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TS令嬢が幸せになるために旅に出る話  作者: テステロン
第一部 二章 街で
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先へ


 ドルクの胸に刻まれた黒い紋様が光り、そこから伸びた稲妻のようなものがドルクの手に伸びる。

 そしてそれに包まれた手が、ドルクの傍に落ちた盾の残骸を手に取ろうとして――。


 ――まさか、まだ戦う気なの?


「……お嬢、下がってくれ」

 

 隣でログが剣を鳴らす。言われた通りに一歩下がった。

 そして同時にドルクの手が盾に届こうとし――。


 ――その時だった。

 盾に触れる間際に、何もないところでドルクの手が握りしめられた。


 ――すると、突然にドルクの手から血が噴き出す。


「……え?」


 地面を噴出した血が濡らす。次から次へと溢れた血が地面を伝った。傷口には黒い稲妻が這っていて。

 ……それはまるで、纏わりつく稲妻で腕が傷ついたようにも見えた。


「……ドルク」

「……お、嬢様」


 目が合う。こちらを見ている。

 苦痛に耐えるような顔。でも何故か少し昔を思い出す気がして。


「ウ、ウエスト、ポーチ、を……ゴホッ」


 ドルクの口から血が咳と共に溢れる。

 そして、その口の周りにも黒いモノは確かにあった。


「……もう、し、わけ……」


 倒れる。それだけを口にして、力尽きたように。


「……お嬢」

「え、あ……」


 どういうことなんだろう。なにがなんだかよく分からない。

 あの奴隷紋も、黒い稲妻のようなものも。


 ……そもそも、なんでドルクにあんなものが?


「……お嬢、ここから離れよう」

「え……その」

「魔導士が近づいて来ている。このままここに居たらもう一戦することになるぞ」

「えっ」


 言われて顔を向けると、周囲の家からローブ姿の人影が出てきているのが見えて――。


「――行こう。この騎士も、あれだけ魔導士がいたら命は助かるだろう」

「……う、うん」


 ログに連れられて、その場を離れる。


 ――その途中、ログは広場の端でウエストポーチを回収していた。

 それは戦いの直前、ドルクが外して投げたものだった。



 ◆



 ――どうなっているのかよく分からないよ。

 理解できなくて、訳が分からなくて。頭の中でいろんなものが空回りしている。


 ……でも、そんな頭の中がぐちゃぐちゃで混乱しているうちにも時間は進む。

 

 街を出た後、ログの背中に背負われながら移動し、森の一角でログは立ち止まった。

 飛んだり跳ねたりせず、ただ背負われてるだけならそこまで大変でもないんだなあ……なんて、なんとなく思いながらログの背中から降りる。


 森の中の、少しだけ開けた場所。

 ぼんやりとした頭で、地面に布を敷き、そこに座る。


「……お嬢、ウエストポーチを開けてもいいか?」

「……」


 ログがドルクのポーチを片手に言う。

 何が入っているのか。ドルクはなんでこれを渡したのか。


「……うん」


 わからなくて、知りたいような、知りたくないような、そんな気分。

 ……でも、放置することも出来ない。


 用心のためにとログが開け、中から物を出すことになった。


「……これは」


 中から出て来たのは、二つの魔道具と紙の束。

 そして、それらをログが手に取り、確認していく。


「……魔道具は浄水と方位。そしてこっちの紙は地図だ」

「……地図?」

「見てくれ。かなり細かく書かれている」


 ログが広げてくれたものをのぞき込む。

 そこには領都周辺から隣国にかけての詳細な地図が書かれていた。方角と位置だけでなく、等高線のようなものまで書いてある本格的なもの。


「……正式なものじゃないな」


 ログが呟く。

 確かに、以前父に見せてもらった物よりもボロボロだし、紙の質も悪い。でもかなり細かく目印や注釈が書き込まれていて――その文字はドルクの書いた物に見えた。


「……なるほど。これを伝えたかったのか。お嬢、これを見てくれ。この道だ」


 言われて見ると、先程までいた街から少し行ったところ。そこから一本の道が書かれていて、それは山脈に向かって伸びている。そして、その道は山脈を越えて、その向こう側へと続いていて――。


 ――その山脈はこの国と隣国――ファート王国の境だ。森が深く、山が高いため行き来は全くないとされているけれど。


「――これ、山越えのルート……? これを通ったら隣の国まで行けるの?」

「地図には、そう書いてあるな」


 ……本当に? そんなものがあるの?

 隣の国まで山脈一つなのに、これまでそれを考えてこなかったのは、そこがとても険しく魔物も多く住んでいるらしいからだ。


 ……もっと幼い頃、父に聞いたことがある。この領が隣国との国境にあると聞いて、敵がそこを攻めて来ないのかと不安になったから。

 しかし父は笑いながらそれを否定した。それはあり得ない。この国が出来て以来、あの山を越えることが出来たのは数えるほどしかいないのだ――と。


 ……だから少なくとも素人が越えられる山じゃない、そう思っていたんだけど。


「……いくら戦をしていなくても、隣国との国境だ。調査はしていたんだろうな」

「そういうものなの……?」

「ああ、これを見てくれ。山脈と街の四分の三あたり――ここに拠点が書かれている。恐らくここを中心に調べたんだろう」


 そこには確かに調査拠点と書かれていて――。


「――行けそうだな。これなら俺とお嬢の二人でも越えられるかもしれない。休憩用の拠点もあるし、川や水が湧きだしてるポイントについても書かれている。目印もあって、おまけに浄水の魔道具付きだ」

「……でも、森だよ? 迷ったりしない?」

「訓練は受けているし……俺は戦時中に山中の移動経験は何度もある。これだけ詳細な地図があれば迷うこともないだろう。

 ……まあそれに、魔法使いと騎士がいるんだ。最悪、障壁で足場を作って上空から確認するという手もある。目立つからやりたくないけどな」


 ……なるほど。

 それは魔物に見つかるから危ないと聞いてるけど……まあログなら大丈夫か。


「行けるとは思う……ただ、な」

「……なに?」

「それ――山越えをするにあたって一つ重大な問題がある。

 ……それはこの地図が本当に正しいのかということだ」


 ◆



 問題はそこだ、とログは言う。


 要するに、これを私に持って行けと渡したドルクをどこまで信じるかということ。地図を信じてもいいのかということだ。


 ――ドルク。

 幼いころから私を守り続けてくれた人。いつも穏やかで、祖父のように私を見守ってくれた人。

 

 ……そして、数か月前私を裏切って姉に付いた人。今日私を追いかけてきて、生きていてはいけないと言った人。私を殺そうと魔法や砲弾を向けて来た人。


 ――でも、胸に奴隷紋が刻まれていた人。


「……ログはどう思う?」


 自分自身、どうしたいかよく分からなくて、意見を求める。

 視線を向けるとログは難しい顔をして顎に手を当てていた。


「そもそも前提として、この地図は昨日今日作られたものでは無いと思う」

「……それは、まあ」


 ボロボロだし。かなり書き込みされてるし。


「だから、お嬢が家を出てから用意したものじゃないということだ。元々あったものを持ってきた可能性が高い」

「……あ」


 じゃあ、私を騙すために作られたものじゃない、と。


「それも踏まえて、俺はある程度信じられると思う。これは騙すために用意するには手が込みすぎているし――もう一つ。最後、ウエストポーチのことを伝えた時、あの騎士が血を吐いていたのを覚えているか?」

「……うん」

「前に奴隷商で見たことがあるが……あれは奴隷紋の命令に逆らった時に起こるものだ」


 ……つまり、あの瞬間ドルクは主からの命令に逆らって私にこの地図や魔道具を渡したということになる、と。

 そして、奴隷の命令無視はかなり重い罰が奴隷紋を通じて与えられる。要するに気軽に出来ることじゃないということだ。……相応の覚悟が無いと出来ない。


「……ドルクの主は、どんな命令をしていたのかな」

「……まあ、察するにお嬢を殺せと言われていたんじゃないか? あの魔法や魔砲(カノン)を見るに、捕獲目的でも脅迫目的でもないだろう」

「……うん」


 ……なら、この地図はそれに逆らうものだということで――私を生かす為のものだということになる。

 それなら――信じてもいいんだろうか?


「……」


 ……でも、よくわからないよ。

 訳が分からない。頭がこんがらがって何も考えられない。


 本当はずっと頭の中はぐちゃぐちゃで、冷静になんて全然なれていない。

 今すぐ叫び出したい気分だし、頭を抱えて転がりたい気分。悲しみたい気もするし、怒りたい気もする。


 わかんなくて、混乱してて、涙が出そうで――。

 ――もうパニックになってるのかもしれない。訳が分からない衝動が胸にある。


「……」

 

 だって――。


 ――ドルクの奴隷紋。あれはいつから刻まれていたの?

 

 つい最近なの? それともずっと前? いつからドルクは奴隷だったの?

 姉の所に行ってから刻まれたの? それとも……私の所にいる頃? だから私の傍からいなくなったの?

 

 なんで私を裏切ったのか分からなかった。理解できなかった。信じたくなかった。だって家族だったのに。信頼してたのに。おじいちゃんみたいだって。


 ――でも、実は奴隷紋のせいだったの?

 本当は裏切ったんじゃなくて、ドルクも被害者だったの? だから私に地図なんて渡したの? 生きてはいけないと言っていたのも、本当は全部嘘だったの?


「――」


 分からない。分からない。分からない。

 もう何もかもが分からない。


 殺されそうになったのがついさっき、奴隷紋のことを知ったのもついさっき。生きてはいけないと言われたのだってついさっき。

 ――短い間に沢山のことが起こりすぎて頭が全然追いついていない。


 胸の中では十一歳の私がずっと泣いている。

 怒りと悲しみと安堵と喜びでめちゃくちゃになっている。なんで自分で泣いているのかも分からなくなっている。


「……」


 ……

 ……

 ……

 

 ……だから、子供の私はどうにもできないから。

 ……一先ず、意識して、男だったときの記憶を前面に出すことにした。


 分からないけど、でもそれを一度無視して考える。それが出来る。

 大人ってのはそういう物だ。そして私はかつて、確かに大人の男だった。


「……確認したいんだけど」

「ああ」


 事実の確認。混乱したときには、まずこれだ。

 あの日屋敷から逃げて、目が覚めた時にもしたこと。


 まずは、状況の確認を。


「最初の予定――走って逃げるのはどうなの?」

「そちらも可能だ。物資はもう買ってるし、街に寄らず最後まで走れば国から出られるだろう。――ただ」

「ただ?」

「――相手の動きが思ったより早い。一日で追いついてあの陣を作るくらいだ。もしかしたらもう国境付近で網を張られている可能性がある。そうなれば戦闘は避けられない」


 ……なるほど。今日みたいな戦闘が起こる可能性がある、と。


「……そして恥をさらす形になるが、お嬢を守りながらだと、あの陣を組まれて、あの騎士クラスの敵が五人もいた場合かなり厳しい戦いになってくる。

 ……すまん、俺は戦地で戦うことが多かったから護衛向きの戦闘スタイルじゃないんだ」


 …………え、あれで?

 …………いやまあ、今はそれは良いとして。


「もちろん、そういう状況にならないようにする。それが俺の役目だ。しかしそういう可能性があることは知っておいてくれ」

 

 ……要するにリスクがあると。

 

「……じゃあ、地図のルートは?」

「地図が正しいのなら、こっちの方がいい。こっちは出てきてもせいぜい魔物位だ。魔物は脅せば逃げていくし、仮に強い魔物がいても、そういうのは群れないケースが多いから対処も難しくない」


 体力的な問題も、俺がお嬢を背負って歩けばいいしな、とログは言う。

 あと付け加える様に、人がいない山なら勘違いも無いだろうし、と。……魔法使いの件を気にしてるのかもしれない。


「……」


 ……ということは。

 結局、この地図を……ドルクを信じるかという話になってくるわけか。

 あの時、奴隷紋に逆らっていたことをどう思うか、と。


「……」

 

 ……悩む。信じるか信じないか。

 どうすればいいか。信じるべきなのか。信じたいだけなのか。


 悩んで。

 悩んで。

 悩んで――。


「――山を越えよう」


 そう決めた。

 愚かと言われても、信じたかったのかもしれない。

これで二章は終了です

この後は三章山越え編に入ります

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