前世
なにか、良くない夢を見た気がした。
悲しくて、苦しくて、どうにもならない。そんな夢を。
「――」
耐えられなくて、手を伸ばす。
そこから出たくて。なにかを掴みたくて。手を必死に、前へ前へと伸ばし――。
――ふと、暖かいものに包まれる。
硬くて、でも暖かい感触。
その熱を感じていると、すごく安心できる気がして……。
「……」
…………そこで、目が覚めた。
薄暗い小屋の天井が最初に目に入る。
「おはよう、お嬢」
そして、声。
少しぼうっとした意識でそちらへ首を傾ける。
「……あ」
……伸ばした手は、ログが握ってくれていた。
◆
ログは強くて頼りになる。それはここ数日でよく分かった。
色んな理由で狙われている現状において、ログは私の命綱だ。それは間違いない。いなかったらもうとっくに死んでいただろう。
もう恩なんてどれくらい積み上がってるか分からないくらい。
奴隷とか関係なく返したいと思うけれど、正直、どうやったら恩を返すことが出来るのか全く分からない程だ。
私を守ろうと頑張ってくれて、気遣いもしてくれる人。私の味方だと信じられる人。
精神的に凡人の私にとって、それが現状においてどれほど救いになっているかなんて、言うまでもない。本当に、本当に感謝している。
「……」
……でも。
……そう、なんだけど。嬉しいんだけど。感謝してるんだけど
……正直、寝起きに手を握られてるとか……ボーとしてる夜ならともかく、朝とかでちょっと冷静になると照れるなって思いました。はい。
恥ずかしいというか、ちょっと複雑というか。嬉しいのは嬉しいんだけど……。
でも、私は精神的には男な訳で。そこのところが、私でも謎な感情に作用しているというか。
……自分でも自分が良く分からない。とても難しいところだ。
「……」
…………まあ、ゆっくりやっていくしかないことなんだけど。
結局、そんないつもの結論を、ログの背中に乗りながら思った。
今日も私たちは朝から隣の国を目指して、山道を歩いている。朝食には買っておいた保存食を食べ、浄化しておいた水を水筒に詰め込んで肩にかけていた。
ちなみに朝食べたクッキーは私が塩味で、ログがはちみつ味。食べてる途中、微妙に嬉しそうにしていたので、やはりログは甘党なのかもしれない。とりあえず隣の国にたどりつけたら美味しいスイーツを出してくれる店でも探そうかな、なんて。
――と、そのとき。
「……そういえばお嬢、なにかあったのか?」
「え?」
ログが話しかけてくる。
なにかあったのかって……そりゃあ色々あったけれど。
「いや、朝からなにか悩んでいただろ?」
「……あ」
それは、たしかに悩んでた。
主に自分の認識と湧きだしてくる感情の謎について。結論は当然出ていないけれど。
「言ってくれれば力になるぞ?」
「……えっと、その……」
………………どうしよう。
そう言ってくれるのは嬉しいけど、でも正直に言えるはずがない。だって、悩んでる原因は他でもないログについてだ。
「……ちょっと、その、先のことで」
とりあえず、言葉を濁す。
まあ間違ってはいない。先のことについてなのは事実だし。
「先のことか……あ、もしかして国を出た後のことか?」
「……え?」
一瞬何のことかと思い、思い出す。
そういえば、前にログが言っていた。宿で目を覚ました朝に、国を出た後に何をするつもりなのかと。でも、あのときの私は先のことなんて何も考えてなくて――。
「それは……まだなにも決まってないんだけど」
――当然今も決まってない。
……だってそれどころじゃなかったし。命が危なかったし。
「……」
……でも。
少し思う。
言われてみると、ちゃんと考えた方がいいかもしれない。
現状、背負われてるだけだから時間があるわけで。
「……えっと」
……たしか、あのときのログは……魔法が好きなら魔法に長けた国はどうかと言っていたような。まあそれも悪くは無いと思う。魔法について勉強したい気持ちは確かにあるし。
「……うーん」
……でも、それだけで行き先を決めると言うのも。
もうちょっと真剣に考えた方がいい気もする。前世のように簡単に国を移動できるわけじゃない。今回だって、一つ国を出るだけで大騒動だ。仮に命を狙われてなくても大変だったのは間違いないのだから。
「……」
…………うん、きっともう少し真剣に考えた方がいい。
なので、とりあえず前世の記憶を引っ張り出すことにして――。
――
――
――
――でも、前世の私も将来とかまじめに考えてなかったよなあ……と。
そんなどうしようもない結論が出る。
前世の私は普通に生きていた三十位のサラリーマンだった。特に優れたところはなく、特別劣ったところがあるわけでもない。そんな人間。
そこそこ真面目に生きて、そこそこ真面目に勉強して。そこそこの学校に行って、そこそこの企業に就職した。
特に必死になることもなく、真剣になることもない。順当なところに順当に進むような、身の丈に合った生き方。それ以上でもそれ以下でもなかった。
流されるままに。ほどほどに。
普通を意識したわけでもないけど、でも特別では決してないような。……まあ、いい年して彼女がいないのは普通じゃないと言われれば否定はできないけど。
「……」
……でも、もしかしたらそのせいなんだろうか。ふと思う。
私がこんな世界に来て、性別の差以外は特に問題なく順応しているのは、私がそんな生き方をしていたからかも。
流されるような生き方をしていた。だから、世界が変わってもほどほどに流されるように生きて来た。それだけの話だ。
……まあ、そう言うと私がすごく空っぽな人間みたいに感じるけれど。
――でも、日本人なんて、そんな人いっぱいいる気もする。
みんなが必死に生きてるわけじゃない。流されるように生きてる人だって沢山いるんじゃないだろうか。
ほどほどに頑張って、ほどほどの人生を。それで十分生きていける国だったから。
「……」
………………もしかしたら。
そう考えると、家を出たのは私にとっては大きすぎる位の決断だったのかもしれない。流されるわけでなく、私は自分の意志で家を出た。
それはまあ、もちろん死にたくなかったからなんだけど。
「……」
……幸せだったから。そう思う。
かつての私は確かに幸せで、あの家であのまま暮らしていければそれが一番だった。
……でも、もうあそこには何も残っていなくて。
それが辛かったことも、家を出た理由の一つなのかもしれない。
◆
休憩をはさみ、水を飲みながら先に進む。
日が一番高く上り、段々と沈んでいく。そして西の空が赤くなり始めた頃。
「……人の気配だ」
「えっ」
そろそろ目標の拠点にたどり着くかなと話していた、そのとき。
突然、ログが突然声を低くしてそう呟いた。
「お、追手が来てるの?」
慌てて尋ねる。だとしたら大変だ。
もしかしたら追いかけてくるかもとは言っていたけど、まさかこんなに早くに。
「いや、違う。背後じゃない……これは……先の拠点か?
何人か人間がいる。結構多いな……」
「……」
それって……どういう?
多いって。昨日管理してる人はいるかもって言ってたけど、それは大した人数じゃないって言ってたような。
「……しかし、妙だな。なんだこれは……?」
ログが小さく呟く。
顎に手をやりながら首を傾げて――。
「――最初はあの騎士に騙されて軍施設に誘導されたのかと思ったんだが」
あの騎士って、ドルクが?
誘導って……。
「……違うな。これは軍とは違う。どちらかというと……」
そこまで言って、ログは黙る。
……どういうことなんだろう。説明して欲しい。
「……ゆっくり近づいてみよう。万が一に備えて、障壁だけは強度を上げておいてくれ」
「…………あ、う、うん」
ログの後についてゆっくりと歩く。
ちょっとした登り道。ここを上がり切れば拠点が見えるはずだった。森の中の盆地。周囲を丘に囲まれた、見え辛い場所にそれは建てられていると。
「……」
「……」
音を殺し、ゆっくりと。
段々と丘の頂に近づき――。
――そして、それが見える。
「……え?」
目を疑う。森の中、二日も歩いてきた先。
――そこには、小さな集落らしきものがあった。




