プロローグ
僕たちは日本に住んでる普通の高校1年生。何の変哲も物語性もない、どこにでもありそうな高校とどこにでもいそうな高校生……そのはずだった。
いつものように学校を過ごしていたある日。僕、雨宮悠馬は教室で3人の不良に囲まれていた。僕の服はボロボロになっていて、身体中が痣だらけだし、口の中も切れて血の味がする。
「おい。さっさと金出せよ。てめえバイトで結構稼げてんだろ。俺ら貧乏だからてめえのお布施がないと生きてけねえんだよ」
「はい……どうぞ」
僕は震える手を抑えながら、財布から10万ほど出して彼らに差し出す。
「おお、ありがとな! やっぱお前は最高のフレンドだよ!」
「今日もサンキュー。感謝してるぜ」
彼らは高らかに笑いながら僕の肩を掴む。本当はお金なんて渡したくない。けど、ここで拒否したところで、ボコボコにされて金も盗られるだけ。金が無くなるのは嫌だけど、痛みがないならそっちの方がマシだ。
(くそ。なんでこんなことになるんだよ)
僕は悔しい思いを吐き出すように足下に落ちてた石を拾って強く握る。すると、石は僕の握力に耐え切れず、粉々に砕け散ってしまった。
毎回これだ。学校に行けばいつも彼らのサンドバッグ。時にはトイレで殴られ、教室で殴られ、カバンや教科書をめちゃくちゃにされることもあった。
教室のみんなは見て見ぬふり。本来ならこんなのは明らかに異常だけど、彼らには手を出せない理由があった。僕を虐めてる奴らは政治家の息子。しかも、日本でもトップクラスの権力を持っている。そんな奴らが親だから、下手に逆らえば何をされるか分からない。彼らが手を出せない理由はそれだろう。
僕の親はそんな理不尽に憤慨し、何十回も抗議文を送ったりしたし、直接学校に乗り込んでくる時もあった。教育委員会とかいうのも使おうとしていた。まあ、それは色々あって出来なかったけど。
だけど、それだけのことをされても学校側は特に動こうとせず、知らんぷりを決め込んでいる。警察に言っても、学校側は上手いこと逃げており、事件となったことは1度もない。
親はいっそ、引っ越しして転校しようと言ってくれるけど、そんなお金がないことは僕でも分かった。両親はそこまでお金があるわけじゃないし、僕のために無理をしてほしくない。だから僕はこの学校に留まっている。喧嘩も出来ない弱い僕が、この不良たちに対して出来ることなど何もなかった。
今日も虐められるだけで自分の生活が終わるのかと思った瞬間、足元に巨大な白の魔法陣が出現した。突然の事態に、僕やクラスメイトたちを含めた全員が金縛りにやられたかのように魔法陣を見ていた。
その魔法陣は徐々に光を強めて行く。何人か教室から逃げ出そうとする人もいたがもう遅かった。魔法陣の輝きが僕たちを包み込み、世界が真っ白になった。
視界が真っ白になり、目を閉じてから何分経っただろうか。ざわざわと騒いでる音が聞こえ、僕はゆっくりと目を開いた。僕は周囲の景色に唖然としていた。見たことのない偉そうな人が描かれた絵画や風景画がいくつもあった。床は美しい色と輝きを放っており、自分では絶対に手が届かないと思えるものだった。柱や壁も普通のものとは明らかに違うと一目で分かるものであり、まるでお金持ちが住んでる豪邸だ。
周りを見ると、教室にいたクラスメイト達全員がここに転移されたようで、みんな驚きの表情を浮かべていた。前に視線を移すと、そこには2人の人間がいた。1人は魔法使いのような黒のドレスを着て、とんがり帽子を被った女性。もう1人は童話に出てきそうな国王の姿をした老人が1人。周りには召使いのような人が何十人もいた。
「ようこそ、自然が美しき国エルデハイムへ。私はこの国の国王、ゴルトスと申します。以後よろしくお願いします」
ゴルトスという人が言うには、この世界は魔王軍の危機に晒されているらしい。この世界には魔王軍と呼ばれる魔族だけで構成された軍勢が、この世界を支配するためにあちこちに侵攻しているとのこと。侵攻のせいで人類の3割が殺され、滅亡の危機を迎えている。僕たちは人間が魔王軍の侵攻を食い止めるために呼び出された切り札とのことだった。だが。
「無理ですよ! 私たち戦ったことないんです! 切り札とか言われてもあなたがたの期待に応えられません!」
「そうだよ! 俺なんか体育の最下位の運動音痴だぞ。そんな奴が戦えるわけないだろ!」
僕たちはただの高校生だ。戦う力なんてどこにもないし、戦闘経験もない。そんな僕たちを切り札とか言われても迷惑だ。しかし、彼はそんなことを予測していたかのように笑いながら言う。
「問題ありません。いきなり投入するなんてことはしませんよ。最低限戦えるように訓練はしてもらいます。それに、あなたがたにしか使えない最強の武器もあります」
国王はそう言って手のひらサイズの箱をクラスメイト全員に渡した。箱を開けると、その中には青い石が入っていた。
「あの。これは?」
「それはゴッドストーン。それに触れると、神器と呼ばれる武器を作り出します。神器は所持者の戦闘力を大幅に上昇させ、魔族に対して大きな効果を持っています。しかし、この神器を扱えるのはあなたがたのように異世界から転生した者だけ。例外もありますが、まあこれは関係ないことですね」
僕たちにしか扱えない。だから、僕たちは切り札と言われているのか。
「俺らにしか使えない武器。ファンタジー映画みたいでおもしれえな。ちょっと触ってみるか」
僕をいじめていた3人不良の内の1人が、試しに石に触る。すると、手の中に白い光が宿った。
「うおっ!? なんだこれ」
その人が驚いていると、国王は満足気に微笑んだ。光は武器のような形へと変化していく。光が収まると、その人の手に青い剣が握られていた。
「それがあなたの神器です。なかなか良いものでしょう。ステータスを見てみましょう。ステータスオープンと言ってみてください」
「おっけー。ステータスオープン!」
彼がそういうと、ディスプレイのようなものが空中に投影された。そこにはこう書かれている。
神器 エクスカリバー
攻撃力 7500
防御力 4800
魔力 5200
「おおっ!! なんだよこれ!!」
彼の声に周りの人たちも騒ぎ出し、国王も驚いていた。どうやら、本当に凄いものらしい。
「素晴らしい! こんなにも優秀なステータスは久しぶりに見ましたよ。あなたは戦いの神と呼ぶべき存在だ」
「マジ? はははは! 俺すげえな。戦いの神だってよ。てか、この魔力ってなんだ?」
「魔力とは武器に宿る不思議な力です。この魔力を使えば、魔術というものを使うことが出来ます。魔術については、また後ほどにお話することにましょう。では、他の皆様もお願いします」
みんなが石に触れ、次々に神器を作り出していく。
神器 グングニル
攻撃力 6800
防御力 4000
魔力 7000
神器 ミョルニル
攻撃力 4200
防御力 3500
魔力 2200
神器 レーヴァテイン
攻撃力 5900
防御力 3200
魔力 4800
さっきの不良の武器と同等、あるいはそれよりも上の武器がポンポン出てきていた。国王は完全に唖然としており、ほかの召使いたちも驚きで目をまんまるにしていた。
「す、すごい。まさかここまで優秀な人間がこんなにもいるとは! あなたがたをこの世界に召喚して良かった。これはほんとに素晴らしいですよ。この力があれば、魔王軍など恐るるに足りません!」
みんな神器を生み出し、残るは僕だけとなった。国王は期待した目で僕を見ている。けど、みんな良い神器を出してたし、多分大丈夫だろう。そう思って石に手を触れ、光が形を作っていく。けど、それは今までのものと違って卵のような形状をしており、とても武器には見えなかった。光が収まると、僕の手に白い卵が現れた。
「卵……なんだあれ」
「おいおい。あれ外れなんじゃないか?」
周りの人がヒソヒソと話をしている。国王は唖然とした目をしてたが、それは今までのものと違い、呆れるようなものだった。
「す、ステータスオープン!」
その目から逃げるように、僕はそう言った。僕の持ってる卵のステータスは。
神器 名称不明
攻撃力 5
防御力 5
魔力 1000
あまりにも弱すぎるステータス。一番高い魔力ですら、下から数えた方が速いくらいに低い。国王は失望の眼差しを向けており、心底がっかりしていることが分かった。
「……はあ。こんな無能もいたんだな。最後の最後でガッカリしたよ」
僕は何も言い返せなかった。自分だって、なんでこんな弱いのか分からない。これが自分の本当の実力なのか。僕はどの世界に行っても、何もできない雑魚なのか。
「もういい。お前は明日、この国から出て行け。この王都は、お前のような無能を養う余裕などないんだ。ああ安心しろ。お前はグレイスシティに送っといてやろう」
「うわー。グレイスだって」
「俺はあんな所行くくらいなら死んだ方がマシだな」
「ま、あんな無能じゃ仕方ないよな。ご愁傷さまだ」
周りにいる召し使いの話からして、グレイスシティというのは相当危ない場所のようだ。僕はもう反論する気すら起きず、ただ黙っていた。
「おいおい。あいつここでも無能なのかよ」
「仕方ねえよ。本物のカスってのは、環境が変わってもどうしようもないもんなんだよ」
「追放って、ちょっと可哀想じゃない? あんなのはいくらなんでも」
「やめときなよ。あの国王、無能な奴が大嫌いみたいだからね。下手にかばったら私たちも被害及ぶし、一緒に追放されたらそのまま野垂れ死に確定。ここは無視するのが一番良いって。教室でやってたことを同じことすればいいんだよ」
「そうだな。追放されるのは可哀想だけど、俺らに被害が行くのも嫌だし。見ないふりしとこーぜー。国王に意見とかしたらやばそうだしな」
小声でクラスメイトがひそひそと何かを話していた。話してる内容は大体察しが付く。僕を無能と言ったり、見てみぬふりをしようとでも言ってるのだろう。それぐらいのことはなんとなくわかる。あの王様に逆らうのは得策ではないだろうし、彼らの気持ちは分からなくはないけど、見捨てられるというのは悲しいものだ。
「……分かりました。出て行きます」
「ふん! まさかこんなカスまで召喚してしまうことになるとはな。損してしまったよ。まあいい。それではあなたがたは個室に案内しましょう。何かあれば、部屋に常駐させてる召使いにお申し付けください。それでは」
「あの……ひとつ良いですか?」
国王が去ろうとすると、クラスメイトの1人の女子が手を上げた。
「私。元の世界に戻りたいです。戦うの得意じゃないし……ステータスも優秀じゃないから」
「ステータスは優秀ですよ。鍛えれば、我が王国の精鋭部隊よりも遥かに強くなるでしょう。元の世界に戻りたいということだが、それは出来ないのです」
「どうしてですか!? 私たちをここに呼んだのと同じようにすれば」
「それがダメなんです。これを見なさい」
そう言って、王はボロボロの黒緑の石を取り出した。
「あなたがたをこの世界に呼んだり元の世界に戻すには、この召喚石が必要です。しかし、召喚石を採掘するための鉱山は現在、魔王軍が占拠しているのです。おまけにストックもこれで尽きてしまいました。鉱山を解放する道はただ1つ。魔王軍を倒すことだけです」
「つまり、魔王軍を倒せば私たちは帰れるんですね」
「その通りです。悪しき魔王軍を倒せば、あなたがたも元の世界に戻ることが出来るのです。ご理解いただけましたか?」
「……分かりました」
女性は納得していないようだったが、渋々うなずいた。
「あなたがたにはご迷惑をおかけして申し訳ありません。国を救う為とはいえ、あなたがたを勝手に呼んでしまった。せめてもの償いとして、出来る限りの物を与えたいと思っています。欲しいものがあれば、召し使いに申し付け下さい」
こうして、異世界での1日目が終わることになった。僕は皆のように部屋を与えられず、倉庫のような小汚い場所で過ごすことになった。空気が汚いし、目に見える埃が舞っていて気持ち悪い。布団の寝心地は家のよりも悪くて最悪だ。晩ご飯もカビたパン2つだけ。皆は今頃、豪華な食事にありつけていることだろう。
「くそ……なんでこんなことに」
あの王様は有能しか欲してない。僕みたいな無能は邪魔者としか思ってないだろう。国が一大事みたいだから、強い人を欲するのは分かる。けれどあんな対応は無いでしょ。異世界に転移しても、みんなと同じようには歩めず、つまはじきにされる。これが僕の人生なのだろうか。
「はあ……暇だなあ」
僕はそうつぶやきながら、近くにあった鉄の棒を何本かまとめて捻じ曲げ、アートを作ったりして遊んでいた。鉄の棒を捻じ曲げることは赤子の手をひねるより簡単だ。耐久は人並みだから殴られたりしたら血が出るけど、これだけの力があれば喧嘩とか余裕で勝てる。でも、僕はこの力を暴力に振るったことは無い。
だってこんな力で人を殴ったら殺しちゃうからね。それに僕は喧嘩が好きじゃないし、僕が痛い目に合ってもそれで争いが終わるならそれでいい。よほどのことが無い限り僕がやり返すことは無い。
「あーあ。この卵がものすごい成長をしてくれたらなあ」
僕は叶いもしないことを願いながら、卵を抱きかかえて眠りについた。その時、卵にヒビが入ったことに、僕は気づきもしなかった。