1-3 依頼
「あっ、大分お待たせしてしまった様ですね……すみません」
部屋に入ってきたのは、女の子を連れた中年の男性だ。男性の依頼人は、とても申し訳ない表情で直ぐ頭を下げた。
「いえ、お気になさらず。ボクは、神楽坂 真と申します。畦倉 光流さん、よろしくお願いします」
俺達は依頼主の顔色を見た。化粧で上手く誤魔化して居るが、目元には薄らと隈が見え隠れしていて、歩き方が少しフラついて見える。そこから、遅れた理由が何となく察する事が出来た。
「神楽坂……? えーっと、間違いで無ければ、神楽坂と言うと……あの、北海道と千葉県、大阪府でテーマーパークを運営して居るあの神楽坂、でしょうか……?」
「ご存知でしたか。そうです。私の曾祖父様が運営して以来、私達一族はテーマパークを運営して居ます。その神楽坂で合っています」
「……驚きました。あのテーマパークは、私も子供の頃に両親や姉と一緒に行きました。まさか、その御曹司が、霊災相談に所属して居るとは……」
光流は、目を見開きながら驚き、そして、子供の頃の懐かしい思い出に浸って笑った。その後、直ぐにハッとして心配そうな表情になり真を見た。
「我々の一族は、昔からこれが本業でした。ただ、それだけではダメだと考えた曾祖父が、テーマパークを運営して今に至りました。
これは、別に秘匿して居るわけではなく、知っている者にとっては周知の事実ですので、あまりお気になさらないで下さい」
真は、光流が聞いてはいけない事を聞いてしまったと勘違いした事を察した。そして、彼を安心させる様に笑って答えると彼は、安堵の表情を見せた。
「そうでしたか……」
「わぁっ!! 光流叔父ちゃん、大っきいワンワンだぁーっ!! ねーねーっ! 撫でても良いっ!!」
「こらっ! 歩っ! 静かにして居なさいっ!」
「えぇーっ!? ぶぅーっ!!」
7歳くらいの児女:歩は、頬を目一杯膨らませて、若干涙目で光流を睨み付けた。光流は、ヤバいと焦ったのかオロオロとして居る。
俺としては、このまま平和に過ごす為に、心の中で光流を応援した。それはもう、超が付くほど応援した。しかし、俺とは対照的に真の表情は、悪い笑みを浮かべて歩に近付いた。
「あはは。歩ちゃん、このワンワンも、歩ちゃんと遊びたがって居るからたくさん遊んであげてね!」
「えっ、ちょっ!? おまっ!?」
「ヒロ、可愛い女の子だよ? 優しくしてあげてね?」
「いや、まあ、確かに将来有望そうだけど……!! 俺の信条は[YESロリータ! NOタッチ!]だけどもっ!?」
"真、やりやがったっ!?"と思い焦って反論するが、真は冷静に俺の普段の言論から揚げ足を取っていて、全く反論出来なかった。
そんな俺達の様子を見て、光流と歩はポカンッと口を開けて唖然としていた。
「わぁっ!! ワンワン喋れるのっ!? わぁーい! ありがとう、お姉ちゃん!」
「っ!?」
歩に女性だと言われた真の表情は、まるで動じていなかったが、俺から見ればかなり驚いて居る様に見えた。
確かに真は、その綺麗な顔立ちから"女の子みたい"と言われる事がある。だが、初対面で女性だと言われる経験は滅多に無い。それは、彼女の男装テクニックがとても優れているからに他ならない。
「こらこら、お兄さんだろ? 全く……。すみません、この子が失礼しました」
「あっ、いえ……良く言われますので、気にしないで下さい」
「ありがとうございました。それにしても……驚きました。いや、何というか……ビックリです。本当にその狼犬が、話して居るのですか?」
「そうです。彼は、ボクの契約怪異です。あんな感じですが、一応怪異です」
真は寛を指差し、釣られた光流も歩を見る。寛の顔を限界まで引き伸ばし、キャッキャッして喜んでいる幼女の表情。
そして、どうすれば良いのか分からず困惑しながら、真へ恨みの眼差しを向ける寛がそこには居た。
「……そうですか。いや、そうなんだろうな……。私は、当時は子供でしたから、良く覚えていませんが……20年前の大霊災[蘆屋道満の復活事件]は、大変だったと聞き及んでいます。
大霊災以来、世界各地で地震並みの頻度で、霊的な災害が起きやすくなったと伺っています。それでも、自分の身近に起きるまで、他人事だと思っていましたが……こうして実物を見ると、なんと言って良いか分かりません」
「そうでしたか……。それよりも、ご依頼を確認しても良いですか?」
「あっ! 失礼しました。よろしくお願いします」
「はい。ご依頼は、護衛と怪異の討伐と聞き及んでいますがよろしいですか?」
「はい。実は……三日前になりますが、この姪の両親が奇妙な亡くなり方をしまして……」
「奇妙な、とは……?」
「はい……。姉夫婦と姪は、私の近所に住んでいました。よくこの姪と私の娘仲良くが遊ぶので、姉と私は定期的に互いの家に行き来して交流を深めていました。
そして、三日前、姉夫婦の家で交流会を行う時、私は姉夫婦の家が何処かいつもと違う違和感に気が付きましたっ……! そして、中に入ると……っ!?」
顔色が真っ青になりながら、光流は右手で口を押さえた。彼は、話している時から少しずつ肩が震え、呼吸が段々と激しかった事から、俺達は余程のモノを見てしまったと容易に想像出来た。
「大丈夫です。落ち着いて下さい」
「っ……!? はいっ……。すみません……」
「続きを話せますか?」
真はジッと見つめて、彼の手を握る。光流も真の行動に驚きつつも、段々と落ち着きを取り戻し呼吸が整ってきた。
「はい……。姉夫婦の家の中は、とても静まり返っていました。何処か空気も重く、澱んでいて、まるで別の世界に迷い込んだ様な感じでした……。
直ぐに私は、只事では無いと感じ、妻に娘を任せて帰らせました。そして、家に入って直ぐのことでした……。勢い良く部屋から出た姉が、血だらけで……姪を連れて逃げてと言いました……!
私は、訳がわかりませんでしたっ……! でも、その直後、姉は何かに引き摺り込まれる様に、部屋の中へと消えましたっ……!!
そこからの記憶はありません。気が付いたら、血だらけの私と姪は妻達の元に辿り着き、妻が警察と救急車を呼んでいました。
そして、姉夫婦は、まるで"獰猛な獣に噛みちぎられた様な無惨な姿"で亡くなっていました……」
状況を語った光流の表情は、まるで感情の一切が抜け落ちた能面の様だった。視線は虚空を捉え、両目からは涙が零れ落ちている。
「そうでしたか……。お辛い記憶を蘇らせてしまい、すみません……。それで、怪異討伐は分かりました。しかし、護衛、と言うのは……?」
「はい……。実は、あの一件以来、ずっと何かに監視されている様な視線を感じました。そして、昨日、腕を見たらこんな模様が……」
深呼吸を行った光流は、俺で遊んでいる歩を抱き抱えると、二人で右腕の裾を捲り上げる。そこには、赤黒い独特の模様が施され、その中心に数字の2が描かれた。
「なるほど……呪印、ですね」
呪印とは、怪異が行うマーキングの事だ。基本的に呪印を刻まれた人間は、常に刻んだ怪異に位置を把握される。光流が感じた違和感はそれだった。
さらにこの呪印は、怪異達の中では、呪印が刻まれた人間は襲わないと言うマナー程度の認識で、刻む怪異によって数字が変化する。
呪印に描かれた数字は、人間を保有出来る期間で、それが過ぎれば呪印は勝手に消える。それ故に、怪異達はその期間中に食事を済ませようと襲ってくる。
「はい……。この数字の模様は、昨日は3でした。しかし、今日目が覚めると2になっていました。これが意味する事が何なのか、私には皆目見当もつきません。
しかし、数字が減っていて監視される様な視線が強くなった事もあり、この度は依頼させて頂きました。
どうか、私と姪を助けて下さいっ……! そして、姉達の仇を取って下さいっ……! お願いしますっ……!!」
「分かりました。全力で貴方達をお守りしましょう」
頭を下げる光流と、何が何だか分からずキョトンッとして居る歩。その二人を見た俺達は、依頼を受けて光流の自宅へ向かった。
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