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TS令嬢が幸せになるために旅に出る話  作者: テステロン
第二部 一章 水の都
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拠点と障壁


 頑張れば全て上手くいく。そんな世界ならいいのになと思う。

 努力は報われて、その先には幸福な世界が待っている。そんな夢を見たくなる。もしそうだったら、どれほど幸せだろうかと。


 ……でも現実はそうじゃない。

 頑張っても上手くいかない。努力しても大切なものは零れ落ちていった。


 幸せはなかなか手に入らないくせに、不幸だけはどこにでも転がっている。

 なんで、どうして、こんなに上手くいかないんだろう?


「……」


 ――日が、もう沈むところだった。

 街の中心部。その路地裏で、霧を赤く染める夕陽を見ている。


 間に合わなかった。頑張っても長屋にはたどり着けなかった。

 時間切れだ。最初に決めた、拠点を探すか、撤退する時間だった。


「お嬢、一旦休憩だ」

「……」


 これ以上の探索は無理だ。ログはそう言うし、私もそれは正しいと思う。だって、もう疲れて頭がぼうっとしている。

 昨日の深夜から眠らずに行動して、探索中は障壁を常に展開していた。それもただ発動するだけじゃなくて魔法の組成を弄って迷彩まで使ったものを。


 ……これ以上無理をすれば、大事な場面で魔法を維持できなくなるかもしれない。それは分かっている。……分かってるんだけど。


「……拠点の候補に行くぞ」

「……」


 ……それでも、私はログに頷いて返すことが、出来なかった。



 ◆



 潜入前から、拠点として使える可能性がある場所については目星をつけていた。

 私たちが体を休めることが出来る場所とは、つまり霧の影響がない場所だ。


 例え騎士や白いのが来なかったとしても、障壁を張っていなければ影響が出る場所では休めない。この、霧に満ちた街の中でも霧が入ってこない程度の気密性が必須の条件だった。


 そして、それを満たす可能性がある場所といえば――


「――開けるぞ」


 とある建物の一室。そこに取り付けられている取っ手を、ログが引き開ける。

 金属製の扉は、ギィ、と重い音を立てて開いていく。すると、その奥から独特の臭気が漏れだして来た。


 ……鼻にツンと来る香り。

 前世ではそれなりに親しんでいて、しかし今世ではまだ縁のないその匂いは……いわゆるアルコールの匂いだ。


 ここはロークレインの中心街にある、酒屋ギルド。その貯蔵庫だった。

 聞くところによると、気温の変化が大きく、湿気が多いこの土地では、あまり酒の保管には向かないらしい。詳しくは知らないが、酒の保管には温度と湿度を一定に保つことが望ましいのだとか。


 だから、ここのように大きな酒屋には、必ず専用の酒の貯蔵庫がある。そこは環境を維持するために気密性を持つのだと、宿場町で行商人が言っていた。


「……どう?」


 扉をわずかに開け、中を覗いているログに問いかける。

 果たしてこの中に霧は入り込んでいるのか。それを知りたかった。


「敵はいないし、霧も入っていない。これなら休めるだろう」

「……そう、よかった」


 思わず安堵の息が漏れる。

 これで駄目だったら、一度街から撤退しなければならないところだった。そうなればここまでの道のりすら無駄になる。


「足元に注意してくれ」


 壁にかけられた魔灯に灯りをつけ、中へと入る。

 薄暗いそこは、しかし霧は無く部屋の奥まで見渡せる。……こうなってまだ一日なのに、それが妙に懐かしかった


 

 ◆



 ――夢を見た気がした。

 少し前の記憶。この街に来たばかりの頃。


 水色の髪をした少女と出会ったときのことだ。

 ログがロークレインの第一王子と騎士団に確認があると連れていかれて、私は少し心細く思いながら、街の郊外に張られた騎士団のテントの中で膝を抱えていた。


 そんなとき、ひょっこりと顔を出したのがレイシアだった。


『そこにいても退屈でしょう? 一緒にお話をしない?』


 そう言って、彼女は私をテントの外に連れ出した。

 そして、湖畔に置かれた椅子に並んで座り、遠くに見えるロークレインを見た。

 

『どう? 綺麗でしょう? これが私たちが誇るロークレインの町。もう百年も昔から世界で一番美しいと言われている都よ』


 その光景は、確かに美しく見えた。遠くに見える城は真っ白に輝き、湖面に映し出されていた。水は澄み渡り、穏やかに揺れながら蒼く輝いていて。

 率直に言って、感動した。思わずため息が漏れるくらいには感銘を受けた。


 それまでの旅の疲れだって癒える気がした。

 頑張ってよかったって、素直にそう思えたんだ。


『……ふふ、喜んでもらえて嬉しいわ? ……そう、あなたはとても澄んだ(こころ)を持っているのね?』


 彼女はそう言って、嬉しそうに、誇らしそうに笑った。

 ――そして。


『――ねえ、私たちお友達にならない?』


 彼女は、そう言ったんだ。



 ◆



 少しずつ意識が浮上していく感覚がした。

 なんだか楽しい夢を見ていたような気がして、名残惜しく思いながら目を開ける。


 ……そこは、大きな樽がいくつも置かれた、少し変わった場所だった。

 一瞬疑問に思い、すぐに理解する。ここは酒の貯蔵庫だ。


「お嬢、起きたか」

「ログ……あれからどれくらい時間が経ったの?」


 薄暗い部屋の中、時間が分からなくて、ログに質問する。

 そうだ、私はここに着いて、すぐに置かれていた椅子の上で横になって――


「それほど時間は経っていない。精々二、三時間といったところか」

「――そう」


 安心する。それならまだ余裕はあるはずだ。そう信じる。

 眠って頭がすっきりした。だから、今は出来ることをやらないと。


「……」


 ……このままじゃ皆を助ける事は出来ない。

 それは間違いない。思わず唇を噛むけれど、それが誤魔化すことも出来ない現実だ。


 だから、考えなければならない。

 少しでも可能性を上げるために。


 ――そもそも、ここに来るまでの探索は何故上手くいかなかったんだろう。


 霧が深いから? 霧が毒のような性質を持っているから? それとも敵が多いからだろうか? 練度が高くて隙が見えないから、そのせいで先に進めない?


 それはその通りだろう。

 その全てが正しいと思うし、もしそのうちの一つでも無ければもっと楽に探索できていたはずだ。それは間違いない。


 ……でも実は、それとは別にもう一つある。

 今回の探索が進んでいない原因。……それは、私の魔法の腕が未熟だからだ。


 もっと具体的に言うと、障壁を上手く使えていない。

 だから、ログは上手く動くことが出来なくて、なかなか前に進めていないのだろう。


「……」


 ――障壁は私を中心に展開する。

 形も色もある程度自由に操れるけれど、それだけは変えることが出来ない。そのため中に人を入れて展開する場合、距離感がとても重要になってくる。


 例えばログが手を前に伸ばすとしよう。その際、障壁が手の長さより距離の短い場所にあったとすると、当然ログは途中で動きを邪魔されてしまう。その結果、上手く動くことが出来なくなるということだ。


 私一人に障壁を使うのなら、そんなことはない。障壁は私の体表を覆ったり、常に一定距離を保つように作ることも出来るからだ。その場合、体に合わせて障壁の形は自動的に変わる。

 ……でも、一緒にいるログの場合はそうならない。だから手が届く範囲や、足の届く範囲に関して私が細かく設定する必要がある。でも、その調節は難しくて、さっきの探索でもログは動きにくそうにしていた。


 最初は、それなら大きめに障壁を張ればいいのではないかと思った。しかし、それも難しい。だって私たちは路地裏や家と家の隙間など、そういうところも通る。大きめに障壁を作っていては、きっと接触してしまうだろう。


 ……なので、今回、私は細かく障壁の調整をしながら探索する必要があった。眠る前、私が疲労していた理由の一つはこれだ。


 必死に周りに合わせて形を変えて、でも調節しきれなくて、ログも動き辛そうにしていて――結果として、今、私たちは時間切れでここに居る。

 

「……っ」


 どうにかしなければ。そう思う。

 しかし、いきなり魔法が上手くなったりはしないし、ログに合わせて障壁を弄れるようになることもない。


 ……いっそ、ログの体を障壁の外に出す? 迷彩は敵が近づいたときだけ使うことにして、霧対策で顔だけ障壁で包んで……いや、それはダメだ。背負っている私と繋がった障壁なんて、どうやっても体表との間に隙間ができる。それどころか最悪、障壁で首が締まりかねない。そんなの背負ったバックパックと首が縄で繋がっているようなものだ。


「……」


 ……どうすればいい? 考えてもいい考えは浮かんでこない。ベテランの結界魔導士なら、それこそアニータさんならその辺りも対処できたんだろうけど、未熟な私にはできない。

 

 ……仮に、私とは独立したログを中心にする障壁があれば。

 それさえあれば、ログの動きを阻害することもないのに。そう思い――


「…………あ」


 ――ふと、その方法が一つだけ思い浮かんだ。


 それは、まだ家にいた頃に学んだことだ。

 貴族なら誰でも知っている。でもデメリットがあるため、それをする人はほとんどいない。そんな方法。


「……ログ」

「なんだ?」


 もしそれが出来たら、もっと上手く先に進めるだろうか。

 今度こそ、長屋にたどり着いて、皆を助け出せるだろうか。そう思った。


「もし、ログを中心に障壁を作れたら、もっと楽に先に進める?」

「……俺を中心に? 障壁は基本的に座標指定か術者中心だろ?」


 するとログは不思議そうな顔をしてそう言って――

 ――少し遅れて、目を見開いた。


「まさか、お嬢」

「……うん」


 ログはその方法を知っていたようだ。

 だから驚いた顔をしてこちらを見ている。


「しかし、お嬢、それは」

「うん、でも私は、出来ることをしたいんだ」


 ログは止めようとしてくれている。

 きっとデメリットについても知っているんだろう。


 ……それでも、私はもう、何もせずに後悔することだけはしたくない。


「……だから、教えて欲しい。もしそれが出来たらもっと楽になる?」

「……」


 ログが辛そうな顔をする。

 そして目を閉じて、天井を見上げて――


「――もし」

「うん」

「もし、それをするのなら、もっと思い切った方法も取れるだろうな」


 ……思い切った方法?


「――直接、王族を獲る」

「え?」

「戦闘中に呼吸の心配がないのなら、それが出来る。

 ――この事態を起こしたであろう、王族を押さえればいい。そうすれば今のように隠れる必要は無いだろう」


 

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― 新着の感想 ―
[一言] > ――ねえ、私たちお友達にならない? まさかどっかの上弦の鬼みたいな、お前も化物の仲間にならないかみたいな? いやでも騎士は殺しにきてるしな。。。 障壁を他人中心に張る方法。。。普通やらな…
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