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TS令嬢が幸せになるために旅に出る話  作者: テステロン
第一部 一章 旅立ち
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脱出



 ……え? 囲まれつつある?

 …………この部屋が?


「悪い。この屋敷の警備体制が分からなかったから気付くのが遅れた。だがこの動きは間違いなくこの部屋を襲撃するつもりだろう」

「――!」


 そう言われて、ようやく思考が戻ってくる。

 襲撃、誰に? そんなもの決まっている、兄弟の誰かだ。


 そして遅れて気付いた。さっきの障壁は盗聴対策だ。……もしかして監視されていた?


「……ど、どうすれば?」


 しかし、そこまでは分かってもどうすればいいのかなんて全くわからない。

 襲撃だから……逃げないと。でもどこへ? 囲まれてるって言ってなかった?


「……突破するしかない。この屋敷の現状から見るに、拘束されて無事に済むとも思えん」

「う、うん」

「鞄を胸に抱えてくれ。その状態のお嬢を俺が抱えて街の外まで一気に離脱する」

「そ、そんなことできるの?」

「出来なければ死ぬことになるだろうな」

「……」


 死ぬ……死ぬの?

 ……そうだ。出来る出来ないの話じゃない。やらなければ死ぬんだ。


「馬は諦めるぞ。残念だが、馬は馬。価値あるものだ。無体な扱いはされないだろう」

「……う、うん」


 背中がぞわぞわする。足が震えそうになる。

 突然の展開に理解が追いつかない。迫って来た死の気配が恐ろしくて仕方ない。


「ローブを被って……フードも深く。固定用の紐も結んで……ああ、それで大丈夫だ」


 なんで、と思う。なんで私をわざわざ殺そうとするの?

 だって私はもう貴族じゃなくなるはずだ。継承権もないし、わざわざ殺す価値も無いはずなのに。


「じゃあ……抱えてもいいか?」

「……ぜ、全部任せるから、ログの思うようにして」

「――ああ、助かる」

 

 背中と膝裏に手が回る。そしてそのまま持ち上げられた。

 ……お姫様抱っこの形だ。体が一瞬不安定になり――すぐにしっかりと彼の体に固定される。


「体に力を入れて、俺に寄りかかるように。鞄も胸に抱えて――落としたらもう拾えないことは覚えておいてくれ」

「う、うん」

「歯をしっかりと食いしばるように。舌を噛む可能性がある」


 ……怖い。心臓の音が耳に響いている。

 これから自分がどうなるのか。怖くて怖くて仕方ない。


 こういう時、過去の記憶は全く役に立ってくれない。これまで私を助けてくれた大人としての記憶は、経験がない故に子供の私と一緒に震えている。


 怖い、怖い、怖い――。


「――大丈夫だ」

「……え?」


 ――でも、声が聞こえた。顔を上げる。

 真剣な顔。真っ直ぐな眼差(まなざ)しが私を見ていた。


「俺が、守る。――今度こそ、必ず」

「――」


 私を抱えている腕に、痛いくらいの力が籠められる。

 抱きしめられるように、強く――だから、少し気が紛れた。


「――行く。三つ数えるからそれに合わせて障壁を解除してくれ」

「……うん」


 鞄を抱える。

 ログに寄りかかる。――彼の体温を感じる。


「三、二、一――行くぞ!」

「――っ」


 障壁を解除すると同時に、ログが窓を蹴り開けた。

 そしてベランダの手すりに足を掛け、空に向かって飛び出す。


「――」


 浮遊感。体の中心が抜けてしまうような感覚。

 騎士の超人的な脚力で押し出された体が、凄まじい勢いで空中を進んでいく。


 その途中、視界の端に、地上で私の部屋を囲むように展開している騎士たちの姿が見えた。そして、私の部屋の扉が蹴り破られ、中に騎士がなだれ込んでくる様子も。


「――っ」


 ドン、という着地音。衝撃で目が回りそうになるのを、必死に歯をくいしばって耐えた。

 そして時を置かず彼は走り出す。体が大きく揺れて、しかし彼がしっかりと押さえつけてくれる。


「跳んで逃げたぞ! 追え!」


 遠くから騎士の声が聞こえる。しかしそれもあっという間に小さくなった。

 彼が一歩踏み出すごとに景色が流れていく。


「もう一度跳ぶ!」

「――っ!」


 体に再度浮遊感が襲い掛かる。

 今度は眼下に屋敷の門が見えた。五メートルはある大きな門とその先の堀を飛び越えて道の真ん中に着地する。


 着地音。体をもう一度衝撃が貫いた。

 歯を食いしばってはいるけれど、何がなんだか分からなくなりそう。


 走り出す。

 目に映るものが後ろに消える。一歩一歩ぐんぐんと加速していく。


 風が強くて目が痛む。

 それでも目を瞑るのは怖くて必死に薄目を開けた。

 

 意識が遠くなりそうな中、なんとなくかつての記憶、日本にいたころにバイクに乗ったことを思い出す。かつて高速道路を大型の二輪車で駆けたことがあった。


 馬なんかは比べ物にならない速度で視界が進む。

 ごうごうと耳元で風が鳴り、ローブの裾が煽られてバタバタと音を立てる。


「――っ! 来るぞ! 舌をかまないようにしろ!」

「――――!?!!?」

 

 体が横に引っ張られる。内臓が持って行かれそうな感覚。

 続けてズドン、という轟音が響いた。赤い色が見える。あれは……火?


「信じられん……街中で魔砲(カノン)だと? 誘導弾とは言え、騎士団が自らの街で何を考えている?」

 

 魔砲(カノン)!?

 戦場で使う兵器でしょ!? 大砲だよ!? そんなのたった二人の人間に向けるものじゃない!


「まだ撃ってくる気か……お嬢、悪いがしばらく揺れるぞ」

「――――!!??!!??」


 右へ左へと体が揺れる。

 爆発音が鳴り響き、赤い火の粉が上がっては消えていく。


 少し先で荷車に着弾した。

 爆炎の中から車輪とかぼちゃらしきものが飛んでくる。それをログは軽く横に跳んで躱した。


「――」


 ズドン、ズドンと鼓膜を音の波が叩く。

 耳が痛くなりそうな世界の中を前へ前へと進んでいく。


 恐ろしいジェットコースターに乗っている気分だった。しかもあれよりよっぽど酷くて、命の保証はないやつ。もう許してほしいけど、でも終わりは全く見えない。体が揺れて辛いし、目は痛くて涙が溢れてくる。


「――ん? 止まった?」

「……っ……っ」

 

 と、しばらくしてようやく揺れが収まる。

 終わったの……?


 いつの間にか瞑っていた目を開けると、赤い色は見えなくなっていた。変わらず風は鳴り、視界は流れ続けているけど、それでも走るだけなら余裕はある。


「まだ有効射程内だが……諦めたか?

 ……いや、違うな。効果がないとみて切り替えたか。腐っている割に判断が早い」


 効果ならめちゃくちゃあるよ!?

 私はもう限界ギリギリまで来てるのに。もういや。おうち帰りたい。


 ……あ、おうちが腐ってるんだったか。ははは……はあ……。


「お嬢、敵はこちらが弾を回避できることを理解し、次は避けられない状況で弾を撃ち込もうとしている」

「……?」

「地上なら、俺は何発撃たれても回避できる。だが空中では流石に難しい」

 

 空中……?


「前方を見てくれ」


 前方って……まさか。

 

「ああ、外壁だ。敵はこれを越える瞬間を狙ってくるだろう」


 街を囲む外壁。

 魔物から住民を守るために造られた、高さ十メートルを超える石造りの壁。


「そこで相談だが……片手を離す。少しの間お嬢から俺にしがみ付いてくれ」

「……」


 ……えっ。

 片手がなくなる? 抑えてくれている手が? ……それってジェットコースターの途中で固定用のレバーがなくなるようなものだよ?


「そうしてくれれば、必ず守り抜いて見せる。……頼む」


 彼の顔を見る。真っ直ぐな目で私を見ている。


「……」

 

 ……仕方ないのだろうか。

 

 敵から狙われている。砲弾がこちらに飛んでくる。

 直撃したら間違いなく死ぬだろう。死体が残るかどうかすら怪しい。


「……ん」

「ありがとう」


 口を開くと噛みそうなので頷いて返す。

 

 彼がお礼を言って、私はそれを聞きながら手を伸ばした。

 ……頑張ろう。そう決めて彼の首に手を回し、力を入れる。


「……では、行く」


 外壁が近づいて来ている。

 屋敷からだと小さく見える外壁が、今はもうこんなに大きくなって――。


「――っ」


 跳んだ。

 体から彼の腕が離れて、しがみつく手に必死に力を入れた。

 

 浮遊感があって、目の下で街がみるみるうちに小さくなる。遠くには屋敷が見えて――紅い光が見えた。


 紅い光が凄まじい勢いでこちらへ飛んでくる。

 妙にゆっくりになった視界の中で、魔砲の砲弾が近づいてくる。


 ――しかし、銀色の光があった。

 すぐ近く。手を伸ばせば届きそうなところで銀色が光っている。


 ――彼の手の中で剣が輝いていた。


「――」


 一閃。


 宙を銀色が奔る。

 紅に向けて銀が伸び――。


 ――パリン、というガラスが砕けるような音がして、紅色が割れた。

 二つに分かれたそれが私たちから逸れて後ろに消えていく。


「……あ」


 紅い破片が空を舞っていた。

 紅い光が雪のように揺れる。いっそ幻想的にすら見える光景。


 その輝きの先に、これまで暮らしてきた街があった。


 この世界に生まれてから十年以上を過ごしてきた街。

 私にとって、第二の生まれ故郷だった街。


 一瞬が永遠に思えるような時の流れの中、遠く離れた屋敷が見える。その一番上、父のいる部屋に明かりがついていた。


「……」


 ……見えるはずはない。私はそんな目を持っていない。

 でも、何故か父が私を見てくれている気がした。


 ――行ってきます。


 そう心の中で呟き――ログが外壁の上に着地する。

 そして次の一歩で下へ飛び降りた。街が外壁で見えなくなる。


 着地。

 体を襲う衝撃を歯を食いしばって耐える。

 

 ログはそのまま前へ向かって走り出し、外壁がどんどん遠ざかっていく。


『強く生きよ』


 なんとなく、昨日の言葉を思い出す。

 目を閉じると、涙が頬を流れた。



 ◆

 


 ――こうして、私はこの日、生まれ育った街を出た。

 生きるために。たった一人の騎士と二人で。……強く、強く生きるために。

 

 


 


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