアイネが手ぶらだったのは何の準備もしず衝動的についてきたからか。


「ていうかお前、前から何でそんなに怒っているんだ」

「怒ってないわよ!」

「見るからに怒ってるんだが。俺何かしたっけ」

「何でもないわよ!」


 アイネは水やタオル、熱を下げる薬を鞄に入れると肩にかけ、さっさと玄関に行ってしまった。

 思い返せば、樹木呪を殺す時、アイネは何かを言いかけていた。

 その話を聞かなかったことに怒っているのだろうか?

 どっちみち、あの時は怒りに任せて殺していて、話を聞く余裕なんてなかった。

 例え樹木呪が訳ありだとしても、殺した物は元に戻らない。


「お兄ちゃん何してるの! 準備出来てるわよ!」

「俺ももう行けるぜー」


 玄関の方でアイネとウルフが僕を呼んでいる。


「ちょっと待って」


 僕はリュックの中身を確認しながら軽く整頓し、玄関へ走った。扉を閉めて3人で歩きだした。


「ここから1番近い市場までは約3km程だな」

「そ。ラガンス市場って言われているのよ」

「へぇー、俺ぁー他の市場に行くの初めてだ」

「商品の仕入れとかどこでやってたの?」

「いっつも最短のネクア王国から取り寄せてたんだが、宅配だったもんでなぁ……」

「そっか」


 彼女に目をやると、相変わらず不機嫌そうな顔をしている。


「なあアイネ」

「何よ」

「悪かったよ。樹木呪の時に話を聞いてなくて」

「え?」


 アイネは驚いた顔をしてこちらを見た。

 まるで予想外のことを言われたかのように。


「次からはちゃんとアイネの話を聞くようにする。あの時は……なんかごめん。俺がキレてて聞く余裕がなくて」

「さっきから言ってるけど、あたし怒ってないわよ? お兄ちゃん」


 アイネは立ち止まると、僕に向かって笑いかけた。


「ずっと黙っていたけど、あたし。体調が悪い時ってどうしてもイライラしちゃうの。お兄ちゃんに対してじゃないわ」

「そうだとしても、あの態度は俺としても良くなかったなと思って」

「気にしてないわよ! ほら行きましょ」

「さっきから何の話してんだ、おめぇら」

「狼野郎には関係のない話よ!」


 アイネが走り出すと、ウルフも「おい待て!」と追いかけるように駆け出した。


「病み上がりなのに、何であんなにはしゃげるんだよ……」


 無意識に独り言を呟くと、僕も2人の背を見て足を動かした。



 ――――――


「着いたわ! ここよ!」


 市場に一番乗りで到着したのはあたし。

 数秒遅れて狼野郎も到着し、市場の大きな看板を見上げている。


「お嬢おめぇ。人間の癖に割と足速えな」

「あたし風属性なんだもん。足速いなんて当たり前でしょ」

「何だ、俺と同じ風か。それにしてもクロハおっせーな」

「お兄ちゃんは属性が風じゃないから足遅いのよ。最初会った時からそうだったわ」

「じゃあ、やっぱ血は繋がってないのかー。だとしたら、何でお嬢はアイツのことお兄とか言ってんだ?」

「それは―――」

「おーーい」


 遠くから誰かさんの情けない声が響く。

 2人で振り返ると、お兄ちゃんが酷く息を切らしながらこちらへふらふらと駆け寄ってきた。


「はぁ……はぁー、やっと追いついた」

「遅いわよお兄ちゃん」

「遅いぞおめぇー」

「こちとらお前らと属性違うんだから身体能力の方は勘弁してくれよ……」


 お兄ちゃんは何回か深呼吸をして息を整えると、腕のポケットに入っているお金の入った袋を取り出して覗き込んだ。


「僕はペチの葉とクリガネ草のことを聞いたら壊れた携帯を買い換えようと思っているけど。ウルフは市場で何か買うの?」

「んーー。煙草くらいかね」

「あんた絶対ヘビースモーカーでしょ」

「何で知ってんだお嬢。とりあえず俺ぁー、市場をくまなく見てみたいからお前らとは別行動したい。待ち合わせはここ。市場の入口にしよう」

「いいよ」


 お兄ちゃんが軽く返事をすると、狼野郎はあたし達より一足先に市場へ入り、人混みの中に消えていった。

 それを見送ると、お兄ちゃんがこっちを見た。


「とりあえず薬草を買い取ってくれていた店まで案内してくれる?」

「いいわよ!」


 あたしが市場の中に入る前に白いフードを深く被ると、それを見たお兄ちゃんが不思議そうな顔をした。


「今日ってそんなに暑いか?」

「あたし、ここの市場ではフードを被るのが趣味なのよ」

「へぇ。変わってるな」


 そう言うと、お兄ちゃんはあたしから目を逸らして市場を見渡した。

 お兄ちゃんは疑り深い上に賢そうだもの。口に出さないだけで、あたしが何故フードを被るのか考えているに違いないわ。


 でもそう、これを被るのは本当にただの趣味なのよね。


「こっちよ!」

「これ以上走らないでくれ……俺の体力が帰りまで持たない」

「あらそう。なら走らないであげるわ」


 走り出そうとしたが、お兄ちゃんに止められたので一緒に歩く。


「それよりお前、熱大丈夫か?」

「平気よ! ほら! 熱ないでしょ!」


 あたしがおでこを広げると、お兄ちゃんが動揺した。


「あんまりそのおでこの模様は人に見せちゃダメだ」

「え、何で?」

「何でも……」

「それにしても、数日前に話してくれたあの内容ってどういう意味? このおでこの模様は、お兄ちゃんと出会った時からあるのに」


 あの夜。お兄ちゃんがあたしに伝えてきた話。

 狼野郎に対して「あたしのおでこの模様は自分が付けた」と嘘をついていること。

 鏡を見ないフリをしてほしいこと。

 そしてこの事を狼野郎に黙っていてほしいこと。


「どうして? 元からあたしに付いてたって言えばいいじゃないの」

「それはちょっと問題があるんだ。だから言わないでほしい」

「ふーん。よく分からないけど、お兄ちゃんがそう言うなら言わないわ」


 お兄ちゃんが何を考えているのか、あたしにはさっぱりね。


「あ! お兄ちゃんほら! アレがいつも薬草を買ってくれてた店よ」

「あれか」


 あたしは思わず店に駆け寄り、いつものおばちゃんに元気よく話しかけた。


「おばちゃんこんにちは! 来たわよ!」

「あらあら~アイネちゃんじゃないの~」


 顎に付いている大きなホクロが印象的なおばちゃんは、昔から変わらない。いつもあたしに優しくしてくれるから好き。

 あたしに追いついたお兄ちゃんも「こんにちは」と言い、軽く会釈をした。


「あらやだ~アイネちゃんったら、見ないうちにボーイフレンドまで作ってたの~?」

「そうよ!!」

「お前、ボーイフレンドの意味分かってる?」


 お兄ちゃんがあたしを一瞥(いちべつ)すると、店のおばちゃんに話しかけた。


「すみません、ペチの葉とクリガネ草という薬草を探しているんです」

「あら~そうだったの。悪いんだけれど、うちではその2種は買い取りしかしていないのよ~」


 おばちゃんが申し訳なさそうに下を向くも、お兄ちゃんは続ける。


「いえ、大丈夫です。写真でも何でもいいので、見た目を見せてもらえないでしょうか?」

「アイネちゃんがいつも持ってきてくれていたから、アイネちゃんならよく知っているはずよ~」

「いや、こいつは黄色と白しか言わないので薬草の特徴がイマイチ掴めなくて」

「失礼ね!」


 おばちゃんとお兄ちゃんが同時にあたしを見るので、思わず怒鳴ってしまった。

 それを見たおばちゃんが口に手を当てて上品に笑った。


「そうねえ~実物はないけれど、写真ならサンプルとしてあるの。それで良ければ見せてあげるわよ~」

「はい、写真で大丈夫です。お願いします」


 店のおばちゃんに写真を2枚渡され、薬草を確認するお兄ちゃん。


「てかお兄ちゃんって、何で人様の前だと馬鹿丁寧に喋るのに、あたしにだけ雑なのよ。あたしももっと丁重に扱われるべきだわ」


 そう言うと、お兄ちゃんが写真からあたしへ目を向けた。


「子供に敬語で喋る奴がどこにいるんだよ」

「あたしだって立派なレディーじゃないの!」

「もうちょっと成長してから言ってくれ」

「あらあら~本当に仲が良いのね~。やっぱりボーイフレンド?」

「ええ!!」

「違います」


 お兄ちゃんがキッパリと断ると、写真をおばちゃんに返した。


「ありがとうございました。助かります」

「気をつけて行ってきてね~、ラガンスの森は魔物がうようよいるから」

「はい。行くぞアイネ」


 お兄ちゃんがあたしに向けて手を差し伸べてくれている。

 その手を取ろうとした時、頭に激痛が走った。

 あまりの痛みで思わずしゃがみ込み、反射で頭を押さえた。


「アイネちゃん?」

「大丈夫か?」


 頭の上から、心配そうにしてくれているお兄ちゃん達の声が耳に届く。

 熱もあるせいか、体が思うように動かない。

 寒い。痛い。辛い。酷い倦怠感だ。

 でも、頑張らなくちゃ。


「平気……平気よ」

「すみません、すぐ近くに薬屋って――」

「ええ、あそこを真っ直ぐ行くと――」


 お兄ちゃんと薬草屋のおばちゃんが会話をしている声が聞こえる。

 頭痛薬を買うつもりなのかしら。でもお兄ちゃん。

 市販薬で熱は下がるけれど、頭痛は収まったことがないのよ。


「お、お兄ちゃん……大丈夫よ。この頭痛は市販薬じゃ治らないの。いつもそうだから」

「熱を下げる薬は家にあるのか?」

「まだ残っているし、念の為に薬を鞄に入れてきたのよ」


 あたしは震えた手で肩掛け鞄のチャックを開けて薬を取り出し、水と一緒に飲んだ。

 少し時間が経つと熱が引く感覚があり、頭痛も和らいだ。

 立ち上がると、お兄ちゃんへ元気そうにふるまった。


「薬飲んだからもう大丈夫よ! 頭痛もなくなったわ!」

「んじゃあ、さっさとウルフと合流して帰るか」

「でもお兄ちゃん。携帯変えるって言ってたじゃないの」


 お兄ちゃんの携帯は壊れてた。

 買い替えたいって言ってた。


「そんなの後からでも間に合う」

「公園の時に使ってた伝鳥を乱用するのも良くないわ」

「そうだけど。お前はもう無理だろ」

「失礼ね! 歩けばいいんでしょ! もう元気よ!」


 あたしが大袈裟に腕を振って走って見せ、お兄ちゃんの方へ振り返って手を振った。

 お兄ちゃんは「呆れた」と口を動かし、あたしの元へ駆け寄ってきてくれた。


「あたし、ここの市場でたっくさんお世話になっていたから知っているのよ? 道具屋はアッチ! ついてきなさい! お兄ちゃん!」

「はいはい」



 ―――――――



 その一方、建物の影からクロハとアイネを見つめている2人組の男がいた。


「なぁ、今の見たか?」


 視界が悪かったのか、男が深く被ったフードを少し手で上げ、相方に話しかける。


「今回の件で間違いないだろう」


 もう片方の男が本を手に取り、ページを捲った。


「あれが『終焉』だ」



 ――――――――



「着いたわ! ここよお兄ちゃん!」

「結構歩いたけど平気なのか?」

「平気だって言ってんでしょ!」


 僕がアイネを心配して話しかけると、アイネは不機嫌そうに顔を顰めてこちらを睨みつけてきた。

 本当に大丈夫なのだろうか……。

 とりあえず僕は道具屋の店主に携帯を買い換えてもらった。

 その時もアイネは普通そうにしていて、店の指揮棒に触って2本折っていた。勿論弁償した。


「何で指揮棒壊れるの分かってる癖に触るんだ!」

「ちょっと突っついただけよ。それに、アレで壊れるなんてきっと良い品を揃えてないのよ。あたしは悪くないわ」

「お前のは体質の問題で壊れるんだよ! あと俺が本当に困るからやめてくれ」

「イタズラは楽しいからやめられないわね」


 反省の色を全く見せないアイネ。

 財布の中身を棒立ちで確認する僕。

 なんてついてない。


「……じょ、冗談よお兄ちゃん! やめるわよ!」


 アイネはポケットの中からクッキーを取り出し、かじりながら謝ってきた。


「そのクッキー、ずっと持ってたの?」

「んぇ? かっぱらったのよ。そこら辺の人から。2枚あるからお兄ちゃんも食べる?」

「人の物を盗むな!」

「どうして? 不用心にしてて、盗まれる方が悪いんじゃない」


 アイネは、意味が分からないと言いたげな顔でこちらを見ながらクッキーを頬張る。

 最初に出会った頃、アイネがとても飢えていたのを思い出す。

 彼女にとって、人から食べ物を盗むぐらいじゃないと生きていけない生活をしていたのだろう。

 アイネは祖母を亡くし、両親もいない。


 だけれど、アイネが市場付近に住んでいたら、他の住民に食べ物を分けて貰えてたりするんじゃないだろうか?

 アイネくらいの少女ならば、里親で引き取ってくれる人もいたんじゃないだろうか?


「なあアイネ」

「なあに? お兄ちゃん」

「どうして1人で危険な森付近に。しかも、市場から離れた場所に1人で住んでいるんだ?」


 ずっと聞いてみたかったことを話しかけた。

 アイネは「あー……」と言い、数秒黙ると答えてくれた。


「元々、あたしが住んでいた場所は集落だったのよ。だけれど、皆引っ越しちゃったの」

「どうしてアイネ達は一緒に引っ越さなかったんだ?」

「それは分からないわ。おばあちゃんが決めたことだもの」


 アイネはポケットに手を突っ込み、次はキャンディを取り出して口にくわえた。


「……もう人から盗るなよ」

「はぁーい」


 ――――――――


 待ち合わせ場所である市場の入口付近まで来ると、木にもたれかかって腕を組んでいる見覚えのある姿が目に入った。


「ウルフ早いね。もう終わったんだ」


 僕が彼に声をかけると、彼も僕を見た。


「お前らおせぇよ。結構待ってたんだぞ」

「市場結構混んでなかった?」

「俺ぁー、人混みを避けて屋根の上を移動してたんだ」

「あんまりそういう事はしちゃダメだよウルフ」

「そうか?」


 ウルフは理解出来ていない様な顔を浮かべながら首をかいた。


「ざまぁないわ! 狼野郎! お兄ちゃんに怒られちゃってて」


 アイネがしたり顔でウルフを指さすと、ウルフは機嫌悪そうな顔をした。


「お嬢、お前ずっと何なんだよ。会った時から俺に対してキレやがって」

「あんたがあたしの料理に文句言うからでしょ! 自覚ない所がますます腹が立つわね!」

「はいはい、そこまで。帰るよ」


 また喧嘩しそうなアイネとウルフの間に入り、僕達は家まで歩いて帰ることにした。

 僕は新しくした携帯の操作を確認しながら歩いた。


「暇ねー、家まで何キロくらいあるのかしら」

「ザッと1.5kmくらいじゃないか?」

「やっぱり頭良いわよねーお兄ちゃんは。そういえばファステラになれるって試験は筆記もあるの?」

「え?」


 僕達の後ろを歩いていたウルフが足を止めた。

 慌てて僕はアイネの言葉を覆い被せるように答えた。


「え? あっ! フォアグラが食べたいんだって? いいよ! 国際中央広場に美味しいレストランがあるから」

「フォアグラじゃな―――」

「フォアグラだろ!」

「クロハお前、ファイブ・ステラなのか?」


 ウルフが立ち止まり、静かにこちらを見ている。

 まずい。どうしよう。バレたくないのに。

 流石のアイネもこの状況を察し、やらかしたと手で自身の口を塞いでいる。


「ちっ……違うよウルフ! 彼女はよくフォアグラとファステラを言い間違えるんだ」

「でもそれを否定してるよな。常に前髪で目を覆っているのも、そうなのか?」


 ウルフの口調は変わらない。

 彼の視線は僕を捉えて離さない。


「違うってば」

「じゃあ目を見せろよ。ファイブステラの全員には、目に星の印があるんだってな」

「ないよ。そんなの……」

「んだから証拠を見せろ!」


 ウルフが詰め寄ってきて僕の胸ぐらを掴みあげると、急にウルフが「ヒェッ」と言い、倒れた。

 汗をかき、股間の辺りを両手で押さえて苦しそうにのたうち回っている。


「あたしのお兄ちゃんに何すんのよ!」


 アイネが僕にしがみつき、転がっているウルフに向けてあっかんべーをした。どうやらアイネがやったみたいだ。


「アイネ」

「これで分かったでしょ? こんな狼、きっとろくな奴じゃないわ! 最初から嫌いだったのよ! コイツ!」


 アイネがウルフに向けて唸った。風属性の人々には主に「獣」の血が流れていると聞く。

 例え獣人でなくても、それなりの似た立ち回りくらいはするのだろう。


「違うんだよ。彼は僕の目を確認しようと近寄って来ただけだ」

「お兄ちゃんの服を引っ張ってたじゃないのよ!」

「それくらいどうってことない」

「どうせコイツ、あたしからお兄ちゃんを奪うつもりだわ! あたしのお兄ちゃんなのに!」

「いや、ウルフは男だから多分ないだろう」


 僕は息切れをして痛そうに顔を歪めてしゃがみ込んでいるウルフに近寄り「大丈夫?」と手を差し伸べた。


「何でそんな奴の心配なんかするのよ。お兄ちゃん」

「お前はやり過ぎなんだよ。アイネ」


「お兄ちゃんを傷つける奴とか。皆死ねばいいのに」


 隣で聞こえたそれは独り言なのか。それとも心の声なのか。

 アイネがポツリと呟くように放ったその言葉は、一瞬で場を凍らせ、まるで背筋が凍るようだった。

 横目で隣を見ると、明らかな殺意を瞳に宿した彼女がウルフを見据えていた。


 ウルフも僕の手を取り、体中についた砂を落としながら下を向いたままだ。


「悪ぃ。言い方が悪かったよ。襟を掴んだのも悪かった。不愉快に思えたのなら申し訳ない……。でも俺、嘘つきは嫌いなんだ」


 続けてウルフは口を動かす。


「ごめん俺。言い訳に聞こえるんだろうけど、こう見えてメンタル弱くて。ハンネスに。人間に嘘をつかれてたのをまだ根に持っているんだ」


 その時、ウルフが今でもずっと傷ついていることに、僕は初めて気付いた。

 だって、ウルフは移動中もずっと笑っていたから。

 もう大丈夫なんだ。立ち直ったんだと思ったんだ。


「ハンネスの次は、クロハ。お前も俺を裏切るんじゃないかって。全ての人間は、俺達獣人のことが皆嫌いなんじゃないかって。俺達獣人は、人間の道具なのか?」


 ウルフの笑顔が偽りだったなんて、知らなかったんだよ。


「お前はファステラなのか? クロハ」

「どっちなのかは、ウルフの好きなように思ってくれてていい」


 そう返すと、ウルフは横に首を振った。


「そんなんじゃあダメなんだよ。隠し事をされると人間を信用出来ない」

「僕はウルフのことを友達だと思ってる」


 これを口にするのは2回目。

 ウルフが山火事に遭遇し、悲惨な目にあい、人間を疑っていたあの時の問いと同じ。


「本当だよ。ウルフ」


 僕は真っ直ぐウルフの目を見て答えた。


「……そっか。そうだよな! なんかごめんな!」


 ウルフは僕に笑って見せ、無表情のアイネの視線に合わせてしゃがみ込み、彼女の頭を撫でた。


「ごめんな。大事な兄ちゃんに乱暴しちゃって」


 アイネはしばらくウルフを見つめると、頭に乗っているウルフの手をうっとおしそうに払い除けて距離を取った。


「気安く触るな。次やったら殺してやる」


 幼子から出た予想外の返しに、ウルフは目を見開いた。

 僕もだ。何故そんなに僕へ執着しているのだろう。

 アイネが彼を睨みつけるその瞳は、変わらなかった。


「アイネ。本当に僕は大丈夫だから。ウルフと仲良くしてくれ」


 いつもと様子がおかしいアイネをなだめるように僕が言うと、アイネは「お兄ちゃんが言うなら」と、再び普通にウルフと話し始め、僕達は家に向かって歩き出した。


「ねえ、お兄ちゃん」

「何」

「あたし、寝るんだったら藁の上じゃなくてベットがいいわ。ツリーハウスの宿屋みたいに」

「今度宿屋に泊まった時寝れるよ」

「今夜がいいわ! ベットに寝たいの!」

「はぁー?」


 何でそんな無茶振りを言うんだ……と言う思いを堪えた。

 ツリーハウス・園庭楽園の宿で、あれだけはしゃいでいたんだ。今更藁では居心地が悪いのだろう。

 だけれど……。


「市場に宿屋はあったけれど、もう家に着くから今夜は藁でいいだろ。それにお金がない」

「タダで泊まれる宿あるじゃない!」

「は?」


 アイネに案内されるままついていくと、とある建物の前に辿り着いた。建物の手前にかけられている、古く錆びたランプが風で揺れている。


「何だぁ? ここ」

「……ここ廃墟じゃん」


 僕がそう言うと、アイネは走って扉を破壊する勢いで玄関を開け、廃墟の中を駆け回った。


「そんなに駆け回ったら危ないぞ」

「平気よ!」

「お嬢、肝試しでもすんのか?」

「昼なのにそんなの出来る訳ないでしょ」


 僕には普通に返事をするのに、ウルフに対してはあからさまに冷たい口調で返すアイネ。


「でもベットあるわ! 今昼だし、掃除してふっかふかのベットで寝たいのよ」

「随分とボロいけど大丈夫かぁ? 天井とか落ちてきたら洒落にならねぇよ」


 ウルフが天井を見上げている。

 僕もつられて見上げると、確かにそこら中に穴が空いていて、今にも崩れ落ちてきそうな感じだ。


「寝てる時とか顔面にでも天井が落ちてきたら……」

「そこはまあ、何とかなるわよ」

「どこから湧くんだ。その自信」

「それにこの廃墟、2階もあるのよ! 2階にはあたしが大事にしている物が置いてあって……あれ?」


 アイネが2階に上がる階段をじっと見上げ、顎に手を当てた。


「おっかしいわね……2階の階段が壊れているわ。あたしが前ここへ来た時は壊れていなかったのに」

「あっ、それは―――」

「誰かここに来たのかしら?」


 廃墟の階段は、僕が探検で登っている時に崩れた。

 しかし、階段の床が抜けて落ちて怪我をしたなんて、みっともなくて言い出せない。


「お兄ちゃんって、あたしと会った時に誰かと出会った?」

「いや、誰も」

「へえー。まあいいわ。こんなオンボロ屋敷、勝手に崩れるわよね」


 アイネが残念そうに下を向き、転がっていた石ころを蹴った。

 もし、この廃墟の2階へ上がる階段がここだけならば、アイネの持ち物は取りにいけないだろう。


「その……2階に大事な物があるのなら、僕が取ってくるけど」


 おずおずと僕が切り出すと、彼女は僕の方へ振り返って笑いかけた。


「まあいいわ! 何とかなるもの」

「お嬢の大事な物って何なんだ?」

「この廃墟の2階には、あたしのおばあちゃんの遺骨があるのよ」

「おばーちゃん?」


 予想外の返しに、ウルフは驚きを隠せないようだ。


「この廃墟にお嬢のばーちゃんが住んでたのか?」

「違うわ。あたしがおばあちゃんを(あぶ)って骨にしたのよ」

「炙ったぁ!?」

「火葬だ火葬。炙るなんて言ったらウルフが誤解するだろ」

「死体を火で燃やすの、火葬って言うのね。知らなかったわ」

「そ、そうか。そりゃー良かったぜ」


 ウルフは「ふぅー」と額の汗を腕で拭った。

 一方アイネはというと、寝室に行き、埃まみれのベットを棒立ちで羨ましそうに指をくわえて見つめていた。


「どうせ夜まで暇でしょ? 使えるようにベット掃除でもしない?」

「廃墟の掃除なんかしたかねぇーよ」

「暇じゃない。さっさと薬草を探さないと」

「えぇー!」


 ウルフは「そういえば」と言いたげな顔で僕を見てきた。


「んでよー、薬草の方は白と黄色で間違いなかったん?」

「見た目は僕が覚えているから大丈夫だよ。これからでも探しに行こうと思って」

「今からまた森を探索するのー?」

「あのなあ……お前余命2週間って言われているんだぞ? なのに何でそんなに平気そうにしていられるんだ」

「2週間? お兄ちゃん何を言っているの?」


 アイネは首を傾げた。


「バステロのおばちゃんは、あたしの余命を1ヶ月だって言ってたわ。ちょっとくらいの娯楽、良いじゃないの」

「1ヶ月でもヤバくね?」


 そういえば、アイネは薬屋で世話になっていた時、眠っていたから何も知らないのか。


「ツリーハウスの時点で、薬屋のオーナーに2週間だって言われたんだよ」


 僕はあの時に言われた話を素直に彼女へ伝えたが、彼女はそれでも僕の言葉を疑っている様子をしている。


「詐欺じゃないの? あたし、熱や頭痛以外は元気よ」

「それ元気って言わない。ほら、もう家まで戻って薬草を探すぞ」

「また来た道を戻るのー?」

「一旦家まで引き返そう。この荷物じゃ動きにくい。軽装にしてから薬草を探したい」


 こうしてまた元の道を戻り、家の方向へ歩き出した時。

 アイネは長い距離を歩いていたせいか、それとも持病で歩くのが辛いのか。既にバテ気味だった。

 僕とウルフはアイネの歩幅に合わせ、待ちながら歩みを進めていたのだが、とうとう彼女は立ち止まった。


「あたしもう疲れたわよーお兄ちゃんー」

「あともう少しで着くと思うから」


 そう励ましても、アイネの足は動かない。


「お兄ちゃん、もう歩けないわー。おんぶして」

「僕はリュックを背負っているから物理的に無理だよ」

「えぇー……おんぶー」


 途端にアイネが辛そうにしゃがみ込んだ。

 彼女は常に平気そうに、明るいトーンで喋っているが、余命宣告をされているのに元気なはずなんてなかった。

 僕は彼女へ駆け寄り、その小さな背中をさすった。

 息遣いがかなり荒くなっており、これ以上歩くのは難しいのだろう。

 ウルフもこの状況を見て、心配そうに駆けつけてきた。


「クロハ。俺ならお嬢をおぶれるぜ?」

「狼なんかにおんぶされたくないわ!」

「そんなに嫌うなよー。こっちだって傷つくだろうが」


 アイネは強がってウルフに言葉を放つが、その言葉はかすれていて、声を出すのがやっとのような状態に見える。

 その時、バステロでの出来事が脳裏に浮かんだ。

 僕が「大丈夫だろう」という甘い考えをしていたせいで、アイネは命の危機に晒された。

 僕がしっかりしていれば、彼女はあんな出来事に巻き込まれないで済んだんだ。


 僕は自分のリュックを下ろして前向きに背負い直し、背中を空けてしゃがみ込んだ。


「しょうがないな。ほら」

「やったぁー……」


 それを見たのだろう、アイネが後ろから僕に近寄って抱きついてきた。

 彼女は今にも枯れそうな声をし、僕にしがみつく力も弱々しい。

 そして背中がかなり熱い。きっとまた熱がぶり返しているのだろう。

 両手が塞がっていては、また樹木呪の様な奇襲に対応出来ないのだが、ウルフはそれを気にしてくれていて「任せろ!」と言うと、耳を立てて辺りを常に警戒してくれていた。


 そして、何事もなくアイネの家へ到着。

 この時には、アイネは少しだけ回復して元気になっていた。

 自力で歩けるようにもなっていて、熱を下げる粉薬が入った便を手に取り、少しだけ手に出して水で飲んでいる。


「あーあ、戻ってきちゃったわ。フカフカのベットで寝たかったのに」


 2週間と伝えているにも関わらず、平然としているアイネが不思議だった。

 彼女自身は、一体どう思っているのだろう。


「お前、余命宣告させてるんだぞ。死ぬの怖くないのか?」


 こんな事を本人に聞くのは、とても失礼で残酷なのは分かっている。だけれど、彼女の態度をずっと見続けていて聞かずにはいられなかった。

 バステロの時からずっと疑問だった。もうすぐ自分が死ぬと分かっても、まるで何ともないような顔をしている。


「死ぬのは怖いけれど、それで泣いていたって現実は変わらないわ」


 当たり前のようにアイネは僕に答えを投げ返した。


「あたし、こんな事でくよくよしたくないのよ。トイレ行ってくるわね!」


 そう言うと、彼女は廊下を走っていった。

 立ち尽くす僕と、唖然としているウルフだけが取り残された。


「お嬢の根性すげぇな。あんなに幼いってのに」

「そうだね」

「ていうか、何でお嬢はばーちゃんの骨を自分の家じゃなくて何でわざわざあんな廃墟の2階に置いてんだろうな」

「さあね」


 死人の話を掘り返すような話は避けたかった為、僕も疑問に思ってはいたが、口に出していなかった。

 ウルフは少しの間黙ると、急に僕の方を見て言った。


「クロハ。お嬢ってさ、もしかしてばーちゃんのことを他人に知られたくないのかね?」

「何で?」

「だってそういう理由でもない限り、あんな場所へ隠すように遺骨を置かないだろ」

「人なりのやり方があるんだと思う。ウルフは気にしすぎだよ」

「そうかぁ?」


 ウルフはアイネが走っていった方を一瞥すると、座り込んで自分の荷物の整理整頓を始めた。


「そうだ! クロハ。俺、お前達に内緒で買ってきたんだけど……」

「?」


 そう言われて僕がウルフの荷物を覗き込むと、黄色い物体が見えた。


「それ、レモン? 市場で売ってたの? ラガンス市場にソレ売っているんだね。この地域にレモンは実らないんだけど」

「違う違う。旅をして売り歩いている商人に偶然居合わせたもんで、そこで買ったんだ」

「へぇー」

「それが不思議な雰囲気を出してる子でよぉー。長い黒髪の先っぽを少しだけ結んであって、俺みたいに魔具を売り歩いてる上に情報屋もやってるっていう可愛いガールだったんだ」

「多分それ……」

「ん?」

「その人、多分僕の知り合い。ニクって言うんだ。彼は売り歩きで割と有名だから」

「アレ男なん!?」


 ニクもこの市場へ売りに来ていたのか。それならば携帯買い換えたことを一度会って伝えておくべきだったかな。

 そう思っていると、ウルフは自分の手元のレモンを見つめていた。


「お前に手を出したあの時から俺、ずっとお嬢に嫌われてる。これでレモネードを作ったら機嫌直してくれると思うか?」

「直してくれるんじゃない? アイツは美味しい物なら全部喜ぶと思う」

「味には自信あんだよなぁー。俺」


 しばらくすると、アイネがトイレから帰ってきた。

 ウルフがキッチンで調理しているのをアイネが横目で確認する。


「何で人のキッチンを勝手に使ってんのよ」

「悪ぃ悪ぃ。レモネード作ってんだ。飲ませてやるからちょい貸してくれ」

「レモネード? 何よそれ」


 アイネが住んでいるここの地域、ラガンスでレモンは取れない。だから市場にもそもそも売っていないのだ。

 森を出ずに過ごしてきた彼女からすれば、レモンを知らないのは当然だろう。


「レモネードっていうのは、レモンという名前の果物を使ったジュースのことだよ」

「ジュース? あたし、基本的に水しか飲んでいないから。分からないわ」

「要するに味の付いた水」

「そういやぁー、レモンで思い出したんだが。俺、この前変な夢を見た気がするんだよ」


 僕達が背後で話しているのを耳を立てて聞いていたウルフが、こちらを向いた。


「なんつーか、空からレモンが降ってくる。っていう変な夢」

「えっ、奇遇だね。実は僕も似たような夢を見た気がするんだ」

「何それ。2人とも変なことを言うのね」


 そんなたわいもない話をしながら、僕とアイネはウルフ自作のレモネードを待っていた。

 アイネは静かに本を読んでいて、僕は単独での薬草捜索の為、ウルフへ分かるようにペチの葉とクリガネ草の見た目を絵で描いていた。


 そんな時、キッチンから「出来たぞー」と声をかけられた。

 ウルフが3つのコップにレモネードを注ぎ、僕は机へレモネードを運んだ。

 アイネは初めて見るレモネードに興味があるのか、凝視していた。


「黄色いわね」

「レモンは元々黄色だよ」

「毒でも入っているんじゃないかしら?」


 それは最初に会った時、やけに優しく接してくるアイネを怪しんでいた僕が言ってしまった言葉だ。

 今では勿論反省している。


「毒だと思うなら飲むんじゃねえ!」

「あっそ! じゃあ飲まないわ!」

「美味しいよこれ」


 ウルフが移動中にくれたサンドイッチもそうだったのだが、彼は不器用な僕と違って料理が上手だ。

 僕が飲んでいるのを見たアイネも、恐る恐るレモネードを口にして、少し飲んでいた。


「ま……。まあまあって所かしらね」

「素直に美味いって言えよ。お嬢」

「とっても普通の味ね!」

「僕は美味しいと思う。ありがとうウルフ」


 僕がウルフへ笑いかけると「そうだろ?」と、ウルフも微笑み返してくれた。

 そのやり取りを見ていたアイネも、小声で「お、美味しいわよ……ありがと」と呟いて飲む手を止めない。


「これ飲み終わったら薬草を探しに行こうか」

「そうだなぁー。つか、結局薬草の見た目は何なんだ?」

「とりあえず絵を描いた。こんな感じだったんだ。よろしく頼むよ」


 僕が描いたイラストを渡すと、絵を見るなりウルフは真顔になった。


「なるほど。お前さんが絵を描くの下手だってのは分かった」

「そう?」

「何これ! 汚い絵ね! あたしが描いてあげるわ!」


 そう言うと、アイネは万年筆と白紙を棚から引っ張り出してきて2つの薬草の絵を描いてウルフに渡した。


「上手いじゃんお嬢ー」

「書物で薬草の特徴を描く時があったから絵を描くのは得意なのよ」

「てか、絵上手いなら最初から描いてよ。市場に行った意味ないじゃん」

「え?」



書いている漫画の区切りがつくまでお休みします。

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