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TS令嬢が幸せになるために旅に出る話  作者: テステロン
第一部 二章 街で
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過去と今



 それはかつての記憶。

 まだ家が平和だった頃。私が気楽に貴族令嬢なんかやっていて、趣味の魔法に夢中でいられた頃の話だ。


『リーヤ。基礎魔法がもう半分使えるようになったと聞いたが』

『はい、お父様。障壁と治癒が使えるようになりました。あとは魔弾と解毒だけです』


 二年前、九歳になったばかりで魔法を二種類使えるようになった私に、父はそれはもう喜び、いつもはしかめ面の顔をほころばせて喜んでいた。


 父は自身も戦場で前線に出るほどの魔法の名手であり、そして何よりも魔法好きだった。若いころは毎日のように書庫や練兵場へ通い、鍛錬していたと父と同年代の執事から聞いたことがあるほどに。


『流石私の娘だ。その調子で頑張りなさい』

『はい、お父様。すぐに四つ習得して、次は血統魔法に挑戦しようと思っています』

『……ああ、それは楽しみだ』


 九歳で魔法を使えるというのは日本で言うと小学生で高校受験の問題が解けるくらいの難易度だろうか。普通の貴族は十五歳までに基礎魔法四種の習得を目指すのが通例だ。あまり詳しくないけれど、当時の私の年齢くらいなら魔力操作の基礎を終えるくらいが普通だったはず。

 

 なので、私は客観的に言って魔法に関しては優秀な子供だったと言えるだろう。環境に恵まれていたし、努力していた。魔法が好きだったからだ。何せファンタジー。魔法は前世からの夢だった。


『おめでとうございます、お嬢様。旦那様も大変喜ばれていたご様子で』

『ありがとう、マリー。これからも頑張らないと』

『はい。お嬢様に仕える身として誇らしく思います。……それはそうとお嬢様。そろそろダンスの練習の時間ですが』

『……う、うん。そうだったかも……?』


 ただ、ダンスや刺繍はどうしても苦手だったけど。貴族令嬢としては必須の技能なのにいつまでたっても上手くならず、ついつい逃げようとしてしまう私に、メイドのマリーはいつも困った様子で笑っていた。


 ……だって仕方ないと思う。魔法は学問的な面が大きい。だから前世の学校で培った学習法がそれなりに役に立っていた。

 

 ……でも、ダンスとか刺繡とか初めてだったし。前世から生粋の運動音痴&不器用の私にはなかなか難しかった。特にダンス。足さばきが難しいのと……少し照れがあったのかもしれない。この世界では普通のことでも、元の世界で男だったときは普通じゃなかったから。


『お嬢様、その調子ではいずれパーティーの時に困りますよ?』

『……う』

『――まあまあ、マリー殿。お嬢様はまだ九つなのだから、社交の場に出るまで時間はあります。今くらいは好きなように過ごしても良いではないですか』


 そして、マリーの小言に口ごもる私にいつも助け舟を出してくれていたのが護衛騎士のドルクだった。年を取り、騎士団からは引退したけれど、しかし腕の良かった彼は私の専属護衛をしてくれていた。

 

 当時すでに母が亡くなっていた私は立場が弱く、何人も騎士をつけるということは出来なくて……でも彼が傍に居てくれるから私は安心していられた。大きな盾を背負った彼の姿はいつも頼もしかった。


 ドルクの孫と私が同い年だったというのも、ドルクが親身になって私を守ってくれた理由の一つだったのだろう。彼はいつも護衛というより祖父のような立ち位置で私を見守ってくれていた。


『ドルク様。そうは言いますが、お嬢様は基本のステップすら覚束ないのですよ? 普通は八つ位で出来るようになるというのに』

『……うぅ!』

『まあまあ、お嬢様も今はまだやる気が出ないだけです。もう少し大人になればきっと大丈夫です』

『……う、うん……そうだよ?』

『お嬢様……もう、仕方ないですね』


 苦笑するマリーと、ニコニコと笑っているドルクの顔は今でも鮮明に思い出せる。小言は多くても、いつも優しい姉のような存在として私に仕えてくれたマリーと、緩い雰囲気で、でもいつも私を守っていてくれたドルク。当時の私にとって誰よりも信頼できる二人だった。


 ……だったのに。


『お嬢様。本日付でお暇いただきます』

『お嬢様、儂は姉君に仕えさせていただきます』


 ……なんで?



 ◆



 ――悲しい夢を見た気がした。

 暖かかったはずなのに、どうしようもなく辛い夢を。


「……?」


 目を開けると目の前に木の葉があった。

 木の枝から垂れるようにして伸びるそれは大きくて、私の視界を緑色に染めている。


 ……なんだろう、これ。なんでこんなものが私の部屋にあるんだろう。

 昨日はこの葉っぱを見ながら刺繍の練習でもしてたんだっけ。


 そう思い、首を傾げ――。


「――!!」


 思い出す。昨日何があったのか。そしてここがどこなのかを。

 奴隷商、ログ、旅の準備、部屋に乗り込んできた騎士、魔砲、銀色の光――


 ――あれから、どうなった!?

 慌てて、目の前の木の葉を払い、体を起こす。


「……ログ!」

「ああ、ここに居る」

 

 昨日から私の護衛になった騎士の名前を呼ぶ。

 するとすぐに返事は返って来た。少し離れたところに誰かが跪いている。木漏れ日の差し込む中、落ち着いた様子で私を覗き込んでいる。


「――」


 ――ログは、そこにいた。

 まず灰色の髪の毛が目に入る。次いで少し目つきが荒んではいるけれど、整った顔立ちも。大きめの外套を羽織っていて、合わせ目の隙間から見えるその下には、真新しい服が覗いている。これは昨日奴隷商から屋敷に帰る途中に買ったものだ。


 ……昨日と、同じ姿。


 安心して軽く息を吐く。

 いる。そばに。護衛がいる。味方がいる。懐かしい感覚だった。ドルクが出て行った後、誰も信用できなくて部屋の中には人を入れなかったから。


 ……父は心配して自らの護衛を派遣しようとしてくれたけど、それは断っていたし。


「ログ、こちらに来て」

「ああ」


 近づいてきたログの胸に手を当てる。

 そして、魔力を探った。


「……」

 

 契約のラインが私からログに向かって流れている。彼は私の奴隷だ。私の味方。契約で縛ってるから間違いない。一人の人間に一度に使える魔法契約は一つだけ。これは決まっていることだ。だから大丈夫。


 ……大丈夫。奴隷契約は絶対だ。

 これがある限り、命を捨てる覚悟無しに裏切る事は出来ない。


 ――だから、信頼できる。信頼していた二人が裏切ってもこれは間違いない。

 思い出に価値は無い。情なんてほんとは無いのかもしれない。笑顔はもしかしたら偽りで。……でも、それでも契約だけは確かだ。


 ……ログは私の奴隷で、味方だ。

 

「……ふぅ」


 ――大きく、息を吐く。

 安心する。そして一息つくと自分の身に意識を向けられるようになる。


 ……体が痛い。


 周囲を確認すると、今私はちょっとした森の中にいるのが分かった。体の下には布が敷かれていて、そのさらに下にはむき出しの地面が広がっている。ついさっきまで木の根に頭を預けて寝ていたのが分かった。


 ……どういう状況?

 えっと、たしか昨日はあの後しばらく走って……。


 ……その途中で記憶が途切れている。

 その後はさっぱりだ。なんで私はこんなところで寝ているんだろう。


「……ログ、状況の確認をしてもいい?」

「……ああ、もちろんだ」


 困った時にはまず現状の確認を。

 かつて父から教えられたことを思い出しながら、私は口を開いた。




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