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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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69話◆魔女はお礼参りをする

 第四部 魔女の秘密


 ヴィンセントは領都ルキースへと帰っていった。静まりかえったわが家が寂しくて、私は裏庭に足を向ける。小さな畑と花だんがあって、鬼灯やオレンジの木も植えてある。壊れた柵の中には大ヤギのアルバートがいて、どうやらお昼寝中みたいだ。


「エリザベスも行っちゃったわね」


 となりにいる彼はふるふると鼻を鳴らす。艶やかな黒い毛並みの大きな馬、オブシディアンだ。


「……あなたはエリザベスと一緒に領都に行ってもよかったのよ? ヴィンセントの家ならきっとよくしてもらえるわ。まあオブシディアンくらい立派な馬ならどこへ行っても歓迎されるだろうけれど」


 私とヴィンセントが離れたのはお互いを守るためだ。こうすることでしか彼を守れないのが悔しいけれど仕方がない。彼はそれだけ影響力があるんだもの。貴族で誉ある騎士であり、まじめで未来のある若者。あれで優しいんだからそりゃモテるわよねと思う。あ、見た目がいいっての忘れてたわ。


「一緒に待つ?」


 ふるる、と鼻を鳴らすオブシディアン。イエスってことなのかしら。元気を出せと言わんばかりに鼻先をぐいぐいと押し付けてから彼は森に帰っていった。私は裏庭をあてもなく歩きながらヴィンセントの言ったことを思い出した。


『おまえを守ってくれる人を増やしてくれ』


 離れようとしてもなお私の身を案じてくれている優しい彼。傷つかないように、一人で泣かなくていいように、味方を増やせと言ってくれた。


「そうは言っても、難しいのよ」


 でもうれしかった。そういう言葉をかけてくれたのは彼が初めてだった。だれも彼も私が強いと思って一人舞台に立たせる。だれも助けてくれないから必死でふん張るしかなかった。唯一私を守ろうとしてくれた人。離れてもなお守ろうとしてくれる人。


「ヴィンセントがそう言うなら、ちゃんと聞くしかないじゃない」


 今までみたいに引きこもってばかりじゃダメみたい。まずは出来ることをやってみよう。その結果が思わしくなかったとしても仕方ない。


「じゃあ、みんなにお礼を言いに行きましょうかね」



 ◇



 グスクーニア家の家令さん、……もう面倒だからセブさんでいいわ。その彼が持ってきてくれた大量の焼き菓子をせっせとバスケットに詰めていく。あまい香りに耐えきれずに、貝殻の形をしたマドレーヌにぱくりとかぶりついた。ふわっとした食感にコクのあるバターの風味、そして口の中でとろける甘み。ふわふわ。あまあま。


「あーん、おーいしー」


 いけないいけない、このままじゃ全部食べちゃいそうだわ。自分の取り分は確実に残したまま、私はアルバートにひと声かけてから家を出てきた。おでかけ用のマントを羽織り、バスケットを持ち歩く姿ははまるで童話に出てくる娘さんだ。病気のお婆さんも狼もいないけど、私はテクテクと歩いていく。最近はバタバタしていたから全然目に付かなかったけど、ロイからの指示でこのローゼはみるみると整えられていた。危険な廃屋は少しずつ撤去され、私の家の先には馬用の放牧地の柵が設けられている。厩舎は今まさに作ろうとしているところだろう。この分じゃそう遠くないうちに立派な建物ができそうだ。……残念ながらそこに通う馬はいないけれども。


 家と厩舎の先に、以前ヴィンセントが泊まった空き家がある。距離があるように見えるけど、歩いてみれば二分ほどで着くくらいだ。それすらも通り過ぎて歩き続けると、ローゼから外へつづく道となる橋へ到着した。古びた標識には新しく〈ローゼ〉と記入され、領主直轄地であるため無用な出入りを禁じるとが表記してあった。すごい、いつのまに。


 橋を過ぎて川沿いを歩けばクライブの家がある。近くに行けば畑仕事をしているのを見つけた。


「クライブ! トーマス!」


 声をかけて近寄るとクライブは朗らかな笑顔で迎えてくれる。これぞお父さんって感じがしてほほ笑ましい。


「よおマリア。ヴィンセントさんは元気になったのかい?」

「ええ、立派な馬車でお屋敷に帰っていったわよ。たくさんお土産をもらったから、おすそ分けに来たわ」

「おまえからたっぷり礼はもらったから構わねえのに」

「いいのいいの。とっても美味しかったから二人に食べてほしいの」


 トーマスに言って家の中から容れ物を持ってきてもらうと、その中へ焼き菓子をぽいぽいとそこへ入れた。


「見たことがないのもあるよ」


 トーマスが目を輝かせてお菓子を見つめるのでつい表情がゆるむ。あーん、天使は今日もかわいいわ。たまらず頭をなでなでしていると、トーマスがなにかを決意したように私を見上げた。


「ぼくね、大きくなったらお城ではたらく。そしたらあのお兄ちゃんみたいに、マリアにあまいおかし買ってあげられるもん!」

「なら強くならないとな、トーマス。俺らみたいなもんがお城で働きたいなら道はひとつ。力自慢大会でいい結果をだして、お城の武官にとり立ててもらうのさ」


 がははと笑いながら話すクライブに、トーマスがついて行けずにキョトンとしている。私も初めて聞いたわ。


「力自慢大会って、そんなのあるの?」

「おうよ。シェフィール領全体から腕に覚えのあるやつらが集まるんだ。男のロマンだよなー。世の男子はあの大会に出ることを夢みるんだぜ? 全身鎧を着て剣で戦う姿といったらもう鳥肌もんでカッコいいからな」


 そう言うと持っていたクワを剣のように振り回したクライブだった。


「弓部門、腕力部門、剣技部門。強ければ誰がどれに出てもいい。おえらいさんの目にとまれば、武官へのスカウトもありえる。それが秋にある力自慢大会だ」


 私はトーマスがむさい男たちに囲まれたのを想像してしまって青ざめてしまった。そうはさせないとトーマスにがばっと抱きつく。クライブは苦笑した。


「大丈夫だよ、さすがにトーマスじゃ年齢で引っかかるから出せねえ」

「あたりまえよ。もう、男ってそういうの好きねえ」

「おうよ。だって優勝したらこの領でいっちばん強いってことになるからな。男なら誰だって夢見るもんさ」


 ……それだったらヴィンセントも出たことがあるのかしら? 騎士だし甲冑が好きだったし。


「ちなみに前の優勝者とか知ってるの?」

「名前は知らんが、腕力と剣技の二つを熊みたいな厳つい男が制覇したって聞いたな。そりゃあもう強かったらしい」


 熊みたいな厳つい男。そう言われて一人だけ思い当たる人物がいる。セシルの旦那さんだ。腕力と剣技のトップに立つってよっぽどね。さすがにヴィンセントも腕力じゃ負けそう。でもひょっとすれば剣技なら……


「パパ、じゃあぼく弓をやりたい」

「お、いいぞ。それなら今からでも練習できるしな」


 クライブたちの会話でわれに返った。いやだわ、トーマスの話をしていたのにどうしてヴィンセントのことなんか考えてたんだろう。弓談議で盛り上がる親子を横目に、私はふるふると頭を振った。

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