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TS令嬢が幸せになるために旅に出る話  作者: テステロン
第二部 一章 水の都
33/43

平和な一日


 うっすらとした意識の中で、思い出す。

 それはほんの数時間前の記憶。レイシアと話した時間の終わり。


 ……あのとき、彼女がなんだか泣きそうな顔をしてたなあ、って。



 ◆



 遠くから、水の音が聞こえた気がした。

 その音で、少しずつ眠りが遠ざかっていくのを感じる。


 一定のリズムで流れるそれは、きっと近くにある水路の音だ。

 ざあ、ざあ、と常に聞こえてくる音は少し心地よくて、この街に来てから、夜少し眠りやすい気がする。しばらくぼうっと聞いていたくなるような、そんな音。


「……ん」


 ……しかし、残念なことに今は夜ではなく朝だ。

 瞼越しに感じる光がそれを証明している。だから、いつまでも布団の中で丸まっているわけにもいかなくて、仕方なしに目を開けた。


「……くぁ」


 欠伸をしながら、体を起こす。

 少し肌寒い空気が肌に触れて、それが布団の中を恋しくさせた。


「……」

 

 やっぱりまだ寒いよね……なんて思いながら上着を羽織る。

 そしてベッドから降りて――。

 

「――?」


 なにか、違和感を感じた。


 いつもと違うような、普通じゃないような。

 よく分からなくて、首を傾げ――もしかしてまだ朝早いのかなと、なんとなく思う。


「……」


 窓に近づく。今何時なのか確認しようと思った。

 太陽の位置を見ればなんとなく時間が分かるのは、この世界に転生して身に着けた技術の一つだ。


「えっと……?」


 小さな窓に顔を寄せて、空を見上げる。

 そして、薄目で太陽の位置を確認して――。


「……?………………??」


 …………あれ?


 何だかおかしい気がする。

 なんだこれ。私の目が変になったんだろうか。だって……。


「……高い……高くない?」


 太陽の場所がなんだかすごく高い位置にある気がする。

 不思議だなあ……。これだと、もう昼前ということにならない……?


「……」


 一度目を逸らし、もう一度見る。

 しかし太陽は変わらずそこにあった。それはつまり……。


「……そっか、違和感ってこれか」


 なあんだ。そういうことか。

 そりゃあそうだよ。目が覚めたら昼前だなんて、違和感を感じても何一つおかしくないよね、うん。ははははは……。


「……」


 ……ところで、仕事は?


「……ひぃ」


 喉の辺りから引きつった音が出る。やばい。

 これ完全に遅刻……え? どうするのこれ。やばい……やばくない?


「どどどどどうしよう」


 とりあえず髪を梳いて……服を着替えて。

 それから……それから? どうするの? スマホ……はない。あるわけない。ちょっとパニックになってる。前世の記憶が出てる。いつもの逆。大人の記憶が慌ててる。


「と、とりあえず、髪を!」


 櫛を机から出そうとして――気付く。


「……あれ?」


 机の上に紙が置いてある。

 そこにはログの字で何か書いてあって――。


「――今日の仕事は休み……? レイシアの方から治癒院に言ってくれたの? 昨日の時点で? ログはそれを護衛騎士の人から昨日聞いた、と」


 そしてその後ろに、『昨日は遅くまで話し込んでいたから今朝は起こさない』なんて書かれてる。


「……」


 ……これは……つまり。

 ……大丈夫ってこと?


「………………はー」


 焦った。すごく焦った。

 でも事前に連絡してるのなら大丈夫だろう。あの治癒院を紹介してくれたのはレイシアだし、問題は無いはず。治癒院は忙しくなるから、その点は申し訳ないけど。


「良かった……」


 胸をなでおろす。ほんとによかった。

 

 ……でも、やらかしたなあ。 

 少し遅くまで起きてただけなのに、こんなに寝坊するなんて。まだ子供の体には夜更かしは厳しかったということなんだろうか。


「……はあ」


 もう一度、窓の外の太陽を見る。

 しかし、何度確認しても太陽は高い位置にあった。


「……あ、トンボだ」


 ふと、見覚えのある虫が外を飛んでいることに気付く。

 それを見て、水辺だもんね、なんて現実逃避気味に思った。



 ◆



 準備をして、部屋の扉に手を掛ける。

 そういえばログはどうしているのだろうと思いつつ、扉を開けた。


「おや、お嬢様」

「……ん、マーク?」


 と、横から声がして、そちらを見る。

 そこにはマリーの婚約者こと、真面目そうな顔の騎士がいて……なんだろう。両手に何かを持っている。


「おはようございます」

「うん、おはよう……すごい荷物だね」


 両手に大きな袋を下げていて、そこいっぱいに何かが入っているみたいだった。その口は縛られているので、中身は見ただけじゃわからない。


「ああ、これはログ殿に頼まれたものです」

「ログに?」


 マークが袋を床に置き、口を開ける。


「……これ、本?」



 ◆



「ああ、冒険者ギルドの本を借りてきてもらったんだ」


 ログの部屋。マークに付いて行って質問すると、そんな答えが返って来た。

 部屋の隅にある机には今回持って来た本が山のように積まれていて、それをログがパラパラとめくっている。


「一カ月前のあのとき、ギルドの本を読めってあの老騎士に言われただろ?」

「……そういえば」


 老騎士、というのはドルクのことだろう。そして確かに、冒険者ギルドで勉強しておけと言っていた気がした。

 ログのことを戦場育ちだから基礎的な知識が足りてないとか、なんとか。


「この街の冒険者ギルドでは保証金を預けたら本を貸出してくれるみたいでな。俺はお嬢の護衛もあるから頼むことにしたんだ」

「へえ……」


 ログの手元を覗き込むと、『旅の途中、地方によって違う法律』なんて書かれている。なるほど、これは確かに知っておいた方がいいかもしれない。


 机の上に積まれている本を見ていくと、『竜の闘型とは』『国の違い、常識の違い』『ゲトウス帝国の覇道』『ロークレイン 水の都と王族』なんて、そんな題名が並んでいて。


「……」


 ……なんだか面白そうだな、と思った。

 興味を引かれるタイトルが並んでいるし、どれもこれも大事そうだ。というか私も読むべきだと思う。


 なので、一冊抜き取ろうとして――。 


「――ところでお嬢、朝食は食べたのか?」


 ログにそっと止められる。

 大きな手の平に私の手が包まれた。


「……食べてない、けど」

「ダメだぞ。お嬢は成長期なんだから食事は抜くべきじゃない」

「……う」


 ……まあ、それはたしかにそうだけど。

 実を言うと、私のこの体はそれでなくても小柄な方だったりする。兄弟がこの年齢だったときはもうちょっと大きかったし。


「食堂に行こう。本を読むのはその後でいい」

「……うん」


 ログに手を引かれ、部屋を出る。

 興味はあるけれど、正論なので仕方ない。

 

 そして廊下を歩いて――。


「――」


 ――ふと、昨日のことを思い出した。

 レイシアと話していたときの記憶。彼女はあのとき、私がログを従えていると言っていたけど……。


 ……そういう感じじゃないよね、と思う。

 じゃあ何だって言われたら、私自身よく分からないけれど。



 ◆



 食後、ログの部屋で本を読むことにした。

 ログは机に備え付けの椅子を使って、私はログのベッドを借りる。


 静かな部屋の中、ただ本のページをめくる音だけが響いていた。

 私もログも口を開かず、しかし気まずくはない。偶に、お互い知っておいた方がいいと思ったことだけ共有して。


「……」


 ――この国は、水の魔法から始まった。


 本には、そう書いてある。『ロークレイン 水の都と王族』にあった一節だ。この国の歴史と、王族の使う魔法について。

 水を支配する血統魔法と、それにまつわる、ちょっとした噂。


 ――水の魔法の真価は、水を操ることではない。


「……へぇ」


 ページをめくっていく。そこには研究なのかゴシップ記事なのかよく分からない文章が綴られている。

 確証がない、しかし真実味だけはある文章を目で追って行く。


「――――――ん?」


 ――そんなことをしていると、ふと、もう日がだいぶ傾いていることに気付いた。

 少し集中しすぎたかも。そう思い、立ち上がって背伸びをする。


 いつもなら仕事の休憩時間でお茶でも飲んでる頃かな、なんて考えて……。

 ……そういえば。一つ思い出す。

 

「ねえ、ログ、昨日レイシアが持って来てくれたお菓子があるん……」

「もらおう」


 食い気味で頷くログとお菓子をつまんだ。


 改めて食べると、流石にレイシアが持って来ただけあってとても美味しい。ログも嬉しそうな顔で食べていた。


 量が少なすぎて喧嘩になるので、子供たちにはあげられない。

 というか前に喧嘩になって、アニータさんに怒られた。なので二人で食べきって――。

 


 ◆



 夕方になり、皆が帰って来た。

 長屋に住んでいる皆で集まって、夕飯を食べる。


 今日の夕飯は、私と同じように治癒院で働いているアニータさんが患者さんからもらってきた大きな魚の干物。大きさが一メートルを超えるような特大の品だった。

 それを焼き、皆で取り分ける。子供たちは大きな魚にはしゃぎまわり、それを見た大人達も微笑んだ。


 夕食の後には、最近カフェで働き始めたマリーが学んだというお茶を淹れてくれて、それを息を吹きかけながら飲む。

 そんな、穏やかなひと時があって――。


 ――日が完全に沈んでしばらく経ったころ、いつものようにベッドに入って目を閉じた。



 ◆



 ――

 ――

 ――

 ――

 ――


 ――深夜、ふと目が覚めた。

 

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