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TS令嬢が幸せになるために旅に出る話  作者: テステロン
第一部 二章 街で
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箱入り娘とギルド

 ああ、良かったと息を吐く。

 父が助けてくれたことが嬉しくて、危機が遠のいたことに安堵して。


「――」


 ――顔を上げてログを見る。

 その表情は優しくて、いつもの少し荒んだ目つきもなくなっていた。


「……ログ、本当に良かった」

「……ああ、そうだな」


 笑い合う。久しぶりに心から笑えた気がした。いつぶりだろうと考えて、思い出せないことに少し驚く。

 ……それ位に良いニュースは久しぶりだった。悲しいニュースと、辛い現実しかなかったから。


 ……本当に、良かった。

 目尻に浮いた涙を指で拭う。


「………………………………しかし、喜んでるとこで言い辛いんだが」


 ――と、ログが気まずそうに口を開く。

 少し目を逸らしながら、頭の後ろを搔いていた。


 その様子にログが考えていることをなんとなく察する。

 言いたくないんだけど、でも私のことを思って言葉にしようとしてくれていることは理解できた。


「……うん、分かってる。危険は減ったけど――まだ終わってない」

「……ああ、そうだ」


 手配はされなかった。追っ手も減ったかもしれない。でも、だからと言って私が安全になったわけじゃない。


 ――残念だけど、父の言葉は優しくても完璧じゃない。それは私も理解している。もしそこまでの力を持つのなら、家があそこまで荒れることはなかっただろう。

 

 ……二年前の竜討伐。あれさえなければ。そう思うことしかできない。


「……それに、また水を差す形になるが……違和感がある。それが何なのかは分からないが。……すまん、多分俺が何かを見落としているんだろうと思う」

「なにかを……?」

「……お嬢は何か気になることはないか?」


 ……言われて考える。

 私が気になること、違和感を感じることを。何かおかしいと思わなかったか?


「……」


 ……しかし、すぐに答えが出る。考えるまでもないことだった。

 そんなものはない。違和感なんて感じない。感じるほど普通を知らない。


 ――だって、私はつい一昨日まで箱入り娘のお嬢様だったんだから。


「……」


 思い出す。私が屋敷にいた頃どんな生活をしていたか。


 街をまともに歩いたこともなければ、一人で買い物をしたこともない。移動は大体馬車で、会話をするのは父か従者、後は教師くらい。それ以外の者と話すことなんてほとんどない。そんな人生。


 ……でも、それが貴族のお嬢様だ。箱に入れられた世間知らず。私が特別なんじゃない。みんなそうだ。少なくとも女兄弟はみな似たような感じだった。せいぜい外出先に劇場や仕立屋が追加される程度。


 だから、そうだ。

 なにかに違和感を感じるかと言われれば、それは全てということになる。

 

 なにせこの街も、道も、ギルドも、保存食を売っていた店も、冒険者たちも、その全てがこれまでの人生になかった事なんだから。お嬢様(わたし)にとって、全ては馬車の窓枠越しにあった。


「……ごめんなさい、私にはわからないよ」


 だから、ログにそう返すことしかできない。

 違和感は感じない。何もわからないし、知らない。そんなことは教わったことが無い。私が受けてきた教育は貴族としてのものだ。


 貴族子女としての理想は知っている。貴族として為すべきことは知っている。刺繍やダンス、お嬢様が学ぶべきことも学んできた。

 

 ……でも、今。貴族じゃなくなった私は、これまで学んできたことが役に立たない場所にいる私は……もしかしたら、なんにも知らない幼い子供みたいなものなのかもしれない。そう思う。だって私は外のことをなんにも知らないんだから。


「……」


 ……きっと、この二日私が曲がりなりにも生活できたのは、前世の記憶のおかげだ。大人としての記憶を使ってなんとか取り繕っているだけ。それでも首を傾げることは多かった。

 

 もし私が普通のお嬢様だったら、お風呂なしでどうやって体を綺麗にするの? とか言っていたかもしれない。濡れた布で拭くなんて思わない。そんなこと教わらないからだ。それは風邪を引いたときにメイドがしてくれること……とか思ってるかも。


「……そうか、わかった。変なことを聞いて悪かった。気にしないでくれ」

「……うん」

「じゃあ、とりあえず予定通り資料を見に行こう。この辺りの地理は確認しておかないとな」


 ログの言葉に頷く。

 色々思うところはあるけれど、でも今はやるべきことがあった。



 ◆

 


 そして掲示板の前から離れるべく、二人して振り返る。

 目に入ってきたのは、冒険者ギルドの喧騒だった。大勢の人が中を歩き、話し、肩を組んでいる光景。そんな初めて見る様子に、ログの後ろを歩きながら、なんとなく目を向けた。


「――」


 すぐそこを獣人の男が剣を背負って歩き、若い人間の女が弓の弦を弾いている。隅の方ではオーガらしき筋肉隆々の男が巨大な棍棒を肩にかけ、その足元でガラの悪そうな女が金の数を数えていた。


 飲食店のようなスペースでは岩の塊のような男とオークの男が手を組んで顔を真っ赤にしている。腕相撲でもしているのだろうか。その周りには囃し立てるホビットの男とウサギ獣人の女がいて、それぞれを応援しているように見えた。


 受付では半ギレの受付嬢と小さくなった槍持ちのリザードマンが向き合っている。依頼をサボったことを責められているようだ。乾燥地帯の仕事なんてできないと泣き言を漏らす強そうなリザードマンに、じゃあ何で受けたんだよと細身の受付嬢が怒鳴っていた。

 

 種族も性別もバラバラで、しかし室内に籠る熱気は同じような、そんなよくわからない気分。それはまるで、日本にいた頃に読んだ物語の冒険者ギルドの様子そのままで――


 ――少し、気が紛れる。感傷的な気分が薄れた。

 ……そして実感する。さっき思い出したことも含めて、ここはもう箱の外なのだと。


「……ギルドってこんな感じなんだ」

「お嬢は初めてか? まあ、ギルドはどこもこんな感じだな。俺の国でもそうだった」


 感慨深そうな声でログが言う。

 他の国でもそうなんだと、少し意外に思った。


 ……ギルドは国ごとに独立してるから、国を跨いだ繋がりは無いはずなんだけど。


 ログの話を聞いてなんとなく思い出す。私が習ったギルドについて。

 為政者の立場から見たギルドとは?


 ――冒険者ギルドとは、土地や身分に縛られず生きる自由人――冒険者を管理するために、国、引いては領主が運営している職業斡旋所だ。

 

 その起源は数百年前、戦の後に土地から追い出された若者や、土地を継げない次男坊三男坊が食い詰めて盗賊に身をやつすのをどうにか止められないかと、遠くの国の貴族が考えたことらしい。

 日雇いの仕事や簡単な魔物討伐など、誰でも出来そうな仕事を与えて、最低限の生活くらいはさせてやろうと考えたのが始まりなのだとか。

 

 で、最初は少しくらい効果があればいいな……とそんな気持ちで始めた事業が、なんか上手いこと行ってしまったらしい。なんか。教科書にもなんかって書かれてた。

 

 それで結果として、その領地は犯罪が減り、細かい手伝いが増えて生産性も向上、税収もうなぎのぼりでウハウハになったと。しかも雰囲気が良くなって盗賊も消え、隣の領地に増えたというのだから驚きだ。


 そしてそれを聞いた隣の領地も同じことを始めて――さらにその隣も――と、その流れが今日まで続いているらしい。まあ、当時と違って今は冒険者の仕事も単なる手伝いじゃなくなってはいるけれど。


「――」


 ――しかし、改めて見ても、本当に昔夢見た光景がそっくりそのまま出て来たような感じだ。思い出す。冒険小説の挿絵、旅の始まりを思わせるワクワク感。登録時のチートバレ、なんか難癖付けてくる男。ヒロインとの出会い――そんな物語のワンシーンを。


 ――まあ、ここは現実なのでそんなことは流石に起きないだろうけど。

 

 そう思いながらログの後ろに立った。正直そんなことを考えてる場合じゃない気もするけれど、でも先のこととか不安なことばかり考えていたら、正直辛い。なので少しくらい現実逃避させてほしい。


「お嬢、資料は二階だそうだ」

「……う、うん」


 ……そして、私がそんなことをしているうちに、ログは受付嬢から資料が置かれている場所を聞き出していた。

 それを少し申し訳なく思いながら頷き、階段へと足を向ける。


 ――と。

 

 突然目の前に一人の男が立ち塞がった。

 見ると、スキンヘッドの悪人面の男だ。筋肉が盛り上がった体つきをしていて、腰には大きな曲刀を差している。


「おう、そこのお二人さん、ちっと面貸してくれねえか?」


 ――これは?

 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] テンプレか?
[一言] ハハハ、噂をすれば影、ですぜお嬢。
[一言] スキンヘッドの悪人面キャラはイイヒトだってばっちゃが言ってた
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