70話◆魔女は約束を取り付ける
クライブとトーマスと別れて次に向かうのはギルド長と医者の先生のところだ。この二人にもちゃんとお礼を言いたい。先生がいなかったらヴィンセントの容態はもっと悪かっただろうし、ギルド長があの時にいなかったら先生に会えたかどうかも怪しい。さいわい、ギルドと診療所は近くなので用事もいっぺんにすむ。
てくてくと三十分ほどかけて歩く。今は夏まっさかりで、畑の麦もまだ青々としている。その麦の区画に混じって魔草の畑があった。黄色く小さなつぼみをつけているのは叫び草だ。そのほかにも月光草や鬼百合など、まじないの材料になる魔草がたくさん植えてあった。
「そのうちキノコ栽培も始まるのかしらねぇ」
走り茸を追い回す農家さんを想像してなんだかおかしくなった。
町の中心地にある商店街を抜けた先には役所や商会なんかのちょこっとおかたい施設が立ち並ぶ。そのひとつにまじない関係を一括するギルドがあった。もとは別の組織があったのか、建物は歴史を感じさせるほどに古く、しっかりとしている。そのギルドをのぞくと人が多かったので怖じ気づいて顔を引っ込めた。
「ギルド長にアポイントとってるわけじゃないしなぁ」
べつに怖いわけじゃないのよ。ただたくさん人がいるところって苦手なの。それにギルド長ってばきっと忙しい方だから、と自分に言い訳しながら、私は診療所の方へ足を向けた。
先生のいる診療所に往診中の看板は出ていなかった。こんこんとドアをノックして中に入ると、助手の格好をしたふくよかな婦人が私に気付く。
「あらいらっしゃい、どこか具合でも悪い?」
「いえ、先生に差し入れを持ってきたの。いらっしゃる?」
「ハイハイ、こちらへどうぞ」
婦人はそういうと中の部屋に案内した。カーテンで仕切られたそこには、テーブルでお茶を飲む先生と、なぜかギルド長がいた。二人とも私を見て驚いている。そりゃそうよね、いきなり来てごめんなさい。
「センセ、このお嬢さんが遊びにいらしたわよ」
ギルド長いるのにそんな私なんか通してよかったのかしら。そんな私の心配をよそに先生はでれっと目尻をさげて私を迎えた。
「あらーマリアちゃんじゃないの。座って座って。ほらクソジジイ、もうちょっとあっち行かんかい。おいマリアさん、この子にもお茶くれんか」
どうやらあのご人もマリアという名前みたい。まあよくある名前だものね。ギルド長が私のスペースを開けてくれた。せっかくなのでお邪魔させてもらおう。
「ヴィンセントは体調がだいぶ戻ったから家に戻ったのよ。その時にいっぱいお菓子もらったからおすそ分けに来たの。先生もギルド長も、あの時はありがとう。とっても助かったわ」
この二人の分は最初から小分けにしていたのでバスケットから取り出してそれぞれに手渡すとお礼を言われた。
「マリアちゃんはいい子だのー」
「……もったいなくて食べられんな。ずっと飾っておきたい」
「何をわけのわからんことを言っとる」
ギルド長がなぞの感動に浸っているようだけどなんでかしら。もしかして私と同じですごく甘味に目がないとか。それならわかるわ、あなたの気持ち。確かに飾っておきたいほどおいしいものね。
「ねえギルド長。いつかお仕事の話をしに来たいの。時間を作ってくれないかしら」
「……仕事の話、ですか?」
「まじないについてよ。大掛かりになりそうだから最初にギルド長に相談したいんだけど……忙しいかしら」
ギルド長は白いひげをたっぷりと蓄えた翁だ。けれども体つきはまだまだ精悍で、衰えを知らぬその眼光はいまだに鋭い。きっと仕事も精力的にこなしているからギルド長なんていう肩書きを背負っているんだろう。どうしてここにいるのかは謎だけど。もしかして茶のみ友達かしら。こぢんまりした先生は分かりやすいおじいちゃんだけど、もしかしたら年が近いのかもしれない。
「それは構わないですが……それでは明日の午後でどうでしょう。受付に話を通しておくので、そこにひと声かけてくれれば案内させましょう」
「明日ね、わかったわ」
「……迎えをやりましょうか?」
「そんな大そうな事しなくていいわよ」
もっと丁寧に話した方がよかったかしら、なんて思うほどにギルド長は丁寧に接してくれた。なんだか立場が逆な気がするわ。
「なーんでおまえはマリアちゃん相手になるとそんなにしおらしいんじゃ」
「うるさい黙れヤブ医者」
「なんじゃとー。腰痛の薬だしてやらんぞー」
「バ、バカ、それを今言うなっ」
おじいちゃんたちのかわいい言い争いを聞きながら、私はお茶をいただいた。そういえば最近はお客さんにお茶をいれることも多くなったから、思いきって茶器を一式買おうかしら。食器もあんまりないし、領城にあったふかふかのタオルもあったらいいわね。あ、このナッツがおいしい。あとで買って帰ろう。
◇
ギルド長たちと別れたあとは商店街へ向かった。なんせあれだけ出費があったにも関わらず、お金がまだある。それもこれも森のみんなのおかげだ。オブシディアンやアルバート、それからクイーンにお土産を買っていこう。アルバートのあの壊れかけの柵はクライブに頼んで修理してもらおうかしら。あと雨よけや風よけがあったら最高よね。ブラッシング用のブラシを買っておけば、オブシディアンにも使える。エリザベスにも何かしてあげたいけど、ちょっと離れちゃったもんなぁ。そんなことを考えながら、お菓子を入れてきた大きなバスケットにあれやこれや買い込んでいった。もう少し加減して買えばよかったと帰りの道で後悔したのは言うまでもない。ギリギリと食い込むバスケットの持ち手が痛い。
「ヴィンセントー、重いー」
誰にも届かないつぶやきだけど、言葉に出したかった。頭の中では想像のヴィンセントがぷりぷり怒っている。計画的に買わないからだとか、食い意地がはっているからどうだこうだとか小うるさく文句を言うんだけど、最終的には「貸せ」と言って持ってくれる。そんなヴィンセントをおかしく思っていると、想像上の彼がふと真剣な目をした。
『私はそばにいないんだ。しっかりしろ』
深く澄んだ緑色の瞳が心配そうに私を見つめる。やめて、私その目に弱いの。
一ヶ月前の私はまさかこんなことになるなんて想像もしていなかっただろう。クライブ以外の人間に自分から会いに行ったり、来客用に備品をそろえようとしたり、誰かの存在にはげまされたり。そんなのいやだと思ってたけど、全然そんなことなかった。変わっていく自分が誇らしくもあるけど、その分やっぱり怖いとも思う。
「あたしも、みんなと一緒がよかったな」
人ならざる者。これだけは変えようのない事実だ。ヴィンセントには言ってしまったけれど、どこまで本気にしてるのかはわからない。私の正体を知った時の反応が怖くてたまらない。どうか知らないままでいてほしい。知らないままにお別れしたい。そしたらみんな幸せよ。真実を知ることが幸せなことなんかじゃない。知らない方が幸せだってこともいっぱいある。この状況がまさにそうだと思っている。
ヴィンセントと離れたのはお互いを守るためだけど、転機なのかもとは思っている。このタイミングで完全に離れれば、彼は私の正体を知ることはない。私だってヴィンセントとの思い出を胸に抱いて生きていけばいい。だけど——
『お前を一人にするのがいやだ』
昨日の彼の言葉を思い出して胸が詰まった。ヴィンセントは離れた手をまたつかもうとしている。きっとか弱いただの女だと思ってそうしてくれるんだろう。そして私もその手をつかみたいと思っている。
そのあたたかさを知ってしまったから。





