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TS令嬢が幸せになるために旅に出る話  作者: テステロン
第一部 三章 山越え
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拠点の現状


 少しの時間が経って。

 マリーも私も落ち着いたころ。


 ふと、外から人の声が聞こえて来た。

 一人や二人じゃない。もっと大勢の――。


「……?」


 首を傾げる。人の声がするのはいい。外のシェルターを見る限り、それなりに人がいるのは理解していた。

 ……でも、これは……赤ん坊の声?


「……帰って来たね」

「呼んだのか?」

「ああ、あんたたちの人となりも何となくわかったし、皆で話をしようと思ってね」


 ログとアニータさんの話を聞きながら、体を起こす。マリーも私に回していた腕を解き、体を起こした。すると膝立ちになった私とマリーで顔を見合わせる形になって……。


「……ふふ」

「……もう、お嬢様」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔。そんなマリーの姿を見るのはこれが初めてで、なんだか可笑しくなってしまった。泣き顔を笑うなんて失礼かもしれないけど、多分私の顔も同じくらいぐちゃぐちゃだから許してほしい。


「お嬢様、これを」

「……ありがとう」


 差し出されたハンカチを受け取る。なんだかそのやり取りが懐かしくて、またそれで少し泣きそうになってしまう。

 ……でもこれ以上泣くわけにもいかないと、少し鼻をすすって耐えた。


「じゃあ、マリーにはこっちを」

「……お嬢様、ハンカチをちゃんと持ち歩いていたんですね」


 そして、代わりに私の持っていたハンカチを渡して――なんだか驚かれる。

 ……まあ、確かにちょっと前までマリーに言われないと持ち歩かなかったけど。障壁を弄ってハンカチ代わりにしてたけど。マリーから常々ちゃんとハンカチを持てと言われていたけれど。


 ……なんというか、前世の名残というか。

 仕草とかは普通に女性のものになってると思うんだけど、案外こういうところで習慣という物は出てくるのかもしれない。……男はあんまりハンカチ持ち歩かないから……。


「……私だって成長したんだよ」

「そうですね、ごめんなさい。

 ……ありがとうございます、使わせていただきますね」


 顔を拭いて、笑い合って。

 ……なんだか少しだけ昔に戻れた気がした。



 ◆



 それから、扉が開いて人が入ってくる。

 大人が五人くらいぞろぞろと入ってきて、その後ろから子供が数人。最後に赤ん坊を抱えた若い女性が扉を潜った。


 自己紹介してもらったのだけど、ほぼ全員アニータさんの家族や同僚らしい。

 領が危ないと感じたアニータさんが身内を連れて逃げて来たのだとか。


 全員疲れたような顔をしているけれど、でも子供たちは元気に走り回っていて、大人はそれを微笑ましげに眺めている。……強い人たちだなと思った。


 ――そして。


「ドルク様が、そんな……」

「……ドルクさん」

 

 私とログはマリーとその恋人のマークと改めて向き合っていた。これまでの数カ月であったことを教え合い、話し合う。そして今はドルクについて話していた。


 ……ドルクの胸に奴隷紋が刻まれていたのを伝えたところ。 

 マリーは信じられないと口に手を当て。マークは辛そうな顔で唇を嚙む。


 ……こちらも久しぶりに見るマークは、以前会った時と同じように真面目そうな顔をしている。

 少しだけ頬がこけているような気はするものの、しかしピンと真っ直ぐに伸びた背筋は変わっていなかった。

 

「救出は……難しいでしょうね」

「……かなり厳しいだろうな。奴隷契約がある以上、本人が抵抗するだろうし……奴隷紋を無理に解除することも出来ない。あれは血統魔法だからな」


 ログとマークが顔を合わせて話し合っている。

 ドルクの現状をどうにかできないかと。


 ……そうだ。これまでの状況を考えると、ドルクが奴隷紋を刻まれたのはマリーを探しに行った後である可能性が高い。なにせ、あの時からドルクの言葉は嘘だらけだったんだから。


 ……つまり、ドルクは私を裏切ってなんかなかった。

 ドルクも被害者だったんだ。そう、確信できた。 


 だから、助けられないかと話し合っていたんだけど。


「……なんとか連れ出しても、奴隷紋を遠隔で操作されれば自殺する可能性がありますね」

「ああ、主を脅して解除させようにも、誰が主なのか分からない。例の姉が主ならいいが、もし別の人間だったらその時こそ打つ手がなくなる」

「こういうことをする輩はリスクを分散させているものですから……」


 ……しかし、二人が話し合った結果出てきた結論は難しいというものだ。

 現状ではどうにもならないらしい。


 ……その事実を歯がゆく思う。

 大切な人が苦しんでいるのに、何もできない現実が辛い。


「……」

 

 ……もっと私に出来ることがあれば。そう思って――。


「――そこの連中。人のことを考えるのは良いけど、それよりも自分のことも考えなよ。今うちがどうなってるのか忘れたのかい?」


 アニータさんの声がして、そちらに体を向ける。

 彼女は小屋の壁に紙を何枚か貼り付け、その前に立っていた。


 ……少し前世の記憶が蘇って来る。

 学校が確かこんな感じだったような。そんな記憶。


「……」

 

 そういえば、と思いだす。ドルクの話をしていて忘れてたけど、これから会議をするらしい。議題は確か今後の方針について。


「ほら、始めるよ。全員注目」


 と、喧騒に包まれていた小屋の中が静かになる。

 子供たちだけ集会所の隅に移動し、そこでまた騒ぎ始めた。


「まず皆、確認から始めるよ。

 正直に言って最悪に近い。このままだと遠くないうちにこの拠点は立ち行かなくなる」


 ……え?



 ◆



 話を聞き、実際に拠点の中を見て回る。

 そして、この拠点の抱える問題を確認して――。


「小麦がこれだけしかないの……?」

 

 問題をまとめると、食料が無い。

 特に主食。このままだとそのうちパンが食べられなくなりそう。


 拠点にあるものをかき集めても、私でも頑張れば持ち上げられそうな大きさだった。この拠点には十人以上人がいるのにだ。


「せいぜいあと一週間か。妙に痩せているのが多いと思ったが」


 ログが呟く。そういえばマリーもマークも前より頬が痩せていた。他の大人たちもそうだ。一応子供たちはそれほどでもないけれど。


「買いに行く事は……」

「最初のうちはこっそり街に買いに行ってたんだけどね。一月前に騎士団に見つかったんだ。まだ顔が知られてない大人もいるから、あと数回はなんとかなるだろうが……」


 アニータさんがため息をつく。

 頻繁に大量の食品を買って街の外に出ていたら、とても目立つらしい。


「……本当は、十分山を越えられるだけの食料も戦力もあったんだ。でも竜のせいでこの様だよ」

「魔物の肉は? 食わなかったのか?」

「真っ先にそれを考えたさ。でもこの辺りの魔物は植物系がほとんどで、食えるのがほぼいなかったんだ。おそらく、動けるのは竜から逃げ出したんだろうね」


 ……食べられる動物がいない? 小麦もほとんどなくて?

 畑もそれほど大きくなかったし、街に戻ることも出来ない。


 ……それって、詰んでない?


「本来のルートには竜がいるとして、別のルートは?」

「それも調べた。私とマークが二人で数か月かけてね。……でも無理だ。斜面が急すぎるし、山の上の方は断崖絶壁だよ。……うちには子供も赤ん坊もいるんだ」

 

 ……それは。もうどうしようも。

 これじゃあ、竜がすぐにでも移動するのを祈ることしかできない。


「……ふむ」

「ログ?」


 声がして、ログを見る。顎に手を当てて考えている。

 私にはなにも思いつかないけれど、ログなら何かアイデアがあったりするんだろうか。


「……お嬢、まず一つ聞いておきたいんだが」

「なに?」

「お嬢にとってあのメイド――マリーは大切な存在なのか?」


 ……え? いきなり何を?

 そう驚くものの――頷く。それはそうだ。マリーは私にとって姉のような人だ。あの数か月があっても、事情を聞いた今は改めてそう思う。

  

「……そうか。なら取れる手段は一つだな」

「え、あるの?」


 ログが一度頷いた。

 すごい。まさかこんな状況を打破する策が?


 驚き、その声に耳を傾け――。


「――ああ。俺が竜を殺そう。それしかない」

 

 

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