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TS令嬢が幸せになるために旅に出る話  作者: テステロン
第一部 一章 旅立ち
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奴隷騎士ログ



 次の日、朝。

 私は父からもらった袋を手に、朝一番で奴隷商に来ていた。


 家は相変わらずで、今朝も毒殺未遂があったほど。

 家の中はピリピリとして、殆どの人間は余裕がない。下手人が家族である以上、安全な場所なんて家のどこにも無いと皆が知っているからだ。

 

 ……出来る限り早く家から出た方がいい。

 今はただその思いだった。


「護衛に使える奴隷を買いたいのです」

「は、ははっ。お任せください!」


 奴隷商の主に言う。

 ガマガエルみたいな外見をした男は、顔をハンカチで拭きながら私を案内してくれた。名乗ってはいないが、きっと私の素性を知っているのだろう。服の装飾を見たのかもしれないし、もしかしたら街の領主一族の顔は全て知っているのかもしれない。


 もうほとんど貴族ではない身で偉ぶるつもりもないけれど……かと言って奴隷商相手に弱みを見せるのも怖いので訂正はしないことにする。


「ご、護衛に使える奴隷ならば、はい、この部屋にいる者になります!」

「見せて頂きましょう」


 案内された部屋の中に入ると、部屋の中にいくつもの鉄格子が並んでおり、中には一人ずつ男が繋がれていた。

 

 人間の若い男に中年くらいの男、獣人の男にそしてリザードマン。

 それ以外にも異種族の男が並んでいて、異世界らしく種族のバリエーションに富んでいた。


 この世界では人間以外の種族も住んでいて、当然のように人として生きている。私の義母の一人にも獣人がいて、兄弟のうちの何割かは獣人だった。


「……ええと」


 ……誰にするべきか。

 理想としては、強く、賢く、常識のある人がいいけれど……まあそれはどこまで行っても理想でしかない。


 現実的にはそんな都合のいい人材がそうホイホイ転がっているはずもなく、ある程度の妥協は必要になると思う。

 今の私がするべきことは、この中から最も自分に合った人を選び出すことになる。


「…………………………」


 ……でも、どうしよう。沢山いて誰にすればいいのかわからない。見た目だと全員強そうだけど……問題は中身なわけで。冷静に考えると奴隷を選ぶってとても大変なことだ。性格まで考えようとすると一人一人面接する必要が出てくる。

 もちろん適当に選ぶことも出来るけれど、選んだ奴隷とはこれからしばらく一緒に行動することになるわけで……。


 ……あれ、これまずいのでは? 家から出ることばかりに気を取られていて、肝心のところが杜撰だった。今更ながら何も考えていなかったことを焦りだす。

 だって、日々兄弟が倒れていく家に居たんだもの。殆どホラーだよ。冷静な判断能力なんて残ってるわけない。

  

「お、お嬢様にお勧めしたい奴隷はこちらです」

「うん?」


 どうすれば……と、そう悩んでいると、奴隷商が汗を拭きながら私を促す。

 店主の手が指し示す方に歩くと、中にはまだ若い人間の男が入っていた。


「この男はこの店の一番の使い手でして、はい。しかも元騎士でありますので道理も(わきま)えているかと」

「……騎士?」

「昨年終結した戦争――隣国のゲトウス帝国がさらにその隣のロビタ王国に攻め込んだことは知っておられるでしょうか、はい。この男は敗戦国の捕虜なのです」


 見ると、中の男と目が合う。

 虚ろな目をした男と目が合った。まだ若い。二十前後じゃないだろうか。荒んだ目つきの顔は、しかし整っていて、細身だけど服の隙間から見える体は引き締まっている。……なるほど、家に仕えている騎士に似た雰囲気だ。身長も高そうだし、なんだか強そうに見えた。


 ……彼は、いいかもしれない。

 直感的にそう思った。脳の直感的じゃない部分も悪くないと言っている。


 なにせ騎士と言えばこの世界では戦闘と護衛のスペシャリストだ。元の世界にあったような地位を表すものとは違う。主人である貴族を守るために鍛え上げられた人間兵器と言ってもいい。


「彼と話をしても?」

「ええ、もちろんです!」


 安心したような笑みを浮かべて素早く牢の鍵を開ける奴隷商を見ながら――なんかさっきから妙に怖がられてない? と少し疑問に思う。奴隷商なんて貴族と関わる機会もそれなりにあるだろうに。

 しかしよく考えると当然かもしれない。私の外見を見て誰か判別できる店主だ。領主一族が毒殺暗殺なんでもござれの殺し合いをしていることを知っている可能性がある。


 ……本当にうちの家はろくでもないな。


「では、こちらへどうぞ!」 


 そんなことを考えているうちに彼と共に別室へと通される。

 そして奴隷商がそそくさと部屋から去っていった。


 ……一応、盗聴対策に障壁魔法を部屋に張り巡らせる。

 これでも貴族の娘なのでこれくらいはお手の物だ。魔法は好きだし、これまでも訓練は積んできた。努力の成果でもある。

 

「……ええと」


 机を挟んだ反対に彼が跪いている。

 随分と身長が高いようで、膝をついているのに私と頭の位置が近い。

 

「名前を聞いても?」

「……ログ・マイト」

 

 荒く、しかし落ち着いた声が鼓膜を揺らす。

 しっかりとした響きだ。でも力は無い。やはり奴隷になって気落ちしているんだろうか。


 店主が言っていた――隣国のさらに隣国だっけ?

 ロビタ王国。そういえば戦争に負けて国自体が滅んだと聞いた。王族も貴族もほとんどが処刑されてしまったとか……。

 

 ……確か最後の方はこの国にも救援要請が来ていたはずだ。でも利が無いから無視した――みたいな記録を読んだ覚えがある。

 そう考えるとこの国は彼の国を見捨てたことになるのかもしれない。


「……一つ、聞きたいことがあります」

「……ああ」


 ……それなら、と口を動かす。

 どうしても確認しておかなければならないことがあった。


「私はこの国の貴族の生まれですが――私を恨んでいますか?」

「……」


 助けなかった、見て見ぬふりをした。それは十分に恨む理由になる。二つ隣の国のことだ。恨まれる側からすれば理不尽かもしれないが、当事者からすればそんなことは関係ないだろう。


「……いいや」

「……本当に?」

「……ああ、当然だ。俺の国が滅んだのは俺たちが無能だったからだ。それを他所に押し付ける訳がない」

 

 ……なるほど。そう考えているのか。

 言葉遣いは荒い反面、その言葉は自責に満ちている、

 

 それは雇う側からするとありがたいけれど――とても生き辛そうだなと思った。

 人を恨むのではなく、己を恨んで生きていくのだから。


 ……正しいかどうかと、幸せかどうかにはあまり関係が無い。間違っていても人を恨んだ方が気楽に生きていけるだろう。

 

「それなら、あなたは私を守ることに抵抗はありませんか?」

「そうしろと命じられれば、従うさ。奴隷ってのはそういうものだろう。主人も守れずのうのうと生きてる愚図だが、それでいいのなら命令すればいい」

「……」


 ……あー、うん。

 なるほど。気落ちしているのは奴隷になったからじゃなくて……主人を守れなかったからなのかな?


 そう考えると彼はきっと良い騎士だったのだろう。

 主人のことを第一に思う忠臣だ。裏切りし放題のうちの騎士に爪の垢を煎じて飲ませたい。


 ……そもそも、今の惨状の大本の原因は、騎士団員の裏切りなのだから。


「よく分かりました。あなたは私が雇います」

「……ああ」


 人間的には問題なさそうだ。時間もないので早速決めてしまう。

 屋敷からあまり出たこともなく、この世界をあまり知らない私ではあるが、前世の記憶から彼のような人間が希少であることは知っている。


 普通、人は自分より他人を大切には出来ない。そういうものだ。それが家族で無いのならなおさらに。



 ◆

 


 部屋を出て、扉の傍に控えていた奴隷商に声をかける。

 そして各種手続きと奴隷紋の契約に入った。


「分かっておられると思いますが、はい。この奴隷紋こそが奴隷を扱う上で最も重要なものとなります」


 奴隷商が彼の胸元に刻まれた紋様を指して言う。

 それはグネグネと蛇が絡まっているような形をしていた。


「これを刻まれた奴隷は主人に対して危害を加えることが出来なくなります、はい。逆らうと激痛が走り身動きが取れなくなりますので、主人に逆らう奴隷はまずありえません」


 人道的に言えば外道なのだろう。

 でもこれがあるから私も安心して奴隷を雇える。たとえ話した感じ信頼できそうでも、保険もなしに初対面の相手と旅に出られるはずがない。男の欲望とは時に理性を超えるものだ。それは元男として理解している。


 ――ちなみに、これがあるのにどうして恨んでいるか質問したのかと言えば、例え魔法で縛られていたとしても、強い意志と命を捨てる覚悟があれば反抗する事は出来るからだ。騎士ならば、命を捨てれば私に剣を突き立てることくらいは出来るだろう。

 

「紋様に手を触れてください」

「……ええ」


 指先を近づけ――触れる。

 ぱちり、と音が鳴った気がした。私と彼が魔法的に繋がったことを理解する。


「では、私はこれで、はい。お話もありますでしょうし、失礼いたします」


 代金を払うと、素早く道具をまとめて奴隷商が去っていった。

 部屋の中に私と彼だけが残される。


「では、あなたに一つ命令をします」

「……ああ」


 手の中に契約している感覚がある。

 確かに目の前の彼は私の奴隷で、間違いなく私の味方であるはずだ。


 ――だから、私は久しぶりに気を抜くことが出来る。幼いころから知っているメイドすら信頼できない現状において、契約は思い出より重い。


 ――隣にいる人が私の敵じゃないと、やっとそう思えた。

 

「私を、守って」

「……」


 それが私の望みだ。

 それが欲しかった。誰かにそうして欲しかった。いくら中身が男だったとしても、周りの全てが信用できないというのはあまりにも辛かった。

 

 誰より信頼していたメイドは金のために私の情報を流していた。幼いころから私の護衛をしてくれていた老騎士は私を裏切って姉に付いた。優しかったはずの私の世界はもう壊れてしまって取り返しはつかない。


「お願いします。私を守って」

「……分かった。それが命令ならば、俺はお前を守ろう」


 彼が跪く。そして指先が頬を拭った。

 そこで初めて自分が涙を流していたことに気付く。転生して以来、少し涙もろくなった。もしかしたら子供の体に引っ張られているのかもしれない。……そう思うことにする。

 

「……」


 頬に添えられた手に触れる。

 大きかった。しっかりとしていて、頼りになりそうだった。


「……」


 ほう、と息を吐く。

 ……肩の荷がようやく下りた気がした。




国の名前は分かりやすさ重視で付けられてます


隣国:ゲトウス帝国→外道

その隣敗戦国:ロビタ王国→滅びた

まだ出てませんが

主人公の出身国:ルサト王国→故郷

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