突入
早朝、私たちは貯蔵庫から出て、街の中心街に立った。
東から差す朝焼けの光は分厚い霧に遮られ、街のなかにはほとんど入ってこない。
夜は魔道具を作り、その調整をしているうちに明けていた。
もしこの間に事態が悪化していたら。そう思うと焦りはあったけれど、時間を失った代わりに魔道具は正確に機能し、今はログの首にかけられている。
「……」
私は昨日と同じようにログに背負われている。
そして両手をログの肩に回して、しっかりとしがみ付いていた。
……改めて、前を見る。
霧に埋め尽くされた世界は昨日と変わらず、視界を真っ白に染め上げている。
遠くから聞こえてくる何かが這いずるような音も変わらず、金属が石を叩く音も変わらない。周囲は敵に埋め尽くされていて、見つからないように歩くだけで大変なのも一緒だ。
……でも、ただ一つ、昨日と違う点があるとすれば――。
「……っ」
――ずるり、とすぐ近くで音がした。
霧の向こうで白い影が揺れている。長くてぐねぐねとしたものがそこにいる。
数メートルはある体の先端は確かにこちらを向いていて、ゆらゆらと頭を揺らしている。
それはまるで獲物を前にして舌なめずりをしているよう。
大きな頭。目も鼻もなく、口だけが開いている。生理的な嫌悪感を引き立てるそのフォルムはどうしようもないほどに気持ち悪い。
――次の瞬間。
こちらに飛びかかってくる。
大きく、白い顎はあっという間に私たちの目の前に来て――
「――」
――しかし銀色の光がそれを薙ぎ払う。
飛びかかって来た白い怪物は、何もなかったかのように消えていく。
「……」
そうだ、昨日と一つだけ違う点があるとするなら。
――今日は、逃げなくてもいい。
隠れる必要もないし、目にいる敵を倒し続ければきっと目的地に辿り着ける。
「行くぞ、お嬢」
「……行こう!」
ログが足を一歩踏み出す。
それだけで体が凄まじい勢いで前に撃ち出される。
しかし、行く先には白い怪物がいる。
一目で確認できただけで一、二、三匹。そしてそれが頭をこちらへ向けて。
「……」
何もできず、ログの一振りで消し飛ぶ。
白い怪物は次から次へと表れる。しかしその全てが一息に切り裂かれていった。
ログが地面を蹴る。
霧に包まれた景色が瞬きの間に後ろへ消えていく。
一歩一歩踏み出すごとに地面が砕けるような音がする。
すぐに道の端が見えて、その曲がり角を吹き飛ばすような勢いで軌道を変えた。
その衝撃で少しの間滞空する。
着地点には白い怪物がいて、ログがそれを銀の足で踏み潰した。
「お嬢、目的地は予定通りでいいな?」
「うん!」
ごうごうと耳元で唸りを上げる風に逆らうように叫ぶ。
そうだ、最初の目的地は決まっている。
王族のいるであろう、最終地点の城。そこに繋がる場所をまず目指す。
ロークレインの数ある道の中でも最大の道。
平時なら最も多くの人が行き来する、街の入り口から城までを一直線に繋ぐ大通りだ。
「……っ」
そのとき、金属の音がした。
騎士の近づいてくる音だ。石畳を叩く音と、ガチャガチャと鎧の擦れる音。
遠く、霧の向こうで複数の色の光がかすかに見えた。
それはきっと、騎士の持つ闘気の色で――
「……偉大なる主のために」
――声がしたと思った、そのとき。槍を構えた騎士が目の前にいた。
土色に輝く槍が真っ直ぐ私たちを貫こうとしている。
「……邪魔だ」
しかし、ログはそれを手の甲で弾き、そのまま拳を騎士の胸に叩き込む。
バキリという鎧のひしゃげる音がして、その騎士は後ろに吹き飛んでいった。
続けて、赤い光と黄色の光が迫る。
それらをログは躱し、受け流し拳を叩き込んでいった。
騎士たちは呻き声を上げて吹き飛んでいく。
黄色い方は地面に叩きつけられ、赤い方は壁に叩きつけられた。
私たちはそのまま、その横を通り抜けようとして――
「――?」
視界に一瞬、何かが映る。黄色い騎士の首の辺りから何かが出て来たような。
それがなんなのか、はっきりとは見えなかった。でも妙に気になって。
なんだか、見覚えがあるような……。
……蜻蛉?
「……お嬢、騎士団のことだが」
「え、あ、うん、なに?」
ログの声に、気が逸れていたのを戻す。
……騎士団?
「殺さないようにするが、いいな?」
「えっと……」
……こ、殺さないように?
それは、まあ、そちらの方がいいのかもしれない。そう思う
……たとえ敵でも、人が死ぬところはあまり見たくない。
それは私が聖人だからではなく、単に人が死ぬというのが怖いからだ。
必要だというのなら仕方ないけれど……。
殺す必要もないのに殺すほど、私は割り切れていない。私の中で怒りと殺意が繋がっていないのだろうと思う。
……それでも、皆が無事じゃなかったら、そのときは分からないけど。
「……そうしてもらえるなら」
「ああ。今の状況だと殺さない方が楽になる可能性が高い」
「……そうなの?」
「敵は雑兵ではなく正式な騎士だ。相手方としても怪我人を見捨てるわけにはいかない。だから、その治療で魔導士の数を減らすことが出来る」
……なるほど。前世でも聞いたことがある話だった。
地雷の火力を殺さない程度に調整するのは、怪我人を出してその治療に手を割かせるためなんだとか。
「それに、後の手間を考えると、恨みは出来るだけ買わない方がいい。敵を皆殺しにするのも現実的じゃない――っ、お嬢、来るぞ!」
「……へ?」
と、体が急激に横に引っ張られる。
――そして。
空から蒼い光が降ってくる。
それは私たちから逸れ、先程まで私たちがいた地面に突き刺さり――。
――轟音。
地面が吹き飛ばされ、めくれ上がった石畳が周囲の店に突き刺さるのを見る。
「……レイシアの!」
「ああ、少し揺れる。舌を噛まないようにしてくれ」
ログが、大きく踏み込む。
先程よりさらに強く、速く、踏み出すごとに加速し、進んでいく。
蒼い矢は空からさらに勢いを増して降ってくる。
それを撃ち落とし、掻い潜りながら、前へ前へと進んでいった。
蒼い輝きが地を裂き、金属音と共に騎士たちが襲い掛かってくる。
白い怪物は道を埋め尽くし、飛びかかって、道を塞いだ。
魔導士が炎の渦を作り出し、道の先に簡易的な砦を作り出す。
騎士はその陰から死角を突くように襲い掛かり、道の両脇からは魔法の弾丸が降り注いだ。
銀光はその全てを粉砕し、切り裂いていく。
蒼い矢を撃ち落とし、魔法も怪物も何もかもが吹き飛んでいき――。
――そして。
「……これは」
ついに大通りにたどりつくその時。
道の先に巨大な城壁の様な壁がそびえたっていた。
それは魔導士何人で作り出したのか、十メートル以上にも及ぶ巨大な壁は高く、厚く、金属の光沢をもって私達の前に立ちふさがった。
壁の上には数多の騎士と魔導士が立ち並び、私たちに剣や杖を突き付ける。
それは、深い霧の中にあってさえ、煌々と輝いていて。
「……お嬢、心配するな」
ログはためらうことなくそのさなかに飛び込んでいく。
目前に迫る断崖絶壁のような高い高い壁に、ログは躊躇わず跳躍し――。
城壁の上から数多の斬撃と魔法が降り注ぎ、彼方からは蒼い矢が私たちを打ち抜かんと天より落ちる。
空中にある私たちに、ありとあらゆる力が迫る。
私たちは身動きが出来ない。空にいるのだから当たり前だ。遥か高い場所にある城壁は私たちの行く先を万全に、一ミリの隙間もなく塞いでいる。
私たちはそのまま城壁に飛び込んでいくしかない。
物理法則は当然だと叫ぶ。人は空を飛べない。空を飛ぶのは鳥の特権であって、私たちは地を這う人間なのだから。
――しかし。
「――!?」
ログはその足で空を踏みにじる。
足場のないはずの宙に足を掛け、さらに一段高く跳躍した。
「……?????」
「落ち着けお嬢、障壁を足場に使っただけだ」
目算を誤った魔法が、矢が逸れていく。
私たちは壁のさらに高い場所へと飛び上がり、眼下に魔導士と騎士を見下ろし、その上空を通り過ぎていった。
「――」
――そうして。
私たちはそこに辿り着いた。
一カ月前、街の入り口からのぞき込んだ道。その真ん中に着地し、最終地点を見上げる。
高くそびえたつ巨大な城。
深い深い霧のさなかにあってさえ、燦然と朝日を浴び輝く白亜の城だ。
その先、尖塔にて光る蒼が目を焼く。
人を越え、超人の域に到達した光が私たちを待ち受けていた。




