旅路1 女三の宮
女三の宮の牛車には幼馴染の友人である犬君が同乗していた。
犬君は日ノ本の陰陽師を束ねる安倍安麿の娘であり、兄で嫡男の清明は真澄大僧正と同じ牛車に乗っていた。
身分の低い更衣の娘である三の宮は宮中でも軽んじられていた。
父親と一緒に宮中に来てはそんな三の宮の所に遊びに来る犬君は女三の宮にとってかけがえの無い友人だった。
犬君にとってもお高くとまっている他の内親王より飾らない女三の宮が好きだった。
父親の安麿は他の有力内親王と幼馴染にさせたかったようだが、わずか6歳の五の宮でさえ高慢知己でいけ好かない。
女三の宮とお人形遊びしたり、物語を貸し借りしたり、何やかやと夢物語を語り合うのが楽しかった。
この旅は清明のお供と言う形で犬君が半分強引に実現させた。
犬君は生き神の一連の儀式が終われば兄の清明と共に都に戻る。
都から下総国は遠い気軽に遊びに来られる距離ではない。女三の宮は犬君と多分もう二度と会えなくなるだろう。
本来、女三の宮はいづれどこかの公達に降嫁するか出家し尼になるかの二択だった。
降嫁するにも内親王である三の宮のお相手はそれなりの家門でなければならなかった。
さりとて後ろ盾もなく身分の低い女三の宮が欲しい有力貴族もあんまりなかった。
だから、年頃になれば母親と共に出家し尼になるものだと思っていた。
それなのに、ある宮中での宴会が終わった後に平家の若様から文が届いた。
恋文ではあるが要約すると「俺が貰ってやるから有り難く思え」という臣下のくせに内親王に送るには上から目線の文だった。
今をときめく平家一門とはいえ文の主は三男。ある程度は好きに相手を選べるのであろう。女三の宮にとっても申し分ない相手。
しかし、犬君に言わせれば
「傲慢で横暴きわまる平家のスネかじりのボンボンあんなの平家の家名がなければ何にも出来ない下の下よ」
と手厳しい。
平家にあらずんば人にあらずとまでいう平家一門の驕りは極まっている。
そんな一門に嫁いでも苦労するだろう。
やっぱり、出家して尼になったほうがよさそうである。父親である鳥羽帝に頼めば山寺の一つもくれるだろう。
叔母である招福門院のいるような立派なお寺でなくていい。院の称号もいらない。
小さな山寺でひっそり慎ましやかに暮らせたら。
時々、犬君が遊びに来てくれたらこれ以上の暮らしはないだろう、平家の若様にそっけない返事をかきながらそんなことを思っていた。
数カ月前に先の生き神が急死してから女三の宮の未来は一変した。
宮中では次の生き神として盛大に送り出された。滅多に会えない鳥羽帝でさえ見送りに来てさながらめでたい花嫁行幸のようである。
ただ一人母親である桐壺更衣だけが泣いていた。