表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TS令嬢が幸せになるために旅に出る話  作者: テステロン
第一部 二章 街で
6/43

現状把握



「……私の記憶はログに抱えられて街を脱出した辺りまでしかないんだけど……あれからどうなったの?」


 体を起こすと、疲労感が襲い掛かってくる。

 体は節々が痛くて、頭は重い感じ。


 ……これは、地べたで寝ていたからだろうか?


「あの街を離脱した後、俺はお嬢を連れて街道沿いに移動した」

「街道は東と西にあるけれど……」

「西の街道だ。いくつか村の横を抜けながら移動して――街が見えて来たから、その近くの森に身を隠し、そこで一晩明かしたところだ。……あっちを見てくれ」


 ……身を隠す?

 

 その言葉に少し疑問を感じたものの、少しふらつきながらログの手を借りて立ち上がる。そして手の指し示す方を見ると、木々の切れ目から森の外の様子が見えた。

 その景色から今いる場所が少し高台になっていることが分かる。そしてここから見下ろすような位置に、街とそれを囲む城壁があることも。


「……あれは」


 ……あの城壁には見覚えがある。

 領都から西側――隣国との国境に当たる山脈。その麓にある街だ。林業が盛んで、領内の木材の運搬拠点になっていたように思う。


 たしか、買い付けに来る商人と護衛の冒険者の出入りが激しく、商売も盛んでそれなりの規模の都市になっていたはず。


「……ということは……領都から百キロくらい?」

「走った感覚だと、それ位だな」


 ……結構離れてる。

 一晩のうちにかなり移動したようだった。……まあ、昨日のあの脱出劇を思い出すとそれくらいは不思議じゃないんだろうけど。あれ、明らかに馬より速度出てたし。それどころか前世のバイクより速かった気もする。


「……う」 


 ……思い出すと気持ち悪くなってきた。

 あのジェットコースターも真っ青の体験はできればもうしたくない。


「……」


 ……というかそもそも体調が良くない。

 全身は痛いし、吐き気もする。体は重くて石が乗ってるみたいだ。


「……悪い。お嬢への配慮が足りなかった」


 ……配慮?

 

 ふらつきと疲労感と胃の辺りの不快感をこらえて口元を抑えていると、ログはバツが悪そうに頭を掻いている。


「……どういうこと?」

「お嬢の不調は、多分俺がお嬢を抱えて走ったことが原因だろう。人の体というものは抱えられているだけでも疲れるものだ」


 ……ああ、なるほど。

 そう言えば前世そんな感じのネット記事を読んだことがあるような。たしかお姫様抱っこのやり方の記事で……抱えられている方も疲れるとかなんとか。前世は一応抱える側だったので流し読みしていたけれど、なるほどこれは大変だ。


 ……まあ普通はあんなアクション映画みたいなことはしないだろうけど。


「すまん。この罰は好きにしてくれ」

「……………………いやいや、罰って。そんなことしないよ」


 真顔でそんなことを言うログを止める。

 そうだ。そんなことをする必要はないし、させるわけにもいかない。


 確かに今は辛いし、脱出の時は何度も死ぬかと思った。

 ……でも。


「……昨日はログが助けてくれなかったら、私は多分死んでたよ」


 少し考えればわかることだ。兄妹間で毒を飲ませ合ってるようなやつらに捕まったら私はどうなっていたか。

 ……正直、想像したくない。もしかしたら、むしろ素直に殺された方がマシな目に遭ってたかもしれない。


「ありがとう、ログ。あなたのおかげで私は生きてる」

 

 昨日契約したのがログで良かった。心からそう思う。

 もし違う誰かを選んでいたらきっと私は捕まっていた。


「――守ってくれて、ありがとう」

「……俺にはもったいない言葉だ」


 感謝してるし、するべきだ。

 彼に守られたものとして、私はそれを言葉で伝えなければならない。


「………………ただ、ね」

「ああ」


 ……そう、ただ、それでも一つ言っておくことがある。

 これは今後のことを考えると必ず伝えなければならないことだ。


「……私を抱えて逃げるのは、最終手段で」

「……ああ、わかった」


 感謝はしてるけれど、出来ればもう二度と体験したくない。


 ……まあ、背負ってもらって走るくらいなら大丈夫だと思うけれど。

 それは多分バイクと大差ないから。


 でも飛んだり跳ねたりするのはさすがに辛い。もうやだ。

 全身を衝撃が走り、爆炎が飛び交い、内臓が持って行かれそうになる経験は決して何度も味わいたいものじゃない。


 ……いや本当に。今思うと、不幸中の幸いだったのは寝る前だったことだ。

 あれがもし飲み物を飲んだ後だったらどうなっていたことか……。


 

 ◆


 

 それから少しして、色々と落ち着いてきた。

 治癒魔法を使えて良かったと今日ほど思ったことは無い。しばらく自分自身に使うと不調も大分収まって来た。

 

「……ところで、街に入らずに森の中にいたのは……」

「追っ手がいるかもしれないからだ」


 改めてログに状況の確認をする。

 それは目を覚ました時にも感じた疑問。見える所に街があるのに、私が木の根を枕にしていた理由だ。


「一応撒いたから俺たちがここに居るのは知られていないだろう。だが気絶したお嬢を抱えて街に入るのは目立ちすぎると思った」

「……うん。見つかったらまずいもんね」

 

 さっき身を隠す……とか言ってたのもそれだろう。

 一瞬理解できなかったけど、考えてみればわかる。 

 

「昨日のあいつら……追いかけてくるかな」

「……相手方は街中で魔砲(カノン)を打ち込んでくる奴らだ。そう簡単に諦めるとも思えない。追っ手はいる可能性は高いだろうし――。

 ――騎士団の一部があちらについている。それなら最悪、街で手配されている可能性もある」

「……て、手配?」

 

 手配……指名手配?

 つまりは私が犯罪者扱いされているかもしれないということ?


 ……いや、でもありそうだ。

 完全に冤罪だけど……それが奴らに可能かどうかと言われれば、可能だろう。なにせ下手人はどうせ兄弟の誰か。つまりは領主の家族だ。しかも領内の治安を預かる騎士団の裏切り者が付いている。


「えぇ……」


 思わず頭を抱える。どうしよう。

 なんでこんなことになってるの?


 ……昨日の襲撃からの一連の流れは私の想像を大きく超えている。

 今までは私のメイドを(そそのか)したり護衛を引き抜いたりはしても、直接的なことだけはしてこなかったのに。

 

 ……そもそも、なんで私を狙って来たの?

 

 私を殺す理由なんてないのに。前世の物語とかなら私が実は王家の血で……みたいなことになってたかもしれないけれど、それはあり得ないし。


 ……いや、もしそうだとしても、それを証明する手段がない、と言った方が正しいか。だって、私の血に流れる魔法は父から引き継いだもので――。


 ――もうなにがなんだか分からない。


「いくら何でも理不尽だよ……」


 思わずぼやく。私が何をしたって言うんだろう。

  

「……まあ、とは言っても、もちろんそれは最悪の事態だ。考えすぎの可能性も高い。

 だが、これからどう動くかはしっかり考えた方がいいだろうな。昨日話していた予定とは前提が違いすぎる。馬に揺られながらのんびり領都を出て隣国を目指すのはもう不可能だ」

「……うん」


 本当なら今頃父に最後に顔を見せて、ありがとう、行ってきますと伝えて、平和に街を出ていたはずだったのに……。

 

 あんまりにもあんまりすぎて怒りすら湧いてこない。困惑ばかりがある。

 というかこういうのが嫌で家を出ようとしたのに。もう権力争いだとか暗殺なんてこりごりなのに。


「……どうすればいいと思う?」


 判断できなくて、ログに意見を求める。

 色々疲れたのもあるし、私には知識も経験も足りていない。ここはログに丸投げしたほうがいいだろう。

 

「……とりあえず、俺は一度街に入るべきだと思う。今なら他の旅人に紛れて街の中に入ることも出来るはずだ」

「……危なくない?」


 紛れるとは言っても限度があるし、入るなり襲われる可能性があるんじゃあ……?

 この世界にも一応魔法を使った通信機くらいはある。手配されているのなら門で囲まれるかもしれない。


「もちろん危ない。しかし入らないというのも無理だ。情報が欲しいし、なにより俺たちは食料も水も持っていない」

「……たしかに」


 そう言われたら喉が渇いてきた。

 まだ少し気持ち悪いから食べ物はいいけど、何か飲みたい気分だ。


「って、あれ?」


 ……というかよく考えると私はまだマシだ。さっきまで寝てたんだから。ログはここに来るまで百キロ以上走って、それなのに何も飲んでないわけで。


「その、ログは大丈夫なの?」

「……実を言うと、少しきつい。もう半日も飲まず食わずでいると倒れそうだ」

「……!」


 ……大変だ。それなら出来る限り急いだほうがいい。

 ログは現状私の命綱だ。もし倒れたら間違いなく詰むし――。

 

 ――それに何よりも、ここまで私のために尽くしてくれているログを、そんな目に遭わせるわけにはいかない。


「ご、ごめん、じゃあ急がないと」

「いや、焦るのもダメだ。まだ余裕はあるし、しっかり準備した方がいい」

「…………はい」


 思わず浮かせた尻を下ろす。

 苦笑するログの優しさが少し恥ずかしかった。


 

 ◆



 その後。少しして。

 怪しまれないために少し森の中を戻り、歩きで門まで向かう途中。


「上手く街に入れたら、出来れば宿を取りたいな。お嬢は一度ベッドで休んだ方がいい」

「私よりもログが休まないと。寝てないんでしょ?」


 きついと言っていたのにログは私の心配ばかりしている。

 それはありがたいけど、でも自分の心配もして欲しい。


「ん? ああ、それは大丈夫だ。きついのは喉の渇きだけで、体力には余裕がある。俺は水と食料があれば七日七晩まで活動可能だ」

「………………えっ」


 ……えっ、なにそれすごい。

 頼もしいけど本当に人間なんだろうか。

 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 多分リーヤちゃんの外見とか優秀さとかがまずかったかのかなー それにしてもログさん強い。この世界の騎士ってもしかして某ファイブスターのヘッドライナー並みなのでは…w [一言] 面白いです!楽…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ