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TS令嬢が幸せになるために旅に出る話  作者: テステロン
第一部 一章 旅立ち
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旅立ちの準備



 それから、彼――ログに状況を話しつつ家に帰る。

 道中、馬車の中で家の惨状とこれから家を出ようと思っていることを説明すると、彼は嫌そうな顔をして頭を掻いた。


「ろくでもない状況だな……まあいい、俺の命が続く限りは契約通りお前を守ろう」

「……うん、ありがとう」


 さらっとそんなことを言うので少し照れそうになるが、とても頼もしい。

 護衛が信頼できることがどれほど幸せなことか、私はよく知っている。


 ……本当に彼を買えてよかった。

 契約上、彼は私を害そうとすれば激痛が走るようになっている。なのでこうして普通に会話できている時点で彼を信頼できるということだ。


「……」


 ……そういえば、なぜか彼は敬語を使わない。ちょっと不思議に思う。農村育ちとかならともかく、元騎士なら敬語を使えない、なんてことも無いだろうに。


 まあいいんだけど。そんな事より守ってくれる方がよっぽど大事だし。命じれば敬語を使うだろうけどそこまでする理由もない。

 

 ……しかし我ながら敬語がどうこう気になるのはその辺に厳しかった元日本人故なのだろうか。この世界だと皆が教育をきちんと受けているわけではないので敬語を使えない人も多いみたいだし。侍女とかならともかく、奴隷に敬語を期待する人はいない。


「リーヤお嬢様、到着しました」


 少し首を傾げていると馬車が止まる。そして外から御者の声がした。

 扉が開くとログが先に降り、手を差し出してくれる。その手を取りながら馬車を降りた。


「部屋に戻って準備をするから、あなたも手伝って」

「ああ」 


 急がなければ。少しでも早い方がいい。

 そう思い、少し速足で彼を連れて屋敷に入る。


「あら、平民になるリーヤじゃない」


 ――と、上から声がする。

 

 見ると、玄関ホールの二階、そこから私を見下ろすように姉の一人が立っていた。

 両親譲りの端正な顔に嫌味な表情を張り付けてニヤニヤと笑っている。


「男なんて連れちゃって――いい体ね。性奴隷かしら」

「彼は護衛ですよ、お姉さま」


 ……相変わらず下品な姉だ。

 人目のある玄関でよくもまあそんなことを、とは思うが、しかし軽薄な言動とは裏腹に彼女は計算高く、臆病で、そして恐ろしい人間だということを私は知っている。

 

 ……おそらく、今の惨状を作り出した元凶の一人はこの女だろう。笑いながら兄弟に毒を盛る外道め。魔法を打ち込んでやりたいが……外道の傍にも護衛騎士がいるので無意味だろう。


「あらそう。じゃあその辺りのお話を聞きたいから、この後お茶でもいかが? いい茶葉が入ったのよ」

「……いえ、家を出る準備をしなければならないので。では失礼します」


 誰がお前の茶など飲むか。私はまだ死にたくない。

 内心唾を吐きながら話を打ち切って歩き出す。家を出ればあの女とも縁は切れる。それだけは本当に嬉しかった。



 ◆



 部屋に戻り、すぐに準備を始めた。

 鞄を取り出し、中に必要なものと大切なものを詰めていく。


「お嬢、移動手段は何を考えている?」

「私の馬が一頭いるから、その子を連れて行くつもりかな」


 ログの質問に返事をしつつ、手を動かす。

 馬車はさすがに持って行けない。私個人の持ち物ではなく家の持ち物だからだ。なので、持ち運べる荷物の量は少なくなるだろう。

 

 ……荷物は極力減らさないと。

 そう思いながら、お金と、換金できる宝石と――そして母の形見のペンダントの入った箱を鞄に詰める。お金も馬車を買えるほどは残っていない。ログはとても高かった。


「服は……どうしよう?」

「……馬一頭で運べる量は限られている。多くても鞄一つにするべきだろう」


 ログに質問すると、少し言い辛そうにそう言った。言い辛そうなのは一般的な女性貴族にとって服の話題が地雷原だと知っているからか。

 

 ……でも、鞄一つか。それはそうだ。国外に逃げるのが目標である以上、それなりの期間旅をする必要がある。この世界には現代日本のような飛行機やら鉄道やらは無い。

 隣国までの街道は整備されているので、宿場町は至る所にあるだろうけど……それでも荷物は極力少ないほうがいい。


「……服の替えは、一式だけに。後は清浄魔法でなんとかしよう」

「……いいのか?」

「仕方ないよ。旅をする以上、水も食料も必要だし」


 わがままは言えないし、仕方ない。正直に言えば嫌だけれど、まあ許容範囲だ。元男だし、私はこういう点に関しては諦めがつく方だと思う。清浄魔法があるだけマシと思うことにしよう。


 ……なお、清浄魔法は体や服の汚れをある程度は取ってくれるけど、ある程度でしかない。洗わないと髪は脂ぎってくるし、続けて使っていると色々黒ずんでくる。……下着だけは複数持って行こう。


「ログ。ログの荷物はどうする?」

「俺は慣れてる。心配しなくていい」


 小さい背嚢を一つ見せてくれる。奴隷商から出るときに持っていたもので、中に私物が全て入っていると言っていた。

 

「それよりも、俺が使う剣があると助かる。素手でも戦えるが……やはり戦いやすさを考えると剣が欲しい」

「……ああ、それなら――」


 立ち上がり、部屋の隅のクローゼットを開く。

 そして箱を一つ取り出した。……考えてみれば、これも母の形見になるのだろうか。


「母が嫁入りするときに持ってきた剣だと聞いてるけど……」


 箱を開けると、中には一本の剣が入っていた。

 貴族の持ち物にしては装飾も少なく、実用的なデザインをしている。


「手に取ってもいいか?」

「うん」


 彼が手に取り、鞘から抜く。中からは銀色に輝く刀身が出て来た。……というか、これ使えるんだろうか。少し不安になって来た。魔法で特別な力が込められた剣――魔剣だと聞いていたし、手入れは要らないとも言われていたのでずっと箱の中に放置していたんだけど……。


「……魔印は頑強。いい魔剣だ。これなら竜でも相手に出来る」

「ふふ、それはさすがに大袈裟だよ」


 竜なんて人が一人で相手をするような魔物じゃない。二年前うちの領に竜が現れた時は父が百人規模の精鋭騎士と魔導士を引き連れて討伐しに行ったのを覚えている。それでも十人以上の犠牲者が出てしまった。


 ……思えば、あれが今の状況を生み出した最初のきっかけだったのかもしれない。あの時、騎士団長が亡くなってさえいなければこんなことには……。


 ……まあ、今更か。

 息を吐いて思考を切り替える。平和だったころの家など、今となっては遠い昔だ。


「……他の準備をしよう。雨具や防寒具はどうすればいいか教えてくれる?」

「ああ、任せろ」


 やるべきことをやらなければ。

 過去の幻影を振り払い、目の前の作業に取り掛かった。



 ◆



 夜。とうに日が沈み、街の明かりも消えた頃。

 満月が真上に上がる頃に、ようやく家を出る準備が終わった。


 剣のように、他に母の形見が無いかと確認していたら時間がかかってしまった。予想外の時間ロスだったが、まあ明日の朝には予定通り出発できるので良いことにしよう。


「……なんとか鞄一つ。これなら問題なく運べそうかな」


 ログに効率的な収納法などを聞きつつ、頑張った結果だ。一部のお金などを彼に任せつつ、必要最小限にまで絞った。残ったものは残念だが諦めるしかないだろう。思い出はあるが、それで身動きが取れなくなったら意味は無い。


「……お嬢」

「なに?」


 ログから声をかけられて顔を上げる。

 いつのまにか彼がすぐ傍まで来ていた。


「一つ確認したいことがある。魔法はどれくらい使える?」

「……? 貴族子女としての嗜み程度かな」


 貴族と言えば魔法……というくらいには、魔法は重要なものだ。

 私が三歳になった頃には魔法の訓練が始まっていた記憶があった。ちなみに貴族子女の嗜み程度――というのは基礎魔法は全部使えますよ、という意味だったりする。


「一つ使ってみてくれ。護衛する身として腕を知っておきたい」

「……まあ、いいけど」


 なんとなく違和感を感じながら、しかし拒否するほどでもないので了承する。


「何を使う?」


 私が使える魔法は五種類。障壁、魔弾、治癒、解毒の基礎四種類に、特殊魔法の清浄だ。清浄以外は一般的な貴族なら誰でも使える魔法だが、まだ十一歳の私が一通り使えるのは結構凄いことだったりする。これでも結構頑張ったのだ。魔法が好きでその練習ばかりしていた。まだ家が平和だったころの、私の趣味。


「……障壁を。護衛する上で最も重要な魔法だ。部屋を覆う程度の大きさで頼む」

「……?? わかった」


 障壁って……奴隷商で盗聴対策に使わなかったっけ。

 ……まあ、あの時は確認していなかったのかもしれない。


 ――手に魔力を集め、魔法を展開する。

 すると、部屋の形に沿うように、障壁が形成された。


「これでいい?」

「ああ。そしてお嬢に一つ報告することがある。

 ――単刀直入に言う。この部屋は囲まれつつある。今すぐに脱出したほうがいい」

「…………え?」


 ……………………え?




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