80話◆魔女はギルド長と会う
サムが帰って数日経ったある日、わが家にまたお客さんがきた。セシルが慌ただしくお茶の準備をしてくれているので、私はその間にギルド長とその部下さんをテーブルに案内した。
「せまい家なの、ごめんなさいね。来てくれてうれしいわ」
「いえ、光栄です」
真っ白なひげをゆらしてギルド長は笑った。齢七十のこの翁はとても精力的に仕事をしているみたいだ。頭が下がる。
「先日、領都へ行ってきましたよ」
「あらまあ」
「領主様と面会して少しお話してきました。勘のいい方ですね、マリアさんと何を企んでいるんだと聞かれました」
運ばれてきたお茶はヴィンセントが持ってきてくれた上等なものだった。そのよい香りにうっとりしながらギルド長の話を聞いていると、どうやらロイも勘付いているようだった。セシルにはあまり聞いて欲しくない話だったので、彼女には町へのおつかいを頼んで席を外してもらう。
「近々、新種のまじないをレシピを持ってくることと、その取り引きについていくらか話しましたな。だいぶ前のめりで聞いていらしたが……随分と興味がおありのようだ」
「ロイってばまじないが好きなのよ。喘ぎ草はどう? 集まってる?」
「はは、それがですな——」
どうも喘ぎ草の声をおもしろがった若い男性陣が、こぞって森の周辺へ出かけて探しているらしい。叫び草も喘ぎ草も、森の中だけではなくその周辺にも生えている。圧倒的に喘ぎ草のほうが少ないけれど、濃霧に足をつっ込まなければマントなしでも採取できるのだ。このシェフィール領で出回っているまじないの材料は全て森の外でも採れるものだった。逆に言えば森に入れないからそれだけしか使えないってことだけど。
「叫び草はあの通り恐ろしい声ですから、みな天然ものの採取もあまり積極的にしなかったんですよ。でも今回は見た目が似てるということもあり、間違って抜いたと良質な叫び草も多くギルドに持ってきてくれます。喘ぎ草は少ないですが、それでも集まってます」
叫び草と似ている上に滅多に見つからない喘ぎ草。なんとも動機が笑えるけど、そうやって採りに行ってくれる人がいてよかった。
「栽培方が叫び草と同じなら、今は種を集めて量産に備えたいです。早くて晩秋でしょうな」
「ロイとの取引はどうするつもり?」
「魅了のまじないのレシピはゆずり、その代わり向こう三年間は喘ぎ草の栽培と販売はカルバートンのみにしてもらうつもりです。レシピはあっても材料がなくてはどうにもなりませんから。その後はまあ追い追い……このまじないが出回り始めたら、うちだけの生産では絶対に追いつけなくなるでしょうからね。稼げる時に稼ぐつもりです」
はは、とギルド長が笑う。なんと頼もしいお人だ。でも早くて秋か。できればもう少し早く出回って欲しいと思うけど、こればかりは植物の成長具合もかかってくるからワガママは言えないわね。数点でもいいからルキースに流せたらな。そう考えこんでいると、ギルド長が声をかけてきた。
「それであなたにお願いあるんです。この『魅了』のまじないの付加価値を上げるために、貴族のご令嬢やご婦人が好みそうな形でまじないが作れませんか? どうにも我々にはそういったセンスがなくて……」
さすがギルド長。私はにっこり笑ってすぐに了承した。
「もちろん協力するわ、任せてちょうだい」
あれこれ話した結果、私が貴族向けのまじないを数点作り、ギルドがそれを買い取る形になった。今からなにを作ろうかとワクワクしてくる。ついでに欲しい道具をいくつか頼み、まじない関係の話はこれで終わりにした。
ちょうどセシルが帰ってきたのでお茶のお代わりと、お茶うけを出してもらう。ギルド長からもらったお土産のお菓子だけどね。
「領都の様子はどうだった?」
「そうですね。秋にある力自慢大会に向けて男性陣はそわそわしていましたね。夏は本番を迎えつつあって、市場は活気がありました。特に事件という事件は聞きませんでしたが、役立つかと思っていくらか読みものを買ってきましたよ」
ギルド長は丁寧に折りたたまれた新聞をふたつ差し出した。
「ありがとう」
「あとこれは買ったわけではないのですが、お知りになりたいだろうと思って持ち帰りました」
手渡されたのは新聞よりも小さな紙面。女性らしい美しい字で書かれたその情報紙のタイトルには『ファンクラブ会員紙』とある。そのすぐ下の見出しに『ヴィンセント様にいったいなにが?』と書かれていて、私は食い入るようにその続きを読んだ。
◇
ファンクラブ会員紙 Vol.134
【ヴィンセント様にいったい何が?】
麗しの騎士、ヴィンセント・グスクーニア様が久々に私たちの前に姿を表してくださった! お倒れになってからというものの、目ぼしい情報もなく、心配で夜も眠れぬご息女もいらっしゃったことだろう。しかし安心してほしい。お城で見かけた者たちがお見舞いの品を渡し、ヴィンセント様は受け取ってくださったそうだ。
しかし情報提供者のM様は久方ぶりにあのご尊顔を拝謁したいうのに、なぜか浮かない顔をしていた。どうしたのかと私は詳しく話を聞いてみることにした。
「ヴィンセント様が変わられた」
絞り出すような第一声がこれだった。病に倒れられたのだからお痩せになったのだろうと言ってもM様は顔を横にふる。
「胸がときめかなかった」
いったいどういうことだろうか。M様はその後しきりに自分が悪い、自分の中の愛が足りなかったのだ、と小さくお嘆きになっていた。その表情には悲壮が漂う。
病の種類には顔やからだに痘痕ができ、人相が変わることがある。M様はヴィンセント様に痘痕があるわけではないが、現象としてはそれに近いかもしれないとおっしゃった。
ヴィンセント様をお慕いするこの会員の皆さま、これをどう思われるだろうか。仮にM様の言われたことが本当であり、神が与えた完全なる美の化身ヴィンセント様の美貌に少々陰りがでたとしよう。
その時あなたは変わらずにヴィンセント様をお慕いできるのか。それともいい機会だと気持ちに終止符を打たれるのか。私はヴィンセント様がどうあられようとずっとお慕いし、応援する所存である。これは神が与えもうた試練なのだろうか。
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今号はいつもより短くなってしまったがご了承頂きたい。
文/ドニア・シェイム
※この会員紙は皆様の温かいご支援により制作されております。多方からのご協力感謝いたします。
◇
これは……。
「新聞を買った時に道端に落ちているのを見つけましてな。辺りに持ち主はいなかったので、持ち帰りました」
「なんだか腹の立つ書き方ね」
まさしく私が知りたかったヴィンセントについての周囲の情報だけど、というかこんなもの出回っているってヴィンセントは知っているのかしら。怖いわよ、こんなの。
この内容を見る限り、私が意図していた方向に動いていそうだ。できれば今後もこの会員紙を手に入れてほしいけど、どうだろう。ヴィンセントにあげた指輪。私は彼のファンをこそぎ落とそうとしている。見た目だけで寄ってくるヴィンセントのファンを少しでも減らせば、彼が生きやすくなるかと思ったから。……効果も言わずに着けさせて、勝手に周りを失望させて。ヴィンセントが知ったら怒るかしら。
「……魅力に上昇をかけ合わせたら『魅了』になりますが、下降と合わせたら何になりましょうね」
ギルド長がおもしろそうに尋ねてきた。まじないには必ず相反する効果が存在する。魅力が半減するなんて普通の人からしたらとんでもない呪いだ。
「そうね、『減魅』でいいんじゃない。だーれもそんなのいらないでしょうけど」
とんでもなく美しい人が平凡を望む。そんな時にしか必要ないでしょうね。





