蒼の光
少し前のことを思い出す。
ログが王族を狙うと言ったときのことを。
『お、王族を?』
『ああ、現状を考えるとそれが一番だろう』
驚いていた。王族を狙うなんて。
現状でも王族から敵対されているようだけど、でも私たちから攻撃するのはまた違う気がして。
王族。国の頂点。国の権威の象徴。
この世界で育んだ常識がそれを犯してはならないと否定している。逆らってはいけない。それが当然で、疑うことなんて出来ない現実だ。
――でも、ログは。
『抵抗は、あるだろう。……しかし今日の様子を見るとそれしかない。想像していたより遥かに警戒が厳重だ。俺とお嬢の二人でも抜けられない。皆を助け出せたとしても街から連れ出すのは現実的じゃない』
『……それは』
……薄々思ってはいた。
皆を助けようと、そればかり思っていたけれど、裏では考えていた。この警戒網を皆で突破することなんて出来るんだろうか、と。
それはついさっき、拠点から大通りまで突破したときの様子からも間違いない。
ほんの数分の間に敵が集まり、陣や砦を作った様子から見ても、皆を連れての脱出は不可能だっただろう。
『もしくは、選ぶかだな』
『……え?』
『そうだな、マリーだけなら連れ出せるかもしれない。マークも自分の面倒くらい見れるだろう。だが、子供たちは……』
『それは! ……そんなこと』
……そんなこと、出来るはずない。
皆を見捨てることなんて、出来るはずがない。だって、皆でこれまで乗り越えてきたんだ。
『どうする? お嬢』
『……………………わかった』
――だから、選んだ。
街を突破して、王族を押さえる。そしてみんなを助けると。
◆
――そう決意して、今。
あのときの選択を思い出すと、私は決意しながらも……少し認識が甘かったのではないか。そんなことを思う。
だってログがいるから。ログは強いし、きっと大丈夫だと高をくくっていた。
相手に国一番の騎士がいるのは分かっていたし、それが到達者と呼ばれているのは聞いた。でも、竜にだって勝てたログなら大丈夫。そう思っていて――
……あの時の自分を罵ってやりたい。
「……っ!!」
空から蒼い光が降り注いでいた。
遥か先、城の上からこちらに向けて飛んでくる矢は、その軌跡を空中に描き、私たちを刺し貫かんと迫りくる。
一本、二本、三本。……いや、そんな悠長な数え方ではいつまでたっても終わらない。だってそれは空を埋め尽くしている。まるで夜空のすべてを大きな流れ星が埋め尽くしているかのよう。
流星のように輝く矢は、断続的にこちらへと迫ってきていた。
ログが矢を二本まとめて薙ぎ払う。一歩前へ進む。ログが四本の矢を薙ぎ払う。一歩前へ進む。ログが矢を――
その繰り返し。一歩進む間に数多の矢が砕け、地面に落ちていく。
それは矢というよりも雨という方がふさわしいように思えた。ただし、その雨の一滴一滴が、人を消し飛ばせるだけの威力を持っている。
ログが城へと向かって駆け、その後ろには数多の矢の残骸が転がっている。
一直線に続く残骸と瓦礫の道。道は掘り返されて元の美しい石畳は原型すら残っていない。私たちから外れた矢が地面を砕いた跡だった
「……こ、これが国で一番の騎士の本気なの……?」
轟音と光で目が眩みそうな中、思わず呟く。
街中での攻撃なんてこれと比べれば全然大したことない。
想像をはるかに越える激しさの攻撃に、ログから振り落とされないよう、必死でしがみ付いて。
……しかし。
「本気?」
ログがなんてことのない声で呟く。
まるで散歩の途中、私が呟いたちょっとした疑問に答えるときのように。
「こんなもの、小手調べだ」
「……え?」
「本番はこれからだな。お嬢も覚悟しておいてくれ」
…………え?
一瞬、何を言っているのかわからなくて。
しかし、その言葉の意味はすぐに現実になる。
「――は?」
ぐにゃりと、曲がった。
夜空に残る蒼い軌跡。それが一斉に、不規則に曲がり始める。
円を描くように。夜空を抉り取るように。
直線の軌道は歪み、空に絵を描く。呆然とした意識の中、まるで子供の書いた花みたいだな、なんて思い――。
――着弾。
蒼い光が四方八方からこちらに飛んでくる。
それは上から私たちを串刺しにするように、横から不意を打つように、背後から死角を狙うように。
一つとして同じ軌道は無く、しかし全てが私たちを貫く軌道で迫って来る。
「……………………矢って曲がるの?」
「曲げられないようなやつはすぐに死ぬ。直線だけじゃ簡単に対処されるだろ」
そんな異世界常識知らないよ……。
……そう思うものの、現実として矢は曲がり、ログはその全てを弾き、切り裂いていく。
不規則な軌道を描く矢に合わせて剣を振り、手の届かない軌道の矢には銀色の斬撃を放つ。
世界に銀の光と蒼い光が満ちる。
激しい閃光が周囲を照らし、その中をログは駆け抜ける。
私は必死にログの影に身を隠す。
少しでも頭を出したら、横を通り過ぎる矢が突然軌道を変えて私を撃ちぬく気がした。
そうなれば私はきっと、元が何だったのかもわからなくなるだろう。だって石畳を簡単に耕す威力だ。私の障壁なんて紙ほどの意味もない。
……だから、未来が簡単に想像できて、それが怖くて仕方ない。
視界の端で銀色と蒼色が空中に跡を残す。
二色の輝きが空を浸食しあい、陣取り合戦をしているように見えた。
――と。
「……お嬢、少し周りを見てくれるか?」
「ひぇぇ……え? 周り?」
「ああ、城に近づくにつれて使い魔が増えてきた。お嬢も確認しておいてくれ」
……つ、使い魔?
それってログが昨日言ってた……?
『――空におかしな生き物が浮かんでいてな。多分使い魔の類だと思うんだが』
たしか、そんなことを言ってたような。
そういえば私はまだそれを見ていない。霧が深くてよく見えなかったからだ。
「……」
それなら確かに、見ておいた方がいいかなと思い、怖いのを我慢して首を動かす
霧は先程からの戦いで吹き飛ばされて、薄くなっている。
だから、ちょっと先まで見通すことが出来て……。
……あれ?
「……トンボ?」
周りにいたのは、沢山のトンボだった。
あの特徴的な虫が、街の中にたくさん飛んでいる。
……使い魔って、これのこと?
勘違いか、とも思うけれど、それ以外に特別なものは見えない。
どういうことだろう。不思議に思って――
「――!!??」
ズドン、と一際大きい音が響き、首をすくめる。
咄嗟に閉じた瞼を貫いて蒼い光と銀色の光が目を突きさす。
「……切り替えたか」
いつの間にか、夜空を埋め尽くす矢が消えている。
そして、遥か上空、城の上にある蒼い光が強く、さらに輝きを増す。
そして気づく。もう城門は目と鼻の先だ。
ほんの数十メートル先に城門があって、そのさらに先に城がある。
もう私の目でも尖塔の上に立つ人影がぼんやりと見えてくる。
後頭部で結わえられた髪が蒼に照らされ風にたなびいていた。
蒼い輝きが一秒ごとに輝きを増す。
それを見て、私はなんとなく前世で見たロボットアニメを思い出した。最大の攻撃を打つ前にエネルギーをチャージする時間。
「行くぞ」
「……!」
ログが跳ぶ。大きく踏み切った体が空に撃ち出される。
向かう先は高くそびえたつ城門。その上空に向けて私たちは飛んでいく。
――その瞬間、世界が蒼色に染め上げられた。
瞬きのうちに、それは私たちを捉えている。
まるでレーザーのようだ。そう思う。
人を丸ごと飲みこめるような光がすぐそこまで迫り――。
「――」
ログの剣が蒼に沿わせるように剣を動かすのが、残像のように見える。
その動きは円に似て、穏やかに、しかし確かに蒼色の軌道を変えた。
……逸れた矢が城門に刺さり、その上半分を吹き飛ばす。
――一歩。
ログの足が空を踏む。きっと障壁を使っているのだろう。
私たちの体はさらに一段加速して。
――空から蒼い輝きが降ってくる。
私たちの真上から狙いすましたように落ちてきた。
視線の先で、弓を真上に向けているのが見える。
あの砲撃を打った後、すぐに上空に放ったのだろうか。
――二歩。
しかし、ログはそれを容易く打ち払い、さらに踏み込んだ。
気付けばもうすぐそこに敵がいる。尖塔に迫り、あともう少しで。
――三歩。
そして、私たちは尖塔の上へと辿り着く。
ログの銀剣が蒼い影に迫り――
――銀と蒼が刹那の間に打ち合う。
ログの剣と相手の弓が交差した光が空中に残影を残す。
「……あ、ぐっ」
呻き声と共に敵の体が衝撃で吹き飛ばされる。
そして、真っ二つになった弓が明後日の方に飛んでいった。
ログはそのまま追撃しようとして。
「……なんだ、あれは」
立ち止まり、そう呟いた。
その視線の先を追いかける。すると――
「……ひっ」
見た。闘気の光に照らされた敵の姿を
彼女の顔は知っている。レイシアといつも一緒にいたから。二十代半ばの真面目そうな女性騎士。
――その全身に、トンボが集っている
「な、なにあれ」
人の体を無数の虫が這いまわる光景。
それは生理的な嫌悪感をかき立てるもので。
「……わからんな。とりあえず殴り倒してから調べるか」
……と、彼女が腰から剣を抜き、こちらへと向かってくる。
そして、こちらに斬りかかり――
――ログの手がその剣を受け流し、そのまま胸を拳で打ちぬいた。
下に向かって叩きつけられた彼女の体は尖塔の天井を突き破り、中へと落ちていく。
空いた穴から、下を覗き込む。
彼女は僅かに呻き――そしてその動きを止めた。




