51話◆魔女は容態を聞く
ギルド長と一緒に待っていたら、小柄で痩せたお爺ちゃんが背負われて運ばれてきた。どうやらこの人がお医者さんらしい。
「すまんすまん、ユリアんとこのお産がちょっと危なくて時間かかったわい。で、どうしたんじゃローマン」
「……患者はこのお嬢さんの知り合いだ。馬で移動中、急に倒れて意識を失っているらしい。お前さんも疲れとるだろうが、ちと行ってやってくれんか」
「じじいをこき使うなよ」
とんとんと腰を叩くお爺ちゃん先生。だめだめ、そんなこと言わないで。
「先生、おねがい」
「ほい分かった任せとけお嬢さん」
私を見るなりシャキッと背を伸ばした先生。変わり身の早さに思わず笑いが漏れる。「色ボケじじいが」と横でギルド長があきれているのがまたおかしくて、不安な気持ちが少しだけ払拭された。
自己紹介と状況説明をすれば、やはり急いで診たほういいということだった。早急に家に向かう為にオブシディアンに二人乗りすることにした。私の方が大きいので必然的に先生が前だ。
「マリアちゃんは見かけによらずおっぱいが大きいのー」
「今すぐ降りてこいヨセフ。貴様はわしが連れてってやる」
お爺ちゃんたちの軽口を聞いていたいのは山々なんだけどね、一応急患が待ってるの。
「先生、おしゃべりすると舌かむわよ。じゃあギルド長、お世話になったわ。ありがとう。落ち着いたらお礼に言いにくるわ」
駆け出す合図としてオブシディアンの横腹を蹴ると、猛烈な勢いで走り出す。きっとオブシディアンも彼が心配なんだろう。負い目を感じているのかもしれない。
◇
空が薄暗くなるなか家に着くとエリザベスに声をかけ、先生を抱えたまま玄関の戸を開ける。「マリアちゃんおっぱい当たってるー」と抜けた声が聞こえるが、ヴィンセントを助けてくれるんならいくらでも当ててやるわよ。
「クライブ、ヴィンセントの様子は?」
家に入ってすぐ声をかけると、寝室からなぜかぼろぼろになったクライブが出てきた。疲労困憊といった感じだ。
「どうしたの、その姿」
「逆に俺はなんで部屋の中にヤギがいるのか聞きたい」
いろいろと察した。お仕事してくれたのねアルバート。さすがだわ、大好きよ。部屋に飛び込んでアルバートに抱きつくと、お礼を言いながらたくさん身体を撫でてあげる。その間にクライブから不在中のヴィンセントの様子を聞いた。
「何回か意識が戻ったぞ。ぼんやりしてたがな。水飲ませて汗を拭いてやったが……なぁ、なんでこの人服着てないんだ」
「別にやましいことはしてないからね」
「ならいいが……」
先生をベッドまで案内すると「こりゃずいぶんといい男じゃな」とひと言もらした。
「どれどれ失礼しますよっと。……ふむ、落馬したと聞いていたが外傷はほぼ無いな。脳震とうを起こしての意識不明かとふんどったんじゃが」
それは私も感じていた。走る馬から落ちれば簡単に骨なんか折れる。打ち身や打撲痕もなにもないキレイな身体だった。……きっと前にあげたお守りが効いたのね。先生は頭と顔を確認した後、毛布をめくってヴィンセントの身体をくまなく診ていった。私はさすがに恥ずかしいので後ろを向く。
「体表になんら異常はない。脈拍は早く体温はかなり高いな。流行り病の可能性もあるが現状ではなんとも言えん」
先生によるとどうやら落馬する前に意識を失っていた可能性があるらしい。彼の体調の変化に気づいてやれなかったのがとても悔やまれる。
「熱冷ましはいるか。ちと高いぞ」
「いるわ。先生、また来てくれる?」
「明日来てやろう」
診療費も薬代もはっきり言って高い。でもお金に糸目は付けられなかった。家の中の全財産をかき集めたらなんとか払える。足りない分は稼げばいい。
「熱が下がれば意識もはっきりしてくるだろう。まずいのはこのまま高熱が続くことじゃ。このまま一週間熱が下がらなかったら覚悟した方がいい」
「覚悟って……」
「言語・記憶・身体。これらに障害が出る可能性が高い。最悪のケースも視野に入れた方がいいぞ。高熱は脳に負担がかかる。一週間が境目じゃ」
ちらりとヴィンセントに目をやると、目を閉じて苦しそうに息をしている。出来ることなら変わってあげたい。……そう考えたところでなんの解決にもならないわ。自分に出来ることをやらなきゃ。
私はクライブにまた留守を任せて、先生を診療所まで送っていった。
◇
一人掛けのソファでこてんと眠るトーマスの寝顔を眺めながら、クライブとテーブルでお茶を飲む。私達が来るまで一生懸命お手伝いをしてくれていたようだ。
「今日はもう暗いから客間に泊まっていって。無理言ってごめんなさいね」
「頼ってくれていいさ。人間一人じゃ生きていけねぇんだから」
「……ほんとね」
口をつけたお茶がぬるい。ああ今は何時かしら。そういえば夕ご飯とかどうしよう。
「夕飯ならトーマスがスープ作っているぞ。落ち着いたら温めて食え。お前も疲れているだろうから少し休め」
「うん、ありがとう」
今日は本当にいろんな人に助けられてばっかりだ。他人と関わるのが怖いだなんて言ってられない。
「……クライブ。ヴィンセントの熱が下がるまであなたを雇いたいわ。ひとまず一週間、昼間に彼の看病と家の中の仕事をして欲しい」
「かまわんが……大丈夫か? 医者に診せるのでだいぶ金を使っただろう」
「足りないのを稼ぎに行くの。大丈夫よ、当てがあるの」
にっこり笑って見せるけど、クライブの顔は晴れない。心配してくれているのが分かる。なんであの人にそこまでするのかって顔に書いてあるわよ。
「……ちょっと、責任を感じているの。あたしがあんなことしなければとか、こうしていればよかったとか。そもそも——」
「マリア。お前はそうしなきゃいけなかった理由がある」
「……うん」
「俺は心配だ。お前が傷つけられるかもしれないと思うと」
クライブは誰よりも私の秘密を知っている。だからこんなに心砕いているんだろう。
「……パパ、マリア」
「トーマス、起きたか」
トーマスが起きたので三人で夕飯を食べた。小さいのにトーマスったら料理上手ね。美味しいわ。きっと家でもやっているのね。客間に寝具を用意してトーマスとクライブにゆっくりしてもらう。明日は朝イチで彼らに買い物を頼んでいる。ヴィンセントの服を一式と食料だ。足りない分は建て替えてもうよう頼んだ。我ながら情けない。ロイから現金もらっておくんだった。
私は自分の部屋に戻った。暗い部屋に蝋燭の明かりが揺れ、ベッドにはヴィンセントが眠っている。クライブが言うには昼間に何度か意識を取り戻したらしい。夜の間もそうする可能性があるので、私はベッドの隣に椅子を持って行って座った。彼の呼吸する音だけが聞こえてきて、ちゃんと生きていることに安堵してしまう。
「早くよくなってね、ヴィンセント」
額に手を当てるとまだまだ熱い。先生がいる時に熱冷ましは飲ませたけど、だからといって速攻で効くものじゃないらしい。濡れた手拭いを彼の額に置くと、ピクリと反応した。部屋は薄暗いが、彼の目がうっすらと開いていくのが分かる。
ヴィンセント、と声をかけるとぼんやりした表情のまま彼は私の方を見た。
「……マリア」
「あなた急に倒れたの。熱があるわ」
「すまん。仕事に、もどる」
ヴィンセント起き上がろうとしたが身体に力が入らないらしく、途中でふらついた。慌てて手で支え、ゆっくりと上半身を起こしてやる。頭が痛むのか顔をしかめて自分の頭を抱えた。
「無理しないで。今は体調を戻すことが先決よ。それまで仕事のことは一切忘れて」
「しかし……」
「これは命令。いいわね」
身体を離すと露わになったヴィンセントの肌が目に入る。さすが騎士だけあって、たくましい体つきだ。ちょっと目のやり場に困ってしまう。
「……私の服は?」
「腹が立ったから全部脱がせたわ」
「お前がか」
「ごめんなさい」
「……下もか」
「ゴメンナサイ」
大きなため息とともにヴィンセントがうな垂れた。どうしよう、なんて声をかければいいか分からないわ。あなたの裸キレイだったわよとか言ったら殺されそう。苦し紛れに「お腹すいてない? お水飲む? それとも果物食べる?」と立て続けに質問すれば「水が飲みたい」と答えてくれた。
カップに入れたお水を飲むと、ヴィンセントは再びベッドに横になった。今はこれが精いっぱいなんだろう。でも起きて会話ができただけでもよかった。この調子で少しずつよくなって欲しい。
「ここは、お前の部屋か」
「そうよ。気にしないでゆっくり寝てて」
「お前はどこで休むんだ」
「今夜はあなたの様子を見てたいの。ここにいるわ」
「……一緒に横になるか?」
「なに言ってるの。いいから寝てて。あたしのことは気にしないでいいわ」
手を伸ばして彼の頭を撫でた。私は彼からそうしてもらうのが好き。だから私も負けじと撫で撫でしてみる。やっぱりアルバートとは全然違うわね。そうしているうちに目を閉じた彼から寝息が聞こえてきたのでホッと胸を撫で下ろした。
だけどヴィンセントの熱は朝になっても下がらなかった。言いようのない焦燥感が身体中を駆け巡る。





