手配書と通達
朝食を宿の食堂で食べ、荷物を持って街へ出る。
そしてまず最初にと、商店が軒を連ねている区画へと足を向けた。
まず買い物をしてから、それから冒険者ギルドへ向かう。
そうしたのは、冒険者ギルドの役割と、そこに行く理由があるからだった。
◆
『とにかく、情報が欲しい』
それは昨日の昼、宿屋で眠る少し前の話。
冒険者ギルドに行くべきだと、ログはそう言った。
『この辺りの大まかな地図、隣国への道……そして手配書。本当にお嬢が手配されているかは分からないが、それだけは確認しておきたい』
『手配書……』
冒険者ギルドに情報が集まるということは私のような箱入り娘でも知っていることだ。様々な依頼を受けて周辺を探索し、街を渡って活動する。それが冒険者。
外壁から外に出る――魔物に襲われる可能性があるからこそ、戦闘能力のある人間が集まり、だから手配書が集まるのも冒険者ギルドだと聞いている。
『……その、危なくないかな?』
でも、それを知っているからこそ、ログに質問する。
冒険者――賞金稼ぎがいる場所にのこのこ歩いていくとか……捕まえてくれと言っているようなものでは?
『危ないな。その場で襲われる可能性もある。……だが、一度俺たちは相手がどれくらい本気かを知っておいた方がいい』
『……どういうこと?』
相手がどれくらい本気かって……?
『少し説明すると、お嬢に追っ手をかけるのと、手配をかけるのでは騎士団の内情的には全く違うんだ』
『……?』
『追っ手なら、それほど難しくない。騎士団員の一部が、主人……この場合領主の家族の意向で独自に動いてるだけだからだ。しかし、指名手配となると一部が独自で――とはならない。騎士団長の意向が必ず問われる』
『……あ』
『つまり、指名手配を出すということは、騎士団全体の意向ということになる。要するに、追っ手と手配には、騎士団の一部と全体の差があるんだ』
じゃあ、手配をされるということは、騎士団全体に追われるということになる……? ……それって、よく分からないけどとてもまずいのでは?
『まずいとも。そうなれば領都の時とは比べ物にならない人数が襲ってくることになる。各地に検問が設置され、街の入り口にも騎士団員が配置されるだろう。そうなれば街に入って補給などは決してできない』
『じゃ、じゃあ、どうするの?』
『その場合はもうなりふり構っていられる場合じゃない。悪いが、お嬢を抱えて全力でこの国から脱出する。辛いだろうが耐えてくれ』
『…………ぇ゛』
◆
そんな話があった。信じたくない未来だけれど、最悪の場合はそうなるらしい。
あまりに信じたくなくて、この街に入るときは大丈夫だったんだから、きっと手配されていないのでは? と楽観論を語ったところ、それならそれでいいが万が一の時は覚悟してくれと言われた。辛い。
「……はあ」
……まあ、仕方ないことではあるんだろうけど。
これでも大人の記憶があるので、なんとか折り合いをつける。辛いけど。
――ともあれそういう訳で、最悪に備えて、まず食べ物と水を手に入れるために私たちは商店へと向かっていた。ログ曰く、ここで補給さえできれば、あとは国脱出までなんとかなるらしい。
「……ん」
……と、甘い匂いが鼻をくすぐる。
見ると、そこは保存食などを売っている店のようで――干物や漬物に並んでドライフルーツやクッキーのようなものが店頭に並んでいた。
「ログ。あそこ」
「ああ、いい匂いがするな。あそこにするのか?」
「うん」
店に近づく。中にはおばあちゃんが一人いて、カウンターの中からこちらをニコニコしながら見ていた。
「おや、珍しい。魔法使いのお嬢さんかい?」
「うん、保存食を買いたいんだけど、なにかおすすめある?」
「そうだねぇ……最近はこの長クッキーが人気だねぇ」
指差す方を見ると、籠の中に二十センチくらいの棒状のクッキーが刺さっていた。中にはナッツやドライフルーツが練り込まれているようで……少し、前世のカロリーバーを思い出す。
「味は塩とはちみつの二種類だよ。味見してみるかい?」
「あ、じゃあ」
おばあちゃんの持つ皿から、まずログが一つ取り出して口に含む。そして軽く頷いてくれたのを見てから私も手を伸ばした。
「……ん」
……うーん。結構おいしいかも。
塩味は硬いパンみたいな感じだし、はちみつはお菓子みたいだ。保存食だからちょっと味が不安だったけど、これなら安心だ。
「これにしよっか」
「ああ」
ログも不満は無いようでしきりに頷いている。もしかして気に入ったんだろうか。
「じゃあおばあちゃん。二十本お願い。味は――私は半々で。ログは?」
「全部はちみつ味で頼む」
……ん? ……全部はちみつ?
「……どうした?」
「……いや、なんでも」
なんとなくログを見て、不思議そうな顔をされたので前を向く。
……甘党だったのかな……?
……なんかちょっと意外だった。
◆
それから、水をいくらか買い込んで新しく手に入れたカバンに詰める。バックパック型で、ログに合った形の物を購入した。紐のところに特徴があって、結び目を解くだけで下に落とせるようになっているやつ。
それをログが背負い、ついに冒険者ギルドへと歩く。
…………かなり、緊張する。ここでの結果次第でこれからの生活が大きく変わることは間違いない。
「……」
落ち着かなくて、ログを見る。
すると、ログは何故か眉をひそめていた。
「……ねえ、ログどうしたの?」
「ん、ああ……なにか違和感があるような気がしてな」
小さく囁くとそんな答えが返ってくる。
……違和感? ……それって、もしかして。
「追っ手が来てるの?」
「いや、そうじゃない。視線は感じるが敵意は感じない。
……そうじゃなくて、もっと別の……なんだ?」
ログが首を傾げている。
しかしログに分からないものは私にも分からない。
「……その、やっぱりやめる?」
「……いや、今のうちに調べておいた方がいい。時間が経てば経つほどリスクは上がる。もし追っ手がいたとしても、今日ならそれほど人数も多くないはずなんだ」
「そうなの?」
「あの領都から追跡部隊を組織して、ここに来るまでに一日はかかるだろう。それこそ昨日の昼、俺たちがここに来た直後から準備しなければ、大規模な部隊にはならないはずだ」
……なるほど。
「部隊の運用には確度の高い情報が必要だ。街の入り口で見られてはいたが、ここは人の出入りが激しい都市で、ローブで顔が半分隠れていて、直接確認もされなかった。怪しいとは思われたかもしれないが、その程度じゃ部隊は動かせない」
追っ手がいたとしても、せいぜい虱潰しに探しに来た足の速い騎士が数人くらいだろう、とログは言う。魔導士も魔砲のような兵器も移動に時間がかかるから、そう簡単に動かせないと。
「……なら、大丈夫かな?」
「ああ、そう思うんだが…………お嬢、俺から離れないでくれ。傍にいてくれたら俺が必ず何とかする」
「……わ、わかった」
一歩ログに近づく。
そしてその距離を保ったまま扉を潜り、ギルド内部へと入った。
◆
中に入ると、広い空間が私たちを迎えてくれた。
高い天井の吹き抜けの空間。目の前にはカウンターが並び、壁際には掲示板が所狭しと並んでいる。奥の方に目をやると、飲食店が併設されているようで、楽しそうに会話している人たちがいた。
――ギルド内にいる人の視線が私たちに集まる。
「行こう」
「……うん」
視線を感じながら、ログに連れられて、壁際へと移動する。
手配書があるのは壁際の掲示板だろうと教えられていた。
所狭しと依頼書の張られた掲示板の横を抜け、仲間を募集する掲示板の横を抜ける。そして最近の出来事について書かれているらしい掲示板を抜け――そしてついにログが止まる。
見ると、そこには騎士団の紋章が彫られた掲示板が置かれていた。
「――」
見る。手配書らしき紙は何枚か張られている。指名手配の文字、そしてその人間の外見についての記述。
……写真のようなものは無い。そのことに少し安心した。まあ当然ではあるけれど。カメラに似たような魔道具はあるけれど、それは貴族家に一台あるかないかという物だ。手配書に貼るような写真なんて、普通の人間が撮っているはずがないのだから。
「……」
……一枚一枚確認する、名前を見て、外見の記述を見て。
見落としが無いかしっかりと確認していって。
そして――
「――」
――私の名前は、無かった。
思わず叫びそうになるのを抑える。
安心する。良かった。私は犯罪者になってなかった。思わず泣きそうになる。この涙はログのあれを回避したということではなく――もっと根本的な、人の社会を生きる人間としての安堵だ。
――よかった、私は犯罪者にされてない。
大きく息を吐く。隣にいるログを見上げた。
するとログは薄く笑い、張られている紙の一つを指さす。
そこには、領主――父からの通達が書かれていた。
――昨日、××日未明、領都に賊の侵入あり。大柄な男三十人からなる大規模な盗賊団と断定。賊は城下で魔砲を乱射し、逃亡。これを受け、騎士団による領都の警備を強化することを決定。各地の騎士団支部、及びギルドは警戒を強めるように。なお、賊の追跡を行い、これを逃がした一部の騎士団員には自宅での謹慎を命ずる。
これは……つまり?
ログを見ると、私の耳に口を寄せる。
「つまり、あの騒ぎはお嬢とは関係ない盗賊団の仕業になったということ。それを受けて領都警備を強化――つまり領都の騎士団の常駐人数を増やすということ。そして賊を逃がした一部の騎士団員の謹慎――恐らく、あの騒ぎに関わった、お嬢を襲ってきた騎士団員を自宅謹慎させたということだ」
要するに――私を襲ってきたやつがいなくなったということ?
「正確に言うと、全てではないだろう。しかしかなり数が減ったはずだ。警備強化で追っ手に出せる騎士団員数も減っただろうな。――これは領主、お嬢の父君からの通達だろう? きっと、お嬢を逃がそうとしてくれたんじゃないか?」
「……お父様」
視界が滲む。鼻がツンと痛む。
目立たない方がいい。そう思って我慢して。
――ありがとう、お父様
嗚咽が漏れそうになるのを必死で抑える
言葉には出せない。だから、お父様に心の中で感謝した。
――ありがとう、お父様。私はきっと強く生き抜いて見せます、と