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TS令嬢が幸せになるために旅に出る話  作者: テステロン
第二部 一章 水の都
32/43

レイシア


 そして、一日が終わった。

 治癒院から帰った後は皆で夕食を食べ、床につく。部屋のベッドに入ると、実家にあった物よりは固いけれど、でも逃亡中の地面よりはよっぽど柔らかい。


 穏やかな時間が過ぎる。ゆっくりとした日々。

 辛いことはそんなになく、良き人々に囲まれて生きている。


「……」


 ……でも、だからこそ。


「……眠れない」


 しばらく目を瞑っていたけれど、どうしても眠れない。

 仕方なしに体を起こし、傍にある魔灯に魔力を流し、灯りをつけた。


「はあ」


 ため息が漏れる。最近はいつもこうだ。ベッドの中に入ると、どうしても色々考えてしまう。これからのこと、これまでのこと。ログのこと。家を出たあの日のこと。ドルクのこと。父のこと。マリーのこと。お金のこと。


 ……そして、本気で生きると決めたときのこと。


「……これでいいのかな」


 穏やかで、満たされている。だからこそ不安になる。

 努力はしている。ログも努力家だと言ってくれた。でも本当に私は前に進んでいるんだろうか。


「――」


 意識を集中し、体内を巡る血に意識を向ける。

 血の中に流れる術式。刻まれた魔法。それを想い、願い、魔力を流す。


 魔力が高まり、魔法が作られていく。

 そして、その力を発揮せんと私の手から溢れ出して――。


「――だめか」


 すぐに霧散する。体内で形作る事は出来ても、その先が上手くいかない。

 もう二年も練習している。それなのにずっとここで足踏みしたままだ。


「強化魔法、どうやったら使えるようになるのかな」


 地道にやるしかない。

 それは分かっているけれど、焦りがどうしても湧いてくる。私は未熟で、だからもっと頑張らなきゃいけないのに。


 努力はしている。でも努力するだけじゃダメだ。

 努力をしているだけで褒められるのは幼いうちだけだ。自分自身の足で立つ人間なのだから、結果を出さなければ意味はない。


「……はあ」


 もう一度、溜息をつく。

 そして、しばし天井を見上げて、考えて――。


「――ん?」


 コンコン、というノックの音。

 誰なんだろうと、首を傾げる。マリーじゃない。ログでもない。だって音が違う。ノックには個性が出る。強さにも、間隔にもだ。


 だから、不思議に思いつつ扉へ近づく。

 一応念のために障壁を体に展開して……まあ、ログが注意してくれてるから大丈夫だと思うけど。ちなみにログの部屋はこの隣だ。流石に安全な場所で同じ部屋には住めないし。


「……はい」


 ともあれ、扉に手を掛け、開ける。

 そしてその先を覗き込んで――。


「――こんばんは、リーヤ……ふふ、来ちゃった」

「……っ!?」


 そこにいたのは青い髪の少女だった。



 ◆



「な、なんでここに!?」


 彼女を廊下に立たせておくわけにもいかず、中に入ってもらう。

 そして椅子を薦めて、座ってもらって。そして改めて質問した。


「だってこの一週間、忙しくて全然時間を取れなかったでしょう?」

「それは……そうだけど」

「眠っているようなら諦めようと思っていたけど……起きていたから」


 悪戯っぽく微笑みながら彼女は言う。

 確かにそうだ。会うのは六日ぶりくらいだろうか。私はともかく、彼女は公務で忙しかったらしいから。


 ……でも。


「……その、こんなところに居てもいいの?」

「どういうこと?」

「だって、レイシアは……」


 こんなところに居ていい人じゃ。そう言おうとして、彼女――レイシアに止められる。人差し指を口元に寄せて――この仕草はこの世界も一緒だ。


「いいの。大丈夫」

「……本当に?」

「ええ……ああ、あとログ殿にも私から言ってあるわ。だから心配しないで」

「それは……うん」


 さっき彼女を部屋に迎え入れるときに廊下にいたし。

 彼女の護衛の女性騎士と並んでいた。今こうしてレイシアと二人きりなのは気を使ってくれているのだろうか。


「お菓子を持って来たの。一緒に食べましょう?」


 と、レイシアがごそごそと袋を取り出した。

 そして机の上にお菓子を並べ始める。それを手伝いつつ……今日は遅くなるかもしれない。なんとなくそう思った。

 


 ◆



 ――思う。

 貴族の令嬢にとって、貴族の友人とは驚くほどに作り辛いものなのではないかと。


 なにせ、箱の中に生きている。少し外に出たとしても、己の領地の中だけだ

 他の貴族には会う機会がない。もちろん王都や近隣の領地に当主や夫人、跡継ぎが訪れることはあるけれど、それは家族の中でもごく一部だけ。よほど特殊でなければ、十何番目かの子供を他の貴族に紹介する必要などない。

 

 令嬢は家の中に居る。みだりに外に出るのは望ましくないと言われている。もし勝手なことをしたら、本人だけでなく家族や部下にも影響が出るので下手に逆らうことも出来ない。私の場合ならマリーとドルクは上から呼び出されていただろう。


 貴族の令嬢は閉じ込められた箱の中で生きる。そうするのが良いと言われている。

 そのため、周囲に居る貴族は血の繋がった家族だけだ。人生で一度も他の家の貴族と顔を合わさない令嬢なんて結構ざらにいるんじゃないだろうか。


 ……だから。


「聞いてくれるかしら。最近新しく来たダンスの先生が何言ってるのか分からないのよ」

「あー、よくあるよね。そういうの」


 やっぱり、新鮮だよねぇ……なんて思いながら口を開く。

 友達といえる貴族の人間は彼女が初めてで、それまでは周囲に仲の悪い家族しかいなかった。


 だからこそ、一月前に友人になった時はどう接していいか少し悩んだりもした。私はおっさんの記憶を持っていて、肉体年齢は近くても記憶の年齢は私の方がずっと高くて――ちゃんと友達を出来るのだろうかと。


 ……しかし、話してみると思いのほか話が進んだ。

 やはり、貴族だからこそ共有できる話題というのはあるのかもしれない。


 例えば今話してるダンスとか。ダンスとか。ダンスとか。

 

「先生は言うのよ。優雅に、しかしキレが良く見えるように。急いではいけません。しかし素早く体を動かしなさい……なんて! 訳が分からないのだけど!」

「わかる」


 私も似たようなこと言われた。あと、動きがモサっとしてるって。

 なんだモサっとって。もっと具体的に言って欲しい。


 こっちは必死にやってるのに、どこがどうダメなのかよく分からないのだ。いっそ自分の動きを自分で見たいと思って鏡を置いてみたけれど、私的には踊れているようにしか見えないし。しかし知識ある人が見るとなんかダサいらしい。


「どうすればいいのか具体的に教えてくれと言っても、あやふやなことしか言わないのよ? 私どうすればいいのかしら」

「沢山踊って慣れろとか、先生の手拍子を良く聞いてそれに合わせろとか言われるよね」

「そうなの! 本当に理解できなくて……」


 この世界には動きを録画してくれるビデオカメラもなければ、動きを解析してくれるパソコンもない。それどころか、もしかしたら教本すらきちんとしたものはなくて、教える先生の匙加減一つだったりするのかもしれない。


 才能のある人間ならそれでもいい。実際に兄弟の中にはあっさりと習得していたものもいた。しかし、それは一部の選ばれたものの特権でしかない。

 ……だから私や彼女のような才能がない人間は苦労することになるのだろう。


 ……まあ、私にはもう関係ないことだけど。

 だってもう貴族じゃないし。踊る必要だって無い。


「……ねえ、リーヤ。今あなた自分にはもう関係ないって思ってなかった?」

「え……い、いや、そんなことは……無いよ?」


 いきなり内心を言い当てられて驚く。

 鋭い。なんでわかったんだろう。

 

「ずるいわ? そんなの酷いじゃない!」

「そ、そう言われても」

「……今度の晩餐会、あなた宛てにドレスと招待状を送ってやろうかしら」

「まって、それはやめて!」


 正式な招待状なんて出されたら行かなきゃいけなくなる!

 慌てて彼女を止めて、説得して――

 

 ――そんなやり取りを楽しく思う自分がいる。

 なぜだろうと考え、でも友達ってそんなものだよね、とも思った。


 ……なお、年齢は気にしないこととする。

 大人の記憶には深いところに潜ってもらうことにした。



 ◆



「ところでリーヤ。さっきあなた少し悩んでいたみたいだけど」

「ん、それは……」


 一通りダンスあるあるネタを話した後。

 レイシアが持って来てくれたお菓子をつまんでいると、彼女は微笑みながらそう言った。


 ……悩み? それは彼女が来る前に考えていたことだろうか。

 なんで知っているんだろうと不思議に思ったけれど、それくらい私が分かりやすかったのかもしれない。そういえばマリーにも分かりやすいと言われたことがある。


「さっきは愚痴に付き合ってもらったし、今度はあなたの話を聞かせて欲しいわ?」

「……ん」


 そう言ってくれるのは嬉しい。でも、これは人に言って解決する話でもない気がする。

 だってこれは結局私の問題だ。ただ私が不安になっているだけ。これでいいのか、本当に私は前に進んでいるのかと。


「……?」


 ……でも、そう思うのだけど。

 なぜだろう、話してしまいたい気がしてきた。


 ……いや、それは少し違うか。

 話したかったのは前からだ。聞いて欲しい気持ちはあった。ただ、意味がないから言わないように自制していただけで――。


「……」


 目の前に居る彼女は微笑んでいる。

 貴種として生まれた顔立ちは、少し幼いながらも整っていて、纏っているローブは美しい金糸の刺繍が施されている。薄暗い魔灯に照らされる姿は輝いていて、どこか精巧に作られた人形のようにも見えた。


「……その」


 口を開く。

 そして、私は誰にも話していなかった悩みを口にし――。


 ――

 ――

 ――

 

「――つまり、あなたは自分の力不足が辛いと思っているの?」

「……うん、まあ」


 結論を言うと、その通りだ。

 努力しても、それはたったの一カ月に過ぎなくて、大して成長も出来てないから不安になる。


 未熟さを痛感している。いつもログに頼ってばかりで、何も出来なかった私。

 それでいいのか。いいはずがない。そう思って。


「不思議なことを言うのね?」

「え?」

「ログ殿に頼ってばかりとは言うけれど……ログ殿の力はあなたの力でしょう?」


 ……?

 それは……どういう?


「だってあなたはログ殿の主だわ? 彼はあなたに忠誠を誓っていて、あなたの力になろうとしている」

「それは、まあ」

「だから、それでいいのよ。強い人を、配下を上手く使うのも私たちの役目なのだから。それが貴族。人に上に立つということよ?」


 ……それは。


「貴族にとって、配下の力も己の力。彼らを上手く働かせるのも、私たちの力の一つ。だから、あなたは自信を持つべきだわ? 誰よりも強い彼を従わせて己の力に変えているのはあなたなのだから」


 凄いことなのよ? と彼女は笑う。

 ……でも。


「……でもそれは、本当に私の力なのかな」

「奴隷が奴隷であるというだけで皆勤勉に働くのなら、鞭なんて必要ないわ?」

「……」

「奴隷であろうとも、過去があり、感情がある。

 ……勘違いしてはいけないわ。人一人に心から忠誠を誓わせるというのはとても大変なことなのだから」


 ……それはきっと、貴族にとって基本的な考えだ。

 上に立つものにとって、配下を従える力はとても大事で、それが出来なければ広大な領地を管理することなんて出来ない。それは分かってる。


 だから、部下の力は自らの力だし、部下の数も、財力も、権力だって自分の力だ。それがない人間が何を叫んでも負け犬の遠吠えでしかない。


 ……でも。それでも。

 それも踏まえた上で、私は今のままでいいのかと悩んでしまう。本当にログに頼りっぱなしでいいのか。もっと私自身が強くならなければと。

 

「納得できない?」


 先回りして、彼女が言う。

 彼女の目が私を覗き込んでいる。髪と同じ、綺麗な海色の瞳が光に照らされて光っていた。


「不思議ね、あなたは」

「……?」

「あなたは貴族としての教育を受けている。私と似たような教え。似たような価値観を教わって生きてきた。それはこれまでの会話の中で分かっているわ?……それなのに」

 

 彼女が一歩近づく。


「どうしてかしら。その根底にあるものは私たちと違う気がする」

「……それは」


 ……きっと、私に刻まれているかつての記憶のせいだ。

 この世界とは違う、なにもかもが遠い世界の記憶。


「でも、そうね。だから、なのかも」

「……」

「あなたの(こころ)には、驚くほどに毒がない。だから私は……」


 すぐ近く。少し近づけば唇が触れてしまいどうな距離にレイシアの顔がある。

 彼女はそんな、目と鼻の先で少し泣きそうな顔をしていた。


 ――と。


「ごめんなさい。少し余計なことを言い過ぎたかもしれないわ」

「……あ」


 彼女が離れる。そしてさっきの表情が嘘のように微笑んだ。


「そろそろいい時間ね。お暇することにするわ。

 ……また会いましょう、リーヤ。次はお茶会に招待するから」

「……うん」


 彼女が部屋から出て、護衛騎士を連れて去っていく。

 私はその背中を見えなくなるまで見送っていた。

 

 


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― 新着の感想 ―
[一言] できなかったことも、一度できちゃうと勘が働くようになってスルスルできるようになることあるからな・・・(個人差があります) レイシア嬢(姫?)、リーヤさんの内面の特殊さと善性を見抜いて匿ってく…
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