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TS令嬢が幸せになるために旅に出る話  作者: テステロン
第一部 二章 街で
8/43

血統魔法


 目を開けると、空が茜色に染まっているのが見えた。

 ああ、いつの間にか眠ってしまったのかなと思い、頭を振る。


 寝る前が多分昼前だったから……今は夕方だろうか?


「お嬢、起きたのか?」

「あ、うん……」


 ログの声に顔を向ける。

 するとログは寝る前と同じように椅子に腰掛け、こちらを見ていた。


 ――なんとなく、魔力を探って彼とのつながりを見る。


「おはよう、お嬢。よく眠れたようでなによりだ」

「……うん。おはよう、ログ」


 魔力から伝わる確かな手ごたえに安心しながら、挨拶を返す。

 大丈夫、今もログは私の奴隷だ。つまるところ、私の味方。モヤが罹ったような鈍い意識の中でそれを再確認する。


「……ん……ふぁ」


 少し安心するとまた眠気が出て来た。思わず欠伸が漏れる。

 いけないいけない。追われている身だ。もっとしっかりしないと。


「んっ……よし!」

 

 気合を入れるために両頬を軽く叩きつつ、顔を上げる。

 よし! じゃあ早速――。


「寝起きから元気だな。いいことだ。しかしもう少しゆっくり出来ると思うぞ。まだ朝早いから下の食堂も開いてないだろう」

「……あ、そうなんだ………………ん?」


 あれ?

 今何か変なこと言わなかった?


「……朝早く? 夕方じゃなくて?」

「ん、ああ……なるほど。勘違いしてるかもしれないが、昨日お嬢が寝てからもう一日近く経ってるぞ」

「……………………へ!?」



 ◆



「起こしてくれればよかったのに……」


 服を脱ぎつつ、ログに苦情を言う。

 昨日は服も着替えずに寝ていたからだ。当然体も拭いてないし、髪も少し脂ぎっていて気持ち悪い。


「休めるときに休んでおいた方がいいからな。距離を離したから昨日は一番襲われるリスクが低かった。そういう時にしっかり休んでおいた方がいいんだ」

「……それは、そうかもしれないけど」

 

 ログに目を向けると、こちらに背を向けて座っていた。

 現状、いつ襲われるか分からない以上、別の部屋に移動することはリスクがある。なので着替えも同じ部屋でやるしかない。


「……」


 ……なんというか……少し抵抗はあるというか、元男として少し怖いものがあるけれど。男の欲を知っている身として。

 もちろん奴隷契約があるからおかしなことにはならないと思うんだけど、なんというか、こう、本能的に警戒してしまうというか……

 

 ……まあ、ログはそういう感じじゃないから大丈夫だろうけど。多分。この体は女として見るにはまだ幼過ぎる。もう五年は必要だろう。


「……この木桶の水、体拭くのに使っていいの?」

「ああ、女将からはそう言われてる」


 それなら遠慮なく。

 手拭いを水に浸して、絞る。そして肌に滑らせた。


 ……少し、冷たい。


 ……

 ……

 ……

 ……


 ……しばし無言の時間が過ぎて、終わる。

 濡れた体と髪を乾いた布で拭いて、新しい服を着た。髪は軽く拭って清浄魔法を使う程度だ。腰くらいまであるのできちんと洗っていたらかなり時間がかかるし。


 ……服は……洗濯したいけど、仕方ないか。

 今は清浄魔法をかけて終わりにしておこう。干している余裕があるか怪しい。

 

「お待たせ、ログ。もういいよ」

「ん、ああ……」


 服に清浄魔法を掛けつつ、畳む。

 早くのんびり洗濯できるようになればいいんだけど。


「……清浄魔法、本当に使えるんだな」

「……え、うん」

「結構珍しい魔法だと思うんだが。貴族は普通覚えないだろう?」

「……まあ、そうだね」


 それは、そうだ。

 屋敷に住み、多くの執事やメイドに(かしず)かれている貴族が、ただ物を綺麗にするだけの魔法なんて習得する意味がない。


 事実、マリーが……メイドが傍にいたころは、私だってこんな魔法存在すら知らなかった。ただ、それでも私がこの魔法を覚えたのは――。


「数カ月くらい前――毒殺騒ぎが本格化したころから練習してたの。家を出たら必要かなって」

「そんなに前から旅に出ようと思っていたのか?」

「うん。まずいなって、二人目が出たときにはもう思ってたから」


 後ろ盾がない身だ。その辺りは特に注意するようにしていた。父の庇護があったとはいえ――いじめがそうであるように、弱者とは意味が無くても攻撃されるものだ。それは前世からの記憶でよくわかっている。

 ……まあ、まさかここまであからさまに殺しに来るとは思ってなかったけど。


「……そうか。しかし数か月で一つ魔法を覚えられるというのはすごいな。普通もっとかかるだろ?」

「それは、練習したからね。魔法が好きだったから」


 もはや趣味と言ってもいいくらいに。

 もっと家が平和だったころ、私は魔法の練習ばかりしていた。魔法書を読んで、家に仕える魔導士に質問しにいったりして。

  

「……へえ。魔法が好きなのか。じゃあ、この国を出た後は魔法に長けた国に向かうのか?」

「……え?」


 この国を出た後?


「そういえば、国を出た後のことは話してなかったと思ってな。どうする予定なんだ?」

「……えっと」


 どうする予定って……何も考えてない。

 そんなこと考えたこともなかった。とにかくあの家を出ようって、そのことばかりで――。


「……」

 

 でも言われてみればそうだ。私はこの後どこに行くつもりだったんだろう。

 国を出て、冒険者になって……その先は?


 ……私は、これから何をする?

 父からは強く生きろと言われた。私もそうしようと思った。


 ……でも、具体的には?


「……」

「……すまん、少し急だったか。まあ急ぐ必要はないさ。国を出てからゆっくり考えればいい。それからでも遅くは無いだろう」


 ログの言葉は優しい。

 ……しかし、考える必要がある。そう思った。



 ◆



 まあでも、と鞄を背負いながら思う。

 これから少し買い物をして、それからいよいよ冒険者ギルドに行こうかというときに。


「……とりあえず、血統魔法だけは使えるようになりたいかな」


 長期的な目標は無くても、短期的な目標ならある。

 それが、数年前から練習している血統魔法だった。


「血統魔法か……お嬢の家の魔法は難しいのか?」

「かなり」


 かなり難しい。父から聞いた話では、この国の貴族に伝わる血統魔法の中でも一等難しいらしい。わたしも長いこと練習してるけど、未だにまともに発動できない。


「……お父様から引き継いだものだから、頑張りたいんだけど」


 ――血統魔法。

 

 それは家に、血に伝わる特殊な魔法だ。一つの貴族家に必ず一つ伝わっている特殊な魔法。それが家名になるほどに重要なもので、逆を言えば血統魔法が無ければ貴族にはなれないということでもある。


「ちなみに、どんな魔法か聞いてもいいか?」

「もちろん。うちの家は別に隠してないしね」

 

 ログが言葉を濁すのは、この辺りの話が結構デリケートな一面を持つからなんだろうけど……でもうちに関しては問題ない。家に伝わる魔法なんて、この領地に長年住む人なら誰だって知っている。家名の持つその意味を。


「うちに伝わる魔法は、強化(レインフォース)。身体能力を強化する魔法だよ」


 だから、私の名前はリーヤ・レインフォースだ。

 父は間に色々サイドネームが入ってややこしいけど、立場のない私ならこれで全部。


「……身体能力を強化?」

「うん。筋力とか耐久力とか体力とか。そういうのを軒並み上昇してくれるの」


 まあ、結構地味な魔法かもしれない。

 少なくとも空から岩の塊を落としたり竜巻を起こすような魔法に比べると地味だ。しかもそれらより難しいし。家でも使えるのは父と兄が一人と例の姉だけだった。


 ……というか、そもそも強化魔法とか前世のファンタジー小説なら基礎みたいな扱いを受けることも多い魔法なのに。それがこの世界だと特定の仲間固有の秘奥義みたいな扱いである。少なくとも画面映えはしないだろうなと思った。


「使い勝手もあんまりよくなくてね。私みたいな人間に使ってもほとんど意味が無くて――鍛えてる人、騎士とかに使うと結構強いみたいなんだけど」


 大昔の領主には、自らが率いる騎士団全てを強化できた人もいるらしい。その軍は全戦全勝で、この国の地盤を固めるのに一役買ったのだとか。


「……凄いな、それは」

「え?」

「その魔法なら俺を強化できるということだろう?」

「まあ、それは、うん」


 まだ使えないけど。でも確かに、もし使える様になったらログを強化することになると思う。私に使っても、ちょっと走るのが楽になるとかそれ位だし。少なくとも、以前父に使ってもらった時はそんな感じだった。


「興味あるの?」

「それは、もちろんそうだ。強さに興味のない騎士なんていない。強くなりたいと思うのは騎士の性だ」


 見ると、ログがこちらを真剣な顔で見ている。


「もちろん、騎士の本分は主を守ることであり、ひいては主の治める領地を守ることだ。しかしそれ以前に――俺たちは強くなりたいと必死に努力した結果として今がある」

「……」

「俺が剣を取ったのはまだ分別もつかない幼いころだけどな。あの頃は只々強くなりたいとしか思ってなかったよ。その想いで剣を振っていた。その結果強くなり、騎士に任じられただけだ」


 ……そうなんだ。

 でもそういえば、家でも騎士たちの中には毎日訓練しているものがいた。特に二年前に亡くなった騎士団長がそうだ。騎士団の中で一番強いのに、誰よりも努力をしていたのを覚えている。


「……しかし、惜しいな」

「なにが?」

「その力があの時あれば………………………………いや、なんでもない」


 あの時?


「……」


 ……それは、もしかして。


 少し前のことを思い出す。ログと初めて会ったとき。

 まだ私の奴隷になる前のログが言っていたことを。

 

 ――主人も守れずのうのうと生きてる愚図だが、それでいいのなら命令すればいい。

 

「……」

「今更だな。悪い、変なことを言った」

「……あ、うん」


 もしかして、今も後悔してるんだろうか。……いや、きっとしてるんだろう。そうでなければ、あそこまで自らを責めたりはしない。


「……俺はもう、二度と順番を間違えたりはしない」

「……」

「今の俺にとって、なによりも大切なのはお嬢だからな」

「……へ……あ、うん」


 ログと目が合う。


「……」


 ……いや、その。

 ……色んな想いとか後悔が詰まった言葉なのは分かるんだけど、そんなこといきなり言われると困るというか……照れるというか……。


 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 主従ものがとても好みなので、主人と奴隷の二人の関係がどのように進んでいくか楽しみです。誠実そうなログがどうして奴隷となってしまったのか、リーヤがこれからどんな成長をしていくのか、とても気にな…
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