小屋の中で
歩き続けて、夕方。
日が落ちる前に準備をしようと、早めに野営の準備をすることにした。
場所は地図に印の書かれていた場所で、水源も近くにあるところ。到着して調べてみると、枝や葉に隠されるような位置に小さいけど屋根のある小屋みたいなものがあった。ログ曰く、道の管理者が使っているのだろうと。今日は誰もいないので遠慮なくお邪魔させてもらう。
「魔法使うね」
「ああ、頼む」
ログに声をかける。返事が返ってきて――そんなログが何をしているのかと言うと、水の浄化だった。近くの沢から水を汲んできて、それに浄水の魔道具を使っている。必要だからと前の街で買った鍋が魔道具の光で淡く光っていた。
「……うん」
……なんとなくだけど、今ファンタジーしてるなあ……というすごく今更な感想を抱く。薄暗い小屋の中で少し幻想的に見えたからかもしれない。あと、貴族の家は魔道具などが充実しすぎて、逆に現代日本に近づいていた感じがあったから。
灯りも空調も魔道具でお手軽管理。スイッチ一つで簡単に。光ってるのが電球じゃなくて魔灯なのが違うけれど、雰囲気は大体同じだった。
それをちょっと残念に思うのは流石に贅沢だと思うけれど……しかし、ついそう思ってしまうのも仕方ないと思う。こういうのはロマンだ。理屈ではない。転生しても今なお残る、男心というやつかも。
………………まあ、本当はそんなこと考えてる場合じゃないかもしれない。でもずっと落ち込んでるのも良くないし。
「……」
……それはそれとして。
今は私の仕事をしないと。早速、と手に魔力を集める。
色々入り込んでいた木の枝や虫は外に出してあるので、そのまま清浄の魔法をかければいい。すごく簡単だ。
手の平から魔力光を伸ばして――光った後には、少し綺麗になった壁が現れる。そんな魔法。とても便利。
そしてそれを上から順に段々下へ。
掃除の基本は多分魔法でも変わらない。上から下へ。かつてそう習った。
「……」
……しかし、習得しててよかった。
雑巾もいらないし、水もいらない。背伸びもしなくていいし床を這いつくばる必要もない。こんな器具が前世にもあればきっと凄く売れていただろうなあ、なんて。
「……よし、これで大丈夫」
そして、そんなこんなであっさりと掃除は終わる。
後は障壁を巡らせれば快適な寝床の出来上がり。ちょっと床が固いのが難点だけど、まあそこは布を敷くことにして。
「……思ったより、ずっといい寝床だね」
野宿なので実は色々覚悟していたんだけど。だって虫とかいるだろうし。でもよく考えれば障壁なんて便利なものがあるのに使わない手はない。実はここまで歩いていく途中でも私とログに薄く障壁を張っていたので、虫刺されなんかもなかった。
「魔法使いがいるんだからこんなものだ」
「そうなの?」
「魔法使いの有無で旅の快適さは全く違う。浄水、障壁、清浄の便利さは言うまでもないし……街にいたスキンヘッドの男じゃないが、腹を壊したとき応急処置だってできる」
……ああ、あの。
というか大丈夫なんだろうかあの人。納期に間に合ったらいいけど。
「……だから、普通あり得ないんだよ」
「……え?」
「魔法使いがほとんど領主に仕えてるなんて。……どうやったらそんなことになるんだ? 俺の故郷でそんなことしたら、商人や冒険者が反対運動を起こすぞ」
……あ、その話か。
……もしかして、ちょっと気にしてるのかな。
「……うーん」
……でも、言われてみれば不思議だ。
昨日までならよく分からなかっただろうけど、今こうして旅をしてみるとよく分かる。なにせ魔法があるだけでボロボロの小屋がちゃんとした小屋になるんだから。
「魔法使いの強みはありとあらゆる環境で活躍できることだ。飲めない水を飲めるようにし、怪我を癒し、病気を抑え、病気の元になる虫を追い出す。熟練の魔法使いなら気温の管理や食料の保存まで。……その長所を殺してどうする?」
「……そうだよね」
確かにそうだ……でも、どうだったっけ
これでも一応貴族として勉強してきたから、その辺りのことも習ってるかもしれないけど……。
「……」
……でも私まだ十一歳なんだよね。日本なら小学校の高学年。しかもここ半年はまともに授業も出来てなかったし。
多分、私の知識にはかなり抜けたところがある。だから魔法使いについても闘気についても中途半端にしか知らないんだろう。
「習ったかな……あ、そういえば」
と、一つ思い出した。
別に授業で聞いた話じゃないけど……たしかマリーやドルクと話をしてた時。
マリーのお母さんが治癒院に行って、待ち時間が長くて大変だった……みたいな話をしてたら、ドルクが『昔はもっと治癒院があったんですがな』みたいなことを言ってたような。
それで、なんで減ったのかと聞いたら……。
「六十年前に魔法使い関係の規制が厳しくなったって」
「……規制? なんでそんなことを」
それは……わからないって言ってたような。
お上から一方的な通達があって、現場は大事混乱だったとか。
……でも、分からないなら分からないなりに人間は想像するものだ。
だから、当時はいろんな説が飛び交ってた、と。そして、当時最も有力だったのが……。
「内乱が……」
「お嬢?」
「内乱の原因が魔法だった可能性があって――って言ってたような」
そうだ。王子の側近の一人が始祖魔法の使い手だったとかなんとか。
始祖魔法っていうのはその人だけが使える特殊な魔法のことだ。それを子孫へ伝えていけば血統魔法になる。血統の最初だから、始祖。
「あくまで噂だって言ってたから忘れてたけど……煽動系の魔法だった可能性があるとか……」
「……煽動系か、最悪だな」
ログが嫌そうな顔をする。
私もその気持ちは分かる。煽動とか悪いイメージしかないし。
「……」
……しかし。今思うと、あれは本当に噂だったんだろうか。
ドルクが内乱に対して強い感情を持っていたのは戦いの前に聞いた通りだ。そんなドルクが、適当なことを言うかと考えると……。
……もしかしたら、そういうことなのかもしれない。
◆
「明日には拠点に着きそうだ」
「……結構早いんだね」
夜、月明りだけが細く小屋の中を照らす中。
壁に背を預けて座っているログの横に、鞄を枕にして寝転がる。
「まあ、森と山を含めて直線距離で百キロもないからな。魔物と山の高さが厄介だが、距離的には大したことはない」
……そういうものなんだ。
まあ、ログが言うのならきっと大丈夫だろう。ログは頼りになる。それはここ数日でよく分かった。
「……ふぁ」
安心すると、欠伸が漏れる。そして眠気も。
今日は色々あった。買い物に行って、ギルドに行って、ドルクと戦って、街を出て、森の中を歩いて――。
――流石に、少し疲れたよ。
そしてそれを自覚すると、眠気がさらに勢いを増して迫ってくる。
「……眠いのか?」
「……うん」
少し遠くから落ち着いた声が聞こえてくる。
上からの声だ。きっと座っている。……もしかしたらログは眠らないつもりなんだろうか。
それに少し申し訳なく感じながらも、でも頼もしい。
ログにはとてもお世話になっている。いつかちゃんと恩を返さないと。
「……おやすみ、お嬢。良い夢を」
暖かい言葉、穏やかな声色。
それを聞いていると、二つの感情が胸の奥から湧きだしてくる気がした。
それはきっと、私の中にある二つの価値観が生み出すものだ。
大人の記憶と十一歳の体。それらは似ているけれど、でも全く違う気もして――。
「――」
――でも、今は気にしないことにする。
違うかもしれないけれど、きっと似ている。それならいいじゃないか。今はきっとそれでいい。だってまだ出会って数日なんだから。
――だから、胸の中の暖かい感情を抱きしめながら、眠気に身を任す。
……意識はすぐに暗闇の中に落ちていった。




