超越者
閃光が地を裂く。森を消し飛ばし、一直線に彼方へと消えていく。
金色は世界を断ち切るように縦に薙ぎ払われ、天高くへと抜ける。遠く離れた空。そこに浮かんだ雲が消し飛んだ。
「――」
地面に大きな溝が出来ている。底が見えないほどに深い陥没がある。
その中に動くものは何もなく、金色の残滓だけが輝いている。
「――あ、ロ、ログ」
ログは、ログはどこ?
頭が空っぽになりそうな衝撃。呆然とした意識のまま、必死にログの姿を探す。
――と、その時。
銀色の光が森の中から飛び出した。
「……あ」
安心する。生きていた。
よかった。ログは無事だ。
『GYAU?』
斬撃が再び、竜に叩きつけられる。
竜はそれを受けながら首を傾げ――なんだ、まだ生きていたのかとでも言いたげな仕草。
そして腕を振るう。
森に向けて軽い仕草で腕を振り下ろす。
「――」
――衝撃。
周囲一帯に地響きを起きる。尻もちをついていた体が一瞬浮き上がる。
「……………………ダメだよ」
ログは斬撃を重ねる。
竜の体に銀色の光がいくつも打ち込まれ――しかし竜の体は揺るがない。
「勝てないよ……逃げないと死んじゃうよ……」
気だるげな様子で立ち上がった竜が、もう一度腕を振るう。
地面が吹き飛ぶ、吹き飛ばされた土砂が雪崩のように木々を飲みこむ。
ログは、その狭間を抜けるように竜を斬りつけ――。
「……ア、アニータさんダメだよ。ログを戻して、逃げよう」
攻撃が効いていない。そんなもの勝てる訳がない。
こちらはいくら攻撃してもなんの意味もなくて、でも敵の攻撃が当たればログでもただでは済まない。
――正しく格が違う。大人と子供の戦い。
一方的で、最初から勝ち目なんてどこにもない。
「こんなの勝てるわけないよ」
「……落ち着きな、お嬢様。まだ始まったばかりだよ」
「でも!」
金色の闘気が、伸びる。世界が塗りつぶされるかのような輝き。
ログの銀色はその中でほんの少し抗っているようにしか見えなくて――。
「――まだ、分からない。あの男は幾度となく越えてきたんだからね」
「え?」
「前にも言ったね。お嬢様は闘気について詳しくないようだ」
……闘気? そうだ、私は詳しくない。
でもそれがこんな状況で、“まだ分からない”なんて言う理由になるの?
「お嬢様は闘気がどうやったら成長するか知っているかい?」
「……それは、訓練か、強敵を倒したらって聞いたけど」
「そうだね。その通りだ。
……だからね、闘気ってのは普通ある程度で頭打ちになるんだ」
……え?
「訓練で増える闘気は大したことが無い。だから大きく増やすには強敵――つまり己よりも強い相手と戦って勝たなければならない。命を懸け、死闘を潜り抜けた先でのみ、闘気は大きく成長する」
「……うん」
「でもね。今から当然のことを言うけど――普通、自分より強い相手と戦ったら死ぬんだよ」
――あ。いや、それはそうだ。
当たり前のこと。自分より強い相手には勝てない。
「もちろん勝負に絶対はない。時には幸運に恵まれて、もしくは覚悟の違いで弱者が強者に勝つことはある。そうやって闘気に覚醒したり、強化してきたものは多い。
……しかし、それは通常人生で一回。多くても二、三回なんだ。それ以上はない。何故なら、それ以上繰り返すと死んでしまうから」
「……」
「一回なら意志の力かもしれない。三回なら幸運かもしれない。……でも五回はもう奇跡だし、十回なんてまず不可能だ」
……ふと、マークを見る。目が合った。
私が何を聞きたいのか分かったのか、軽く頷き、僕は一回ですねと言う。
「だから、普通の人間には限界がある。……大体、前の騎士団長くらいだろうね。あれが普通の天才の限界だ。あの男も三度成長して――四度目の竜との戦いで死んだ」
……そこまで聞いて、なんとなく言いたいことを悟る。
じゃあ、ログは? 莫大な量の闘気を持つログは一体?
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
竜の咆哮。その周囲を駆ける銀色。
斬撃が金色と交差し――しかし効いていない。
……でも、その闘気は前の騎士団長より遥かに多い。
比べ物にならないほど大きい輝きがそこにある。
「GAAAAAAAAAAAARAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
竜が咆える。腕を幾度も振り下ろす。
いつの間にか、ブレスを打った後の気だるげな気配は消え、最初のような速度で腕を振り回している。
しかし、ログはその全てを避ける。
避けながら、何度も何度も斬撃を打ち込んでいく。
――銀色の光。その輝きは何故かどんどん強さを増しているように見えて。
「……でも、いるんだよ」
アニータさんが呟く。溜息をつきそうな声色。
呆れというか諦めというか。そんな感情の乗った声。
「え?」
「普通とか常識とか、当たり前とか道理とか。そういうものを当然のように無視するヤツが。勝てない戦いに勝利し続け、闘気を進化させ続ける怪物が、確かにいる」
銀光が竜を抉る。傷はない。でも竜は苛立ったように両腕を振り回した。
ログはその両腕を潜り抜け、跳ねるように崖を駆け上がり――。
――竜の顔に斬撃が飛ぶ。
『GOOOOOOOOOOOOOOOOOOOGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!』
竜の叫び。手で顔を抑える。
その隙間から、赤い色が少しだけ見えて――。
『GOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!』
ドン、という音を立てて竜が飛ぶ。
地面が揺れる。地面が崩れ、蜘蛛の巣上に大きな陥没が出来る。
丘の頂点、段々になった崖の頂きに竜が着地する。
そして崖の下を見下ろすように首を伸ばした。
――赤い傷が、顔の端、口元の辺りに見えた。
『GYAAAAAAAAAAGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!』
金色の輝きが天を衝く。何も見えなくなりそうなほどの輝き。それが一カ所へと集まっていく。開かれた顎門。その中心で金色が凄まじい勢いで輝きを増していく。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!」
――閃光。
竜の咆哮が地上を消し飛ばさんと丘の下、ログのいる場所へ放たれ――。
「――」
――その刹那。竜の足元、段上に連なった崖で銀色が弾けた。
地面に亀裂が走り、崩れる。竜が立っていた場所がガラガラと崩れていく。
『GYA、GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』
首が上を向く。ブレスが逸れていく。足元がなくなった竜の体がバランスを失う。自らが放つブレスに押されるようにグラリと揺れ――そしてその勢いのまま、上体が後ろに反っていった。
「――っ」
瞬間、銀色が竜に迫る。
その斬撃が一息の間に体勢が崩れた竜の首、腹、足へと走り――。
――銀光に押されるように、長い竜の首がさらに曲がる。体が本来とは逆の方向へと捻じれていく。放たれるブレスは止まらない。その反動が竜の体を歪めていく。
――メキリ。と、そんな音が竜の中で鳴った気がした。
『GAAAAAAAAAAAGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!』
ブレスが途切れ、竜が丘の上から落ちる。
首や背中を打ち付け、崖を転がり落ちた。そしてそのまま地面へと叩きつけられる。
『GYAGA!?』
竜の動きが止まる。それは骨が軋んだためか、地面に叩きつけられたからか。
唸るように、痛みに耐える様に体を揺らし――。
――空から銀光が降ってくる。
崖の上から竜に向かってログが一直線に落ちてくる。
――銀が竜の目を貫いた。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!????」
血が噴き出る。竜が地面をのたうち回る。
両腕が振り回され、しかしログには当たらない。竜の周りを高速で移動しながらその体を斬りつけていく。
『GA、GAAAA、GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!??』
竜の体から血が噴き出る。鱗は裂かれ、割れて地面へと落ちていく。
気付く。傷のせいか、竜の金色が弱まっている。天を衝かんばかりだった輝きは、血に塗れて鈍くぼやけている。
『GYA、GAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』
竜が転がるように逃げ始める。
顔を抑え、体を丸めるようにして走り出す。
血をぼたぼたと落としながら逃げる金色を銀色が追いかけて――。
「――人を超えた存在がいる」
声がした。アニータさんの声。
静かな、でもどこか力のこもった声だ。
「そいつは道理を踏みにじり、階梯を越え、勝利し続ける。勝てぬ敵に勝ち、不可能を乗り越えていく。そんな怪物達が、この世界には確かに存在する」
「……」
「――超越者。戦の神に愛された超人。ログは、あの男は間違いなくそれだ」
竜が逃げる。ログに背を向けて、なりふり構わず逃げていく。
しかし、そんな竜にログは瞬く間に追いつき、斬撃を浴びせる。
『GYA、GAGYA……』
血が溢れ、動きが鈍っていく。
足を引きずるように、転がるように竜は前へと進んでいく。
――しかし。
『GA!?』
銀色が輝く。足が大きく切り裂かれ、竜が倒れる。
――そしてそのすぐ近く、顔の横にログは立っていた。
『GA、GYA』
竜が怯み、首をのけ反らせ――。
『GAAAAAAAAAAAA!!!』
――しかし、逃げれらないと悟ったのか、腕を大きく振り上げる。
金色に輝くそれがログに振り下ろされ――。
『GA』
――銀光が奔る。
光が竜の首を横に裂く。
『――』
――竜の首が、地に落ちた。




