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TS令嬢が幸せになるために旅に出る話  作者: テステロン
第一部 一章 旅立ち
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決意した日

よろしくお願いします


 私が奴隷を買おうと思い立ったのは、この世界に転生してしばらく経った頃。

 十一歳の誕生日の日だった。


 理由は、私が生まれた貴族家の当主である父が数か月前に倒れたから。


「……どうしてこんなに継承争いってえげつないんだろう」


 そう、思わず呟く。

 このところ父が倒れてから過激化している継承権争いは、今となっては恐ろしいことになっていた。


 人を人と思わない、血を血で洗うような争い。

 人を蹴落とし、奪い、殺すのが当然の日常。

 

 毒が当たり前のように食卓へ上がり、解毒魔法を使って食事をするのが当然になっている。しかも解毒魔法を貫通するような恐ろしい毒もあるようで、ついさっきは兄の一人が血を吐いて倒れた。

 聞いたところによると命に別状はないけれど、しばらくベッドから出られなくなるらしい。


「……あれ」


 間違いなく兄か姉の誰かが盛ったんだろうなあ……。

 そうは思うものの口には出さない。どこで誰が聞いているかもわからないし、もし聞かれたら次にあの毒を飲むことになるのは私かも知れないからだ。


「……はあ」


 怖いなぁ……。

 そう思って、溜息をつく。

 

 正直兄や姉のしていることは理解できない。したくない。

 そもそもの話、貴族の家に生まれているのだから、当主になんてならなくても生活には全く困らないのに。

 そうしなければ飢え死にするわけでもないし、路頭に迷う訳でもない。望めば適当な村の代官くらいならなれるだろうし、魔法を使えるのだから騎士団に入れば最初から士官待遇を受けられるだろう。


 しかし、それなのに彼らは争う。

 権力なんかのために兄弟で骨肉の争いを繰り広げ、隙をついて毒を飲ませ合う。


 私も最初は驚いていたけど、最近は毒で苦しむ人を見ても驚けなくなってしまった。

 ああ、またか……と思うようになってしまった自分が悲しい。

 

 なんだか汚れてしまった気もする。この体はまだ十一歳なのにね?


「……はあ」


 権力欲は、元日本人だった私には遠いものだ。

 三十代で出世争いから離脱していた私だからこそ、そう思うのかもしれないけれど。


「……」


 ……しかし、そろそろ逃げないと殺されそうだ。

 父の容態も悪くなっていると聞くし、もし亡くなれば争いがさらに酷くなってもおかしくない。そうなれば後ろ盾の弱い私は……。


「……うん」


 なので、そういうわけで国外に逃げることにした。

 そしてそのために奴隷を買おうと思い立ったのである。



 ◆



 日本にいた頃の私は、三十代半ばの男だった。普通のサラリーマンをしていて、妻も子もいない一人者。両親だけが家族の寂しい人間だった。

 

 そして今の私はと言うと、十一歳を迎えたばかりの少女。そこそこ大きな貴族家の末席に生まれて、母はすでに他界し、父も大変なことになっている。

 

 ……うん、そうだ。こうして並べると再認識するけど、私は転生の前後で性別も身分も全てがまるっきり変わってしまっている。

 

 なぜそうなったのかは分からない。そもそも転生した理由もわからないし、何故この家に生まれたのかもわからない。運が悪かったのかもしれないし、それとも神様がそう決めたのかもしれない。


 ……ただ、現実としてわかっているのは、今の私は少女としてこの貴族家に生まれているということだけだ。

 元の世界の記憶はよく分からないうちに途切れて、気が付いたらこの世界に生まれ変わっていた。魔法が存在し、街の外を魔物が闊歩するファンタジーな世界に。

 

 この世界は夢なのかもしれないと思ったこともあるけれど、もう十年も覚めてないのだからきっと現実なのだろう。今となってはそう受け入れた。



 ◆



 本当はもっと時間が欲しかったのにな。そう思いながら廊下を歩く。

 性別の変化は大きくて、最近は女性として成長する体に違和感も感じている。


 だからこそ、ゆっくりと自分に向き合っていきたかったのに。


「……はあ」


 ……まあ、仕方ないか。どうにもならないことを言っても仕方ない。

 そう思い、大きな扉の前に立つ。目的地のそこは、今世の父の寝室だった。


「……お父様、少しお時間よろしいでしょうか。私です。リーヤです」

「……………………入れ」


 ノックして声をかけると、少し時間をおいてしわがれた声が帰ってくる。

 その声に父の容態を察して悲しくなりつつ、表面上は笑顔を浮かべて部屋に入った。


「失礼します」


 扉を開けて中に入ると、父がベッドの上で上体を起こし、その脇の執事が背中を支えていた。

 父にはもう自分で体を起こす力もないのかもしれない。


「……して、何用だ」


 ゆっくりとした口調で父が言う。前置きは要らないからさっさと要件を話せという意味。きっと辛いのだろう。私としても父の部屋に長居しているところを兄弟に見られたくないので言葉に甘えることにする。


「お父様、私は冒険者になろうと思っております」

「……そうか」


 なぜ、とは聞かれない。きっと父もわかっている。

 この家が今どういう状況になっているのか。背を支える執事は父の腹心だ。嘘偽りのない情報を伝えているはずだった。


「……あいわかった。そのようにすると良い」

「ありがとうございます、お父様」


 父が執事に目を向ける。すると彼は一つ頷き、父の背中に大きなクッションを当てる。 そして傍の引き出しを開け、中から袋を取り出した。


「……餞別だ。持って行け」

「……ありがとうございます」


 受け取ると確かな重みとジャラリという音。きっと中はお金だろう。

 家から出る娘に最後の手助けをしようとしてくれている。


「……騎士団から誰か連れていくか?」

「いいえ、奴隷を買おうかと。……そちらの方が冒険者らしいでしょう?」

「……そうか。そうだな。それがよかろう」


 茶目っ気を込めてそう言うも、父は悲しそうな顔をして首を振った。

 もちろん冒険者っぽいというのは嘘だ。私としても騎士を連れていけるのなら、そちらの方がいい。……でも現状だと、どの騎士にどの兄弟の息がかかっているか分からない。


 ……最悪、街を出た途端に殺される可能性もあった。


「……最後に、顔を見せてはくれぬか」

「……はい、お父様」


 ベッドに寄り、膝をつく。

 父の顔が近くにあった。皴が深く刻まれた、これまでの苦労を(しの)ばせる顔。私は兄弟の中でも年がいってから生まれた子で、父からは大層可愛がられてきた自覚がある。


 ……中身がこんなので申し訳ないけれど。

 結局私は前世のことを言えなかった。


「……」


 ポン、と頭に父の手が乗った。

 大きく、暖かい手の平。……目の奥が、少し熱くなった。


「お父様、三年前を覚えておられますか」

「……三年前?」


 ……だから、だろうか。目が熱くなったから、つい口が動いた。


「お父様とお母様と私の三人で浜辺を歩いたときのこと」

「……ああ、もちろんだ」


 まだ母も父も元気だったころ。

 他の家族から離れて私たち三人だけで過ごした時間があった。


「……私は、きっとあの時間を終生忘れません」

「……そうか」


 ただ、それだけの話。

 本当のことを言えない不義理な私を大切にしてくれた父に、それだけは伝えたかった。


「……強く生きよ。愛しい我が娘」

「……はい」

  

 手が頭から離れる。

 私も立ち上がり、扉へと歩いた。


 扉を開け、最後に一度振り返る。

 父は力尽きるようにベッドに横たわっていた。


 目尻を拭い、扉から出る。

 ……あの人は、確かに私の今世の父だったのだ。



 ◆



 その日の内に、私が家を出るという情報は一族中に広まった。

 引き留めるものはいない。私の仲のいい家族なんて両親位だ。異世界の知識を持つ私は最後まで兄弟になじめなかった。


 私が所詮今は亡き第四夫人の一人娘だということもあったのだろう。

 大して価値のない立ち位置だ。有力な兄弟もいないし、継承権だってあってないようなもの。


 一応顔はそこそこ見れると思うけれど、まだ幼いので政略結婚にも使えないし、顔が可愛い兄弟なんて他に何人もいる。


 なので、私を馬鹿にはしても惜しむものなど一人もおらず――。

 ――そうして、私は継承権争いから一抜けしたのであった。




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