ドルク
銀に輝く剣と緑色を纏う盾がぶつかり合う。
凄まじい速度で交差するそれは、音を置き去りにするかのような速度で打ち付け合い、残像のような影だけを残して消えていく。
まるでコマ送りのようだ。そう思う。二人の武器がぶつかる瞬間だけが見える。
霞んだ様にはっきりとしない世界で、銀色と緑色が混ざった光が見えていた。
「……ぬう!」
「――」
――一際大きい音。
目で追えない速度で武器を交える二人は、しかしドルクの声を切っ掛けに弾かれるように距離を取った。
ドルクが肩を抑え、その手の隙間から血が漏れている。
――速い。なにこれ、なにしてるのか全然わからない。
「恐ろしいまでの剣の腕……この老骨一人では到底届きませぬな。――魔導士部隊!」
「……え」
声と同時に周囲の建物から一斉に人影が顔を出す。
そして、魔力が高まり――私に向かって、一斉に魔法を放った。
「――!」
魔弾、火炎弾、雷撃、魔矢――視界いっぱいに魔法が展開される。数なんか到底数えられない。それほどまでの量。こんなの私の障壁じゃ――。
――このままだと壁が貫かれることを本能的に悟り、しかしどうすることも出来ない。だって私はまだ基礎魔法しか。
「――シッ」
ログが声と共に剣を振る。
銀の光が私の周囲を挟むように伸び――その場に残り続ける。その銀光に阻まれ、魔法はぶつかって消えた。
「――なんと、斬撃を空に残すとは凄まじき絶技よ!」
ドルクの声。顔を向けると二人はまた武器を交えている。
いくつもの銀と緑が弾け、ドルクが後ろに吹き飛ばされる。
「――グゥ……しかしまだまだ終わりませぬぞ!」
「……ちっ」
ログの舌打ちの音。空に向かって剣を振り、空を光が染め上げる。
――ガラス音が響いた。一瞬の光が消えた後、空には三つの紅い花が咲いている。
少しすると銀の壁は消え、魔導士部隊の魔法がまた飛んでくる。しかしまた銀の壁が遮る。遠くからは剣と盾のぶつかる音が聞こえる――。
「――ぬぅん!」
「……」
ドルクの盾が地面にめり込む。地響きがあった。
地面を走るように緑が私に向かってくる。波のように広がるそれをログは銀に輝く足で踏み抜いて止めた。
空に花が咲く。花から紅い欠片が降ってきて、それを耐えるために障壁に魔力を込める。矢のような速度で飛んでくる欠片から避けようと、必死に体を縮めた。
――障壁に当たって、弾けた。小さな爆発が上がり、火花が散った。
「……はあ、はあ」
……分かっている。ログがしている戦いからすると、こんなの全然大したことじゃないと。それでも、私に向かってきている。冷や汗を手の甲で拭い、必死に魔力を切らさないよう耐える。
「――お嬢!」
「だ、大丈夫!」
剣と盾の打ち合いはますます勢いを強めている。銀の斬撃の先にある木が斬れ、盾を振り下ろした先の地面が割れる。
――というか、ログもドルクもこんなに強かったの!?
かつて館の庭で催された練習試合とは桁が違う。あの時はまだ目で追える動きをしていたのに。
動きが速すぎて何人かに分裂しているように見える。
一秒毎に十は武器の弾ける音が聞こえる気がした。
そしてその間も私の前には銀の壁があり、魔術師の打った魔法が当たり続けている。ログは変わらず私を守ってくれている。
「――」
ログが空に向かって剣を振る。空に五つの爆発が生まれた。
地面を欠片が雨のように打つ。
「――ほほほ、どうですかな? 魔砲と魔法の檻。これこそが討竜のための編成。人の身で竜を殺すための陣です」
「……それはまたご大層なものを」
遠くからログとドルクの声が聞こえてくる。
「安堵しておりますよ。これでなければあっという間に終わっていた。やれやれ、わざわざ五門も魔砲を持ってきたかいがありましたなあ」
「……はっ。ほざけジジイ、今まで砲弾は八カ所から飛んできているぞ」
「……おや、そうでしたかな? いやはや、年を取ると物覚えが悪くなって困りますなあ」
「クソジジイが!」
強く銀光が弾け二人の間に距離が開く。
ログがドルクに向かって銀を飛ばし、ドルクはそれを盾で受けながら手を上げた。
「――ではバレてしまいましたので」
「……ちっ」
ログの剣が一際強く輝く、空を銀色が奔り――。
――空に十を超える数の爆発が生まれた。
「……ほほほ、凄まじい闘気ですな、この老いぼれなど本来なら数合で斬り殺されていたでしょう」
打ち合いながら、ドルクは語る。
広場には金属が弾ける音が響いている。
「しかし、お嬢様を守るために傍を離れられず、自分一人なら避ければいい魔砲や魔法を撃ち落とすために儂ごときを追い込めずにいる――
――やれやれ、人を守ると言うのは、真に難しいものですなあ」
……それは。
「――それでも、あなたは守る道を選ぶのですかな?」
「ああ、当然だ」
ログの声。肯定する言葉。
「そもそも――俺は今嬉しいんだよ」
「……なんと?」
「俺が必死に鍛えてきた力で、守るべき人を守れるのが嬉しい――知っているか? 一番惨めなのは、大切な人が危ない時に何も出来ないことだ」
……それは、もしかして。
「……ほう」
「もう一度言うぞ。どけよ老兵。守るということに道理は関係なく、良い悪いに意味はない。楽かどうかなぞ語る価値もない」
――ログの剣が強く、強く輝き始める。
銀色が世界を塗りつぶしていく。
「守りたいから、生きていて欲しいから俺は戦うんだよ」
「……なるほど」
ログの力強い声と――穏やかな声。
一瞬誰が出したものか分からなくなりそうな――。
「では、その力を見せてもらいましょう」
緑色の光が生まれる。
銀色より弱く、でも確かにそこにあった。
ログの剣が空を斬る。遥か遠い場所に銀色の傷跡が刻まれ――その場所で紅い花が咲いた。しかもその斬撃は残り続け――また新たな花が咲く。
「――な」
「ようやく、魔砲の場所を把握できた。それなら後は射線上に斬撃を置くだけだ」
続いて私の傍に二本の斬撃。さっきまでの壁より色が濃くて……消えない。時間が経っても残り続けている
「終わりだ」
「ぬぅ!」
銀と緑が弾ける。一合ごとに緑は削れ、銀が領域を広げていく。
そして、わずかな間に幾重もの音が鳴り響き――。
――バキンという音を立てて、緑が割れた。
「お、おぉぉおおお!」
「――」
ドルクの声が響き――。
――ログの剣がドルクの体を切り裂いた。
◆
あれだけ鳴り響いていた音が止んだ。
静かすぎて逆に耳鳴りがしそうな中、ずっと同じ体勢で丸まっていた体を伸ばし、立ち上がった。
「お嬢、怪我はないか」
「……ログ……うん、大丈夫」
少しふらついたところをログが支えてくれる。
その手にありがたく縋りながら、改めて周囲を見た。
見ると広場は凄惨な状況になっていた。
木は倒れ、噴水は崩れている。地面は割れて平らな地面なんてどこにもない。
……それなのに、周囲の家だけは傷がついていないのを不思議に思いつつ――。
――そんな広場の一角にドルクを見つけた。
崩れ落ち、折れた木の中に埋もれるようにして倒れている。
「……ログ」
「殺してはいない。聞きたいことがあったからな」
聞きたいこと……何だろうと考えながら、ログについてドルクへ向かって歩く。
そして、すぐそこまで来たところで――。
「――ぬ、おぉぉおおおおおお!」
いきなり目をカッと見開き、叫び声を上げた。
そして体を起こし――あれ、体の表面を黒い何かが――。
「――お嬢、あれを」
「……え……なっ!!!」
ドルクの体をバチバチと黒い稲妻のようなものが這っている。そして、それはどうやら胸の中心辺りから伸びているように見えて――。
「――あれ」
それは見覚えのある形をしていた。
見たのはつい最近、ほんの数日前のことだ。
まるで、蛇が二匹絡み合うかのようなそれは――。
「――奴隷紋」
ログの胸にあるものと同じ形をしていた。




