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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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7話◇騎士は魔女と出会う

「ねえ。こんな所じゃなんだから、うちに入んなさいよ。お茶くらいだすわ」


 その言葉に私は警戒をあらわにする。相手が未知の魔女だからそういうことではなく、経験から『女性からの誘いに素直に応じると痛い目にあう』と脳が警告を出しているからだ。見た感じここには私と魔女しかいない。男女が二人きり。なにか間違いがあって、魔女が私に執着したら……もしくは手篭めにされたり、されたと吹聴されたとしたら……。


「なによ。別にとって食いはしないわよ?」


 逆に訝(いぶか)しむようににらまれた。彼女の表情は本当にそれだけで、他の人のように欲に濡れているとか恋情妄信打算とかそういう感情は感じられない。強いて言えば興味くらいだろうか。女性に恥をかかせてはいけないよ、と頭の中で父が言うので若干ヤケクソになりながら覚悟を決めた。


「……ああ、邪魔して良いか」


 魔女は私に着いてくるように言い、家の玄関へ向かった。またズキズキと頭が痛み出してくる。エリザベスが心配そうにこちらを見ていたので心配ないよと小さく声をかけた。優しい子だ。


 レンガ造りの建物自体は都でもよく見るものだった。玄関の木の扉を開くと中は広く、ほのかに植物の良い匂いが鼻をくすぐる。綺麗に整理整頓された部屋には華やかなカーテンやクロスが飾られていた。魔女は暖炉の前にある広いテーブルまで案内すると「お茶をいれてくる」と言って台所へ向かった。


 想像していたような悪魔的要素満載の恐ろしい部屋ではなかった。むしろ普通だ。庶民的だ。


「どうぞ。お口に合うか分からないけど」


 戻ってきた彼女は私へお茶をだす。陶器のカップに入れられた琥珀色の茶は湯気が出ていた。


 不思議だ。ごく普通に会話ができている。私に対してなんとも思っていないのだろうか。だとしたら貴重な存在だ。魔女だから人間の美醜には疎(うと)いのか? なんにしても警戒はしておくに限るが、少しだけ気分がよかった。


「ありがたく頂く。……見知らぬ男からもらっても怖いかもしれんが、お前に持ってきた。あとででもいいから食べてくれ」


 あらかじめ取り出しておいた小さい焼き菓子を差し出す。包みをひらくとこんがりと焼けた丸い菓子が出てきた。菓子の種類は屋敷のコックに任せていたが、これはマドレーヌのようだな。ひと口で食べきれてしまうほどの大きさで、包みの中にはそれが数個入っていた。


「これは……?」


 魔女はマドレーヌを初めて見るかのような表情をしていた。まあ貴族である自分だから用意できたものだから、森の奥で引きこもっている魔女が知らないのは当然か。私はその中のひとつをつまみ、自分の口の中へ放り込んだ。毒は盛っていない。


 甘いものは嫌いかと聞くと魔女はふるふると首を横に振った。


 赤毛の魔女が恐る恐る手を伸ばし、小さなマドレーヌを口元に持っていった。くんくん、と小動物のように匂いを確認する様が面白い。ぱくっとひと思いに口に入れた魔女だったが、とたんにビックリしたようにこちらを見た。


「なぁに、これ。とっても甘くて美味しいわ……」


 不気味だなんだと恐れられていた魔女が、目を輝かせて焼き菓子を食べている。珍獣の餌付けに成功した気分は、なかなかに心地よかった。



 ◇



 しかし、にこやかな雰囲気で始まったはずのお茶会が、突如(とつじょ)として反転した。


 魔女の様子に安心した私は、淹れてもらったお茶に口をつけた。はじめて飲んだ味だが、まあ悪くない。カップの中でゆれるお茶を目で追っていたのだが、そこで急に視線を感じ、顔を上げると魔女が真剣な眼差しでこちらを見ていた。青い宝石のような目に射抜かれると、一瞬身動きができないような感覚におちいる。


 次の瞬間、なぜか私は湯気の立つお茶をかけられていた。目の前には空っぽのカップを持った魔女がいる。


「あらごめんなさい、お茶がかかってしまったわ」


 ——は?

 かかったでは無く、かけた、だろう?

 頭ではそんな事を考えていたのだが、あまりの不意打ちに身体がついていかない。お茶がかかった部分から熱が広がり、ヤケドしそうに熱い。


「脱がせるわよ」

「は、ちょっ……」


 いつのまにか側に来ていた魔女が私の服をはぎ取ろうとする。これが冒頭の状況につながるわけだが、あれよあれよという間に脱がせられた。ズキズキ痛む頭がもっと痛くなりそうだ。


 まじないがかかった胸当て、籠手がとられた。

 それから魔女は騎士服の上着に手をかける。


「おい、何をしている、やめろっ」

「うるさいわね」


 目の前の魔女を押しのけるのは簡単だ。その細い肩をつかんで突き飛ばせばいい。だけどできなかった。近すぎるこの距離に頭はパニックを起こす寸前だ。そもそも魔女の目的が分からない。私の体を暴くのか?


 幼いころ、誘拐された先でこのように服を無理やり脱がされそうになったことがあった。幸いすぐに助けが入って事なきを得たが、その時の恐怖心はとても深く長引くものだった。


 今まさにその恐怖心で身体が動かない。

 私は騎士なのに。


 上着まで脱がせると、魔女はそれらを持って足早に部屋の奥へ行ってしまった。残されたのは薄手のシャツにスラックス姿の私だけ。最後まで脱がされなかったことにホッと息を吐くが、同時に疑心が大きくなる。


 魔女と呼ばれようが、普通の女性だと思った。むしろ私を意識しすぎず接する様子に好感を持った。


「……いったい、何なんだ」


 魔女の行動がまったく理解できない。理不尽な扱いに次第に腹の底がムカムカとしてくる。奥からはジャブジャブと水の音が聞こえてきた。盛大にお茶をかけられたので洗っているのかもしれない。しばらくすると魔女が戻ってきた。袖は肘までまくられ、指先はしっとり濡れていた。


「シミになったらいけないから洗っておくわ。また明日にでも取りに来て。ごめんなさいね」


 まったく悪びれない様子にカチンと来た。いきなりお茶をかけて、誰もが憧れる騎士服に手をかけ、貴重なまじないのかかった防具を奪われた。意味が分からない。


「このような格好でどう帰れと言うのだ」

「マントで隠せばいいじゃない」


 あまりの横暴さに怒鳴りたくなった。確かにマントで覆ってしまえば分からないがそういう問題ではない。私は誇り高い騎士だ。女相手に良いようにされてたまるか! ……だが怒鳴りたい気持ちをぐっと抑えた。ここで激昂してはいけない。奥歯を噛み締めて、感情的にならないように腹に力をいれて話す。


「……今日は帰る。不愉快極まりない。服をとりに明日また来るが、本来ならこれはお前の不始末で、私がわざわざ足を運ぶ必要はない」


 にらみつけるように魔女を見る。彼女もまた不愉快そうにピクリと片眉をあげた。


「なにが言いたいのよ」

「お前にいろいろと聞きたいことがある。場合によっては領都へ連れて行く。心しておけ」


 吐き捨てるように言って、魔女の家を後にした。エリザベスに乗ると即座に駆けて町へもどる。怒りで気分は高揚し、体調は腹だたしいくらいに良く、頭痛も感じない。


 部屋に戻っても、食事をしても、ベッドに入っても、頭は腹だたしい魔女とのやり取りが頭をかすめた。魔女の印象はそれはもう最悪なものだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うおぉぉ!なんか裏がありそうだけども!!( ゜Д゜) とりあえず二人の邂逅は(ヒーローの側から見たら)最悪なものになったわけかぁ。 ふんふん、気になりますな(´・ω・`)
[良い点] 魔女さん痴女じゃなかった! 第1話を読んで痴女かと疑ってて、申し訳ありませんでした。 しかし主人公氏、美形のあまり苦労が多いようで、不憫です。頭痛もどうやら原因がありそうで……? 続きが…
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