魔法使い
「頼む、なんとか付いて来てもらえねぇか? この通りだ。もう予定が一週間近く遅れてて余裕がねぇんだ! 一日銀貨三枚……いや、四枚出す。兄さんのも含めて一日銀貨五枚だ。食事は用意するし、嬢ちゃんにはクッション付きの荷台を用意する。雑用も一切しなくていい。ただ毎日解毒魔法を使ってくれるだけでいいんだ!」
目の前でスキンヘッドの男が頭を下げている。さっきいきなり立ちふさがったスキンヘッドの男だ。強面の顔を悲痛に歪めてこちらを拝み倒していた。
「……言い辛いが、俺たちは先を急ぐ旅だ。申し訳ないが諦めてくれ」
「そんな……待ってくれ、頼む!」
いきなり声をかけてくるから何かと思ったら、穏便な勧誘でした。ちょっと前世を思い出してドキドキしたけど、現実はこんな感じだ。隅の方に連れていかれて、いきなり「嬢ちゃん、解毒魔法は使えるかい?」と聞かれて頷いたらこんな感じになった。
聞くところによると、彼は今回初めてこの街に木材を買いに来た商店の人間で、大規模な商隊を組んでやってきたはいいが、この辺りの水か食べた物が悪くて隊員の半分が倒れてしまったらしい。それで仕方なくしばらくの間この街に滞在したが、それでも症状は良くならず、時間だけが過ぎてしまったのだとか。
で、どうしようもなくなって解毒魔法を使える魔法使いを探しに来たらしい。まあ、解毒魔法をかけたら病気の症状ってある程度治まるからね。継続的に使わないとすぐ再発するけど。原理はよくわからない。だって私医者じゃないし。
「わかった、二人で銀貨七枚出す! 旅は二十日の予定だ。全部で銀貨百四十枚、金貨で十四枚だ! な? 結構な額だろ? 頼む!」
「すまない。金額の問題じゃないんだ」
「そ、そんな……頼む! 考え直してくれ! 解毒ポーションは数を集められなかったんだ! このままじゃ納期に間に合わ――う、うおぉぉぉおおお、ちくしょうめぇええぇえ!!!!」
突然スキンヘッドさんが叫び出し、ギルドの一角へと走り込む。
……あれ、多分トイレかな。あの人もお腹壊してたのか……。
「……行こうか、お嬢」
「……う、うん」
ちょっと可哀想な気もするけど……でも仕方ない。追われている身で同行しても逆に迷惑をかけるだけだろう。
……元々納期に追われていた人間として、彼の焦りと苦悩はよく分かるけど。追手がいなかったら付き合ってあげても良かったんだけどなぁ……。
そんなことを考えながらログの後ろについて階段を上がる。そしてちょうど上がったところにある一室の扉を開けた。見ると、横に資料室と書かれている。
「まあ、仕方ない。お嬢も気にしない方がいいぞ」
「うん……」
「一応、条件的には破格だったんだけどな」
「……そうなの?」
まあ確かに、金額的には良かった気がする。一日銀貨七枚だっけ?
あまり金銭感覚がない自覚はあるけど……昨日泊まった宿屋が食事つきの二人部屋で銀貨一枚も行かなかったから……うん、結構すごい額かも。
「まあ、あの条件だと他に受けたい人間はいくらでもいるだろう。むしろわざわざお嬢に声をかけたのが不思議なくらいだ」
基本、金があるならベテランに声をかけるからな、とログは言う。それはそうだ。魔法使いを雇おうと思っても、普通なら私みたいな小娘に声はかけないだろう。
……あ、でもそれなら――。
「――もしかして、詐欺とか?」
「……可能性は、あるな。あんまり悲痛だったから疑ってなかったが。……これは気をつけた方がいいかもしれん」
もしかしたら本当に外見通りの人だったのかも。それなら断って正解だった。付いていったらどうなっていたことやら。
「……よく考えてみればおかしいことだらけだ。解毒魔法の使い手を見つけたかったら、普通ギルドには来ないだろう。最初に治癒院に行くはずだ。そこなら確実にいるからな」
「……え? 治癒院?」
いや、それは……。
「治癒院は騎士団付きだから、ああいう依頼はダメじゃない?」
治癒院は騎士団傘下の組織だ。治癒魔法や解毒魔法使いが集まっている組織。日本で言うところの病院みたいな感じだろうか。
私も領都にいた頃は視察の一環で見学に行ったことがある。各町に配属されて金で民間人の治癒や解毒を請け負ってはいる所だ。
……だから、そんな組織というのもあって、騎士団の中で最も民に近い部署だと聞いているけれど……でも旅に付き合ってくれとかは難しいような。だって街ごとに配属されてる立場だし。軍属だ。
「いや、それは公営の治癒院だろう? これだけ大きな町だったら必ず民間が運営している治癒院があるはずだ」
――――え?
いやそれはおかしい。
だって、治癒院は――。
――と、ログに反論しようとした、その時。
「ねえねえ、あなたもしかして魔法使いですか!?」
横から元気のいい声が飛んできた。
驚いて横を見ると、さっき下で見たウサギ獣人の娘がこちらを見ている。……なんだか妙に目が輝いているような。
「どこから来たんですか!? 人間ですよね!? まだ小っちゃいのに凄いっ! 何の魔法が使えるんですかっ!?」
「……え、いや、その」
突然凄まじい勢いで飛んでくる声に、思わず気圧される。
ぴょんぴょんと跳ぶように近づいて来て、その飛び出たうさ耳が私の顔に突き立ちそうになったところで、ログが彼女の耳を手の平で止めた。
「おやおや、これは失礼を! ごめんなさいね、私の耳が! でもちょっと興奮しちゃっただけなので許してくださいな!」
「……………………う、うん」
「ありがとうございます! お嬢さん! あ、申し遅れました! 私はロップ! ミミルナ村の、ロップです!」
へ、へえ……そうなんだ。
……何だろうこの勢い……今まで見たことが無い人種だ。……いや、種族の話じゃなくて。
「で、それはそれとして……お嬢さん、魔法使いですよね!?」
「………………う、うん」
「そうですか! やっぱりですね! すごいっ! 実は私、魔法使いになりたいんですっ!」
言葉と共に、また顔に耳が飛んでくる。それを同じようにログが止めた。
……なんかすごい子だな、この娘。魔法使いより営業の方が向いてる気がするけど。
「ねえねえ、お嬢さん! 魔法を見せてはもらえませんかっ!? 私、とっても魔法が好きなんです!」
「……え」
「ね? ね? お願いしますっ!」
「……………………ま、まあいいけど」
勢いに押されて頷く。まあ、一度使って見せるくらいならいいだろう。
なんとなく隣を見ると……ログは難しい顔をして考え込むように顎に手を当てていた。そのことを少し不思議に思う。
「ありがとうございます! ありがとうございます! 私はすっごく嬉しいですっ!!」
「ああ、うん……でも何を使おうか。希望はある?」
「なんと、希望まで聞いてもらえるんですかっ!? これはびっくりお嬢さん、とっても優しい人ですねっ! ではでは、出来れば障壁をお願いしますっ!」
障壁……まあいいか。
魔力を練り上げ、手の平の上に障壁を展開する。これまでは部屋に沿うように使っていたけれど、本来はもっと自由なものだ。すぐに立方体の障壁が出来上がる。
「これが障壁魔法ですか! すごいっ! 初めて見ましたっ! 透明なんですねっ!」
「うん……まあ、色を付けることも出来るけど」
障壁は自由度の高い魔法だ。形も自由自在だし、色だって付けられる。これまでは監視対策だったのでしなかったけど、実は音を透過させることも出来たりするし。あまり弄ると強度が落ちるのが欠点か。
「……待ってくれ、それはどういうことだ?」
「……ログ?」
「なんですかお兄さん、よく見たらとってもイケメンですねっ! でもでも私はもうちょっと渋いほうが好みかもっ!」
それは聞いてない。
「障壁を見るのが初めてって、どういうことだ? 基礎魔法だし、ギルドにいれば見ることくらいあるだろう」
「……? ありませんよ? 治癒魔法なら治癒院で見ますけど」
「そんなはずは……そもそも、魔法使いだと興奮してるみたいだが、このギルドにだって、魔法使いはいるだろうに」
「……??? ……何の話をしてるんですか? そんな訳……あっ! もしかしてそういうことですかっ!」
困った顔をしていた彼女が笑い、うさ耳を振り回しながら何度か頷く。
「もしかしてお兄さんとお嬢さん、この国には来たばっかりですかっ!? だから知らないんですね納得ですっ!」
「……どういうことだ」
「だってこの国は……他の国と違って、魔法使いはほとんどお上に仕えているんですっ!
――なので、騎士団と関係ない魔法使いなんて、ほとんどいませんっ! 騎士団の制服を着てない魔法使いは、私はお嬢さんで三人目ですっ!」




