表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TS令嬢が幸せになるために旅に出る話  作者: テステロン
第二部 一章 水の都
37/43

潜入

 宿場町で情報を集め、ロークレイン近くにたどり着いたのは、もう昼前のことだった。ログと二人、湖畔に立ち、街がある方向を見る。


「……」


 霧が、濃い。

 辺りは深い白に包まれていて、はっきりと見えるのはほんの数メートル先くらいだろうか。


 これまでの一月、朝方に薄い霧が出ることはあったけれど、当然こんなに酷かったことはない。

 きっと、かつてない異常事態が起きている。それは宿場町で聞いた話から考えても間違いのないことだった。


「城でも、先端の方しか見えないんだね」


 それがどれだけ霧の密度が高いのかを物語っている。


 かつて、この街に来たばかりの頃。

 湖は澄み渡り、湖上に浮かぶ街は白く、美しかった。白亜の城は天を衝き、遥か先の街道からも見えるくらいに輝いていた。

 

 ……それが今は。

 

「……」

「……最後の確認だ。俺たちはこれから街に潜入する。その際に注意することは覚えているか?」


 声に、顔を上げる。こちらを見るログは硬い表情をしている。かつてないほどに真剣なその顔は、これからどれだけ危険なことをしようとしているか物語っているようだった。


 ……だから、事前の準備も丁寧に行う必要がある。焦りそうになる気持ちを押さえて、数時間かけて宿場町で準備したんだ。


「うん、注意点の一つ目は騎士団に見つからないように潜入すること」

「ああ、昨日の状況からして、騎士団はまず間違いなく敵だ。そして、相手は王族に仕える最精鋭部隊。……見つかればすぐに全体に情報が広まり、追われることになるだろう」


 そして、騎士団に追われるということは、撤退する他ないと言うことだ。これは昨日と一緒。そうなれば時間はさらに過ぎていき、助けられたかもしれない人も助からなくなる。


 ……忘れてはならない。今回の目的は救出であって、闘うことではないのだから。


「……二つ目は、安全な拠点を探すこと。もしそれが出来ない場合は、日が落ちる頃を目安に必ず撤退する」

「そんな場所があるかは分からない。しかし、無いとも言い切れない。俺たちは敵が何をしようとしているのかも、あの白い化け物が何なのかもわかっていない。だから、注意して調べていこう」


 あればいい。そう祈る。もし無かったら、半日で撤退するしかない。

 もしログだけなら、こんな時間の縛りなんてなかっただろう。でもこの潜入では、私も重要な役割を持っている。だからこれは仕方のないことだった。


「最後に、一番重要なのが……私が障壁を決して切らさないこと」

「……ああ、そうだ。この周囲に満ちる霧は、何らかの力を持っている。それを遮断するために障壁は必須だ」


 それは、早朝の宿場町を訪れた時に行商人たちが叫んでいたことだ。


 『霧に触れたやつがおかしくなっちまった』

 

 あの人たちは確かにそう言っていて、おそらく嘘ではないのだと思う。


「勘だが……闘気や魔力を持つ俺とお嬢は少し触れるだけなら問題はないと思う。しかし大量に吸い込むと影響が出てくるかもしれない」


 そして、それを防ぐためにも、障壁の展開が必要という訳だ。幸いなことに障壁の空気穴からは霧は入ってこないようだし。

 ……まあ、異なる魔力には互いに反発する性質があるので、きっとそれのおかげだろう。


「……あ」


 と、一つ思い出す。


「そういえば、昨日脱出する時、ログ慌ててたよね」


 あの白い化け物を倒して私の部屋に来た時だ。あのときのログは焦った顔で……急いで障壁を展開してくれ言っていた。


「あのときには霧がまずいって分かってたの?」

「……ああ、なんとなくだが違和感があった」


 ……つまり、あの時点で私たちの周りには毒が満ちていたわけだ。あんなに慌てているログは初めて見たので驚いたが、事情を知ればそれも納得できる。


「障壁を展開している負担はどうだ?」

「まあ、普通に張り続けるだけなら、半日くらい問題は無いよ」


 何度も破られたりしたら、その限りじゃないけど。

 ……実を言うと、昨晩の撤退時、ログが迎撃するたびに障壁が切断されてたりした。障壁の内側に居るログが外にある矢を打ち落としていたのだから当然だ。

 

 まあ、あまりに斬撃が鋭くて、結界が斬られてたことに私自身気付くのが遅れたんだけど。だって見た目には問題なかったし。でもログは気付いてて、それで極力矢を撃ち落とすのを控えた結果、流れ矢が他の建物に当たったりもして……。


「……昨日は悪かった」

「ううん、仕方ないよ」


 あの矢を打ち落とさなかったら、それに貫かれて死んでたんだから。


「もし戦闘が始まったら、俺を障壁の範囲から外してくれ。短時間なら呼吸しなくてもなんとかなる」

「……うん」


 少し気が引けるけど仕方ない。ログの顔の周りだけ、とかそういうことは難しくて私にはできないからだ。障壁は私を中心に展開する。動き回り、体勢を変え続けるログを障壁で包むには……今とは違う、ログを中心に障壁を展開するような別の方法が必要になるだろう。



 ◆



 そして、ついに準備が整う。


「ではお嬢、頼む」

「うん」


 ログに言われ、障壁を構成する魔力を弄る。

 すると、少しずつ私たちを包む障壁は色を変えて――。


「――これで、迷彩になっているかな」

「ああ、上出来だ」


 色をある程度変えられるのも障壁の力の一つだ。それを使って、周囲に満ちる霧と同じ色に調節する。それもまた、今回の潜入で用意した策の一つだった。


「――行こう」


 ログに背負われて、街の入口へと近づく。幸いなことに街の入り口には見張りはいない。……まあ、それはそれでちょっと不気味だけど。

 でも、騎士団が陣取っていて入れないよりはよっぽどいい。


「……」


 ログに背負われ、街と湖畔を繋ぐ橋を渡る。

 口をつぐみ、何が起こってもいいように覚悟を決めて――。



 ◆



 ――街の中は、外よりもさらに濃い霧で満ちていた。

 視界はさらに狭まり、もうほんの数メートル先でさえ見渡せない。


「……あの白いのはほとんどいないな」

「そうなの?」

「ああ、昨日と違って道には少ない。……だが、気配はあるな。家の中に居るようだ」


 ……あの化け物が道にいないのはありがたい。

 でもそれが家の中に居るのがどういう意味なのかを考えると……。


「……その、家の人は………………どう、なってるの?」


 潜めた、小さな声で、問う。

 それは障壁で防音はされているとはいえ、音は極力出さない方がいいからであり……言いたくない言葉でもあったからだ。


 ……だって、もしそれで嫌な答えが返ってきたら。皆も、もう。


「……微妙だな」

「え?」

「生きているような気はするが……しかし動いてはいないようだ。近くの家からは物音一つ聞こえてこない」

「……」

「……中に入って調べてみるか?」


 一瞬、悩む。生きているというのは嬉しい言葉だ。その場合皆も生きている可能性が高くなる。……しかし、動いていないというのは、どう反応していいのか。

 

「中に入ったら、あの白いのがいるんだよね?」

「ああ、安全を取るのなら、調べない方がいいだろうな。あれくらいなら音を立てず殺せるが……もしあれに警報としての役目があったら面倒なことになる」


 アレが只の未発見の生物だったら殺しても問題ない。しかしもしアレが魔法生物――魔法で作り出された生き物の類だったら、殺したことを大本の主に察知されてしまう可能性もある。


 ……そうなれば、私たちは皆を助けられなくなってしまうだろう。


「……やめておこう」

「わかった。それがいいだろうな」


 もしかしたら、今私は助けられる人を見捨てたのかもしれない。

 ……でも、私はそれでも皆を助けたい。


 残酷かもしれないけれど、今はただそれだけだった。



 ◆



 霧の中を進んでいく。

 少ないとはいえ白いのがいる大通りを極力避け、路地裏を伝っていくように。

 

 私にはほとんど何も見えない真っ白な世界を、しかしログははっきりと見えているようだった。

 

「……」

「……」


 周囲はどこまでも静まり返っている。聞こえてくるのは、水路を流れる水の音だけでそれ以外はほとんど何も聞こえてこない。


 その中を少しずつ進んでいく。

 足音を立てないように、慎重に。


 そんな中、ログは立ち止まって、壁に体を押し付けるようにする。

 私もそれに合わせて障壁の形を変化させた


「――」


 すぐ目の前を、白い化け物が通る。

 幸いなことに、そうすればアレは私たちに気付かないようだった。それが障壁による迷彩のおかげなのか、防音しているからなのか、それとも別の何かか、それは分からない。


「……」


 そしてそれをやり過ごしたかと思うと、遠くから金属の音が聞こえてくる。

 私たちはその場に留まり、路地裏で息を潜めた。


 ……騎士だ。近い場所を、騎士たちが歩いている。

 街を巡回しているのか、二人組で周囲を警戒しているようだった。


 彼らが通り過ぎるのを待つ、一秒が十秒に思えるような時間の中、ようやく音がしなくなったころ、私たちはその路地裏から脱出する。

 

「……」


 騎士、白い化け物。

 私たちはこの二つの敵の隙間をすり抜ける様に進んでいって――


「――」


 ……その、なんというか。

 泣き言を言ってる場合じゃないのは分かっているし、そもそも私は障壁を展開してるだけで一番大変なのはログなんだけど……。

 

「……っ」


 ……め、めちゃくちゃ怖い……。

 怖すぎて泣きそう。というかもうちょっと視界が潤んでる。

 

 だって、真っ白で何も見えない中、敵がすぐそばにいるんだ。私はログの背中で見つかりませんようにと祈っていることしかできない。


 慎重に進んでいく緊張感の中、金属音が聞こえてくると心臓が止まりそうになるし、白いぐねぐねとしたアレが目と鼻の先を通ると、昨日のことを思い出して体が震えそうになる。


 それに、見えないからこそ、なおさら怖いんだ。霧の向こうにうっすらと影が映ると敵に見えて、横をすり抜けるときだけそれが家に吊るされた籠だったとわかる。そんな感じ。

 もういっそ目を瞑っていたくなるけど、それはそれで怖くて。


「……ぅ」

 

 震えを必死で抑えるためにログに回した手に力を入れる。そうするとなんとか体の震えが止まってくれて。でも一息ついたと思ったらまた次の敵がやってくる。


 ……ホラー映画みたいだ。

 そう思う。いや、それ以上に怖い。

 

 もしくはゾンビが出てくる系のゲームか。しかも一発勝負でコンティニューなし。ゲームオーバーになると、皆の命に関わってくるかもしれない。

 

 ……怖くて、パニックになりそう。

 しかし、そんな状態でも前に進まないわけにはいかなくて。


 ……私たちは皆がいるであろう長屋に向かって足を進めていった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 白くてぐねぐねしてるの、やっぱり魚介類なのかなぁ 住人は眠っているか仮死状態かわからないが、仲間たちも寝てるんだろうか。。。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ