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おすそわけ。

作者: 春川

シャワシャワと鳴くセミを背に家の玄関に向かっている、夏休み真っ只中の今日は8月8日。

普段なら、宿題なんて放り投げてクーラーの効いた部屋で友達とゲームでもするか、昼寝をするか、という実に有意義な時間を過ごしているが今日はそういうわけにもいかなかった。

“校内一斉清掃”という名の登校日は、否応なしに訪れて私の自由を奪った。そもそも普段はクソ真面目に制服を着て、授業を受けているのだから、夏休みにまで学校のことなんて考えたくはない。友達に会えるのだけは嬉しいけど、それも夏休み明けで良いとさえ思ってしまう。

しかも午前中で全ての日程をこなすために、朝7時から草むしりと校舎の清掃。その後に追加の夏休みの課題を渡して、出来てる課題は提出、と文字にすると簡単に見えるけど実際にはかなり面倒臭い作業尽くめ。


それらを終えて、自転車を漕いで帰ってきた私は今猛烈にクーラーとアイスを所望している。シャワーも浴びてしまおう、汗のかきすぎでワイシャツがベタベタくっつくのがどうも気持ち悪い。

急ぎ足で玄関の引き戸を開けると、木のざるに山盛りのトマトときゅうりがおいてある。ざるには見覚えのある柔らかい字で、『ささき』と書かれている。隣の佐々木家からの野菜のお裾分けで脳内のアイス願望は打ち消され、代わりにきゅうりの丸かじり願望に切り替わった。

ざるごと台所に持って行ってきゅうりを先にいただいてしまおう、とざるをかかえた途端外から人を呼ぶ声がした。


「ごめんください。だれかおる?」

聞き覚えのある声に、少し緊張して応える。

「おるよ。今手に野菜もっとるから勝手に玄関開けて!」

ガラガラと音を立てて玄関を開けた人影は、最後に見た時から幾分か背が伸びて日焼けしていた。


「お、奈緒やん。久しぶりやんか!元気しとったか?」

「荘太こそまたでかくなったなぁ。元気そうでえかったわ。私も元気よ。どしたんいきなり。」


保育園から中学まで、同じクラスで家も隣の佐々木荘太。中学で野球部だった荘太は、高校ではスポーツ推薦という形で家を出て県内でもかなり離れた土地で寮生活を送っている。次会うのは中学の同級と集まるお盆のお祭りの予定だったけど、予定外の再会に心が躍った。


「かあさんが、これ持ってくの忘れてたけん届けて来いって。」


山盛りのナスが入ったビニール袋が手渡そうと差し出される。しかし私の手には大盛りのざる。


「荘太、ちょっと上がって!お茶出すけん、持って上がるの手伝って。」


荘太の了承を待たず、家に入ると暑さで麻痺していた脳がフル回転を始める。部屋の掃除はしてあったはずだ。汗の量はやばいけど、近寄らなければいい。迂闊に家にあげるなんて、脳の活動が停止しているにも程がある。

リビングは幸いクーラーが効いていて、快適な空間が広がっていた。誰かがタイマーをセットしてくれていたらしい。


「ナスはそこの机の上置いとって。そしたら適当に座っといてくれてええから。」

「あいよ。」


ざるを返すように水で洗ってきゅうりもトマトも野菜室に入れた。ナスは、常温でいいかな。

お茶を出すように自分と荘太用にコップを出し、常備された氷と冷蔵庫に入っている麦茶を注ぐと、コップはカランと鳴いて、それと同時に私の胸も跳ねる。

部屋に2人きりという状況に緊張をしてしまうのは私だけ。荘太は、きっと何も思ってないだろう、と荘太の方を見ると真っ直ぐに私を見ていた。


「あ、お、お茶出すわ。」

思わず吃ってしまって、笑いが溢れる。私こんなキャラだっけ。

「サンキュ。」

荘太はこんなに真っ直ぐな目をする人間だっただろうか。少し会わないだけでこんなに人って変わるものなのか。


荘太とは、ゴールデンウィークを最後に会っていなかった。その時は練習試合が、近い球場で行われるからと見に行ったのだ。荘太の進学した高校は県外からわざわざ野球のために進学する人もいるほどの強豪校で、荘太は2年生ながらにベンチ入りしていてよく試合にも出ているようだ。

その試合でも、スタメンとしてグラウンドに立っていた。私の知らないチームメイトの人と仲良くしている姿に荘太が遠くへ行ってしまったような寂しさを感じたのは、誰にも言えていない。そもそも私が荘太のことを好きなことすら誰にも言えていない。長年の幼なじみからの好意なんて、反応に困るだろうし。


「どうぞ。あ、ざる持って帰っとってね。おばちゃんにありがとうって伝えるんも忘れずに!」

「了解。お茶までわりぃな。」


お茶を出して、思考に小休止をかけるために喉を潤した。喉を冷たいものが通っていく感覚で少しは冷静になれたような、そうでもないような。

実際口にする勢いが強すぎて、口の端からツーッと滴が伝った。


「ええよ。私も学校から帰ったばかりで喉かわいとったからついでついで。」

「学校か、やけん制服着とんやな。その制服着とるとこ初めて見たけどかわいいわ。似合っとる。」


冷静になったような気がしただけだった。セミのシャワシャワいう声がやたらハッキリ聞こえて、後は心臓のうるさい音だけ。滴ったお茶を拭うことも忘れていた。


「奈緒の家来たんの野菜もってきたのはついで。ほんまは盆の祭り誘いに来た。行こう2人で。」


そんなの返事は一つ。黙ってうなずくと、荘太は嬉しそうに笑うので私もつられて笑った。夏休みは毎年早く過ぎてしまうけど、今年は殊更に早く終わってしまう予感がした。

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